(17)レクシアの過去1
ルクスは死んでいるように見えるが、偽体魔法はそのまま維持されているので、ルクスの耳を通して向こうの情報は伝わってくる。
ログは自死するところだったようだ。ちょっと追い詰めすぎたのかもしれない。別にログに死んで欲しいと思ったわけではない。三人には助けてもらって感謝である。
レクシアは再び老婆の姿に戻り、配達業務の続きをした。
子供たちにお駄賃を渡す。
「ねぇ、ルクスを知らない?」
一人の少年が言う。
「ルクスには他の用事をお願いしているんだよ。手紙を持ってきてくれるはずなんだけど、まだ戻ってこないねぇ」
レクシアは子供たちがいなくなってから、配達屋に向かって歩き出した。
結界は全部壊れてしまった。少しは復讐できただろうか。いや。遊ばれていたのかもしれない。ベアトリスがレクシアの考えた程度の結界を破れないわけはない。
それでもレクシアは満足していた。
ベアトリスに罠をかけれたと言うだけで十分だ。
そしてログに対しても満足できている。十分にログを苦しめられたと確信した。何しろ自殺しようとするまで思い詰めたのだから。だからもうこれでいい。これからはログのことなど一切忘れて生きよう。
レクシアは歩きながら自分の過去を振り返った。
※※
私は美少女だったのだと思う。
うぬぼれと言われても仕方がないけど、同年代の男の子たちからもすごく言い寄られていたし、大人たちの視線も少し怖かった。
それでも、お父さんやお母さんやお兄ちゃんが私を守ってくれていたから、それほど露骨に感じることはなかった。
ただその事もあってか、私は結構しっかり性に関する教育を受けていたと思う。基本は肌を晒さないこととか、無防備に男の人に近づかないこととか。特にお母さんが熱心で、私はかなり早い時期から性的なことを意識していたし、自分がどう見られているのかも理解していた。
とはいえ、私は活発な方だったので、村では目立っていただろうな。女の子たちにはちょっと距離を置かれていたような気もする。
私の幸せな日々が崩れたのは、十一歳のあの日。
私の住んでいたドノゴ村は盗賊に襲われた。
もともと、お父さんとお母さんは冒険者だった。お兄ちゃんがお母さんのお腹の中にいるとき、たまたまこの村が襲われているところを助けて、そのままこの村に居着くことになったみたいだ。
お父さんもお母さんも冒険者としては優秀だったみたいで、この村では治安維持とか、戦闘訓練の指導とかをしていた。他にも読み書きなどの勉強を子供たちに教えていた。
農業とか裁縫とか、そういった作業は苦手だったみたいだ。
今まで何度も盗賊の襲撃を退けてきたお父さんたちは、今回もきっと上手くやるのだと思っていた。
でも違った。お父さんたちは一旦この村を捨てることにしたみたいだ。村の人たちを全員村から逃がしたあと、私たちは父さんたちに連れられて村を出ることになった。
逃げる途中でお母さんが罠に脚を挟まれてしまった。盗賊が迫ってくる音もした。お母さんは私とお兄ちゃんを逃がすために魔法のトンネルを作った。
私とお兄ちゃんはその中を通って、必死に逃げた。そして私たちは二人きりになった。
盗賊から逃げた私とお兄ちゃんは、事前に言われていた通り、グレスタ公を頼るために森を出て草原を進んだ。
お父さんは常に危機意識を持っていた人だと思う。昔から私たちはお父さんから何かあったときの行動を言い聞かされていた。グレスタ公という人のことは良く知らなかったけど、お父さんとお母さんの名前を出せば保護してくれるということだった。
でも、物事はそんなにうまく運ばない。私たちは旅の途中でダークドッグに襲われてしまった。
ダークドッグというのは群れで人を襲う動物。私もお父さんから教わっている。だけどそのダークドッグは単独だった。群れに着いていけなくなった年老いたダークドッグだ。
