(8)グレスタの街へ
「大分時間が経っちゃったわね」
事が済んで、ベアトリスはマントを羽織りながら空を見た。太陽の位置はそろそろ夕方を示している。
「グレスタはここからそう遠くないだろうが。今日中につけるかどうか。バムとか言う盗賊を探すのも難しいな」
キャロンも身支度を整えた。
「こいつらを連れてちゃ無理だろうな」
アクアがビキニアーマーをつけながら、まだ裸のまま眠っている兄妹を見た。
「まさか捨てていくなんて言わないわよね」
「私もさすがにそこまで鬼畜じゃないつもりだがな」
キャロンが答えるとベアトリスは安心したようだ。
「そうよね。ログもレクシアもこんなに可愛いんだから、将来絶対美形になるわよ。絶対」
「相変わらず。顔ばかりかよ。やっぱり○○は体力だろ」
「あら、その割りにはアクアだって楽しんでいたじゃない」
「たまには初物を喰らわねぇとな」
ばかばかしい会話をしているベアトリスとアクアをキャロンは遮る。
「とはいえ、この子たちを連れて行くと確実に野宿コースになる。あまり時間は取りたくないんだが」
「初めにベアトリスが見つけたんだから、ベアトリスに押しつければいいんじゃね」
「ちょっとアクア。何、勝手な事言っているのよ。共犯でしょ。共犯」
ベアトリスがムキになるのでアクアはにやりと笑ってキャロンを見た。
「だったらおまえしかいねぇじゃねぇか」
キャロンは肩をすくめた。
「あれか。あれは結構魔力を消耗するから嫌なんだがな」
キャロンはこういう時に便利な魔法を開発していた。それは空を飛ぶ魔法だ。現在のところ、空を自在に飛ぶ魔法は実用化されていない。魔法とは体内の魔力を変換して目的の現象を起こさせる技術である。そのため空を飛ぶ魔法自体は存在するが、人間の持つ魔力量では短時間で力尽きてしまうのである。
キャロンもこの魔法に挑戦し、独自の解釈で新たな魔法を作り上げた。キャロンが考えたのは「跳ぶ」ことだった。踏み出しの出力を上げること、体に空気をまとわりつかせて落下までの時間を稼ぐこと、空気中の魔力を効率よく取り入れることなど、複数の魔法を融合させて、高速移動の魔法を作り上げた。欠点としては、自分一人で移動する為に作った魔法であるため、重いものを抱えると、飛行距離が極端に落ちることだ。
「でも、あれが一番手っ取り早いでしょ。私も手伝うから」
「あんたが手伝うのは当たり前だ。そもそも私一人で四人を抱えて飛ぶ事なんてできん」
「はいはい」
ベアトリスは、眠っているログとレクシアの方に近づいていき、呪文を唱えて掌をかざした。すると掌から光が生まれ、その中に兄妹は閉じ込められる。
「さぁ、アクアもどうぞ」
ベアトリスが手招きする。
「狭そうだな」
「文句を言わない」
アクアは光の中に入っていった。
「じゃあ、後はよろしく。キャロン」
最後にベアトリスもその光の中に入る。光は白い球体になった。
「やれやれ。抱えるのも一苦労だな」
キャロンは白い球体を両手で抱えて持ち上げる。四人が入っているので、かなり大きい。
「もう少し軽くできないのか。ベアトリス」
キャロンは愚痴を言うが、白い球体は反応しなかった。仕方がないので諦めて呪文を唱える。
「さて、行くぞ」
キャロンは一気に空に飛び出した。
ベアトリスの魔法で幾分軽くなっているとはいえ、四人が入った球体を運ぶとかなり魔力が消耗する。キャロンは二度ほど跳んでやっと門が見える場所まできた。そこで球体を地面に放り投げる。
「やっぱりこの人数を運ぶのはつらいな」
球体は壊れたりはせず、少し転がって止まる。球体の中からアクアが飛び出してきて、大きくのびをした。
「せめぇ」
「あれ以上大きかったら運べない。あんたは小さいんだから、もっと縮まっていてくれ」
「それ、私のことチビだと言っていないか」
アクアがキャロンをにらみつける。
ベアトリスは球体から出てこなかった。その代わり声がする。
「私はこの子たちと消えるから、アクア、運ぶのお願いね」
すると、白い球体は色が薄くなり、最後には見えなくなってしまった。アクアが透明になった球体をつかむ。
「私が運ぶのかよ」
「あんたが一番力があるんだ。妥当だろう」
「もうここまで運んでやったんだからその辺に捨てちまえば良いんじゃねぇか」
ベアトリスが文句を言う。
「アクアったらひどい。多分この子たちは町に入れないわよ。お金もないし、身分証もない。ここで捨てたら死んじゃうじゃない」
どの町に入るときでも身分証は必要だ。冒険者の場合はそれが冒険者カードとなる。身分証がなくてもお金を払うことで町に入ることは可能だが、それもできないとなるとかなり困難なことになる。何日も町の外で待たされたり、一時的に監禁される場合もある。
「せっかく拾ったんだから、町にまでは入れてやろう」
キャロンが助け船を出す。
「そうよね。さっきの○○だと消化不良よ」
「でもガキって体力ねぇからなぁ」
