(11)ルクス、四日目の昼
「そろそろ起きろ。もう昼過ぎだ」
ログが顔を上げる。アクアが笑っていた。
「まだ○○りたいか。だが、キャロンが来る前に起きるぞ」
ログはアクアと抱き合っていた。少し気恥ずかしくなる。アクアは隣で眠っているバレルの額を指で弾く。バレルはうなり声を上げて目を覚ました。
「うぉー、よく寝た」
バレルが起き、軽いやりとりのあとでアクアは立ち上がった。
「ほら、もう起きるぞ」
その時になって、扉を叩く音がした。
「やべっ。ログ、おまえ出てこい」
「まだ服着てないよ」
ログたちはドタバタと服を着始めた。
扉の音はその後はしなくなる。ログは身支度を調えて扉を開けた。
やはりあきれ顔のキャロンが立っていた。
「夜にたっぷり楽しんでいるんだろう。昼間から○○しまくっているんじゃない。何度も同じ事を言わせるな」
「いや、昼寝していただけだから」
キャロンは扉を開けたまま中に入ってくる。もうアクアとバレルは服を着て椅子でくつろいでいた。
「また、新顔を連れ込んだか。今日が最後だからといって、遊びすぎなんじゃないか。アクア」
キャロンがにらむ。
「お、おまえ・・・」
バレルが小さくつぶやいた。キャロンが視線をバレルに向けた。
「ん? どこかで会ったことがあるか?」
「いや、会った事なんて無い。初めてだ」
バレルが慌てて手を振ると、キャロンから視線を外した。ログはお茶の準備をし始めた。
キャロンが椅子に座って入り口を振り返る。
「おい、何をしている。早く入ってこい」
その言葉でみんなの顔が扉の方に向いた。すると、開いた扉から小さな顔がそっと現れた。五、六歳の薄い黄色い髪の男の子である。
キャロンがノックの後小屋に入らなかったのは、少年を連れていたからだった。中でどんな醜態がさらされているかわからないので、うかつには入れなかったのである。
「ん、なんだあのときのガキじゃないか」
突然バレルが声を上げた。
「おまえの知り合いか?」
アクアがバレルに言った。
「知り合いってほどじゃねぇよ。ちょっと前にたちの悪い男どもに付いていきそうになっていたんでな。止めたのさ。仕事を探していて、騙されそうになったってわけだ」
そしてバレルは少年に向かって言った。
「あれから変な大人に騙されていないか。おまえみたいにガキのくせに顔が整った奴は危ないんだ。エロ貴族に売られちまうぞ」
するとその少年は中に入ってきた。
「もう騙されてないよ!」
「なんだバレル、おまえ男もいける口か」
アクアが言う。バレルは顔をしかめた。
「んな分けねぇだろ。しかも子供だぞ。ただ、そんな子供が好きな変態野郎もいるってだけのことだ」
「アクアなら子供でもOKか? 私はごめんだが。やはり十歳以上だな」
キャロンが平然というと、バレルは呆れた顔をする。
「それでも十分変態だと思うんだが」
「私は固ければ何でもいいぜ」
アクアが更に残念なことを言う。
ルクスは恐る恐るといった感じでキャロンの後ろまで来た。ログはみんなの前にお茶を並べた。
「どうした。そいつ。拾ったのか」
「違う。こいつの用事はログだ」
急に名前を言われてログは驚いた。しかし、少年はログの方を見るわけでもなく身を縮こまらせていた。
少年にとってこれだけの数の大人に囲まれるのは怖い。
「ログ。おまえの知り合いか」
アクアが言う。でもログに記憶は無かった。
「顔つきが似ているな。おまえの兄妹か親戚じゃないのか」
キャロンも言う。
「いえ、僕の肉親は妹以外にいません」
ログは言い切った。
「どうしてここに連れてきたんだ?」
バレルが言うとキャロンが答えた。
「なに、冒険者の宿の入り口で『ログという人はいないか』と訪ねていたんでな。捕まえて案内してきたんだ。理由はまったく話そうとしないのでよくわからんし、探しているログがこいつなのかもわからない」
