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『かぐや姫』

作者: 清村 聖樹

 私がお寺の経営する幼稚園に勤めてからもうすぐ一年が経とうとしている。最初は慣れない事ばっかりで戸惑う事も多かったけれど、今はなんとか見られるようにはなっていると思う。

 住職もとてもいい人で良くしてもらっている、何より何所にも行くあえてのなかった私に、この仕事を紹介してくれたのも住職でいくら感謝してもしたりない。

 今、私は『富士野かおり』と名乗っている。でも、私が遠い昔に『かぐや姫』と呼ばれていたと言ったらあなたは信じるかしら?

 私はね、あの方を探しに月から戻って来たのよ。もういないって知っているけれど……どうしても諦められなかったの。

 あれから幾千もの時が過ぎ、私を『かぐや』と呼ぶ人はいなくなってしまった。愛してはいけなかった、愛されてもいけなかった、私は帰らなければいけないのだから、それでも愛したかった、愛されたかった。

「かおりセンセー、ご本よんで」

「ん? どのご本?」

「これ!」

 女の子が笑顔で差し出した本は十二単を纏った絵が描かれた『かぐや姫』だった。

「せんせい、読んで」

 無邪気に笑う子供に笑みを返しながら、私は心で泣いていた。

 こんなに長い時間が経っても世界は私を覚えている。でも、誰も私を待っていてはくれなかった。

 そうよね、だってあの方は最初からそう言っていたものね。

「センセー?」

「あ、ごめんね、今読んであげようね。昔々、あるところに……」

 絵本を読むといつのまにか他の子も集まってきて古い私の物語に耳を傾けた。


―――――――――――――――――――――


 最後の満月の夜、月へ帰れる喜びと、置いて行かねばならない辛さの狭間で揺れかぐやは泣いていた。

「かぐやや、姫や、どうしても行ってしまうのかい?」

 年老いた父が娘の白く美しい手に自分のそれを重ねた。娘は止め処ない涙を袖で拭い悲しそうに言った。

「父君、わたくしも父君や母君と離れたくはありません……ですが、今のかぐやにはどうする事も出来ないのです。今夜、お迎えが来るのをかぐやは止められません」

 年老いた母も皺の寄った頬を涙で濡らし別れを悲しんでいた。

「ああ、かぐやや母はどんなに離れていてもお前を思っていますよ。血が繋がっていなかったとしてもお前は私の大切な娘です」

 かぐや姫は二人の言葉に瞳をさらに涙で溢れさせた。

 父と母は涙を抑えるために互いに体を支えながら庭へと降りていった。

 かぐやは月光に照らされる夜の庭を涙ながらに見つめていた。庭のあちこちには弓矢を持った武士が月からの迎えを追い返そうと待ち構えていましたが、かぐやにはそれは何の意味も無いと知っていました。

「かぐや……泣いているの?」

 後ろから声がかけられた、かぐやは振り返りそうになったのを何とか堪え袖で顔を隠してしまいました。

 かぐやに声をかけたのはとても優しそうな公達でした、彼はときの御門、かぐやを愛してやまない男の一人。どんなに冷たくあしらわれようと文を送り続け何度も屋敷に足を向けた、そして今日屋敷を取り囲むように武士を配したのも御門であった。

「かぐや、私を軽蔑している? 権力に物を言わせお前を自分のものにしようとしている私を愚か者だと思っているかい?」

 御門の声はとても優しく静かで、そしてとても悲しそうだった。

 かぐやは自分の顔を覗き込もうとする男から逃げるように顔を背けると、御門は悲しそうに微笑んで静かにかぐやの隣に腰を下ろした。

「その涙はいったいどういう意味の涙なのだろうね。故郷へ帰れる喜び? 年老いた父母を置いて行く悲しみ? それとも……」

「両方にございます」

 かぐやは御門の言葉を遮り口早にそう答えた。

「そうか、お前は心優しい娘だね」

 御門はやはり悲しそうな笑みを浮かべた。そして、月を見上げ静かに言った。

「かぐや、私とて弓矢ごときが何の意味もないという事くらい分かっているよ、だが私は何もせずにはいられないんだ。お前に二度と触れられないと思うと気が狂いそうになる……私はお前に狂っているんだ。お前が何より一番に愛おしいんだよ」

 そう言ってかぐやの美しい髪を一房救うと愛しむように手の上を滑らせ優しく微笑んだ。何も感じないはずの髪に触られていると思うだけで、触られた場所から熱が発しているかのようにじんわりと温かさが広がっていった。それは、あまりに心地よく、かぐやは慌てて首を小さく振り涙ながらに言った。