お兄ちゃんは勝てると思ったのだと思う。私にはわからなかった。ダークドッグは大きくて、年をとっているから弱い、という気がしなかったから。
お兄ちゃんはダークドッグと戦った。私は必死でサポート魔法をかけた。でも思った以上に難しかった。お兄ちゃんはダークドッグの爪と牙でぼろぼろにされる。私のサポート魔法があるから大けがはしていないけど、すぐにダメージを受けてしまって、私は次々と魔法を使わなくてはいけなかった。
私はそんなに魔力が多くない。お母さんにも言われていた。だからすぐに魔力が尽きて動けなくなった。お兄ちゃんも必死にダークドッグと戦っているけど、全然追い返せていない。
もうダメ。私たちは絶望した。
その時、いきなり女性たちが現れた。そして彼女たちは一瞬で、ダークドッグを殺してしまった。私たちは驚いて見ているだけだった。
彼女たちは私たちを救ってくれた。でもそれは彼女たちが善人だからと言うわけではなかった。そもそも、彼女たちは私たちの戦いをずっと見ていたようなのだ。本当に殺されそうになって初めて彼女たちは私たちを救ったのだ。悪趣味と言っていい。
彼女たちは助けられた見返りに私とお兄ちゃんの体を要求した。一瞬耳を疑う。私たちは彼女たちに陵辱されなくてはならなかった。
助けてからの条件付けなんて、今思えば撥ね除けるべきだった。でも当時の私にそんな判断はできなかった。当然お兄ちゃんもだ。もっとも、お兄ちゃんは美しい女性たちとエッチなことができるのだからそれほど嫌ではなかったのかも知れない。
私はそこで初体験をすませることになってしまった。初めての相手はお兄ちゃんだった。
ひどい目にあわされたとはいえ、私たちが救われたことに間違いなかった。
彼女たちは私たちを近くの街まで送り届けてくれた。
本来トラウマになりそうな、○○されたことやお兄ちゃんと○○させられたことに対して、私はそれほど苦しみを感じていなかった。
理由は明確だ。私は彼女たちの魔法に心を打たれたからだ。
私はお母さんのような魔術師になりたかった。お母さんは凄腕の魔術師だった。私はお母さんに憧れて、魔法を教えてもらった。でも私には才能がなかった。
お母さんも私に才能が無いことは気がついていたようだけど、私が望むから、一生懸命教えてくれた。だけど結局使えるようになったのは光、炎、水といったごく初歩的な魔法と、相手を強化するサポート魔法だけだった。それ以外はどんなに呪文を真似しても発動させられなかった。
お兄ちゃんは無意識で魔術師の基礎である魔力循環ができたようだった。私はお母さんから教わっても、なかなか身につかなくて、苦しみながら基礎訓練をしていたのに。
そんなときに出会った彼女たちは、お母さん以上に魔法が使える特別な人たちだった。
私はその中でもベアトリスさんに惹かれた。これはただ、アクアさんは魔術師ではないと思ったし、キャロンさんは初めからちょっと怖かったからだ。ベアトリスさんは私たちのいる場所を結界に包むというものすごい魔法を何の苦もなく使っていた。
だから私はベアトリスさんに弟子入りすることを望んだ。
私の粘り勝ちだったのだろう。結局ベアトリスさんは私を弟子にしてくれた。その代わり、私は彼女たち三人の○奴○になることを誓わされた。
まだ十一歳の私を性○○にしようという彼女たちの嗜好は理解できなかったけど、ある意味、体さえ差し出せば私は魔法の修行を付けてもらえると言うことだ。私は彼女たちに従った。
想定外だったのはお兄ちゃんがアクアさんの弟子になったことだ。そのせいで、私は再度お兄ちゃんとも○○しなくてはならなくなった。彼女たちは私たち兄妹を絡ませて楽しんでいたのだ。
そんな修行の日々は数日で唐突に終わった。
