(8)予兆、一日目~三日目朝
石は少しずつ湖に霧を立ちこめらせている。
ベアトリスに対する嫌がらせの仕方はすでに決まっている。レクシアはベアトリスを湖に閉じ込めてしまうつもりなのだ。霧に対してレクシアが少し操作をすれば、この魔法は完成する。
一方、ログに対する嫌がらせは今から考えなくてはいけない。レクシアができることは限られている。どんな事をするのかしっかり考えないと良い作戦は立てられない。
レクシアは厩で馬の世話をしたあと、藁に寝転がって夜通しで考えた。
「これなら、なんとかなる」
明け方近くになって、大分作戦が固まってきた。それは若干運に頼り気味なところはあるが、うまくはまれば、ログを打ちのめすことが可能だ。本当ならもっと検証した方が良いのだろう。でも、時間を掛けすぎて、ベアトリスがいなくなったり、ログが町を出てしまっては元も子もない。
レクシアは起き上がって大きなあくびをした。少し眠くてだるい。
でも仕事がある。寝不足なんて言ってられない。
それに今夜からは新しい魔法を作ろうと思った。ログに対する嫌がらせに新しい魔法は必要ないが、やはり確実性を上げるためにもう一工夫必要だろう。既存の呪文を利用すれば、それほど時間を掛けなくても魔法は作れるはずだ。
「確実に追い詰めて上げるよ。お兄ちゃん」
※※
ログはすぐにグレスタを立ち去るつもりだったのだが、依頼の報酬をもらったあと、何気なく依頼書の張り紙を見ていると、一つ目にとまった。
依頼人はアクア。そして依頼内容は鉱石の発掘。常時募集という内容である。すぐに受付で内容を聞くと、受付の女性はさげすんだ表情でログを見た。
ログにはその意味がわからなかった。しかし割り込んできた茶髪で無精髭を生やしたバレルという冒険者の話を聞いて理解できた。
依頼の報酬は安い。一日の労働に見合っていない。しかし、その代わり夜はアクアと○○できるというのである。そのためか、一日四人限定で、連泊してもいいらしい。しかしたいていは一日で干上がって戻ってくるため、毎日四人送り出すことになっているようだ。
ログはそれを聞いて複雑な感情が湧いた。確かに、アクアを始め美女三人は全員が性的に奔放だった。あの時は、ログとレクシアが搾取の対象となっていたが、普段から色々な相手と遊んでいたに違いない。
ログにとっては少し胸が痛い話だった。
次の日さっそく依頼に向かうと、やはりあのアクアがいた。ただ、アクアがログに気がついたのかどうかは分からない。
仕事自体は単調で簡単だ。廃坑跡で緑の鉱石を切り崩して集めれば良い。緑の鉱石はたくさんあるというわけでもないので、掘っても出てこないときがあるし、逆に一カ所に固まっているときもある。
ただ、見張りがいるわけでもないのでサボっていても文句は言われない。
「坊主。休みながらじゃないと夜まで保たないぞ。夜の体力を残しておくのが重要だ」
座り込んでいるバレルが言った。バレルにとっては鉱石採掘よりも夜のアクアとの○○の方が重要なのだ。
彼らは適度に休憩を取りながら、鉱夫のまねごとをした。
「やってるか」
昼にアクアがビキニアーマー姿で現れた。ログも昔はよく見た姿だが、アクアも更に成長していて胸は大きく魅力は増していた。
アクアは持ってきた籠を簡素なテーブルの上に置いた。
「昼飯の差し入れだ」
そして石の入ったワゴンを見た。
「なかなかの成果だな。これはサービスしないといけないかもな。日がこの辺りに影を差すようになったら終わりにして良いぜ。さっきの小屋まで運んでくれ。私は夕食を用意しているからな」
そしてアクアは手を振りながら帰って行った。
バレル以外の二人の冒険者の目の色が変わっていた。
「なんかすげぇ格好してたな。本当に冒険者なのか」
バレルは軽く答える。
「さぁな。まぁ、見た目通り淫乱な女だぜ。しかも底無しの体力とくる」
アクアが持ってきてくれた食事はかなりおいしいものだった。
食事が終わって彼らは作業に戻ったが、一人抜け駆けして、アクアを襲いに行ってしまった。しかし程なくその男は戻ってくる。
その男は頬を大きく腫らして手でさすっていた。バレルはからかうように言った。
「敵わなかっただろう。うかつなことをしても損するだけだぞ」
それからみんなで作業に戻り、日暮れまで働き続けた。
彼らが緑色の鉱石を積んだワゴンを押しながら小屋に戻ると、良い匂いが漂ってきた。途端にお腹が鳴る。
「これも楽しみの一つだ。飯がうまいんだ。酒がねぇのがいまいちなんだが」
小屋に入ると、アクアが料理を作っていた。
「おっ、帰ってきたか。まずは成果を確認させてもらおうか」
アクアはすぐに手を止めて歩いてきた。
「ああ、しっかり働いたぜ」
バレルは答える。アクアは台車に積み上がった石を遠くから見た。確認すると言いながら、調べようとはしない。
