8の月第3週1日目(日記より)
この地には動物は多くない。毒性植物や燃え上がる木が多いのだから当然ともいえる。虫はそれなりにいるからか、鳥はよく見かける気はするけれど。
朝方にけたたましく鳴く鳥の声に起こされた。
警戒警報という名の通り、ギャララララと大音量が響き渡り、寝袋に入ったまま飛び上がってしまった。
こんなに緊迫した鳴き声なのに、特に異変を知らせるわけではなく、求愛行動のひとつというのが腹立たしい。早朝にはやめてくれよ!
隣でバルバ助教も一瞬目を開けたけど、すぐにまた寝息が聞こえてきた。次の鳴き声では起きる気配もなく、このくらい図太くないと学者はやっていけないのだろうかとちょっと考え込んでしまった。
寝られないまま、明るくなってきたところで散歩に出てみた。
アッケンデーレの群生地をさらに南へ下れば、かつての噴火口に行き当たるらしい。一帯を吹き飛ばしてクレーターのように丸く椀状に凹んだ地形になっているとのことだが、魔獣(魔力を豊富に持ち、魔法を使える個体もいる)が出るので一般人は踏み込まない。冒険者を雇って調査に行くこともあるようだけど、今回は旅行名目なのでアッケンデーレの生えている入り口付近で調査をするに留める。
外に出て辺りを見渡す。鳥の姿は見えないけど、どこかで飛び立つ音がした。少しは静かになるだろうか?
上の方を気にしていたら、コツンと何かを蹴飛ばした。慌てて視線を向ければ、小さな石が燃えながら緩やかな山を描いて落ちていく。こちらの焦りをよそに、それは地面につく前に燃え尽きた。飛んだ先に別の焔石がなくて良かった!
燃え尽きた石はこの場にある限り、また少しずつ魔力を溜め、魔力が溜まれば衝撃で燃え上がる。そんな場所だから、僕らは耐火性の底の厚いブーツを履いている。
今度は足元を確認しながら歩いて行く。周囲を観察するのは立ち止まって、だ。
しばらくフラフラしていたら、バルバ助教も起き出してきた。「早いな」なんて言いながら、早速アッケンデーレを見に行くという。現在の持ち物を確認すると助教は感心したように頷いた。大きめのナイフとポケットにメモ用具、それから四角い布を腰に巻き付けていた。短いマントの代わりにもなるし、色々なものを包んだり運んだりできるので便利なのだ。
特に刃幅の広いナイフを指差されて、なぜそのサイズなのか訊かれる。スコップ代わりにも使えるし、調査中に動物や魔獣と遭遇した時にも使える。だから、少々ごつくとも大きめのナイフを持つようにしていた。
そうと教えられたわけではないけれど、僕に魔力の扱いと雪待草の特殊な見分け方を教えてくれた冒険者が、大ぶりのナイフを使っていたから、それを真似しているというのもある。
そう答えれば、バルバ助教は、ぱっと表情を明るくして「なるほど!」と声を上げた。雪待草が、魔力を注げば光を発生するということは一般にあまり知られていない。それを課題に書いていたから、僕を勧誘したのだと、助教は笑った。
雪待草は毒にも薬にもなるので冒険者に採集依頼を出されることも多い。しかし、彼らは魔術的なあれこれは身に着けていないことがほとんどだ。魔力を扱える人間は、魔術師になれなければ魔道具や魔法陣を扱う職に就くことが多いので、こちらの方面に来る人は極々限られるのだと、初めて会った時のように強く手を握られて、改めて「よろしく」と熱く告げられてしまった。
さらに饒舌になった口で、自分たち(教授も)一時期冒険者をやってたのだとそんなことを聞かされた。教授が前衛担当で、助教は陣などで補助する後衛、という感じのコンビだったらしい。採集依頼をこなしてるうちに、植物自体に興味が移っていったのだと。
そういえば、昔会った彼も普通は魔術師の冒険者には相棒がいると言っていた。そういうことなんだ。でも、彼は一人だったな、と思い出す。あの時だけだったのかもしれないけど、そういう雰囲気でもなかった。
助教にその冒険者のことも訊かれたけれど、名前も教えてくれなかったからなぁ。彼は、今、どうしてるんだろう。
そんなお喋りを挟みながら、僕たちはアッケンデーレの枝をいくつか採取した。
折った個所や傷つけたところからは可燃物質が染み出て揮発する。夏場は調子に乗って採りすぎると自然発火しかねないのでほどほどにしなくちゃいけない。
助教はテントまで持ち帰ったその枝で火をつける実践をしてくれた。太陽が出ているので、レンズひとつであっという間に火が付いた。小さな焔石を使うよりずっと火力がある。湯を沸かすくらいなら枝が何本かで済んでしまうくらいだった。
僕らはそのお湯で、朝食にお茶を添えることができた。
※素敵なイラストは綿野明さんよりいただきました!