バレルは椅子を引きずりながら、少年のそばに行った。
「何も話さんとわからんだろ、坊主。なんでログを探している」
すると少年はバレルをにらんだ。
「おじさんが、必要なこと以外不用意に話すなと言ったんじゃないか。だから僕はログにしか話さないんだ。おじさんがログ?」
キャロンがバレルを見た。バレルは頭をかく。
「ああ、あんときかよ。俺がおまえに事情聞いたら言わんでいいことまでほいほいしゃべるから釘を刺しただけだ。えーとな。仕事を受けたなら、必要最低限のことは話さないと誰も協力してくれないぞ。自分一人でやろうとしても失敗するからな」
「そうなの?」
少年はきょとんとした顔で言う。
「それで私が尋ねてもだんまりを決め込んでいたのか。おまえの指導方法が悪い」
キャロンが言う。
「別に指導なんてしてねぇよ。だが、浮浪児のおまえが盗みに走らずに仕事を受けるのはいいことだ。ここにはおまえを騙そうなんて奴はいねぇからよ。話してみな」
すると少年はうなずいた。
「手紙を渡すように言われているんだ。ログに手紙を渡して、返事を受け取ってこいって言われた」
「手紙?」
ログは自分に手紙を出す相手に心当たりがなかった。可能性があるとすればエグザスの人間だろうが、ログがグレスタにいることは知らないだろう。
「誰に言われたんだ?」
バレルが僕の代わりに聞いてくれる。
「配達屋のおばあちゃん。ちゃんと仕事をすればお金がもらえるんだ」
すると突然バレルが笑いだした。
「なんだそういうことかよ。そいつは秘密の仕事じゃない。もっと大っぴらにやってもいい案件だぜ。おまえ、いい仕事をもらったな」
「どういうことだ」
アクアが尋ねた。
「配達屋の仕事の一環だよ。住所がある貴族様とかはいいけどな、俺たち冒険者や町の奴らは住む場所も頻繁に変えるし、なかなか手紙を配達しにくいのさ」
「ギルドに預ける方法があるだろう。冒険者なら冒険者の宿に預ければいい」
「どこのギルドに所属しているかもわからなければ、どうしようもねぇだろ。特に遠距離の配達を行う配達屋はな、一つの場所にいられる時間が限られている。あまりゆっくりもしていられないのさ。この場合、人を雇って、手伝わせることがあるんだ。地域の子供を使うことが実際に多いんだよ。意外と子供ってのは情報網を持っているから、宛てがわからない相手に届きやすいのさ。浮浪児は必死だから、見つけるまで熱心に探してくれるんだよ」
「くわしいな」
「俺は浮浪児じゃねぇが、ガキの頃にそんな仕事を長くやっていたぜ」
地元の冒険者であるバレルはこの町に詳しいようだ。元採掘工の友人もいるようだし、顔が広いのだろう。
その子はごそごそと懐から手紙を取り出した。
「おっと、俺はログじゃねぇ。ダメだぜ。仕事を完全にやり遂げるためにはしっかり確認が必要だ。おまえが探しているログが何者かわかっているのか」
「知らない。この町にいる冒険者の人」
「ログは僕だよ」
ログが少年に声をかけた。少年はログをじっと見つめた。
「お兄ちゃんが、ログ?」
「ああ、そうだよ。冒険者のログだ。でも誰からだろう。僕がグレスタに来たのは四日前なんだけど。人違いじゃないかな」
「それもそうだな」
キャロンが急に手を伸ばして少年の手紙を取り上げた。
「あっ」
少年が驚いたような声を上げる。そしてキャロンは手紙を確認し始めた。
「返してよ! ちゃんと仕事しないとお金がもらえないんだよ」
キャロンはコインを一枚少年に投げ渡した。
「賄賂だ」
「ワイロ」
「変なこと教えるんじゃねぇよ。キャロン!」
バレルが怒鳴る。
「まぁ、その四日間の間に知り合った奴かも知れないが、念のためな。それよりあんた前に私と・・・」
「初対面だって言っているだろ!」
