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美女戦士ABCの一週間BGS  作者: 弥生えむ
第3章 よくわからないけど子供を拾ってみた

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(2)修行の日々

 翌日からレクシアの修行が始まった。

 モンテスは朝の散歩を当分の間取りやめることにした。なので、起きて身支度を調えるとすぐに作業場に行き、修行が開始された。

 モンテスが言う。

「まずは基礎から見せてもらうかな。魔力循環をしてみなさい」

「はい」

 モンテスはレクシアの頭に手を置いた。そして呪文を唱える。体の中の魔法の流れを見る魔法で、かなり一般的なものだ。


 モンテスはしばらく見てから手を下ろした。

「なるほど。ものすごくスムーズだね。毎日どれくらい続けているんだい」

「起きている間はずっとです」

 レクシアが即答すると、モンテスは苦笑した。

「本当に君は驚かせてくれるね。君のやっていることは確かに正解だ。魔力循環は基礎トレーニングのようなもので、続けるほどスムーズに魔法を使えるようにはなる。だけどね、たいていは一日数時間くらいしかやらないんだよ。私も魔力循環を行うのは午後の魔道具作りの時だけさ」

 魔力循環は慣れてくるとそれほど意識しなくてもやり続けることができる。しかし、それでも意識の一部はそちらに費やされるわけで、若干の鬱陶しさはある。魔法を使うときならばそれほど苦にならないが、四六時中となると気が休まらない。

「そうなんですか。私は二年前から魔法の修行を再開しようとしたんですけど、魔法を使えないから、魔力循環ばかりやっていました」

 レクシアにはできることが少なすぎて、魔法の修行と言っても魔力循環くらいしかやりようがなかった。


「それから、君は魔力が少ないと言っていたけど、そんなことはないよ。魔術師の平均くらいは十分にある」

 モンテスがそう続けると、レクシアはむきになって言い返した。

「そんなの嘘です。お母さんにもキャロンさんにも言われた。私は魔力が少ないし才能も無いって。それに、修行を再開してから、何度も魔力を使い果たして倒れました。魔力が少なすぎるから」

 モンテスは怪訝な顔をした。

「魔力を使い果たした? どういうことだね」

 すると、レクシアが語り出す。

「あの醜くなる魔法が急に使えるようになって、ずっとそれを維持していたらすぐに魔力が尽きて倒れました。あの魔法は呪文がないから、効率が悪いんです。今はずっと使い続けていても大丈夫になりましたけど」

 レクシアの話はどれもこれもモンテスの理解を超えていた。魔術師の修行の常識から外れている。

「今は大丈夫になったというのはどういうことだい。呪文を使わない魔法は確かに魔力の消耗が激しいし、維持するのは大変だ。慣れたら大丈夫になるというのは考えにくいんだけどね」

 しかし、レクシアは何でも無いように答えた。

「キャロンさんから空気中の魔力を取り入れるように言われていました。そうしたら魔力は早く回復するって。だから、この魔法を使っているときは同時に魔法を吸収するようにしたんです。今なら、ずっと醜い体のままでいることができます」


 モンテスは笑い出す。

「いやいや、君はかなり優れた魔術師だね。キャロン君が言ったことを素直に実践しているなんて」

 キャロンの魔法の解釈はかなり独特でモンテスのように学院でしっかり学んだ者からしてみると異端である。魔力の回復についてもいくつかの解釈があり、生物が心臓で魔力を作っているとか、食事から魔力を得ているとか言われている。空気から吸収するというのはまったく理解ができないとは言わないが、一般的な考えとは言いにくい。

「しかしそれでわかった。君の魔力は増えたんだよ」

「魔力が増えた?」

「これも一般的ではないのだけど、魔力が空になるまで魔法を使い続けると、少し魔力量が増えると言われているんだ。魔力が空になれば気を失うわけだから、誰もやりたがらないし、効果も疑わしいのだけど、君はそれを続けたおかげで魔力量が上昇したんだね」

 これは正式な理論として言われているわけではないが、経験論として伝わっているものである。ただ、あまりやる人がいないので、どれほど効果があるかはわからない。しかし、レクシアの現在の魔力量を見る限り確実に効果があったのだろう。

「そうだったんだ」

「もちろん体の成長というのもあるだろうけどね」

「あんな魔法の修行でも役に立った」

 レクシアはそうつぶやく。モンテスから見ると、魔力を使い果たすまで使い続けるというのは修行でも何でも無いのだが、本人は修行の一環として捉えているようだ。


 モンテスはもう少しレクシアの魔法や修行について知る必要があると感じた。

「君の姿を変える魔法なんだけど、あれは醜くなるための魔法ではないね」

「えっ? あれは、醜くなるために作った魔法です」

 目的は醜くなるためであったとしても、その手法はそうではない。モンテスは続けた。

「あれは姿を変える魔法の一つだと思うね。姿を変える魔法というのは昔から研究されていて、私は使えないけどいろいろな書物に書かれているんだ。でも、昨日見た感じだと、私の知っているどれとも違うようだ」

