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第32話:展翅された竜02


◆◆◆◆


 俺はエリザベスに別れを告げ、彼女の部屋を出た。俺たちの焦燥と、オールドレディの達観。その二つの正反対の感情に振り回されそうになる。考え込みながら曲がり角を曲がったその時、ばったりとエミリアに出くわした。


「ジャ、ジャック!? まだいたの?」


 てっきりさっさと撤収して自室に戻ったと思ったら、エミリアはまだ周囲をうろうろしていたらしい。まだ私服に着替えてもいない。なぜか俺の顔を見て、エミリアはやたらと驚く。


「あ、ああ、すまない。オールドレディと少し話を……エミリア?」


 俺が弁解しながらエミリアの方を見ると、彼女はさっと手を後ろに回した。


「ふ、ふ~ん、そうなの。おばあ様に……へえ、そうなんだ……分かったわ」

「エミリア」


 短く俺が彼女の名を呼ぶと、露骨にエミリアは縮こまる。珍しい。珍しすぎる反応だ。いつも堂々としていて、自分の行動に一片のためらいもやましさもないと公言しているような彼女が、今日はまるで……いたずらが発覚した子供のような反応だ。


「な、何かしら?」


 エミリアはますます手を後ろに回す。明らかに怪しい。だが、残念ながらもうばれている。

 エミリア。そういう悪いことには全然慣れてないな? いいことだ。ちっともふてぶてしくないところが初々しいぞ。


「ウイスキーをストレートで飲む気か? やめておけ。せめてワインにしろ」


 彼女のズボンの太腿辺りから、酒瓶がちらりと見えていた。中に入っている琥珀色の液体から判断するに、おそらくウイスキーだろう。


「そんなことしないわよ!」


 大声でエミリアは俺の言葉を否定する。


「なら、手に持ってるのはなんなんだ?」

「こ、これよ……」


 一切言い訳せず、恥ずかしそうにエミリアは手に持っているものを俺に差し出した。それは案の定、ウイスキーの入った瓶とグラスだった。銘柄を見るに、とんでもない高級品だ。一時期俺が溺れていた奴とは、桁違いの値段だろう。


「君の部屋で詳しく聞きたいが、いいか?」


 こんな廊下で詰問したら、誰に見られるか分かったものじゃない。俺がそう提案すると、エミリアはしおらしくうなずいた。


「分かったわ……」


◆◆◆◆


 エミリアの自室に二人で入り、一応鍵をかける。年頃のレディの部屋に二人きりという状況だが、お互いまったくそれを意識することはない。オールドレディに言ったとおり、俺たちの間に恋という感情はない。むしろ戦友のような感覚だ。その懐かしい感覚は、俺がリチャードに対して抱いたそれに近い。


「どうして分かったの?」


 椅子に腰かけてテーブルの上に酒瓶とグラスを置いたエミリアに、向かい合って座った俺は昔話をする。


「監獄にいたころ『老兵』ってあだ名のコックがいたんだ。従軍ライダーだったらしい。いつも気難しくて、怒りっぽくて、しかも忘れっぽい奴だった。作る飯はうまかったが、性格は悪かったな」


 今でも思い出す。ひげ面の大男で、機嫌が悪いと俺たちを年端もいかない子供のようにどやしつける老人だった。そのくせ、彼の作るミートパイは絶品だった。


「でも、酒が入るとこれがまた面白いんだ。嘘か本当か分からないような、遠い異国で見聞きしたことを話してくれるんだ。飲めば飲むほど舌が回って、その時だけはいい老人だった」


 思えば、彼はひどいリューマチだった。普段の不機嫌さはそれもあったんだろう。酒が入った時だけ、つきまとう慢性的な痛みを忘れられたのかもしれない。


「俺たちは夜こっそり部屋を抜け出して、調理室からワインやブランデーをくすねて老兵のところに持っていったんだ。さっきの君は、その時の俺たちと動きが同じだった」


 老兵の顔を俺は思い出す。ほろ酔いの時の、俺たちを孫のように見ている満足げな顔を。もしかすると、彼も誰かと話したかったのかもしれない。だとすると、俺たちは彼の望みを少しだけ叶えることができたのだろうか。


「ちなみに、俺ならもっとうまくやる。君のやり方は実にへたくそだ。私は泥棒ですよと宣伝しているようなものだ」

「泥棒の腕が上がっても嬉しくないわよ」


 エミリアはため息をつく。


「言い訳に聞こえるでしょうけど、お酒を飲む気はまったくなかったわ。ただ、グラスに注いで、どんなものなのか見たかっただけよ。少しは……匂いをかいだりとかはしたかったけど。でも、飲むつもりはなかったわ」


 エミリアは懸命に弁解する。だから俺はすぐにうなずいた。


「そうか、分かった」

「……信じてくれるの?」


 俺の即答に、エミリアは不思議そうな顔をした。


「エミリアがそう言うのならそうだ。君は嘘はつかない子だからな」


 俺としては、彼女を疑う気はまったくない。エミリアが飲む気がなかったというならば、それを俺は全面的に信じる。疑う理由など皆無だ。


「ありがとう、ジャック。信じてくれて」


 エミリアがほっとしたようにほほ笑む。当然だろう? 俺は君の高潔さに助けられたんだ。その高潔さを誰よりも信じる理由がある。それに……酒に興味を持つ気持ちはすごくよく分かる。


「じゃあ、見てみるか?」

「え?」

「だから酒だよ。興味があるんだろう?」


◆◆◆◆



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