バレルが遮る。キャロンは肩をすくめた。そして、確認が終わるとログに向かって手紙を投げ渡した。
「特に魔法がかかっているわけでもないし、危険なものが入っているわけじゃない。だが、封筒からは出し主もわからん。開けていいんじゃないか」
ログはキャロンに促されて、仕方がなく封筒を開け、中の手紙を取り出した。
手紙は二つ折りにされており、それを広げるとたった一つの言葉が書いてあった。
ログはそれを見た瞬間に青ざめる。
「どうしたログ」
ログは手紙を持ったまま固まっていた。その様子に、アクアが身を乗り出して、その手紙をのぞき込んだ。
「なんだこりゃ」
アクアは言った。
手紙には一言しか書かれていない。丁寧な字で『三歳』とだけ。
その場の空気が分からない少年はログに言った。
「ねぇ、返事を書いてよ。返事を届けないと、僕の仕事は終わらないんだから」
アクアがログに尋ねる。
「それ、人違いじゃなく、おまえ宛に届いたものなのか?」
「・・・僕、宛てです」
ログは小さく答えた。その数字の心当たりは一つだけだ。自分の娘、ルミナの年齢なのだ。もしも順調に成長していたのなら、今は三歳になっているだろう。ログはルミナの一歳の誕生日の日に村を飛び出したので、ルミナがどんな風に成長したのかはわからない。
キャロンはログの様子がおかしいことを気に留めず、椅子に座り直した。
「ふむ、なら連れてきた甲斐があったって事だな。そっちの話はこれで終わりだ。後はその少年と話し合ってくれ」
ログは我に返って、手紙をゆっくりと封筒の中に戻した。
キャロンが本題に入る。
「アクア、ベアトリスはあれからここに立ち寄ったか?」
アクアはログから離れて椅子に座った。
「いや。昨日も会わなかったのか」
「ああ、さすがに二日続けて現れないのはおかしい。調査してくれないか」
キャロンが言うとアクアが嫌な顔をした。
「げっ。そっちをやらせるのかよ。おまえの方が魔法使えるんだから調査は楽だろ」
「モンテスのところでやる仕事が多い。これは私にしかできないだろう。湖の調査をするなら、この小屋がいい拠点にもなる。どうせおまえの仕事は終わって暇になったんだ。今までさんざん男遊びをしてきたんだから、そろそろ働け」
「でも湖だぞ。めちゃめちゃ広いじゃねぇか」
「鉱石のとれる場所はベアトリスから聞いて目星が付いている。そこを重点的に調査してくれ。あいつのことだから心配はないと思うが、手伝いが必要な状況になっているのかも知れない」
キャロンの言葉にアクアは首をすくめる。
「わかったよ。この後湖に潜ってくるさ。ログ。そう言うわけだから、この小屋の片付けはおまえに任せる。明日には引き払うつもりだからな。今夜で食材を使い切る」
キャロンがアクアの返事を聞いて満足そうに立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ最後の鉱石をもらうとするか」
アクアも続く。
「お兄ちゃん、返事書いてよ」
その時少年が、ログの側にきて裾を引いた。彼にとってはそっちの方が重要である。お駄賃がもらえない。
「えーと、やることがあるから夕方でいいかな」
ログが言い訳をすると、バレルが割り込んできた。
「俺が手伝うぜ。手紙くらいちゃっちゃと書いてやんな」
しかしログはどう返事を書くべきかまったく思い浮かばなかった。少しでも時間稼ぎがしたい。
ログは思いついて前を歩くアクアに尋ねた。
「そうだ。アクア、この子にも夕食をごちそうしてあげていいかな」
アクアが立ち止まって振り返る。ちょっと首をかしげている。
「別に私はかまわないが、そうなると泊まりになるぞ。夜子供を一人で帰すわけにはいかないからな」
バレルが口を挟んだ。
「俺が連れ帰るさ。これでもベテランのC級だぜ。だが、なんで、夕食だ」