「なるほど。結構集められたじゃないか。そろそろこの依頼も終わりかもな」
アクアは戻ってくる。
「良い仕事だった。今夜は楽しませてやるよ。まずは飯で腹を満たそうぜ。夜は長いんだ。体力を回復させないとな」
アクアの料理は焼き魚と肉の煮込みスープだった。男たちはアクアの手料理に舌鼓を打った。
食事を終え、そしていよいよ、夜の宴が始まった。
朝、元気なのはアクアのみだった。早起きしてせっせと朝食を作っている。他の三人は泥のように眠っていた。
ログもまったく消耗はない。なぜなら、ログはアクアと彼らの○○に加わらなかったからだ。理由はログにもよくわからない。大人になったアクアとそういう関係になりたいという強い感情はあるが、あの中に加わるのは違うと思ってしまったのだ。
「飯ができたぞ。早く来い」
ログたちはテーブルに着く。ログ以外の三人は今にも眠りこけそうなくらい衰弱しきっていた。
「飯は、いいや」
一人が言った。するとアクアが笑った。
「そう言うだろうと思って用意したのは冷スープだけだよ。昨日あれだけ運動したんだから、少しは腹に入れて行けよ」
テーブルには人数分のスープと乾燥したパンが置いてあった。
全員が食べ終わった頃にアクアは立ち上がる。
「来たか」
馬の声がした。冒険者たちも何とか椅子から立つ。
「帰りはここまで向かえに来るんだ」
ログはつぶやく。昨日は途中で降りて歩いてきた。てっきり昨日の場所まで歩くと思っていた。
「そういうルートだからな。御者は朝ここに寄って、順風亭に行き、そして客を降ろして家に帰る。そういう契約だ」
アクアが答える。
バレルは小屋を出る前にアクアに言った。
「じゃあな。次こそ○○狂わせて失神させてやるぜ」
「そりゃ、楽しみだな」
アクアは笑いながら、応える。
ログが、一番最後に小屋を出ようとしたところで、アクアがログの肩をつかんで引き寄せた。
「こいつはここに残る。だが、補充は四人でお願いするぜ。スピナに伝えておいてくれ。それからこいつの報酬は無しだ。仕事もなかったことにしてくれ」
バレルが驚いて振り返る。
「なんだ、そりゃ。補充は良いとして、報酬無しは可哀相だろう。確かにそいつはおまえを満足させなかっただろうが」
しかしアクアはきっぱり言う。
「いいんだよ。こいつは私の弟子だ。弟子に払う報酬なんて無い」
「アクア、僕のことを・・・」
ログが感動した顔で言葉を発しようとすると、アクアは遮った。
「一人じゃ手が回っていなかったんでな。丁度良い召使いが手に入ったところだ。だからこいつの報酬はいらないのさ」
本当にアクアはログを召使いとして欲していただけだった。ログはその日から、アクアにいいように働かされることになった。
もっとも、ログにとって悪いことばかりじゃない。その日の午前中にログは仮眠するアクアと○○することができたし、午後はたまたま尋ねてきたベアトリスとも○○した。そもそもアクアと一緒に過ごせるというだけでログは幸せだった。
ログの仕事は掃除と洗濯である。毎晩派手に男たちと○○が行われるので、布団もシーツも汚れまくってしまう。それ以外は、鉱山で発掘作業をする男たちへ弁当届けるくらいだ。それほど重労働と言うこともない。
アクアは買い出しと料理をやっている。意外なことにアクアはとても料理が上手だった。
その日の冒険者たちは少し問題だった。採掘をせずに朝からアクアを襲いに来たのである。そしてそこでログはアクアの圧倒的な強さを見せつけられた。冒険者になり、多少なりとも自信をつけてきていたログはその差に打ちのめされた。
リーダー格の男の剣はアクアにまったく通用しなかった。素手のアクアに簡単にあしらわれる。最終的に彼らはアクアに叩きのめされ、湖に投げ捨てられた。
その男の仲間も同様に湖に投げ込まれ、残った二人はそそのかされただけということで解放され、採掘に戻っていった。
その夜はアクアと残った二人の男たちの○○タイムだったが、やはりログは加わらなかった。日中アクアを独り占めできるのに、ここで加わってはもったいない。
その日の夜の宴は比較的早く終わった。
朝の男たちはほとんど生きる屍だった。
ログはスープを配膳するが、二人は手をつけることなくテーブルに突っ伏している。
「少しは喉に通した方が良いですよ」
ログが言うと、二人はやっとスプーンを持ち上げ、ゆっくり口に運んでいた。
アクアは機嫌が悪かった。夜の宴に不満が残っているようだ。たいてい四人を相手にして明け方まで乱痴気騒ぎを続けている。それなのに、昨日は徹夜していない。
「馬車が来たな。どっちか、もう一日残るか?」
二人から返事はない。なんとかスープを半分ほど食べたところで止まっていた。
「じゃあ、二人とも残ると言うことで」
アクアが言うといきなり二人は大きく首を振った。それも必死に。
「わかったよ。じゃあ、追加の四名をお願いな。スピナに伝えておいてくれ」
