(10)バレル、四日目の午前
鳥の声を聞いた気がしてログは目を覚ました。振り返るともう日が小屋の中に入ってきている。ログはまだ正面の部屋で音がしているのに気がついた。
「まさか本当に朝まで?」
見れば本当に○○していた。
その時扉が叩かれた。ログは驚いて立ち上がる。
「は、はい」
「あのよ。待ってても誰もこねぇんだけど、今日は帰る奴ぁいねぇのかね」
「あっ、ちょっと待ってください!」
ログは大声で叫んだ。ログも椅子で転た寝していて、かなり寝過ごしていた。送り迎えの馬車がすでに来てしまっていたようだ。
ログが部屋に入ろうとしたところ、アクアが全裸のまま出てきた。少しのぼせた顔をしている。
「もうそんな時間かよ。やばいな。おい、帰る準備をしろ。急げ」
アクアが後ろに向かって声をかけた。
「おい、おまえら、起きろ。すぐ帰るぞ」
バレルの声もする。
そしてドタバタしている音が聞こえてきた。
ログは入り口に行って扉を開けた。
外にはログがここに来たときの無愛想な御者がいた。陰気な顔で見ている。
「あの、もう少し待っていてもらえますか。準備をしているんで」
すると後ろから声がする。
「おい、親父。おまえの仕事も今日で終わりだ。明日からは来なくて良いぞ」
御者は表情を変えずに、答えもせずに馬車の方に戻っていった。
その時になって、男たちが出てきた。少しよたついている。
「悪いな。本当は朝飯も作るんだが、今日は間に合わない」
「いや、大丈夫。精力剤の飲み過ぎで胃がたぷたぷだ」
「昨日の飯が良かったから、もう十分だぜ」
男たちは口々に言いながら小屋を出て行く。ちなみにまだアクアは裸のままだった。
「お疲れさん。元気でな」
男たちが去った後、アクアは後ろに立つ上半身裸のバレルに向き合った。
「なんでおまえは帰らないんだ?」
そう、なぜかバレルは一人ここに残った。バレルが答える。
「なに、ここから町までは十分走って帰れる距離だからな。馬車になんて乗らないさ。アクア、続きでもするか」
アクアは微笑んだ。
「降参だよ。さすがにもう満足だ。夜中○○された経験なんてさすがに初めてだったよ。しかも○○なのに誰もがっつかずに私を○○せることばかり考えているなんてな。さっさと寝たい気分だ」
「そうか。実は俺ももう限界だ」
バレルも笑う。そして続けた。
「それでアクアよ、俺と一緒にならねぇか」
ログは驚いて止まってしまった。バレルはさっきまでと変わって真面目な顔をしている。
アクアも驚いたようで少し固まっていた。しかしすぐに力を抜く。
「驚かせるなよ。冗談にもほどがあるぜ」
「冗談じゃねぇよ。初めに会ったときにおまえに惚れちまったんだ。だからおまえを満足させたら、言おうと思っていたのさ。二回目の時もダメだったんで、今回は道具や薬に頼っちまったが、それくらい本気って事よ。別におまえを閉じ込めようってんじゃない。男遊びも好きにしていいさ。俺も冒険者だ。一緒にパーティ組もうぜ。俺はおまえと一緒にいたいんだ」
ログは身が裂けるような思いでバレルの告白を聞いていた。ログ自身もアクアに告白したいと思っていたからだ。先を越された形だ。
やがてアクアは笑い出した。
「ふっ、驚くな。まさか私に告白する男が現れるとはよ」
「おまえみたいな美人なら、何度も男に言い寄られたことがあるだろ」
「私は○○マニアだぜ。たいていの男は○○はしたいが、恋人にしたいと思わねぇさ。本気で告白してきたのは多分おまえが初めてだと思うぜ」
「そいつは嬉しい話だ。俺は本気だぜ。○○マニアで○○好きでも俺はかまわないさ。おまえと一緒にいたいだけだ」
バレルが歩み寄ろうとしたところをアクアが手を前に出して止めた。
「バレル。悪いがおまえには無理だな。依頼内容によってはおまえと臨時のパーティを組むこともあるだろうが、一緒にいるという意味ではおまえにはつとまらないんだ」
アクアははっきりと断った。ログは安堵する。しかしバレルはめげなかった。
「緩い関係のチームってつもりでもかまわないぜ。言っただろ、おまえを閉じ込める気はねぇんだよ」
アクアは肩をすくめた。
「勘違いするなよ。別におまえが嫌いと言うわけじゃないのさ。たとえば、夜の関係だけ続けてくれというのなら、別にかまわないぜ。大歓迎だ。まっ、私はここを拠点にしているわけじゃないから、頻繁に会えるかはわからないけどよ、会えるなら毎晩会ってもいい。私が無理だと言ったのは強さのことだ。バレル。おまえは私に勝てないだろ。私の横に並べる強さがないのなら、私とのパーティはつとまらない。おまえは数百の魔獣に囲まれて生き延びたことがあるか? 巨大な竜を倒したことがあるか? 私のそばにいると言うことは、それに見合う力があると言うことだ。おまえも冒険者なんだからわかるだろ」