彼女たちは近くの城に住み着いた盗賊を追い払う依頼を受けた。そしてその依頼に私たち兄妹を連れて行ってくれたのだ。
私たちは足手まといだ。盗賊相手に戦えるわけはない。それでも私は彼女たちに着いていきたいと願った。
私たちは特別に仕事を与えられた。盗賊が住み着いている城の状況を調査する仕事だ。私たちが調査して、その間に彼女たちが盗賊を討伐する。そんな役割分担だった。討伐してから被害状況を調査するよりも同時に進めた方が効率的という考えのようだった。
本当はベアトリスさんやキャロンさんの戦いを見たかった。でも、連れて行かれないよりはましだ。私たちはその仕事を受け入れた。
私とお兄ちゃんは言われた通り、城の上から階を下りながら調査した。危険は無いはずだった。盗賊は彼女たちが逃がさないで受け持つという約束だったから。でもそれは嘘だった。私たちは逃げてきた盗賊四人と戦わなくてはならなくなった。
お兄ちゃんはダークドッグの時よりは戦えていた。きっと修行の成果が出ているのだと思う。でも、とても勝ち抜くのは難しく感じた。やっぱり四対一は厳しい。通路が狭いから粘れているだけ。
私も強化魔法でサポートするけど、ダークドッグの時を考えれば、それだけでは意味が無いと分かる。そこで昨日の修行を思い出した。昨日はベアトリスさんの代理でキャロンさんが魔法を教えてくれたのだ。私はその時、光の矢に似ているけれど、なんの威力もない光の魔法を作った。これは呪文を使うから魔力をあまり消費しない。
私は見た目だけ光の矢の魔法を使って、お兄ちゃんを援護した。そのかいもあって、お兄ちゃんは二人の盗賊を倒すことができた。
でも油断できない。相手はまだ大人二人が残っている。お兄ちゃんも肩で息をしている。かなり疲れているし、向こうも怒り狂っている。だけど私はお兄ちゃんの横に立って戦うことはできない。
このままじゃいけない。もっと何とかできないのか。
そこで思い出した。私よりお兄ちゃんの方が魔力が多い。それを利用できないだろうか。キャロンさんは私に空気中から魔力を吸収するやり方を教えてくれた。お兄ちゃんの魔力を私が吸収できれば、どうにかできるのではないだろうか。
考えている暇はなかった。お兄ちゃんは二人の盗賊を相手に剣を打ち合っている。私は一瞬の隙を突いてお兄ちゃんの手を掴んだ。
「お兄ちゃん。魔法。斬るの!」
イメージでお兄ちゃんの魔法を吸い上げ、お兄ちゃんの振る剣に乗せて解き放った。
結果は上手くいった。お兄ちゃんの強い魔力で吹っ飛ばされた二人の盗賊は、その場で転倒していた。お兄ちゃんはすかさず彼らに迫って、とどめを刺した。
この予期しない戦闘は、作為的なものだった。私たちは彼女たちに捨てられたのだ。彼女たちは盗賊の持っていた財宝を奪って立ち去っていた。その代わり、彼女たちは私たちに今回の依頼の報酬を全額提供してくれた。
そこで私たち兄妹はもう一つ悲しい事実を知ることになった。城に住み着いた盗賊は私たちの村を襲った盗賊であり、すでに両親は殺されていたのだった。
私たちはグレスタに戻って、依頼主のモンテスさんに会い、報酬を受け取った。
その時、私たちはお父さんとお母さんがかつてダグリスの貴族であったことを聞かされた。政変があって追い出されたのだろうとのことだった。残念ながらグレスタ公も追放されており、私たちは頼る相手を失っていた。
行き先をなくした私たちは結局ドノゴ村に帰ることにした。両親のおかげでほとんどの村人は逃げ延びたはずだったからだ。きっとほとぼりが冷めれば村に戻ると思った。
私たちは馬車を乗り継いで、ドノゴ村に戻った。
焼き払われたはずの村の再建は早かった。
帰ってきた私たち兄妹を村中で歓迎してくれた。私たちも死んだものと思われていたみたいだった。結局今回の盗賊襲撃で死んだのは私のお父さんとお母さんだけだった。
私たちはお墓の前で泣いた。