「浮浪児なら、そんなにいい食事をとったことがないでしょう。アクアの料理を食べさせてあげたいと思ったんですよ」
ログが理由を説明する。アクアが笑った。
「そんなに褒められたら気分が良くなっちまうじゃねぇか。まぁ、調査の時間にも寄るが、腕によりをかけてやるよ。その代わり下ごしらえはおまえが全部やっとけな」
アクアは裏口から出て行った。ログは少年に声をかける。
「おいしい料理を食べたいだろ」
すると彼は目を輝かせた。最近はお駄賃をもらっているからましだが、満足に食事をできないことも多い。おいしい食事といわれれば気になるに決まっている。
「うん」
「じゃあ、もう少し待っていてくれよ。必ず返事を書くから。ところで君の名前は?」
「僕、僕はルクス」
「じゃあ、ルクス。ゆっくりしていって」
ログはアクアを追って裏口から外に出た。
キャロンが鉱石に向かって魔法をかけた。
「量が多いな。今までで一番じゃないか」
「昨日は専門家が混じっていたんだよ。初めからあいつらに出会っていればもっと早く終わったんだろうけどな」
「それは運が良かったというか、悪かったというか。この町の開発時は採掘もよく行われていたみたいだが、今は経験者も少ないようだ。モンテスが言っていたよ」
作業が終わって、ワゴンの中は砂と緑色の石だけになる。再びキャロンがログを見て、袋を投げ渡した。
「やれ」
あくまで召し使い扱いである。ログはそれでも素直にワゴンに近寄ると、砂の中から緑色の石を取りだし袋に入れ始めた。
「ねぇ、何してるの。お兄ちゃん」
暇になったルクスがログのすぐ後ろにいた。
「危ないから下がっていて」
ログは慌てて注意をうながす。すると、ルクスは大人しく後ろに下がった。
ログは作業を再開したが、ふと、大きめの石を落としてしまった。その石は勢いよくころがっていった。ルクスが走っていき、嬉しそうにその石を捕まえた。
ルクスは拾い上げた石を見て、少し見とれた。澄んだ深緑で綺麗な石だった。ルクスも初めて見る石だろう。しかしすぐに顔を上げてログの方に駆け寄っていく。
「落としたよ」
「ありがとう」
ログが石を受け取ろうとしたとき、いきなり石が宙に浮いて飛んでいき、キャロンの前で止まる。キャロンが魔法で石を奪い取ったようだ。
ルクスが嫌そうな顔をする。
「返してよ。僕がお兄ちゃんに渡すんだから」
さっきと同じように奪われたので、少しルクスはご立腹だった。
当然かまわずキャロンは石をじっと見ていた。そして、確認を終えると、ルクスの手の中に石を戻した。
「それは返さなくていい。記念に取っておけ。綺麗だろ」
「えっ」
ルクスは驚いた顔をする。
「もう十分この石は採れているんだ。それ一個くらいならプレゼントしてやるよ」
ルクスはキャロンの顔と石を見比べ、そしてログの方を見た。
ログが答えた。
「とっておきなよ。キャロンが言うなら大丈夫だ」
「うん。ありがとう」
ルクスは笑みを浮かべた。
それからキャロンは石を持って帰り、アクアも全裸で湖の中に潜っていった。
※※
うまくログに手紙を届けられたし、ルクスと接触させることもできた。ログがすぐに返事を書けないことも想定済みだ。単にログを悩ませるためだけの嫌がらせなのだから。
レクシアの作戦の第一段階はログとルクスを接触させ、親密にさせることだった。
でも、ルクスは妙に真面目なようで、ログから返事を受け取ったらすぐに帰ってしまいそうだ。レクシアは、ルクスがログに興味を持つように誘導させたかった。これはうまくいくか分からない。ログにも心はある。レクシアが勝手に決めることはできない。
それでも今のところ、うまくいっている。少なくとも夕方まではログといられる。この先、ルクスにはできるだけ粘って、ログに張り付いていてもらいたい。




