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【短編版】僕がネットで噂のソングライターであることを、クラスの陽キャな歌姫だけが知っている

作者: 水卜みう

『普通に音痴で草』

『曲は良いのに歌がお察し』

『なんでアップロードしたのかが謎』


 これらは全て僕、岡林おかばやし紅太郎こうたろうがYouTubeにアップロードした曲の動画についたコメントである。


 作詞作曲、アレンジ、そして歌。全て僕が担当したわけなのだが、とりわけコメント欄では歌唱力の低さに批難が集中していた。

 曲のクオリティと歌の酷さのミスマッチがクセになるといって再生数が地味に伸びているのもなんだか悔しい。


「くそー!曲には自信あるんだけどなあ!!」


 パソコンのモニタ越しに飛び込んで来るコメントに僕は腹を立てていた。


 こっちだって下手に歌おうとして歌っているわけではない。歌に関してはどうやっても上達しないのだ。上手く歌える人がいるならばその人に歌わせてやりたいに決まっている。


 でも、そんな人はいない。

 スクールカースト下位の陰キャラである僕に、歌が上手い人のコネクションなんてあるわけがない。


 ましてやこんな恥ずかしいこと、クラスの誰にも知られたくない。だから僕は今日もひとりで曲を作っては下手くそな歌をネットの海に垂れ流している。


 ◆


「えっ!?マジ!?茉里奈まりなってばのど自慢の予選受かったの!?ヤバすぎー!!」


「ヤバくないヤバくない。若い人のエントリーが少なかったから多分数合わせだよ。ラッキーなやつ」


「そんなこと言ってー、ウチらの中でズバ抜けて歌上手いじゃん。絶対応援しに行くから優勝してよね!」


 僕が通っているとある公立高校、1年F組の教室では今日も今日とて陽キャラたちが騒いでいる。


 話題の中心にいるのは鵜飼うかい茉里奈まりなさんだ。出席番号が僕のひとつ前なので、必然的に席も僕のひとつ前。そういうわけで僕の周囲は陽キャラ達の駄弁り場になったり、酷いときはプレイグラウンドに変貌したりする。


 ザ・陽キャラな鵜飼さんは美人で可愛くてどんな人とも仲良くなれる太陽みたいな人だ。朝学校に行くと、僕みたいな奴にすら挨拶をしてくる。聖女通り越して太陽神と言ってもいい。


 しかも歌がとても上手いらしく、日曜の昼からテレビで放送されているのど自慢の予選に受かったらしい。


 テレビに出たら、そのルックスと噂の歌唱力でさらに彼女の人気が高まるに違いない。


 歌が下手くそというイマイチな理由でYouTubeが不本意に伸びている僕からしたら、真っ当に人気を獲得していて羨ましい限りである。


「それでそれでー?茉里奈は本戦で何を歌うの?」


「うーん、本当は歌いたかった曲があったんだけど、曲の権利の関係でダメみたいでさー。しょうがないからMiSAの『紅炎華』にしようかなーって」


「超ヒット曲じゃーん!間違いなく優勝っしょ!」


 僕は音の出ていないヘッドホンを装着し、自席の机に突っ伏して寝たふりをして聞き耳を立てていたが、鵜飼さんのそのセリフに思わず吹き出しそうになった。


 その曲は、しょうがないから選ぶような曲ではないのだ。


 MiSAの『紅炎華』と言えば人気アニメの主題歌で、その歌唱難易度の高さからインターネットカラオケマンたちが次々悲鳴を上げているといういわく付きだ。

 一介の女子高生が歌い上げようものならそれはそれで一大事になる。


「それでそれで?カラオケで『紅炎華』歌ったら茉里奈は何点取れるの?」


「うーんと……、YOISOUNDの採点だと98……」


「やっば!あの採点めっちゃシビアなのに98点とか茉里奈人間辞め過ぎー!もう絶対優勝以外あり得ん!茉里奈しか勝たん!」


 鵜飼さんのツレの子が言うとおり、カラオケの定番機種であるYOISOUNDの採点はかなり厳しい。


 以前、テレビ番組で歌手本人が採点にチャレンジする企画があったが、それでも90点を超えることはなかなか難しいのだ。その採点システムで98点を叩き出すのは異次元すぎる。


 ……ちなみに僕は平気で50点を割り込む。下手をしたら歌わないほうが点数高いんじゃないかと思えるぐらい。


 そんなハイレベルな鵜飼さんのことだ。本当にあっさり優勝してしまうだろう。


 鬼に金棒、虎に翼、陽キャラ美人に歌唱力。

 考えれば考えるほど、僕と鵜飼さんは住んでいる世界が違う。


「あっやばっ、次移動教室だったの忘れてた。――じゃあ茉里奈、そろそろ行くね。のど自慢頑張って!」


「ありがと!頑張っちゃうよー!」


 ツレの子が慌てて帰っていくと、騒がしかった僕の周囲がスッと静かになった。


 鵜飼さんは自分も次の授業の準備をしようと自席の椅子に腰掛けようとすると、何かに気がついたのか僕に話しかけてきた。


「……あれ?岡林くんのそのヘッドホン、『THE INITIAL TAKE』で使われているやつだよね?」


 寝たふりをしていたことなどまるでバレていたかのように、鵜飼さんは僕のヘッドホンを指差してそう言う。


 彼女の言う『THE INITIAL TAKE』というのは、YouTubeにて有名アーティストが自身の曲をやり直しナシの一発録りで収録する動画が上げられているチャンネルだ。


