(15)結末、六日目の午後
レクシアは笑っていた。こんなにうまくいくと思わなかったから。
ルクスとログを最悪な形で別れさせる。考えるのは簡単だが、実行するのは難しい。レクシアができることはルクスを少し誘導することと霧に魔法を付与することだけだ。シナリオ通りに動かすことなんてできない。
キャロンが朝から湖の周りを調べ初め、石の結界に気がついたようだった。そろそろこの結界は破られるのだとわかった。
そこでレクシアはログのすぐ側に潜んだ。霧が深いのでログとルクスに気がつかれることはないだろう。
二人は釣りをしたり、食事をしたりしていた。
その間にレクシアは霧に向かって長い呪文を唱える。
食事が終わったところで、レクシアはルクスの意識に干渉してログの剣を見たい気分にさせた。
ログは簡単に誘いに乗ってきて、近くに剣を持ってきてくれた。
レクシアは緊張しながら二人の行動を監視する。
ログが片付けを始めそうになったので、チャンスと思いルクスを眠くさせた。すると、ログはルクスに小屋で休んでくるように言った。
レクシアはカッツポーズを作る。最後の詰めのためには、一度二人を離す必要があった。
ログが一人になったところで、レクシアは先ほど唱えた呪文を解放した。
レクシアが霧にかけた魔法は、湖の中の景色を影として空中の霧に映し出すことだった。霧をスクリーンとして使うのだ。今までログが見えなかったのはスクリーンを更に霧で覆って見えなくしていたからである。
その手前の霧を晴らしたので、ログの目の前には巨大なスクリーンができあがっていて、そこに湖の中の光景が写る。
実はアクアとベアトリスは昨日から、湖から逃げ出そうともしないでことあるごとに○○し合っているのである。もともと性にだらしない二人とは思っていたが、ここまでおさかんだとは思ってもいなかった。湖に捕らわれて以来、彼女たちがしているのは食べるか寝るかエッチするかだけである。
今日も朝からおさかんに絡み合っていた。それを見せつけたのである。ログが唖然としているところを見て、霧を動かして二人の声も流れてくるようにした。
すると、ログは夢心地の顔で、光景にのめり込んでいた。レクシアは笑い出しそうになるのを必死にこらえた。
レクシアは笑っていても仕方がないので、最後の策略に入る。
レクシアはルクスを起こした。そして全裸にさせると、そのままログの元に向かわせたのだ。
レクシアはただルクスを向かわせたのではない。仕掛けをしてある。ルクスの体を変化させ、レクシアが十一歳の頃の自分そっくりな姿に変えた。
十一歳のレクシアの姿をしたルクスは、二人の絡みに見入っているログに接触した。
レクシアはルクスの行動全てに干渉できるわけではないので、ここからはルクスが何をしたいかが全てになる。
夢から覚めたログは幼いレクシアの姿に困惑し、ルクスを拒絶する。
でもルクスは自分の行動がログに拒絶される理由が分からない。ルクスはログに尽くそうとするが、ログはルクスから逃れようとしている。
このあとログがどう行動するかは未知数だった。最悪、偽体魔法を駆使してもっと化け物のような姿に変えることも考えた。その状態で、ルクスのログに対する思いを高めるように仕向ければ、ログはルクスを敵と勘違いして斬り殺すだろう。
急激な身体変化を行わせると、ルクスも魔力切れを起こして倒れてしまうが、どうせ殺させるつもりなのだからそれでもいいと思った。
六歳児のルクスが十一歳のレクシアに変化したことだけでもルクスの魔力はかなり消耗している。ただ、霧には魔力が込められているので、それを吸収することで、倒れないですんでいる。
しかし好都合なことに、そこまでしなくても、ログは十一歳のレクシアを化け物として認識してくれた。
ログが剣を抜いて、ルクスに斬りかかったとき、レクシアはこの作戦が成功したことを確信した。
そして、レクシアはルクスが斬られた瞬間、ルクスを元の少年の姿に戻した。