 姿を変える魔法というのはあまり望ましい魔法とは思われていない。悪事に使われるからだ。それでも研究する人は多く、いくつかは実際に使われている。もちろん同時に見破る魔法も作られていて、いたちごっこのような状態である。

「姿を変える場合、肉体が変容するのでかなり負担になるものが多いのだけど、君のはちょっと違う。私から見た感想なのだけど、自分の体に魔法の体を乗せているような感じに見えたな」

 これは既存の魔法では聞いたことが無い。理由は考えてみるとすぐわかる。肉体を盛ると言うことはその分、体を大きくしたり、余計なものを乗せてしまうわけだから、その状態で自由に動き回ることは難しい。人相を変える、印象を変えるという魔法があるので、わざわざリアルに体を盛る必要は無いのである。


 するとレクシアは右手を見た。

「どうしたんだい?」

「あの、私、練習のためにあの魔法を常に使い続けることにしているんです。今はこの右手です」

 よく見るとレクシアの右手はごつごつとしていてまるで男の肉体労働者のようだった。

「触って言いかね」

「はい」

 モンテスはレクシアの右手を掴んで確かめた。先ほど魔力の流れを見たとき、右手に力が集中していたが、このためだったようだ。

「本物の手としか思えないね。自由に動かせるのかい」

「はい。問題なく」

「感覚はあるのかな」

「あるようにもできます。普段は感覚があるようにしていないと動きに違和感が出ちゃう。でも、魔法を解除するときはひび割れてしまうから感覚をなくします。残していると痛いんです」

「それは痛いだろう。見ていても痛々しかったからね。一旦解除してみてもらえないだろうか」

 モンテスは手を放した。すると、レクシアの右手に無数のヒビが入り、崩れ落ちていった。そして皮膚は全て空気中に消えていく。

 色の白い小さな手が現れた。モンテスはうなる。


「なるほど。興味深いね。魔物の体は魔力でつくられているという説があるのだけど、それと同じように、魔力だけで体を作り上げている感じだね」

 魔力が肉体を作るというのはかなり異論がある。しかし、魔物を殺すと、体が欠損してしまうことも事実である。レクシアが使っている魔法は魔力をリアルな肉体に変えているとしか考えられない。

「名前を付けるとしたら偽体ぎたいといったところかな」

 これは醜くなるための魔法とは言えない。体に偽の体を盛って実際の体と同じように使うという高度な魔法だ。

「偽体。偽体魔法・・・」

「そもそも醜くなること以外にも使えるのではないかな」

 応用を考えると途方もない。体が小さいレクシアだからこそ、なんにでも化けることができそうだ。

 すると一瞬レクシアは悲しそうな顔をした。

「・・・可能です。体全体を大きくすることもできます」

「それはそれでものすごい魔力量を使いそうだが」

「時間をかければ可能です。初めのうちは魔力を使うけど、だんだん空気から取り入れる量が増えていって、魔力が消耗しなくなります。そしたらまた大きくすれば良いので」

 レクシアはとんでもないことを言った。これだけ魔力を喰う魔法を維持するのは本来であれば不可能に近い。魔道具を使って調整するのが一般的な方法だろう。それなのに、レクシアは魔力の強制的な吸収を前提として魔法を作り上げてしまった。自分の欠点を補うために必死で魔法を練り上げたことがわかる。

 モンテスは苦笑した。

「イメージだけで作った魔法なのに、ものすごくアレンジされているんだね。もう一度言うけど、君はものすごいことをやっているんだよ」

 しかし、レクシアの顔に晴れた様子はなかった。どうしても魔法に対する劣等感がつきまとってしまうのだろう。モンテスはその理由を確かめることにした。


「まずは呪文を覚える所からやってみようかな」

 そしてモンテスは魔導書をレクシアに渡した。そして、あるページを開かせる。そこには一つの呪文が書いてあった。

「アルガ、ジリ、サダルファ」

 レクシアはそれを読む。しかし当然何も起こらない。

「これは本当に初歩的な魔法でね」

 そしてモンテスは小さな石を机に置いた。

「こういったものに魔力を注ぎ込む魔法なんだ。本当に魔法を注ぎ込むだけで何かが起こると言うことはない。ただ、私のように魔道具を作る者にとっては最初に覚える魔法だね。こう発音する」