 一発録りの独特の雰囲気と、アーティストの真剣な一面が見られるということで大人気チャンネルとなっている。


 僕のヘッドホンはそのアーティストたちが使用している者と同じものだ。なかなかお値段が張るのでなんとか小遣いをやりくりをして買った宝物でもある。


 寝たふりが感づかれないように、僕は今さっき起きたような素振りで鵜飼さんの質問に答える。


「そ、そうだよ……。PONYのMDR-900STさ」


「マジ!?いいなあー、私も欲しいんだけどどこも品薄でなかなか売ってなくてさー。やっぱり動画の影響力ってすごいよねー」


「そ、そうだね……。ハハハ……」


 僕は作り笑いを浮かべた。コミュ力のある人なら、ここで気の利いた返しをするんだろう。

 僕の会話が下手くそなのはしょうがない。陰キャラなんだもの。


 テンションの高い陽キャラ鵜飼さんの会話についていくのは大変だ。でも、鵜飼さんは好きなことにまっすぐ向き合っているのが良くわかるので、すごく好感が持てる。


 もちろん、彼女が可愛いのでつい話しかけられると嬉しくなってしまう陰キャラ特有のバイアスがかかっているのもあるけど。


 鵜飼さんが友達になれば、それはそれはとても楽しい高校生活を送れるのだろうなと思う。でも多分、僕には無理だろう。だって女子と話す機会なんてほとんど無いんだもん。


「岡林くんもどう?のど自慢大会の応援来てくれない?」


「えっ……?ああ、えーっと……」


 突然話が変わって僕は動揺してしまった。

 誘われたのは嬉しいけれど、鵜飼さんとは隣の席である以外特にそれらしい繫がりはない。


 多分、彼女は皆に同じような感じで声をかけているのだろう。


 誘いに乗ったとして、そんな場所に陰キャラの僕が行ったらどうなる?

 周りは陽キャラだらけだ。とても惨めな思いをするに違いない。


「ご、ごめん……、その日はちょっと……」


「あー、やっぱり忙しいよねー、3連休の中日だし。じゃあまた別の機会によろー」


 渋々誘いを断ると、鵜飼さんはあっさり流してくれた。後ぐされ無いようにちょっとフォローも入れてくる。

 こういうさっぱりしたやり取りも、彼女が人気者である理由なのだろう。


 それぐらい鵜飼さんは気遣いが出来る人なのに僕ときたら……。いや、こういう自虐的な思考は身体に良くないらしいからやめておこう。


 ◆


 気持ちがモヤモヤしてしまったのでこういう時はストレスを発散するに限る。

 陰キャラ歌下手ソングライターな僕のストレス発散方法は、シンプルに楽器を弾くことだ。


 今日は吹奏楽部の練習がお休みとのことで学校の音楽室ががら空き。こういう時はグランドピアノを占領して思いっきり鳴らしてやろうと思う。


 幸いなことに先客は誰もおらず、音楽室もグランドピアノも貸し切り状態だった。

 僕は周囲に人がいないことを確認して、ピアノ椅子に座って高さを合わせた。鍵盤蓋を開けてキーカバーを取り去ると、白と黒の美しい鍵盤が現れる。


 今からこのピアノは弾き放題、この時間は僕だけのもの。

 数あるレパートリーの中から、先日YouTubeにアップした曲を手グセを交えて弾き始める。


 僕はピアノとギターが弾けるけれども、どちらも独学なおかげでなんとかギリギリ人に聴かせられる腕前しかない。それでも自分で作り上げた曲というのは自分自身が正解であるので、弾いていてとにかく気持ちいいのだ。


 気分が乗ってくると自然と歌を口ずさみ始める。事前に誰も周囲にいないことを確認したので、思い切って声を出すことができる。歌が上手かろうが下手であろうが、熱唱することが楽しいことには変わりはない。


 何曲か持ち歌を歌うと、ちょっと疲れたので休憩を挟もうとして演奏を止めた。

 音楽室の近くには自販機があるので、そこで飲み物でも買ってひと息入れようと僕はピアノ椅子から立ち上がる。


 音楽室特有の重いドアに手をかけ、ノブを回して引っ張った時、事件は起こった。


「……えっ?」

「ちょっ……、うわっ……!」


 あれだけ周囲に誰もいないことを確認したにも関わらず、そのドアにもたれかかって外から聞き耳を立てていた人がいたのだ。


 当然僕がいきなりドアを内側に引いたので、もたれかかっていた人は支えを失って転げる。そして、その人はコントロールが効かないまま僕に覆いかぶさるように倒れ込んできた。