偽体魔法はリアルにできあがっているので、血も流れる。ただ、その痛みを感じるとルクス自身がショック死してしまう可能性があるので、痛みは伝えなかった。そしてその後ルクスの意識を刈り取った。
ルクスの中の存在はしっかり守ったつもりだ。本当に死なせてしまうつもりはない。ルクスの中の存在を仮死状態にさせることは以前にもやったことがある。
ただ、接触せずにルクスを変化させ、その上仮死状態にしたのは今回が始めてだ。しっかり準備したかいがあった。
「さて、あとはどうやってルクスの死体を回収するかね」
いつまでもルクスの中の存在を寝かせているわけにはいかない。どこかで起こしてあげなくてはならない。ルクスが埋葬されたときに回収するのが順当なところだろう。
ちょうどその時、レクシアの湖を覆っていた石が大量に壊されたのがわかった。これで霧は晴れていく。
レクシアは霧が晴れる前に素早くその場を立ち去った。
※※
キャロンは朝から湖を回っていた。霧で視界が良くない。
「霧を出している物は何だ」
魔力探知ならベアトリスの方が得意なのだが、キャロンもできないというわけではない。しかし、大規模な結界装置のようなものはまったく見当たらなかった。
「湖を覆うほどの霧だ。これだけの魔力を使うと、人の体では無理だし、何か装置を使っているはずなんだが」
昔ベアトリスは「霧の魔物」の魔力を利用した時間を止める結界というのを作った。大量の魔力を使うためにはそういった魔力の供給源が必要なはずだ。
「やはり、ないな」
大きな湖を回って、そういう大規模な装置がないことを確信した。
キャロンは他の可能性を考えながら歩いていたが、そこで一つの石が目にとまった。その場所に落ちていることが不自然だと思ったからだ。それを手に取る。
「魔力がこもっているな」
その石を手で転がして調べながら、キャロンははっと目を見開いた。
「これを考えた奴は馬鹿か? いや、天才か?」
鉱物は魔力を持っているものが多い。この石にも元々ほんの微弱な魔力がこもっているが、そこに新たに魔力をつぎ込んでいる。しかしそれはあまり強いものでもなく、ちょっと魔力が大きい石として見過ごしてしまう程度のものだ。
そしてそこに込められた魔法は霧を発生させるものだった。たった一個では大した効果が無いだろう。キャロンは辺りを探して他の石を探した。すると、同じように魔力のこもった石が次々と現れる。
「石と石が近くにあれば、相乗効果を発揮するのか。こいつの能力は空気中の魔力を吸い込んで微弱な霧を発生させるだけ。カモフラージュには最適だが、これで湖を覆うとしたら一体何個必要なんだ」
キャロンは呆れてしまう。こんなことをするならもっと他の手段に頼った方がいい。一個一個に魔力を込めるのも大変だし、それを湖の周りにばらまくのも骨が折れる。よほどの執念がないとやっていられない。
「やっていることは馬鹿げているが、それなりに効果は高いな」
石から出ている霧に別の魔法を乗せている事が予想できる。そうすれば、石に特別複雑な魔法を込める必要は無い。しかしそれはそれで二度手間である。そんなに労力を掛けるなら一つ一つの石にもっと複雑な呪文を乗せておいた方がいいだろう。
キャロンならそうするし、その方が無駄はない。
「では、何の魔法を霧に乗せたのか。ベアトリスとアクアが湖から出られないような魔法か。どんな魔法だ?」
キャロンはその場を離れながら、石を手で弄ぶ。
この結界を破るのは簡単だとわかった。転がっている石を排除すれば良い。ただ、湖一周のすべての石を排除するのはそれなりに面倒だ。一気に片付ける方法を見つけたい。
「そうだな。空気中から魔力を吸い込んでいるなら、霧が出る前に過剰に吸い込ませて壊してしまえば良いな」
キャロンは手に持っている石に魔力を流し込んで壊した。予想通り石はただの石だ。過剰な魔力を詰め込まれては耐えられない。
そして立ち止まる。
「ん? そうか。そういう魔法か。この湖から出ようとする人間の魔力を石に吸い込ませるようにした」