 そして石を指で掴んでから言った。

「アルガ、ジリ、サダルファ」

 そしてその石をレクシアに渡した。

「魔法が入っているのがわかるかい」

 レクシアはそれを指でつまみながら言った。

「はい、何となく」

「よろしい。ではやってみよう。私を真似して」

 そして、レクシアは訓練を始めた。

 師の発音を真似て呪文を唱える。それが魔術師の基本的な修行だ。この呪文はそれほど難しい発音というわけでもない。効果が高い魔法の方が呪文の発音は難しくなる。

 モンテスはまず呪文が自分でも使えるということを学んでもらうことにした。


 しかし、やはりすぐには上手くいかなかった。声を真似ると言っても、男と女では声色が違うし、老人と若者でも発音は違う。レクシアは男を真似たり、年を取った振りをしたりと色々やってみるが、成功しなかった。

 あっという間に時間が過ぎていった。

「そろそろ休んだ方がいい」

 モンテスは声をかける。思った以上にレクシアは音を真似るセンスがなかった。モンテスも高度な呪文を試して、発音できずに苦労した経験はある。だから、レクシアが苦しいのは理解できるのだが、今回の呪文はそれほど難しいものではない。それでも、レクシアは正しい発音ができない。

「いえ、まだできます」

 レクシアは言い返す。実際に魔力循環をしているだけで、魔力を使っているわけではないので疲れていない。ただ、失敗を続けているので気持ちは萎えてくる。

 モンテスはアドバイスをした。

「だったら、そうだね。上手くいくかわからないけど、キャロン君が言ったようにイメージを持ってみてはどうだろう。自分の魔力が、石の中にしみこんでいくような感じで。もう言葉自体は暗記しただろう。文字を読んでいると、どうしても言葉として考えてしまうし、あまり言葉に捕らわれずに歌を歌うような気持ちでやってみたらどうかな。まずは、もう一度私がやってみよう」

 そしてモンテスは呪文を唱えた。これで手本を示すのは何度目だろう。そのつどレクシアは工夫を凝らしているが、むしろそのせいで本当の発音から遠ざかっているような気がする。

 レクシアは目を閉じて、モンテスの音を聞く。

「一人でやってみます」

 レクシアは言った。レクシアはモンテスが自分にかかり切りになっているのが申し訳なく思っていた。

「気にしなくて良いよ」

 気を遣われたことがわかってモンテスは答えるが、レクシアは首を振る。

「一人で集中したいんです」

 モンテスはレクシアの性格がだんだんわかってきた。彼女はかなり頑固で一途である。こういう性格だと、上手くはまればぐんぐん伸びるが、上手くいっていない時でもそのまま突き進んでしまう傾向にある。だが、まずはレクシアを否定せずにやらせてみることにした。

「なるほど。わかったよ。何かわからないことがあったら声をかけてくれたまえ。すぐ隣の部屋にいるから」

 そしてモンテスは出て行った。


 レクシアは一人になっても愚直に呪文を唱え続けた。声色を変えて、発音の仕方を変えて。でもまったく魔力が石に入り込む感じはなかった。

 自分のセンスの悪さに嫌気が差す。

 モンテスは朝からずっと、丁寧に繰り返し指導してくれた。これで成果をまったく出せなかったとしたら、かなり迷惑をかけてしまったことになる。レクシアには払えるものが何もない。無償で時間を取らせてしまっている。

 レクシアは必死に呪文を繰り返した。


 昼になって、バロウズが昼食ができたと知らせに来た。

 モンテスの家では朝食がなく、レクシアは実際かなりお腹が減っていた。昨日久々にたくさんの食事を採ったので、贅沢になってしまったようだ。

「難しそうだね。しかし、それほど無理をする必要は無いよ。コツを掴むまでには個人差がある。もしどうしてもしっくりこないというのなら、他の呪文にしても良いのだが」

 食事をしながらモンテスが声をかけてくる。

「いえ、大丈夫です。まだやってみます」

 レクシアはただそう答えた。


 食事が済んで、またレクシアは一人で修行を始めた。

 しかし、どんな発音をしても魔力が流れていかない。先ほど無理矢理魔力を流そうとしたらそれ自体は上手くいったが、呪文を使っていないので意味の無い行為だった。魔力もかなり使ってしまった。

 レクシアは大きくため息をついた。やはり呪文が使えない。

「どうにかしないと」

 なんの成果も上げられないまま一日を過ごすわけにはいかない。自分だけがこんなに安全で楽な場所に住んでいてはダメだ。早く呪文を身につけて、この家を出て行かなくては。


「イメージか」

 モンテスも午前中にそのようなことを言った。キャロンとの修行を思い出す。

 レクシアが光の矢を撃ちたいと言ったとき、キャロンはとんでもなく破廉恥な台詞をレクシアに叫ばせた。その言葉を少しずつ自分のイメージに置き換えて、最終的には意味の無い音の列ができた。それが「ホギイ、チャムゥ、モットォ、ナグイダ、シディ」という呪文である。すでにキャロンが提示した言葉の原形をとどめていない。