「御門……わたくしは、異界のものにございます。この姿とて真実のものとは限りませぬ、世にも恐ろしい化け物やも……っ」

 御門はかぐやの言葉を最後まで聞かず、髪に口付け耳元で囁いた。

「かぐや、私はお前を愛しているんだよ。お前の姿かたちを愛しているんじゃない、お前がいかに醜い姿になろうと私の想いは変わらない……もう一度言おう、かぐや私はお前に狂っているのだよ」

「御門……わたくし、わたくしは……」

 ふいに後ろから抱きすくめられた。

「言わずとも良いよ。私もお前を困らせたくないからね」

 御門は優しく微笑みながらただ黙って抱きしめていた。

 かぐやは泣くしかなかった、この男を愛していたから、でも想いを告げる事など許されない。でも、ほんの一時でも夢が見たいと思ってしまう、この時が永遠に続けば良いと思ってしまうのだ。無意識にそう願っているのに気付き、かぐやはまた涙を流す。

 ふと、月の輝きが増し庭で控えていた将が声を上げた。

「来たぞ!! 弓を構えよ、決して姫君に近づけるな!!」

 外がにわかに騒がしくなり、御門は一度力強くかぐやを抱きしめるとすぐに離れ端近に進み出て月を見上げた。

「ついに来たか……!」

 月を睨む御門の瞳には強い光が宿っていた。

 庭に下りていた老夫婦は慌ててかぐやに駆け寄りひしと抱きしめた。

 喧騒とするなか、御門はだた月を見上げた。御門の瞳に写ったのはこの世の物とは思えない光り輝く牛車、人形のように美しい人々、月の光に乗りこちらへまっすぐに降りてくる。あれがかぐやを連れ戻しに来た異形のものたち。

「放てぇ、追い返すのだ!」

 将が号令を挙げると一斉に矢が月の使者たちに向かって放たれた。矢はまっすぐに牛車や付き人に向かっていったが、矢は壁に当たるかのように彼らに触れず力を失って惨めに地面に落ちていった。

 牛車は平然とかぐやの室の前までやって来た。この頃にはあまりの神々しさに人々は恐れ身動き一つ取れなくなっていた。

 月人はそれをあざ笑うように美しい口元に微笑を浮かべている。

 先頭を歩いていた男の月人が室の奥に居るかぐやに語りかけた。

『お迎えにあがりました』

 かぐやは父と母に涙ながらに別れの言葉を述べた。

「ああ、父君、母君、お迎えがやって参りました。かぐやは帰らねばなりません、短い間でしたが育てていただいてありがとうございます。かぐやは……かぐやは父君と母君の子供になれて幸せでした」

「ああ、娘や、わし等の、娘……」

 ひとしきり別れを惜しむと、やたらと急かす月人の侍女に誘われ牛車に重い足を向けた。

「かぐや!」

 愛しい人の声に今度は抑える事などせず心のままにかぐやは振り返った。

「御門……!」

「かぐや、もう本当に戻ってはこれないのか!?」

 御門の悲痛な声がかぐやの耳に響いた。かぐやはそれを答えることが出来なかった、戻ってくることは出来るかもしれない、だが、それが出来る時に彼女が愛した人々は一人残らず死に果てているだろう。

「かぐや……私は待っているよ、いつまでも」

 今にも泣き出しそうなほど切ない顔で御門はそう言った。かぐやは彼の言葉に喜んだ、そしてふと思い出し、侍女に耳打ちをすると侍女はかぐやの言葉が気に入らなかったのか憮然とした態度で握りこぶしほどの袋をかぐやに手渡した。

 かぐやはそれを御門に差し出した。

「御門、これを差し上げます」

 御門は震える手で袋を受け取った。

「これは?」

「不死の妙薬にございます」

「!」

 御門は眼を剥いて驚いた。御門は彼女の言わんとする事の大半をそれで理解したのか彼は首を横に振り目に涙を溜め、つっかえる喉を必死に抑え込みながら言った。

「かぐや………私は人だ。弱い人の身で不死など狂気の沙汰、長い時の中で私は私である事を忘れてしまう、お前を愛している事さえも忘れてしまうかもしれない。そうまでして、私は永らえたくは無い」

 御門は必死に笑っていたがその瞳からは涙が絶え間なく零れ頬を濡らした。そして、その瞳には不死なんかよりもお前が欲しい、と語っていた。

「私は、何者でもない私としてお前を待ちたいんだよ、かぐや」

「御門……申し訳ありません。わたくし……」

 かぐやが言葉を紡ごうとした瞬間、業を煮やした侍女がかぐやに月の衣を着せてしまった。すると、今まで泣きはらし憂いを含んでいた表情の一切が消え去り、かぐやの心は月へと向かってしまった。

 かぐやの心には年老いた父の事も母の事も、愛していた男の事も何もかも意味のないものになってしまった。

 かぐやは美しい顔を無表情に侍女を従え牛車に乗り込み、光の道を辿り月へと旅立って行った。

 月へ向かう牛車の中でかぐやは声を聞いた気がしていた、聞き覚えのある声が何かを必死に叫んでいるがかぐやの心にその言葉は響かず、その言葉は永遠に絶たれてしまいました。