一つ一つの石は大して魔力を吸えないだろうが、大量の石があるのなら普通の人間の魔力は吸い尽くされてしまうだろう。
キャロンは湖をにらみつけた。
「この仕組みは恐らくベアトリスならすぐに気がついただろう。それにアクアもいる。二人で出られないわけないな。あの馬鹿ども。サボりか」
キャロンは広い砂地まで来た。魔力を大量に流して結界を破壊する方法は色々考えられるが、一番簡単な方法がある。
キャロンは砂地に埋まっている石を次々と掘り出していった。
「馬鹿げているな。よくこれだけ埋められたもんだ」
大量の石を集めて、そこに攻撃魔法を打ち込んで石を壊した。
そして水辺まで行く。
この場所の石は全部取り除いたので、結界に穴が開いた状態である。もちろん他の石は健在なのでまだ霧を出し続けているが。
キャロンは湖の中に入っていった。
※※
「あら、結界に穴が開いたわ」
アクアとくんずほぐれずの状態で絡み合っていたベアトリスが顔を上げる。
「あ? キャロンか」
「多分そう」
そして二人は○○を止める。
アクアは大きく伸びた。
「いやー、やったやった。これだけベアトリスと○○続けたのは初めてじゃないか?」
ベアトリスは水浴びをしながら答えた。
「アクアに付き合ってあげたのよ。本当に底無しなんだから」
二人は結界の破れた方向に向かって歩いた。
やがて前からキャロンが泳いでくる。
「待っていたわよ。キャロン」
ベアトリスが水に潜ってキャロンに抱きつく。キャロンはうるさそうにベアトリスを押しのけた。
「なんでここから出なかった」
キャロンがにらみつけた。
「あら、キャロンならわかるでしょ。出ようとしたら魔力を吸い尽くされる。そういう巧妙な結界よ。内側からはそう簡単に出られないわ」
「それでもやりようはあるだろう。自分の周りに特別な結界を張るとかな!」
ベアトリスはそっぽを向いた。
「それは思いつかなかったわねぇ」
キャロンはアクアを見た。
「あんたなら簡単に結界を壊せただろう」
「だってよ。結構えぐく魔力を吸い出すぜ。やばそうだろ」
「まったく。あんたらは」
「良いじゃない。さぁ、出ましょう」
ベアトリスが言う。しかしキャロンは首を振る。
「この結界を放置できん。ぶち壊す」
「あら、どうやって?」
キャロンはアクアを見ながら答えた。
「アクアの魔力で結界の石を破壊すれば良いんだ。ベアトリスが必要以上に魔力を吸い取られないように結界で守れ。それでこの湖を一周泳いでこい」
キャロンが言うとベアトリスが頬を膨らませた。
「えーっ。また働かせるの。キャロンがやってよ」
「今までサボっていた罰だ。自分の不手際は自分で片付けろ。私は先に戻っている」
「もう、キャロンの意地悪!」
しかし、キャロンはすぐに泳いで立ち去っていった。
アクアがベアトリスの肩を叩く。
「まぁ、良いじゃねぇか。あまりキャロンを怒らせるのも怖いしな」
「わかったわよ。じゃあ、行きましょうアクア」
そして二人は岸に向かって歩き出した。
※※
キャロンは湖から出て服を着る。
まだ疑問は多い。ベアトリスとアクアを閉じ込めたのは明らかに故意だろう。この結界が自動的な仕掛けだとしたら、もっと多くの人が湖から出られなくなっていたに違いない。
ではなぜ、ベアトリスとアクアが狙われたのか。
とはいえ、それほど致命的ではない。湖に閉じ込めるだけで、それ以上の危害は与えられない。そもそも、本当は二人ともこの結界を破れたはずだと思う。
「面白がって私の手間を掛けさせたのか。あの馬鹿ども」
湖の周りでビシッと言う破壊音が小さく響き始めた。それがどんどん伝播していく。アクアが魔力を石に流し始めたのだろう。
アクアの魔力量は異常である。なぜなら増大を続けているからだ。普通魔力量が成人してから増えるということはない。しかしアクアの魔力は常に増大を続けている。しかも、それだけ魔力量が増えると、普通の人間では体が耐えられないはずなのに、アクアはぴんぴんしている。キャロンにとってはアクアも貴重な研究材料である。