 今回も「アルガ、ジリ、サダルファ」という呪文が始めに提示されている。もしかしたら、この言葉にこだわらなくても良いかもしれない。イメージに合わせて言葉を換えていけば。

 レクシアはそれから、声がかれるまで、イメージと言葉を繋げる練習を始めた。


 夕方になり、食事の用意ができて、バロウズはモンテスとレクシアを呼びに来た。

 モンテスは何度かレクシアの様子を見に来ていたが、あまりにも集中しているようなので声はかけなかった。

 夕食は質素だったが、レクシアにとっては十分な食事だ。

 食事が終わって、モンテスが声をかける。

「一日で身につかなくても大丈夫だよ。まだ時間はある。物に呪文をしみこませる魔法というのは恐らくお母さんからもキャロン君からも聞いていなかっただろう。言葉がなじむのには時間がかかる」

「あ、え、と」

 レクシアは石をテーブルに置いた。

「ここまではできました」

 モンテスがその石を確認する。

「これは、私の付与とは違うようだね。上手く魔力が入っているようだけど、魔道具作りには向かないかな。でも、どうやったんだね」

 レクシアは空の食器に指を当て、呪文を唱えた。

「アリューガ、ジィリィ、サンダルーファウ」

 すると魔力が食器に入っていく。しかし、ヒビが入って割れてしまった。

「あれ、そんな!」

 食器を壊してしまってレクシアが驚く。モンテスが笑った。

「ああ、言っていなかったね。陶器にはそれほど魔力が入らないんだよ。私の呪文なら、壊れたりはしないのだけど、君の呪文だと力が強すぎて耐えられなかったようだ」

「す、すいません」

 バロウズがすぐに割れた食器を片付ける。

「大丈夫ですよ。これも修行の一つでしょう。しかし、一日で新しい呪文を学ぶとはすごいですね」

「いえ、違うんです。結局私は呪文が使えなくて、今回も作ってしまいました」

 モンテスは考える。

「なるほど。確かにさっきの呪文は私のものとはまったく音の流れが違うね」

「やっぱり既存の魔法は私には無理です」

「いやいや。私が悪かったんだよ。魔法のイメージの話をしてしまったからなぁ」

 バロウズが尋ねる。

「私には魔法を自分で作ることの方が難しいように感じるのですが」

「その通りだよ。呪文というのは基本的に発音ができて魔力循環ができていれば使えるんだ。しかし、どうしても呪文が上手くいかないときは、魔法が発動する時のイメージを思い浮かべて呪文を唱えると意外とすんなり行くことがある。でも、キャロン君はイメージに合わせて呪文を変えてしまうことを教えてしまったようだね。普通そういう魔法の勉強はしないものなのだけど。やはりキャロン君は魔法について独特なとらえ方をしている」


「私はどうしたら魔法を覚えられるんでしょう」

 レクシアに問われるとモンテスは考えこむ。むしろレクシアは魔法を作る才能の方があるのではないだろうか。

「そうだね。いっそのこと、既存の魔法にこだわるのはやめたらどうかな」

「でも、それじゃ。魔法があまり使えません」

 既存の魔法の種類は無限にある。それらを学んだ方が習得は早いし、すぐに活躍できるだろう。そもそも一つ一つ時間をかけて呪文を作っていても、それはイメージに左右されるので効果に限界がある。実際にレクシアが始めに作った魔法はまったく意味の無いものだった。

「うん。確かに時間はかかってしまうね。だけど、既存の魔法の音とその効果をイメージすれば、自分なりの魔法をどんどん作っていけるんじゃないかね。たとえば、君のお母さんに教えてもらった魔法も、その言葉通りではなく、その言葉を元に魔法を作り替えたらどうだろう。かなり例外的なやり方だし、効率は悪いのだけど、そうしている内に魔法を作る速度も上がるかも知れない」

 モンテスにも理由はよくわからないが、レクシアの発声自体に問題があるような気がする。なまっているわけではないが、どことなく舌っ足らずに感じる。音を正確に発音できないのなら、既存の魔法で使えるものは一部に留まるだろう。レクシアの出しやすい音で魔法を作った方が早そうだ。

 しかしレクシアは首を振った。

「いえ、もう少し呪文を覚えるのを頑張ろうと思います」

 モンテスはため息をついた。どうにも彼女の既存魔法へのあこがれはなくならないようだ。自分で魔法を作ってしまったことを悔やんでいるようにも見える。

「それなら、明日からはもう少し他のやり方で呪文を覚えてみよう」

 三人は食事を終えた。

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