 柔らかい感触、ふわりと香ってくるシャンプーだかトリートメントだかの香り。このときばかり僕は、昔嫌嫌やっていた柔道教室で受け身を習っておいて良かったなと思った。


 もし受け身を取れずこのまま後頭部をぶつけて気を失っていたら、気を失ってしまいこんな感触など覚えてはいられないだろうから。


「あいたたた……、ちょっ、ごめん、怪我してない?大丈夫?」


「……だ、大丈夫。……って、どうしてここに鵜飼さんが?」


「えっ……?あっ……、いや、これはその……」


 ドアの向こうにいたのは、まさかまさかの鵜飼さんだった。

 彼女はコソコソ盗み聞きをしていたことに罪悪感を感じているのか、なんだか端切れの悪い言葉を言っている。


 彼女が僕の歌と演奏に聞き耳を立てていたことにびっくりしていたが、それよりも今、仰向けに倒れた僕の上に鵜飼さんが馬乗りになっていることに驚きを隠せない。


 童貞陰キャラの僕には、この視覚情報は刺激的過ぎた。

 服を着てはいるが、これどう見てもあれだ、えっちな本とか動画で見るような、女性上位で騎乗しているやつ。まともに見ていたら岡林紅太郎の岡林紅太郎(むすこ)岡林紅太郎(スタンドアップ)してしまう。


「とっ、とりあえず鵜飼さん!僕の上から降りてもらえませんかっ……!」


「あっ、ごめんごめん。そ、それもそうだね……」


 お互いにぎこちない感じで一旦距離をとる。ここ深呼吸だ。副交感神経を総動員して身体を興奮状態からリラックスモードに戻そう。



 しばらくするとドキドキだった心拍数がやっともとに戻ってきて、ようやく落ち着いた会話ができるくらいになった。


「ごめんなさい!岡林くんの演奏と歌、盗み聞きするつもりはなかったんだけどつい……」


 呼吸が整ったかと思うと、鵜飼さんは両手を合わせて僕に謝罪してきた。


「あっ……、いや、別にそんな謝らなくても……」


「ほんと……?岡林くん怒ってない?」


「怒ってないよ。……ちょっとびっくりしたけど」


 鵜飼さんは僕が怒ってないことを確認するとホッとひと息をついた。

 多分だけど彼女も音楽室に用事があったのだろう。のど自慢の本戦に出るとか言っていたし、誰もいない音楽室で練習をしたかったんじゃないかと思う。


「う、鵜飼さんも音楽室に用事?」


「うん、歌の練習をしようかなと思って立ち寄ったんだけど、誰かがピアノを弾いて歌っているからついつい……」


「そういうことだったのか。そんなことなら言ってくれたらすぐに退いたのに」


 予想通りの答えで安心した。

 鵜飼さんに僕の歌がとてつもなく下手であることがバレてしまったのは仕方がないけれど、ちょっとだけ美味しい思いをしたのでプラマイゼロでヨシとしよう。



 ……そこでお話が終わりであれば平和に済んだのだけど、鵜飼さんはさらに僕をびっくりさせるようなことを言ってくる。


「それでね岡林くん、もし違ってたら申し訳ないんだけど……、もしかして岡林くんって、『ベニー』さんだったりする……?」


 僕は鵜飼さんのその言葉を聞いて、全身から血の気が引いた。

 なんで彼女はそれを知っているんだ。誰にもバレたくなかったのに。


 ◆


 鵜飼さんの言う『ベニー』とは僕のYouTubeのユーザーネーム。


 岡林紅太郎の『紅』の字をとって『ベニー』、なんとなく外国人っぽい名前だから、万一世界に通用してしまったときも通りが良いだろうと思って付けた安直な名前だ。


 その名前を鵜飼さんが知っているということは、僕のチャンネルにアップされた曲なんかを聴いているということだ。今さっき僕がピアノを弾きながら下手くそな歌を歌ってしまったことで、彼女は僕が『ベニー』であることに感づいてしまったのだろう。


 よりにもよってクラスの陽キャラ筆頭みたいな人にバレてしまうなんて最悪だ。これをネタにされて一生イジられ続けることだって有り得てしまう。



 ……終わった。僕のスクールライフ。さようなら、全ての高校生活。



「べべべ、『ベニー』って誰のこと??? そんな人知らないなあ……ハハハ」


 こうなったら徹底的にシラを切るしかない。バレバレかもしれないけど、もうこれしか僕に取れる手段はないのだ。


「ううん、やっぱり岡林くんがベニーさんなんだね!曲だけならまだしも、あの独特の歌はそうそう真似出来ないもん」


「ええ……」


 シラを切ったところでそんなの鵜飼さんには通用しなかったみたいだ。しかも『独特の歌』と表現されるのがなんとも虚しい。いっそのこと下手と言ってくれ。


 いや、状況は悪いけど徹底的に守りに入らせてもらうぞ。何が何でも白状するもんか。


「……あの、鵜飼さん、本当に何の話なんだ?ベニーさんというのも、僕にはさっぱり……」


「私ね、こんな身近に憧れのベニーさんがいるなんて思わなかったんだもん!奇跡ったら奇跡でしょ!」


 鵜飼さんは話の文脈無視で興奮気味にそう言う。


 ……ん?今彼女、『憧れ』って言ったか?僕の聞き違いじゃないよな?