「あんたが底無しだからだ。あんたを満足させる奴なんているわけないだろ」
「わーったよ。じゃ、いくか」
アクアは透明なものを持ち上げて自分の頭に乗せた。片手でそれを支える。
「なんか重いんだけど」
アクアが文句をつける。
「だって、浮遊魔法は魔力を消耗するから、今は最低限バランスを取るくらいしかやっていないもの。アクアなら私と子供二人くらい平気でしょ。キャロンには無理だろうけど」
「人を体力馬鹿みたいに言うな。重いもんは重いんだよ」
「余計な事言っていないで、さぁ、行くぞ」
キャロンは歩き出す。仕方がなくアクアも付いていった。
片手を頭の上に上げているアクアは奇妙な視線で見られたが、無事二人はグレスタに入ることができた。
「まずは宿探しだな。この重い荷物を早く降ろしたいぜ」
「冒険者の宿で聞くことになるな。私たちはこの町に詳しくない」
冒険者の宿については門番に場所を教えてもらっている。冒険者カードで町に入ろうとすれば、当然冒険者の宿に行くように指示されることになるのである。グレスタには冒険者の宿が一件しかなく順風亭という名前のようだ。
店に着くと、アクアはベアトリスの球体を入り口のそばに置いた。
「じゃあ、行ってくる」
「早くしてね。消えているの結構疲れるのよ」
二人は店の中に入った。店の中はかなり込んでいた。雰囲気はダグリシアとはずいぶん違う。ダグリシアの方が殺伐としてるイメージだ。
アクアとキャロンが中に入ると二人に視線が集まった。もちろん新参者ということもあるが、やはり見た目のインパクトによるものだろう。アクアのビキニアーマーはどこに行っても目立つ。
アクアとキャロンは依頼受付のカウンターまで来た。するとおっとりした顔の美人女性がやってきた。
「いらっしゃいませ。初めての方ですね」
女性は笑顔で言った。胸のネームプレートを見るとスピナという名前らしい。
「ああ、これが冒険者カードだ。ダグリシアで冒険者をしている」
キャロンが答え、自分たちの冒険者カードをカウンターに並べた。
その途端、後ろで小さな声が聞こえる。
「ダグリシア、えっ、まさか」
「あの格好、こんな所にまで」
スピナはそんな冒険者達の反応には気づいていないようだった。
「わかりました。手続きいたします。こちらでお仕事をする予定はありますか」
「まだわからないが、可能性はあると思う」
「そうですか。もしかするとダグリシアとはルールが違う点もあるかと思いますので、依頼を受ける際はお声かけください。私どもから詳細な説明をさせて頂きます」
スピナは事務的に答えた。
「ありがとう。ところで今夜時間はあるか」
「えっ? 夜、ですか?」
いきなりの問いにスピナは戸惑う。
「今夜色々教えてもらいたいことがある。仕事が終わる時間を教えてくれたら・・・」
「待て、キャロン」
後ろでアクアがキャロンの肩を掴む。
「さっき中途半端だったからと言って、私を差し置いて女を口説くな。私だってまだ○○足りねぇんだ」
キャロンは舌打ちをする。
「邪魔をするな。こう言うのは早い者勝ちだ」
そしてキャロンはスピナを振り返る。スピナはどん引きしていた。キャロンは軽く咳払いをしてから続けた。
「ちょっと高級な宿を紹介して欲しい。ベッドは三つくらい欲しいな。金は十分あるから安心してくれ」
更にスピナは怪訝な顔をした。
「あの、お金があるからといってそんな散財しては」
「大丈夫だ。この店に迷惑をかけるようなことはしない」
スピナはそれでも眉を寄せていたが、やがて答えた。
「それくらいの宿と言えば、グレスタでは一件だけですね。紹介状は書きますけど、本当に変なことはしないでくださいね。お金を踏み倒したりしたら大問題になりますからね」
そしてスピナはいったん下がって、書類を作ると戻ってきた。キャロンに紹介状と簡単な地図を渡す。
「場所は大通りに面しているからわかりやすいと思います。この紹介状を見せれば泊めてくれるでしょう。でも本当に高いですよ」
「ありがとう。近いうちに二人きりで会おう」
キャロンが軽くスピナの手を握ると、ビクンとスピナの体が震えた。キャロンはにやりと微笑む。
「だからやめろって。後でベアトリスにもチクるぞ」
しかしキャロンはアクアに平然と答えた。
「ベアトリスも私と同じ事をするさ。彼奴は美人が好きだからな」
スピナは慌てて手を引く。
「それで、手続きはしますよね」
手続きというのは冒険者の宿での登録のことだ。冒険者がその町で仕事をする際はその冒険者の宿の所属である必要がある。そのため、拠点の町を変えればそのつど冒険者カードの登録変更手続きをしなくてはならない。
「いや、今日はさっさと休みたいんでな。仕事を受ける必要が出たときにする」
「わかりました」
スピナは冒険者カードを二人に返した。
キャロンがそんなスピナの手をつかもうとしたので、アクアがその手を掴んだ。
「早く行くぞ」
仕方がなく、キャロンは受付を離れた。