先に戻りたかったが、放っておくとまたサボりそうなので、キャロンは湖を見張っていた。どんどん霧が晴れていく。
「どんな速度で移動しているんだ。体力馬鹿め」
あまり待たずに石のはじける音はキャロンの側まで戻ってきた。
「もう、早すぎ。目が回るじゃない」
水から上がってきたベアトリスがアクアに文句を言う。
「いい加減水の上も飽きたんで早くすませたかったんだよ」
ベアトリスは服を身につける。といってもマントをかぶるだけだし、そのマントは荷物と一緒に持ち歩いている。
「魔力は大丈夫のようだな。かなり消耗したはずなのだがな」
「多少はな。数は多かったけど、一つ一つはそれほど耐久性がないみたいだったぜ」
「じゃあ、仕事に戻ろう。もう大体準備はできている。モンテスの所に行くぞ」
キャロンが歩き出そうとすると、すぐにアクアが止める。
「待てよ。私のアーマーが小屋にあるんだよ。そっちに寄らせてくれよ」
アクアだけ素っ裸のままだった。
「ああ、そうだったな。じゃあ、まずは向こうに顔を出すか。さすがにもうログやルクスはいないと思うが」
そして三人は歩いて小屋に向かった。
裸のまま湖畔を歩くアクアは周りからかなり注目されていた。
※※
小屋が見えてきたところで、アクアが異変に気がついた。
「おい、何だ、ありゃ」
ログが膝をつき座っている。そしてその前でルクスが倒れていた。
「行こう」
キャロンが走り出す。全員ログの所に駆けつけた。
その場は凄惨なものだった。血を流し真っ白になってしまったルクスと、その前で膝をついたまま呆然としているルクス。真っ赤に染まった剣が横に落ちている。
「おい、ログ、ログ」
アクアがログの肩に手を置き声をかけた。しかしログは目を閉じたまま天を仰ぎ、まったく動かない。
その間、キャロンとベアトリスがルクスを見た。完全に斬られて死んでいる。一撃で斬られたことがよくわかる。
「波が出てきたわね。ここじゃ濡れるわ。動かしましょう」
ベアトリスはルクスを抱き上げてその場から離れた。
その間もアクアはログの肩を揺さぶりながら声をかけ続けた。
しばらくしてやっとログがアクアの方を向いた。
「アクア・・・」
アクアはログの顔を軽く叩く。ログが目を開けた。
「おい、どうしちまった。大丈夫なのか」
ログはうつろな目のままさっきまでルクスのいた場所を見た。ルクスの死体がないことで少しログは意識を取り戻した。
「僕は、いったい」
「むしろ私はそれを聞きたいな」
キャロンがログの前に立つ。ログはこの状況がわからずにいた。
「おまえ、覚えていないのか」
ログが横を見るとアクアと目が合った。
「僕、僕は・・・」
ログは何かを思い出そうとする。何か。
「ルクスは、ルクスは今、どこ」
ログは弾かれたように声を上げた。キャロンとアクアは顔を見合わせる。どう見てもログがルクスを斬ったとしか思えない。なのに、ログはそれを忘れているかのようだ。
「こっちよ」
ベアトリスが答えた。
「そこだと波で濡れそうだから。運んだの。見てなかったの」
しかしベアトリスの前に横たわるルクスを見てログは青ざめた。
「嘘だ」
ログは頭を抱える。
このままではらちがあかない。キャロンがログの前にしゃがんで尋ねた。
「何があったんだ。なぜおまえはルクスを斬った」
その瞬間ログの体が震え出す。現実から逃げようとするかのように首を振る。
「違う。僕は、僕が斬ったのは・・・」
「おい、どうした」
アクアがログの肩を掴むが、ログはその手を振り払った。
そして横に置いてあった剣を取り、剣を自分の胸に突き刺そうとした。
「やめろ、馬鹿!」
その瞬間キャロンはログの剣をはじき飛ばし、アクアはログの腹に拳を入れて気を失わせた。
「ふぅ」
アクアがうつぶせに倒れるログを見てため息をつく。
「いったい何があったんだ?」
キャロンはログの剣と鞘を拾った。
「ログがルクスを斬ったのは間違いなさそうだな。他に誰かがいたというわけでもなさそうだ。とりあえず、小屋に入るぞ」
「そうだな」
アクアはログを担ぎ上げて、小屋に向かった。




