13の月第2週3日目
それほど大きな音ではなかった。
と、現場にいた人々は口をそろえた。破裂音の後に何人かが血を流して倒れた。突然のことで何が起きたのかよくわからなかった、と。
結果を言えば、ある植物の種がはじけてばらまかれた。それだけの話なのだが、どういう訳か、その話が巡り巡って僕のところへやってきたのだ。
ここは生物学や植物学をより専門的に学ぶ学校で、すでに本を何冊も出している教授や立派な研究所なんかもあるというのに、どうして一生徒の僕に? という顔をしたのだろう。宿舎に帰ろうと講義室を出た直後の僕に声をかけてきた助教は「まあまあ」とか言いながら、僕の背を押してゼミの行われる研究室へと足を向けたのだった。
僕が通う『魔力を帯びた植物研究室(魔帯研)』は数年前に立ちあがったばかりで、担当教授も「手探りで楽しい」とニコニコしながらフィールドワークに行ったっきり何ヶ月も帰ってこないようなお人だ。おかげで、ほとんどの時間をこのバルバという助教と二人きりで過ごしている。助教授なのかと思ったら、助手の上、くらいの教職だと教えてくれた。バルバが本名なのか、手入れをしてるのかしてないのか判らないような顎髭のせいなのか、立ち入ったことは聞いていない。
そもそも僕がこのゼミに入ることになったのも、入学して最初の課題で好きな動物か植物についてのレポートを課され、魔力を帯びた植物の代表『雪待草』を選んだからだ。バルバ助教がそのレポートを持って、わざわざ僕を勧誘に来た。驚いたけど、レクス・ヘルバリア教授の著書『魔力を帯びる植物たち』を読んで進路を決めた僕としては、担当教授の名前に一も二もなく頷いて、今に至る。
気さくで優しそうな、でも貫禄あるその人には緊張してしまってあまり話せないままだったので、彼が学校に戻ってくる日を心待ちにしていた。
「もう、なんですか。今日はゼミは休みでしたよね? はじける種なんて、いくらでもあるでしょう? 新種だったんですか?」
ちょっとだらしなくて砕けた態度の助教には、少々気の弱い僕も気安くなってしまう。世話焼き気質なのもあって、ついつい口や手を出してしまうのだ。
「いんや。あれはたぶん、アッケンデーレだ」
「アッケンデーレ……」
ちょっとした特徴を持つその植物の名前を復唱しながら、僕は数日前の小火騒ぎを思い出していた。
バルバ助教は先を続けることもなく、ニヤニヤと楽しそうに僕を見ている。「俺に教えられることはない。一緒に学んでいこうな」とは、最初に握手を交わした時に彼に告げられた言葉だ。本心かどうかは置いておいて、僕が何か質問した時、素直に答えを教えてくれたことがないのは確かだ。
小火の話とはじけた種の話が繋がるまで一瞬の間を開けて、僕は素直に驚いた。
「えっ。それって、アッケンデーレの種がはじけたって話ですか!?」
「まあ、ちゃんと調べてみないとわからんが、十中八九は。アッケンデーレも魔力を帯びてるんだったよな?」
「成熟した実には小さな焔石を内包しているので、おそらく。でも、それは場所柄かもしれないので……」
「だな。もし、《《あれ》》が《《そう》》だったら、その辺りの観察と実験が叶うかもしれない。種を拾いに行くの、手伝ってくれるよな?」
「行きます!!」
勢いよく立ち上がって同意を示した僕を見て、助教は満足気に目を細めて笑ったのだった。
「ついでだから、君、以前に現地に行った時のことと合わせて纏めてよ。きっとこの先役に立つぞぉ」
ぴっ、と指差された僕は夏休みに行った《《旅行》》のことを思い出した。半年も前のこと、細かく思い出せるだろうか? そりゃ、大枠は覚えてるけど……
一気に盛り上がったところに冷や水を浴びせられた気分だったけど、幸い日記をつける習慣がある。読み返せば、なんとかなる……だろう。
一抹の不安を抱えつつ、僕は助教のあとについて、小火のあった温室に向かったのだった。