 こんな美人で可愛くてみんなから好かれる人気者の鵜飼さんが僕の曲を?そんな夢みたいなことあり得るのか?


「最近ずっとね、ベニーさんの曲をヘビロテしてるんだ。だからさっき廊下から聞き慣れた曲と独特の歌が聴こえてきてまさかって思っちゃったんだよね!」


 あまりに非現実すぎる状況に、僕は思わず言葉がポロッと出てしまう。


「僕の曲を……鵜飼さんが……?」


 するとその瞬間、鵜飼さんは何か確信めいた表情をする。


「あっ、やっぱり岡林くんがベニーさんなんだ」


 しまった、カマをかけられていたのかっ!ついつい嬉しくて口が滑ってしまった。大反省だ。


「カマをかけるなんてズルすぎる……」


「だってそうでもしないと白状しなさそうなんだもん。岡林くん、口堅そうだし」


 鵜飼さんはしてやったりという感じだった。何故だか嬉しそうにしている。


 一方の僕はと言えば、知られたくないことを知られたくない人に知られてしまって頭を抱えている。明日から僕はクラスの晒しものだ。そうなれば登校拒否も辞さない。


「ねえ、岡林くんにひとつお願いがあるんだけど」


「な、何ですか……?」


 僕は身構えた。

 鵜飼さんからどんな要求が来るのか全く想像がつかなかったから。彼女の言葉次第では、本当に僕の青春が終わることだってあり得る。


 しかし、彼女の要求というのは、まるで予想外のものだった。


「あのね、ベニーさんの曲を私にちょうだい」


「……えっ?」


 鵜飼さんからそんなことを言われると思っていなかった僕は変な声が出た。


 僕の曲をちょうだいってどういうことだ……?


「あ、『ちょうだい』って言っても権利丸々寄越せとかそういう意味じゃないよ?もっと的確な言葉を使うと、うーん、楽曲提供してほしいってことかな?」


「楽曲提供……?何でまた、そんなことを?」


 こんな趣味で作っているような曲、勝手に歌ってもらっても何ら問題はない。それをわざわざ『楽曲提供してほしい』なんて言うのは少し大げさな気がする。


「えーっとね……、ちょっと恥ずかしい話なんだけど……」


「あっ、いや、言いたくない話ならいいんだ、曲を使うのは全然構わないし」


「ううん、ちゃんと説明しておかないと誤解されちゃうから、きちんと説明するよ」


 そう言って鵜飼さんは自分のスマホとワイヤレスイヤホンを取り出す。いつの間にか彼女の手によって、僕の右耳にはイヤホンがすっぽりハマっていた。


「ちょっとこれを聴いて欲しいんだ」


 鵜飼さんがスマホをいじるとイヤホンからは音楽が流れてきた。


 ……これは、鵜飼さんの歌だ。


 お世辞抜きで良い声と素晴らしい歌唱力を持っている。


 スマホの録音機能で録っているので、イヤホンから流れるのはほぼ生歌そのまま。それはつまり、音響機器とかソフトを使ったピッチの補正やイコライジングみたいな調整は一切されていない、純粋な鵜飼さんの歌を聴いているということ。


 こんなに歌が上手い人がいるのかと、僕は唯一信頼をおける自分の耳を疑うぐらいだった。


 だがひとつ超絶に気になることがある。


 ――曲のクオリティが絶望的に低い。


 メロディ、構成、コード進行、その他諸々どれをとってもイマイチだ。こういう言い方をしたらあれだけど、自分の処女作のほうがまだマシに聴こえる。


 いい歌とダメな曲のミスマッチ。なんだかどこかで全く逆の組み合わせを見たような気もする。


「……どうかな?」


 鵜飼さんは緊張気味にそう言う。何かしらの感想や意見を求められたので、僕は慎重に言葉を選ぶ。


「……す、凄く歌が上手くてびっくりした」


「そっちじゃなくて! きょ……、曲のほうはどうかな……?」


「ひっ……!」


 鵜飼さんは圧をさらに強めて僕に詰め寄ってきた。

 その大きくてキラキラした彼女の瞳は、陰キャラの僕が直視するには眩しすぎる。



 ……恐れていた事態が起きてしまったぞ。


 おそらくだけどこの曲は鵜飼さんが作ったのだろう。お世辞にも良いとは言えないこの曲に対する感想を、どういう言葉に落としこめばいいのか僕はまた頭を抱える。


 どこの馬の骨とも知らない奴なら辛辣に感想をのべてもいいのだけど、今の相手は鵜飼さんだ。ただでさえ弱みを握られているような状態なので、ここで下手に強い言葉を使ってしまったらこの後どうなるかわからない。