アクアの言葉は気持ちの話ではなく、パーティとしての正論だった。
冒険者がパーティを組むときはある程度同レベルの者じゃないと成り立たない。もちろん先輩が後輩に指導するためパーティを組むのなら実力差があっても問題にならないが、背中を任せて戦うパーティなら、実力差が著しいと難しい。
「力、か。俺も結構いける口だと思っているんだけどな」
バレルが言う。
「私は形式的にはB級だが、実際はA級くらいなんだ。面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だから、レベルアップを断っているだけなんだぜ」
「「A級!」」
バレルとログの声が重なった。
「A級ってのは英雄レベルだぜ。おまえの年でそれは・・・」
「証明する方法はあるが、ちょっと物騒になるからな。A級の証明にはならないが、これが私の一部って事で納得してくれ」
するとアクアから何かが吹き出した。空気がよどむような。圧力ある空気が押し寄せるような、そんなものがアクアから吹き出している。
「ぐっ、なんだ、これは」
バレルが少し後ずさりする。
「これは魔力? 純粋な魔力があふれてくる」
ログは少し大きな声で言った。こんな風に魔力に触れるのは久しぶりだった。妹の支援魔法を受けたときに感じるものを数百倍にしたような感覚。
そして急にその魔力の渦が止む。
アクアは舌打ちした。
「やっぱりまだ増えているのか。前はここまででもなかったんだけどな」
「な、なんだ、今のは」
バレルが少し震える声で言った。
「本当は秘密だぜ。自分の手の内を明かす馬鹿はいないからな。初めて告白されて少し浮かれているだけだ。一応内緒で頼む」
アクアが苦笑すると、バレルは少し立ち直ったようだ。
「いや、秘密と言われてもよくわかんねぇよ。おまえが強いのは知っているさ。おまえを襲いに行った奴らがみんな返り討ちに遭ったからな。だが、それと今のは違う気がするぜ。ログが魔力とか言っていたが、いわゆる魔術師ってわけか」
アクアはログをにらんだ。
「魔術師と言えるかは微妙だが、そんなもんだ。ただ、今のは魔力を開放しただけさ。私の魔力は多い。だから普段は漏れないように体の内側に閉じ込めているんだ。私もこんなにあふれてくるとは思わなかったぜ。結構ひどいことになっているな」
バレルがふっと息を吐いた。
「振られちまったか。あーあ、結構真面目に言ったつもりなんだがな。だが、別に諦めたわけじゃねぇ。せめて夜のパートナーとしてくらいは覚えていて欲しいぞ。確かに一緒に旅をしても足手まといになりそうだからな」
「すまないな」
「だが、そんなおまえと一緒にいられる奴がいるのか。まさかログか?」
ログは一瞬緊張して固まった。しかしアクアは呆れたような顔で言った。
「まさかだろ。こいつはただの召使いだ。もうお役御免だよ。私と同じ強さを持つ奴は他に二人知っている。探せばもっといるかもしれないけどな」
ログは絶望した。告白する前からもう終わっていた。アクアにとっては本当に召し使い程度のもので、パートナーとして見てくれているわけではない。
その後、三人は食事をとってから、分担して作業を始めた。ログとバレルは部屋の片付けを始めた。アクアは荷物の整理をしていた。
「悪かったな、坊主」
いきなりバレルがログに言った。
「えっ?」
「なに、初めはおまえがアクアの想い人かと思ってがっくりきていたんだが、どうにもそんな雰囲気じゃなかったんでな。俺にもまだチャンスがあると思って先回りして告白したのさ。おまえもアクアを狙っていたんだろ。師匠と言うよりは女としてよ」
ログの想いはバレバレだった。
「そうですね。まぁ言い出す前に断られたようなものですけど」
会話が途切れる。しかしログは沈黙に耐えられずに無理矢理話を続けた。
「バレルはこれからどうするんですか」
「どうするもこうするも冒険者だぜ」
バレルははぐらかそうとする。
「そうじゃなくて、アクアのことですけど」
バレルは笑う。
「アクアにゃ未練もあるが、俺は恋人も欲しいんだよ。夜だけアクアと○○まくれたとしてもなぁ。まぁ、アクアとは良い関係を続けたいもんだな」
バレルがスッキリした顔で言うのを見てログは複雑な顔をした。ログはそこまで割り切れないからだ。
「バレルはC級でしたっけ」
「ああ、そうだぜ」
「じゃあ、このあと少し剣の修行をつけてもらえませんか」
「剣の修行? 俺のは我流だぜ」