男たちは裸エプロンのアクアを見ないように立ち上がり、そのまま扉から出て行った。
「次の奴らは体力があれば良いんだが」
アクアがため息交じりに言ってスープを飲む。
「二人しか残らなかったからじゃないの」
「二人がかりで一人の女をおもちゃにできたんだぜ。もっと喜んで欲しいもんだけどな」
アクアは食事を終えるとエプロンを外した。
「水浴びしてくるから、片付けておけ」
アクアはログに平然と全裸を晒す。ログを挑発しているのかからかっているのか。恐らくそのどちらもだろう。
アクアはそのまま小屋を出て行った。
ログは食器を片付け始めた。今日もやることは決まっている。食器洗いがすんだら、部屋の掃除と、布団干し。それからシーツの洗濯である。アクアは午前中に仮眠を取るので、まずは部屋掃除から始めないといけない。
ログは午前中にアクアを独り占めできることを期待していた。午後には買い出しに行ってしまうので仮眠中のアクアと過ごすのがログにとって最高の時間なのである。
ログが小屋の裏で布団を干していると、複数の足音が聞こえてきた。
今日採掘をする冒険者が来たらしい。彼らは裏手に回って来た。
「よう。まだいたんだな。坊主」
いきなりログは声をかけられた。姿を現したのはバレルだった。
「バレル。また来たの」
一日ぶりの登場である。
「おう、前回、あと少しで依頼が終わるようなことを言っていたからな。今日こそはアクアをへろへろにしてやる」
他の三人はログの知らない顔だった。しかしビキニアーマーのアクアを見て鼻息を荒くしている。
「バレルはもう知っているだろうが、この台車に緑色の鉱石を集めてきてくれれば良い。そっちの台車に乗っているだろう。ああいう石だ。昼飯は運んでやるからできるだけ頑張ってくれ。それから、夜の体力はしっかり残しておいてくれよ。昨晩はちょっと欲求不満なんだ」
アクアが言う。
「よし、行くぞ。しっかり働いて、しっかり食って、それで夜は男を見せるぞ!」
「「「おう」」」
なぜか息の合っている四人は台車を押して出て行った。
「バレル。すごいな」
「ま、そこそこ長持ちするからありがたいぜ。変な馬鹿がでないかぎり、今夜は楽しめそうだ」
そしてアクアは小屋に戻っていった。ログもシーツを持ち出して湖に洗いに行った。
※※
湖畔の霧は濃い。日に日に濃度を増している。そろそろ違和感を感じる人も出てくるだろう。
レクシアは明け方から湖畔に立ったまま手を伸ばして霧に触れ、目を閉じていた。
昨日、ベアトリスはいつもよりも早く湖を出てしまい、そのまま戻ってこなかった。もしかするともう終わってしまったのだろうか。
これだけ霧が濃いと、さすがにベアトリスも怪しく思うのではないか。
ただ、この霧は石が湖の魔力を集めて勝手に放出しているだけなので、自然現象との区別は難しいはずだ。
この霧をはき出す魔法に何か特徴があるのだとすれば、これがレクシアの魔法であるということに尽きる。つまり、レクシアの魔法との親和性が高い。
レクシアは霧に触れていれば、霧の中にいる人が薄ぼんやりとわかる。昨日から霧が濃くなり過ぎて、湖に入る船も減っていた。一人ですいすいと湖に入っていくベアトリスは結構わかりやすい。
この探知魔法のようなものは実は魔法ではない。レクシアはただ霧に触れて魔力吸収をしている。それだけで、ある程度の情報が体に入ってくる。
「来た」
具体的に誰だかわからないが、誰かが湖の中を船も使わずに入っていくのがわかる。こんな風に湖に侵入しているのはベアトリス以外にいない。
「良かった、間に合った」
もう間に合わないのではないかと内心ひやひやしていた。
ベアトリスが湖の中程まで入ったのを感じて、レクシアは目を開けた。そして、偽体魔法を解いて呪文を唱える。
レクシアの呪文が霧の中に吸い込まれていく。やがてレクシアは手を下ろし、再び偽体魔法で老婆の姿になった。レクシアは笑みを浮かべた。
「うん。大丈夫なはず。これで上手くいかなかったら、その程度の魔法だったって事」
レクシアは特に難しいことを行ったのではない。石が吸収する魔力の方向をベアトリスに向けただけなのだ。石は大気の魔力を吸って霧としてはき出している。それが今度はベアトリスの魔力も吸うようになる。外に出ようとすればするほど石たちは強く魔力を吸おうとする。レクシアはあの石たちに魔力を与えるのに二度失神している。あれは活性化程度だったが、今は本格的に魔力を吸うようになっている。恐らく無理に出ようとすればベアトリスの魔力が吸い尽くされるはずだ。
それでもきっと、この霧の結界は破られる。ベアトリスがこのまま黙って閉じ込められているわけがない。それが明日なのか、明後日なのか。でも簡単じゃないだろう。
これで、もうベアトリスに対してレクシアができることはない。次はログだ。
レクシアは町の方へ歩いて行った。