「……そ、そうだね、伸び代十分って感じかな……?」


 僕は脳内に存在する最高にポジティブなワードを選んでなんとかまとめ込んだ。これでいちゃもんをつけられたらもうお手上げだ。


「ということは、やっぱりイマイチってことかぁ……」


「えっと、いや、そういう意味で言ったわけじゃなくて……」


「ううん、いいの。自分に作曲のセンスが全く無いのは感づいてたから」


 鵜飼さんは少ししょんぼりする。


 わかってはいても、面と向かって言われるとやっぱり凹むものだ。僕だって歌が下手な自覚は十分にあるけど、いざ他人から言われると落ち込む。


「だからね、私は自分でまともな曲が作れないから、ベニーさんの楽曲が欲しいんだ」


 鵜飼さんが『楽曲提供』してほしいなんて大げさに言うのはそういう理由だった。


 いくら天才的に歌がうまい彼女ですら、手に入れられない能力がある。神様は上手いこと世の中を作っているのだ。


 僕としては楽曲提供に関して全く問題はない。自分の歌のせいで埋もれてしまうくらいなら、せめて歌の上手な人に歌ってもらったほうが創作冥利に尽きるというもの。


「そ、それは別に構わないけど……」


 僕はそう返答すると、途端に鵜飼さんは嬉しそうな顔をしてテンションを上げる。


「いいの!?ベニーさんの曲、本当に私がもらっても大丈夫?」


「大丈夫もなにも、鵜飼さんみたいな上手い人が歌ってくれるなら文句ないよ。……ほら、僕の歌ってアレじゃん」


 すると、鵜飼さんは何かに気がついたように言葉を続ける。


「あっ、あれってわざとあんな感じで歌ってるんじゃないんだ……」


「……鵜飼さん、さり気なくチクチクしたことを言ってくるね」


 鵜飼さんはどうやら、ベニーさんこと僕の歌がどうやらわざと下手に歌っていたのだと思っていたらしい。

 いや、そんなことあるわけないだろう。いつだって僕は全力で歌唱している。


「じゃあ尚更ちょうどいいね!ベニーさん……じゃなくて岡林くんの曲と私の歌とのいいとこ取り!」


「……まあ、そういうことだね。僕としてはどんどん歌ってもらって構わないよ」


「よーし、承諾が取れたからのど自慢の開催事務局に連絡しよーっと!」


 鵜飼さんは嬉しそうにスマホを弄ってどこかに連絡をつけようとしている。


 そういえば鵜飼さん、本当は歌いたかった曲があったけど権利の関係でやむなく断念したとか言ってたっけ。


 ……ん?もしかしてその権利関係って僕の曲のことか?