「アクアは僕に剣を教えてくれる気が無いみたいなので」
バレルが笑った。
「A級に修行つけてもらおうなんて贅沢なもんだからな。いいぜ。ちょっと寝させてもらうが、その後でどうだ」
「わかりました」
ログとバレルは分担して、掃除や洗濯をした。
シーツを湖で洗っていたログは怪訝な顔をする。
「また濃くなっている」
ログは毎日シーツを洗っているので、変化がわかる。間違いなく日を追うごとに霧が深くなっている。もう湖だけではなく道の方にも流れてきている。町に戻るときに道に迷いそうだ。
ログが小屋に戻ると、すでにアクアが奥の部屋で寝息を立てて寝ていた。バレルももう部屋の中にいた。
ログとバレルはアクアを見下ろす。
「そっちも終わったか。まったく。寝てると昨日の乱れっぷりが嘘みたいだぜ。いつの間に体洗ったんだ。見たかったな」
バレルはアクアの隣に寝転んだ。
「おいログ、おまえも向こう側に寝な」
ログは言われた通りアクアの隣に寝転んだ。
バレルの手が伸びてきて、アクアの胸の装備と下の装備を外そうとする。
「まだやる気ですか」
ログは呆れた顔で言う。
「寝るんだよ。裸の女を抱いて寝るなんて最高だろ」
そしてバレルは本当にそのまま寝てしまった。
一人残されて眠気も出てこないログは、我慢できずに眠っているアクアに手を出してしまった。
そしてログはいつの間にかアクアに抱きついたまま眠った。
※※
少年は朝から走りまわっていた。いつもの手紙なら宛先が書いてあるのだが、この手紙には宛先がなく宛名だけである。つまり住所がわからない。
どうやって探せば良いのかわからずに、とりあえずは孤児の仲間に聞き歩いた。しかし当然らちがあかない。顔見知りの店の人などにも声をかけて歩くがやはりわからない。
これは少年にも問題があった。以前大人に騙されそうになったとき、救ってくれた冒険者に言われたのである。
「あのな、素直なことは俺も助かるし、良いことだがな。いいか、何かを聞かれたからって必要なこと以外不用意にぺらぺらと話すな。おまえが盗みをした話とか、仲間の名前や特徴なんてのは言わんでいい情報だ。そのせいでおまえが捕まったり仲間に報復されたらどうする。もっと相手を疑え。情報ってのは小出しにして使うものだ。気をつけろ」
少年にとっては難しい注文だった。情報を小出しにしろと言われても、どこまで話して良い情報なのか少年にはわからなかった。「ログはいないか」とだけ聞き歩けば、なぜ探しているのかと問われる。そうすると、少年は答えに窮してしまうのだった。
それでも、相手が冒険者であることはわかっていたので、酒場か冒険者の宿を探すと良いことは知っている。すぐにそちらに向かわなかったのは、行ったことがないので怖かったからだ。
少年は酒場で聞き歩いたが、当然冒険者の名前を知っている人はいなかった。そしてとうとう冒険者の宿に来た。さすがに中に入るのは怖すぎる。冒険者というのはならず者と紙一重の存在で、平民にとっては脅威の戦闘力を持つ存在である。その一方で、問題解決に有用な役に立つ人材でもある。
少年は冒険者の宿の入り口に立って、中に入ろうとする人に「ログを知りませんか」と、声をかけ続けていた。もちろん、見た目に怖い人間には声をかけなかった。
少年はなぜ、自分が必死にこの手紙を届けようとしているのかわかっていなかった。ただ、そうすることが当然という気持ちになっていた。
「ログ、か。その名前は知っているな。だが、なぜ冒険者の宿の中で尋ねない。受付なら多少は話を聞いてくれるだろう」
何人かに声をかけていて、やっと一人ログのことを知っている人がいた。それはたくましい体付きで皮鎧を着ている、冒険者の女性だった。
「え、と。ログという人に渡す物があって・・・」
少年はどこまで話して良いかわからなかった。だから、曖昧にしか返答できない。
当然彼女も怪訝な顔をしていた。
「渡す物、な。まぁ、あんたの探している「ログ」と私の知っている「ログ」が同一人物かは知らないが、奴のいる場所まで案内してやっても良いぞ」
彼女は少年が何をしようとしているのかうすうすわかったようだった。少年は少し驚いたが、案内してくれるというのに安心した。
「ありがとう、お姉さん」
少年は明るく答えた。その女性も笑みを浮かべる。
「まだ、十歳以下か。先行きが楽しみだな。今手を出すのはさすがに私の矜持に反するが、あと五年もすればおいしい果実になりそうだな」
「えっ?」
「何、気にするな。少し待っていてくれるか。私は冒険者の宿に用事がある。その後でログのいる場所に連れて行ってやるよ」
そしてその女性は冒険者の宿に入っていった。