冒険者のお父さんたちが住み着いたおかげで、ドノゴ村の防犯体制は強くなった。だからみんなお父さんたちに感謝していた。私たちも悲しくはあったけど、誇り高くもあった。
私たちは村長の家に住むことを勧められた。だけどお兄ちゃんと相談して、自分たちだけで暮らすことにした。村長は新しく建てた納屋を私たちの為に譲ってくれた。
私はずっと魔法を使うことばかり考えていて、村での仕事をしたことがなかった。でもこれからは違う。私は裁縫を習って、服を作る練習をした。お兄ちゃんも剣を振ってばかりいたけど、この村に戻ってからは農作業の手伝いをしている。
もう冒険者になるという夢を追ってはいられない。お父さんとお母さんが死んで、自分たちが今までどれだけ恵まれていたのかに気がついた。
この村にいる限りは、この村の産業を手伝って生きていくしか無い。お父さんたちのように卓越した能力があるわけじゃ無いのだから。
村に帰って、一月くらいして、私は自分の体の異変に気がついた。生理が来なくなったのだ。そして吐き気が常に襲ってくるようにもなった。
知識として知っていたけれど、認めたくはなかった。でも、気のせいだと思うのは難しかった。二月経ってもやはり生理は来なかった。吐き気とか気分の悪さは続いている。
私はある夜。兄に打ち明けた。
「お兄ちゃん。私・・・。妊娠した」
お兄ちゃんは驚愕した。そして何も言わなかった。
お兄ちゃんもわかっているのだと思う。父親はお兄ちゃんだ。私たちは近親相姦で子供を作ってしまった。当然、あってはならないことだ。知られたとすれば、私たちはこの村から追い出されるに違いない。
「堕胎する方法って・・・」
お兄ちゃんは言う。私は一瞬声を上げそうになった。私には子供を降ろすなんて発想がなかった。そんなの人殺しだ。なのに、お兄ちゃんは私に子供を産ませない方法を考えている。
でも、考えてみれば当たり前だった。近親相姦での子供が生まれるよりは、子供を産まないようにして、今まで通りの生活を続けた方がいい。
「私。この子を殺したくない」
私はつぶやく。お兄ちゃんは唾を飲み込んだ。その決断は今後かなりの困難を極めることがわかっているから。
ただ、堕胎薬と呼ばれている薬物も体に良いと言われているわけじゃない。飲み過ぎて死んだという話も聞く。もちろん都会ならもっと質の良いものもあるのかもしれないけど、田舎では堕胎薬と呼ばれる薬草を煎じて飲む程度のことだ。確実性も薄い。
私たちはじっくりと話し合った。
問題なのはこの子の父親が誰であるのか。お兄ちゃんの子を孕んだなんて決して口にはできない。結局私は、今後の人生に影を落とすような屈辱を受け入れなくてはいけなかった。私はお兄ちゃんとはぐれている間に見ず知らずの男に襲われた。そういう筋書きだ。
心では受け入れられなかった。でも、そうするしかなかった。
それからは地獄の日々だった。
村の娘たちは汚いものを見るかのような目で私を見た。村の男たちは好色な目で私を見た。村のおばさんたちは優しくしてくれ、日に日にお腹が大きくなっていく私に色々世話を焼いてくれたけれど、影で噂話をしていることには気がついていた。
頭の中では男たちに陵辱されている私を想像していたに違いない。実際は女三人に陵辱されていたのだけど。
お兄ちゃんも初めは慣れないながらも私のケアを頑張ってくれた。でも私のお腹がだんだん大きくなっていくと、私を腫れ物を扱うかのような態度になった。それが少し腹立たしかった。体が動かしにくくなった今こそ、もっと親身になってほしいのに。
そうして、数ヶ月後。私は無事に出産した。出産に関しては慣れたおばさんたちが多かったので大いに助かった。
生まれた子は女の子だった。名前は私が付けた。ルミナ。光の意味がある。私はこの子を守ろうと心から思った。