「う、鵜飼さん……?もしかしなくても、のど自慢で僕の曲を歌おうとしてた?」


「そうだけど……?権利の関係で歌えないって言われたから直接許可取れれば大丈夫かなって」


「いやいや!さすがに無理があるよ!僕の曲、趣味で書いてるだけで商業的にリリースしてるわけじゃないんだから!」


 僕がそういうと、鵜飼さんは「そうなの……?」とショックを受けた表情を見せる。

 気持ちはとてもありがたいけど、今回ののど自慢はMiSAの『紅炎華』で我慢してくれ。


「じゃあ岡林くんの曲はまた次の機会かなー」


「そうしてください……。いろいろなオーディションとかコンテストみたいなのがあるからそういうのを狙うといいよ」


「わかった!じゃあ探してみるね!」


 鵜飼さんは再びニッコリと笑う。

 その笑顔は本当に太陽みたいだ。誰でも暖かい気持ちになれる。


「そういえば岡林くん、のど自慢の日は忙しいんだっけ」


「えっ、あっ、いや……、その……」


 突然の話に僕はまた挙動不審になる。


 さっき教室で思わず誘いを断ってしまったけど、実際には用事など全くなくてヒマだ。


「せっかく楽曲提供してもらうから、ちゃんと岡林くんには私の歌を聴いて欲しいんだ」


 鵜飼さんの可愛い顔でそう言われてしまうと僕も弱い。


 ここでまた適当にはぐらかしてしまうと、後々鵜飼さんとの関係に影響しそうな気がする。

 下手をしたら、ベニーさんが僕であることを皆に知られて晒し者になってしまうこともありえなくない。なんとしてもそれだけは避けたい。


 他の陽キャラ軍団に混ざって応援に行くのは精神的にしんどいかもしれないけど、行ったほうがいいのは間違いないだろう。


「い、行くよ!予定はなんとかするから!」


「ほんと?いいの?」


「も、もちろんだよ!……えっと、場所はどこだっけ?」


 僕はとりあえず落ち着いたふりをしてスマホを取り出し、なんにも予定など入っていないカレンダーアプリを開いた。


「市民文化ホールだよ。入場は11時半ぐらいからできるって言ってた。あ、あとこれ、私のLINEのQRコードね」


 僕はカレンダーアプリに予定を打ち込むと、今度は鵜飼さんから差し出されたLINEのQRコードを読み取る。

 女子からLINEの連絡先を教えてもらうなんて、多分今日が最初で最後かもしれない。噛み締めておこう。


「わからないことがあったら、クラスの誰かしらがいると思うから大丈夫だよ」


「う、うん、ありがとう」


 鵜飼さんの言う『クラスの誰かしら』、それはつまり陽キャラ集団だろう。僕からしたら、話しかけることすらはばかられる連中でもある。

 ちょっと身構えてしまうけど、とりあえずあまり近寄らないように立ち回れば大丈夫だろう。


「よーし、そうと決まれば猛練習しなきゃ!岡林くん、練習手伝ってくれる?」


「えっ、あっ……、でも、手伝うと言ってもなにをすれば……?」


「それは、流れで適当に!」


 鵜飼さんのノープランノーガードな突っ走りっぷりには驚かされる。

 それでも、彼女のその真っ直ぐな気持ちというのはとても素敵だなと思った。本当に、太陽みたいな人だ。


 ……ちなみに、僕は鵜飼さんの練習でひたすらピアノを弾かされた。あと少しで腱鞘炎になっていたかも。


 ◆


 のど自慢の本戦が行われる日、僕は重い足取りで市民文化ホールへと向かっていた。


 鵜飼さんに歌を聴きに来てほしいと誘われたのはとても嬉しいことではあるけれど、それに付随してクラスの陽キャラ集団に関わる可能性が出てきたのは大変憂鬱だ。

 あの集団から「なんで岡林がいんの?」なんて言われるのを想像するだけでゾッとする。


 できるだけ彼らに関わらないように、僕は時間ギリギリを狙って会場に入る。幸い席には余裕があったので、端っこの目立たない席をすぐに確保した。


 陽キャラ集団はやっぱりステージ近くの前列に陣取っている。鵜飼さんの出番になったら盛り上げにかかるのだろう。僕は性に合わないのでここでじっと見ている方がいい。



 ふと、めったに鳴らない僕のスマホが鳴ってびっくりした。マナーモードになっていなかった事に気がついて、あたふたしながらスマホを取り出すと、鵜飼さんからのメッセージが来たという通知が出ていた。


『やっほー、岡林くん来てくれた?どこにいるの?』


 彼女は僕が来たかどうか気になって連絡してくれたみたいだ。たぶん今鵜飼さんは控室で待機しているのだろう。


『来たよ。ちょっと遅れちゃったから上手かみて側の端っこの席にいる』


 簡潔に僕はそれだけ返す。

 端っこの席にいるのは遅れたからではないけど、それらしい理由をつけて自然に振る舞いたかった。なんともかっこ悪いなと僕は自嘲する。


 返事はすぐに来た。遅れてやってきたこととか、なんで陽キャラ集団と一緒に居ないのかとかそんなことを問いただされたらどうしようと考えていたけど、鵜飼さんの返しはやっぱり鵜飼さんだった。


『えーっと、上手かみてってどっちだっけ?』


『ステージから見て左側だよ。逆に右側が下手しもて


『ほー、そうなんだ。岡林くん物知りー!』


 あまり気にしてなさそうで僕は安心した。

 こういうほんわかした感じも鵜飼さんが人気者たる理由だろう。変に考え込んでいた自分がなんともバカバカしい。


『今日は絶対にグランプリ獲っちゃうから期待しててね!』


 可愛らしいスタンプと一緒にそうメッセージが送られてきた。


 不慣れな僕は、鵜飼さんになんて返したらいいのだろうと少し悩んで結局、


『頑張ってね』


 とだけ返事をしてしまった。


 あの陽キャラ集団にいるような奴らなら、もっと気の利いた楽しい返しができるのだろうなと思うと、ちょっと自分が嫌になる。


 仕方がない、僕は鵜飼さんに曲を提供する以外は何もないただの陰キャラなのだから。



 正午になっていよいよのど自慢がスタートする。

 全国放送だけあって、見慣れたアナウンサーとゲストの大御所歌手の存在感がすごい。離れた場所に座る僕からでもそれがよく分かる。


 全18組のうち、鵜飼さんは16番目。大御所歌手の後ろにある出場者席に、ちょっと緊張した面持ちの彼女が座っている。

 さすがの鵜飼さんでも緊張するものなんだなと、僕はそんなことを考えていた。


 着々とタイムテーブルは進んでいく。ステージでは老若男女問わない出場者たちが自慢の歌声を披露して会場はどんどん盛り上がる。


 でもまあ、歌が下手くそな僕が言うのもなんだけど、やっぱり出場者の歌のレベルは素人の域だ。学校や職場なんかで『おおー、上手いね』って言われる程度のもの。

 グッと引き込まれるようなものはない。


 そうして番組は終盤に差し掛かり、ついに鵜飼さんの出番がやってきた。


 学校からの約束事ということで制服を着用している。いつもは着崩している鵜飼さんだけど、さすがに全国放送ということできっちり着ていてそれが逆に新鮮に見える。


 表情は変わらず緊張気味で、何かを探すように少しキョロキョロしている。一体どうしたんだろう。


「――じゅ、16番、『紅炎華』」


 鵜飼さんは緊張で爆発しそうな声で番号と曲名を述べると、バックバンドの演奏が始まった。

 放送時間が限られているのでイントロは最小限。それでも彼女はその短い時間の中で何かを必死で探している。


 まずい、嫌な予感がする。


 今の鵜飼さんは強烈に緊張していて、なおかつ集中もできているとは言えない。このまま歌ってしまったら、いくら上手いと言われる彼女でもパフォーマンスが落ちてしまうだろう。


 もしこのまま鵜飼さんのアクトが上手くいかなかったらどうなる?