――――――――――――――――――――


 絵本の中の私も牛車に乗って月へ帰る。

「………こうしてかぐや姫は月へ帰っていきましたとさ、おしまい」

 子供たちはすぐさま別の絵本を持ってきて同じようにおねだりをする、私はそれに笑顔で応じる。

 その日、子供たちを見送って園の掃除をしていると住職である園長が年若い坊主頭の男を連れてやって来た。

「やぁ、かおり先生、お掃除ですか? ご苦労様です」

 私は微笑んで会釈した。

「お気遣いありがとうございます。お客様ですか?」

「あ、紹介しますね。今日から私の処で修行することになりました『蓮尚』と言います」

 名前を呼ばれるとすすっと前に進み出た。

「はじめまして、蓮尚と申します。出家して間もない若輩者ですので至らないことも多いと思いますが、どうぞ良しなにお頼み申します」

 確かに蓮尚和尚は非常に若かった。まだ、20代の後半くらいだろう、人当たりが良さそうな優しい笑顔を携えて合掌してぺこりと頭を下げた。

「富士野かおりです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「蓮尚はかおり先生より3つ年上だそうですが、どうか仲良くしてやってくださいね」

 そう言うと住職は園長室に用事があるといって蓮尚和尚に私の手伝いをするように言いつけて園の中に入っていった。

 それから二人で静かに園の庭の掃き掃除をしていた。ふと、空を見上げると薄明るい空に満月が昇り始めてた。

「今日は満月ですね」

 私がそう言うと蓮尚和尚は掃除の手を止め私と同じように空を見上げた。

「あぁ、本当ですね。すっかり忘れてました………満月はお好きですか?」

「あまり好きでは無いかもしれません。蓮尚和尚はどうですか?」

 すると蓮尚は満月を見つめながら切なそうな顔して静かに言った。

「僕もあまり好きではないかもしれません。おかしな話ですが、僕は昔、月に大切な人を奪われてしまったことがあるんです。それ以来、満月を見るとその人が恋しくなってしまって辛いんです」

 そう言い終わると、ふと顔を私に向け優しく微笑んだ。その笑顔はどこか見覚えがあるような気がする、でも、そんなはずはない、だってそんなことあるはずないもの…っ。

 私は頭に浮かんだありもしない考えを追い出そうと軽く頭ふり何気ない風を装って笑った。

「月に奪われたなんて、蓮尚和尚はずいぶんとロマンチストなんですね」

 そう言って軽く笑うと蓮尚和尚は苦笑いを浮かべ、どこか恨めしそうに呟いた。

「君は忘れてしまったの? 僕は一日だって忘れたことはないよ……あの日も満月だったじゃないか、かぐや?」

「………え?」

 今この男はなんと言った? なんと私を呼んだ?

 蓮尚和尚は右手で頭をかきながら照れたように言った。

「覚えていない? 僕はいつまでも待っていると約束したじゃないか。君がくれた不死の妙薬とやらには手を出さなかったけどね」

 涙が溢れるのが分かった、また逢えた。

「……御門!」

 和尚は愛おしそうにかぐやの髪を一房掬うと指を滑らせながら、目に涙を浮かべながら微笑んでいた。

「やっと会えた、僕のかぐや。何度も生まれ変わって君を探したきた、長い年月に心が負けそうになった事も一度や二度じゃないよ。正直、もうだめかと思った……でも、君は戻ってきたっ」

「御門、御門! かぐやもお会いしとうございました、貴方様も元へ戻ってきとうございました」

 和尚は嬉し涙で濡れる頬を拭いながら満面の笑みを浮かべて言った。

「かぐや、もうどこへも行きはしないね? ずっと僕の側にいてくれるね?」

「はい……はい! かぐやはどこへも行きません、貴方様と添い遂げさせてください!! 御門!!」

「愛しているよ、僕のかぐや。いつの世も僕の隣にいておくれ……」

「はい……必ず」

 こうして、二人は抱き合い、いつまでも幸せに暮らし、何百年もの長い物語はとうとう『めでたし、めでたし』へと辿りついたのでした。

 いつの世でも二人が結ばれるように、どうかあなたも祈ってください。


 それでは皆さんご一緒に、めでたしめでたし。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 小さい頃から何で『かぐや姫』はめでたしめでたしで終わらないんだろうと思っていて、じゃぁ、もう自分で書きゃいいじゃんw

 ってことで、無理やり捏造ハッピーエンドにしちゃいましたwww

 え? ちょっと無理やりすぎる?

 だってぇ~、幸せにしてやりたかったんだもんwww

 他にもちょろちょろ言わせたいセリフとかあったんだけど、力量不足で断念w

 もうちょっと精進します。


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