 あれだけ自信満々で臨んでいるんだ。失敗したら相当落ち込むに違いない。太陽みたいに明るい鵜飼さんだからこそ、僕はそんな彼女なんて見たくはないと思った。


 じゃあどうする?

 今から声をかけに行くなんてことは不可能だ。LINEのメッセージだってここでは意味がない。なんでもいい、とにかく彼女の緊張を解く何かがないか、僕は周りを見渡した。


 その時の僕は、まるで夢遊病のようだったと思う。考えるより前に身体が動いていて、市民ホールの観客席通路の階段をてくてくと早足で降りていたのだ。


 暗くて足元もおぼつかない場所だ。当然のように僕はズッコケた。それも、結構派手に。


 もしカメラがこちらに回っていたならば放送事故と言ってもいいだろう。周りにいた観客から僕に、おびただしい数の視線が集まる。もちろん、あの陽キャラ集団も僕のことを見た。


 何をやっているんだろうか僕は。

 何もできないくせに、これではただ無闇に動いては転んで周囲の顰蹙ひんしゅくを買っただけではないか。


「あれって……、岡林……?」

「ほんとだ、なんであんなとこに?」

「てか、こんなタイミングでコケるとか無いわ」


 チクチクした陽キャラ集団からの声で正気に戻ってきたのか、転んでぶつけた場所が痛み始める。

 出過ぎた真似をしてしまった。早くここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。


 なんとか立ち上がって自席へ戻ろうとすると、ステージにいる鵜飼さんと一瞬だけ目が合った。



 僕は、夢でも見ているのかと思った。


 その時の鵜飼さんは、いつもの太陽みたいな笑顔を浮かべていたのだ。さっきまでの緊張して気が気じゃない表情は、嘘のようにどこか遠くへ行ってしまった。


 ちょうど『紅炎華』の歌い出しが始まる。


 まるで生まれ変わったかのように先程とは別人の立ち振る舞いを見せる鵜飼さんは、その持ち前の歌声で会場中の空気を一変させた。


 ――上手いなんてもんじゃない。


 単純に歌唱力が高いだけでなく、ステージ上での佇まい、姿勢、視線、身振り手振り、それらが全て一級品だ。

 鵜飼さんは歌うことで世界を変えるために生まれてきた、そんな存在に僕は見えてしまった。


『歌姫』とは、彼女のための言葉であろう。


 合格を告げるチューブラーベルの音がホール全体に響き渡った。

 誰もがこの時点で、鵜飼さんが今週のチャンピオンだと思っている。そんな圧倒的アクトだった。


 やっぱり、僕と鵜飼さんでは住む世界が違うのだなと、改めて感じさせられた。


 彼女はこれから歌姫としてどんどん輝いていく未来がある。それに比べて僕はといえば、ちょっと人より曲が作れるただの陰キャラ高校生だ。おまけに大事なときに何も出来ずただ階段で派手にコケるというダサさも付録としてついている。誇れることなんて何もない。


 すっかりセンチメンタルになってしまった僕は、のど自慢の結果発表を聞く前に会場をあとにしてしまった。


 間違いなく鵜飼さんが優勝だろう。そうなればあの陽キャラ集団と一緒に祝勝会でもやるに違いない。


 その輪の中に僕の存在は必要ないのだ。



 独りになりたくなったので、市民ホールの近くにある公園のベンチに座ってぼーっとすることにした。


 春の柔らかい日差しとそよ風が吹いていて、日向ぼっこにはちょうど良い。嫌なことがあったときは、こうやって光合成するように何もせず日に当たっているのに限る。僕のストレス解消法のひとつだ。


 あの白い雲みたいにずっとふわふわと浮いて過ごしたいなあなんて、空を見上げてしばらく現実逃避をしていると、どこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。


「岡林くん!やっと見つけた!……もう、探したんだからね!」


「う、鵜飼さん!?どうしてここに!?」


 現れたのは鵜飼さんだった。なぜかわからないけど僕を探していたようで、少し息を切らしている。


 彼女が僕を探している意味がわからなかった。鵜飼さんはこんなことをしている場合じゃないはず。早く陽キャラ集団(みんな)のもとへ行って、思いっきり祝われるべきなんだ。


「どうしてって……、そりゃあ、会場からいきなりいなくなっちゃうんだもん、探すに決まってるじゃん」


「い、いや……、それは、その……」


 何もかもが予想外の展開に、僕の言葉は端切れの悪さを増す。


「突然いなくなっちゃったから、私、何か岡林くんにすごく悪いことをしたんじゃないかって心配になって……」


「そ、そんなことないよ!鵜飼さんの歌、凄かったし……」


「じゃあ、どうして出て行っちゃったの……?」


 僕は言葉に詰まった。下手に返そうものなら、それこそ鵜飼さんに失礼をしてしまいそうだったから。

 当たり障りのない、それっぽい回答がないか、全力で頭を回転させて言葉を捻り出した。


「じ、実は……、人混みがちょっと苦手で……ハハハ……」


 苦し紛れの言い訳過ぎるなあと思いながらも、僕はそう返答した。実際に人混みは苦手なので、嘘はついていない。


 すると鵜飼さんはハッとして、何かを取り繕うように慌て始める。


「ご、ごめんね!私そんなこと全然気が付かなくて……。岡林くん、人混みが苦手なのに勇気出して来てくれたんだもんね、本当にごめんなさい」


 鵜飼さんは素直で良く出来た人だなと僕はその時思った。


 全然僕なんかのために謝る必要なんてないのに、その優しさがなんだか逆に心を痛めつけてくる。


「い、いや、そんなことで謝らないでよ。僕は大丈夫だからさ」


「……ほんと?」


「ほんとほんと。……それよりもほら、早くみんなのもとに戻った方が良いんじゃない?祝勝会やるんでしょ?」


 僕がそれとなく鵜飼さんを帰そうとすると、彼女は何故かクエスチョンマークを頭上にいくつか並べたような不思議な表情をした。


「祝勝会?……なんで?」


「なんでって、鵜飼さん優勝したんでしょ?みんなでお祝いするんじゃないの?」


「……もしかして岡林くん、結果発表見てないの?」


 僕は鵜飼さんがタチの悪い冗談を言っているようにしか思えなかった。

 もしかしなくとも、鵜飼さんはまさかまさかで優勝を逃したのか……?


「ご、ごめん……、結果発表までは見てない……」


「なーんだ、そういうことかー。うーんとね、残念ながら優勝出来なかったんだよね」


「あんなに凄かったのに……?嘘でしょ?」


「それがさー、私の後に出てきた人が元プロの歌手だったみたいでめちゃくちゃ上手かったんだよねー。あんなの反則って感じ?あっさり負けちゃったよねハハハ」


 鵜飼さんは悔しそうな素振りすら見せず、サラッとそんなことを言う。

 僕はといえば、あれを上回る人がいるのかと思って気が遠くなりそうだった。


「それにちょっと緊張しすぎちゃったし。――岡林くんが客席でズッコケてくれなかったら、私まともに歌えてなかったかも」


「えっ……、僕がコケたとこ見てたの……?」


「そりゃもうあんなに派手にコケるんだもん。思わず見ちゃうよね」


 僕はめちゃくちゃ恥ずかしくなった。

 どうしようもなくダサい瞬間を鵜飼さんにきっちり見られていたのだから。なんなら、自分の下手くそな歌をまじまじと聞かれていたこの間のときより全然恥ずかしい。


「でも、あれで緊張が全部吹っ飛んじゃった。ちゃんと歌いきれたのは岡林くんのおかげだよ」


「そ、そんなことはないと思うよ……?」


「そう?あの時のズッコケた岡林くん、ガチガチに緊張していた私のためになんとかしようとしてくれてたように見えたんだけど。……私の勘違いかな?」


 勘違いであると言えば嘘だ。でもそれを思い切って肯定してやれるような器量も僕にはない。だから僕は回答を濁した。


「ふふっ、やっぱりそうなんだね。……嬉しいな」


「なっ……!なんにもしてないよ僕は!」


「そういうことにしておいてあげる。ありがとう、岡林くん」


 鵜飼さんにはどうやらお見通しのようだ。

 偶然の産物とはいえ、僕は感謝されてしまって嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちになってしまった。なんともむず痒い。


「……で、でも、せっかく緊張が解けて調子良かったのに、のど自慢優勝出来なくて残念だったね」


「まあ今回は他人様ひとさまの曲だし、相手も悪かったから仕方がないよ。でも次は岡林くんの曲で絶対何かしら賞を獲るつもりだから、頼りにしてるよ」


 鵜飼さんは前向きだった。多分、本当は僕なんていなくても十分輝いていけるような存在だ。

 それでも、彼女が僕の曲に絶対の信頼を置いてくれるのなら、とても嬉しい。



「これからよろしくね、岡林くん。君なら、こんな私を夢のステージに連れて行ってくれるよね!」


 最高に眩しい太陽みたいな鵜飼さんの笑顔は、日陰者の僕の心を少しずつ少しずつ動かし始めてていた。


 僕はこのとき人生で初めて、誰かのためになりたいなと、そう思えたんだ。

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[一言] タイトルの時点ではシンガーソングライターですね……。
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