(31)七日目のマリアの報告
夜の宿でベアトリスが一つの扉をノックする。
何度か繰り返すとやっと声がした。
「誰だ」
「私。お楽しみは終わったかしら」
するとややあって扉が開く。ガウンを羽織った姿のキャロンだった。
「まぁ、相手がへばったから終わったと言えるかな。そのまま寝るつもりだったが。あんたも誰かに手を出しに行ったんじゃないのか」
「そう。アンドリューが今日は町の門の護衛で夜勤だから、差し入れついでに、○○してこようと思ったのよね。久しぶりだし」
「追い返されたか」
キャロンがあざけるように言うと、ベアトリスは口を尖らせる。
「まさか。でもその前に事件が起こっちゃった。マリアが帰ってきたわ」
ベアトリスは言うが、キャロンは別に動じなかった。
「やっとか。順当なところじゃないか。それがどうした」
マリアが帰ってくるのは予測できたことだ。その程度のことでベアトリスがキャロンを尋ねてくるのは珍しい。
「アンドリューを誘い出す前だったから、ついでに忍び込んでマリアの話を聞いちゃったんだけど、マリアは竜を倒したみたいよ。そしてその首をトマスが持ち逃げして昼に王様に伝えちゃったって」
「なんだと?」
キャロンはベアトリスから視線を外して少しの間考えた。
そしてベアトリスに尋ねる。
「アクアは呼び出せるか」
「うーん、アクアの所は汚いから行きたくないけど、必要なら」
「じゃあ、私も着替えてから行く。ベアトリスの部屋で良いな」
するとベアトリスは不満の声を上げた。
「なんでぇ?」
「私の部屋は見ての通り相手を連れ込んだままだし、アクアは今宿無しで男のいるところを点々としているだろ。あんたの部屋しか打ち合わせるところはない」
キャロンが言うと、ベアトリスはふてくされた口調で言った。
「わかったわよぉ。魔法で鍵はしてあるけど、解除して」
そしてベアトリスは紙に魔法文字を書いて渡した。
「奇妙な魔法ばかり知っているな、あんたは」
「うるさいわね。魔法オタク」
そしてベアトリスは立ち去っていった。キャロンも部屋に戻った。
一時間後、三人はベアトリスの部屋で落ち合った。
「途中だったのによ。何だよいったい」
アクアが入ってくるなり言った。
まだ体が白いもので汚れている。シャワーや風呂には入ってきていないようだ。
ベアトリスが答える。
「うん。マリアが帰ってきたのよ」
「別に良いんじゃねぇの」
アクアが言う。あまり興味のある話じゃない。
「あの卵の中の竜を倒したみたい。そしてその頭骨はトマスに奪われて、トマスは今日の昼にエドワードの所に行ったみたいね」
アクアが怪訝な顔をする。
「トマス? あいつがマリアを裏切ったってか。まぁ、その前から裏切っていたか。マリアはあの後奴らを殺さなかったんだな」
キャロンが言う。
「私が気になったのはそこじゃない。まず、なぜマリアが竜を倒せた? マリアは魔法が使えない。竜を倒すことは不可能だったはずだ」
「ん。それもそうか。じゃあ、デマ? いや、頭骨は実際にあるわけだな」
アクアが首をかしげる。ベアトリスが口を挟む。
「それについては謎としか言えないけど、彼女魔力量が多いし、使い方さえ覚えれば竜は倒せるわよ。私が魔力のこりをほぐしたから、そのせいかもしれないわね」
「何だ。おまえのせいかよ。だったら別に不思議じゃないじゃねぇか」
アクアは言う。
ベアトリスが続けた。
「だから、そうじゃないの。私が言いたいのは、トマスが頭骨を奪って先にエドワードと謁見したという部分よ。ほら、モンテスを無理矢理今朝にエドワードに会わせたのは、エドワードの機嫌を損ねないためでしょ。今回はその逆なのよ。トマスの報告の後にマリアがのこのこ出て行ったら、エドワードに処罰されちゃうわ」
ベアトリスは訴えるが、アクアは興味がなさそうに言った。
「確かに後味は良くねぇな。でも奪われる方が悪いぜ。仕方がねぇだろ」
ベアトリスはほおを膨らませる。
「そうかも知れないけど、剣しか使えないマリアが何とか竜を倒したのよ。きっと精根尽き果てていたはずでしょ。その後で奪われても仕方がないじゃない。そんなの不可抗力よ。アクアってば冷たい」
アクアはうんざりした顔でベアトリスを見た。
「ベアトリスはどうしたいんだよ」
すると、ベアトリスはもじもじしながら答えた。
「積極的に何かするって言うわけじゃないけど、やっぱりエドワードの言いなりって嫌じゃない。マリアが危なくなったら助けてあげたいかなって」
話を聞いていたキャロンが苦笑しながら言う。
「そうじゃないかと思っていたよ。あんたは惚れっぽいからな。実は、私は昼にドナルド達が連れて行かれた騒動が気になっていた。どうも自分たちから報告しに行ったのではなく、連行された感じだった。奴らがあの後うまくエドワードを丸め込むことができたとしたら、マリアはどんな言い訳をしても処刑されるだろうな。一方で奴らがへまをしていたとしたら、マリアには一縷の望みがある。どのみちマリアの性格からして逃げることはないだろう。明日王宮に赴くに違いない」
ベアトリスがうつむく。
「やっぱりそうよね。マリア、真面目だから」
「真面目と言うよりは、意地っ張りなんだろう。もし私達が王宮に乗り込むなら王宮の魔法装置を越えられるかが鍵になるが」
「あら、手伝ってくれるの?」
ベアトリスが顔を上げてキャロンを見る。
「本気かよ、キャロン。何も良い事なんてねぇだろ」
アクアが呆れる。しかしキャロンは悪い笑みを浮かべた。
「勘違いするな。今回の依頼は結局マイナスだろう。私はもともとそのつもりだったが、それにしてはちょっと色々と手間をかけすぎたと思ってな。モンテスから金を取るわけにも行かないし、どこかから金をふんだくりたいとは思っていたんだ」
「おまえ、まさかエドワードからか?」
アクアが驚く。
「モンテスやマリアは良いきっかけだ。奴らには少し反省してもらいたいところもあるしな。いつか嫌がらせを仕掛けたいと思っていた」
キャロンは笑う。それでもアクアは顔をしかめた。国と争いをしても良いことがありそうに無い。
しかしベアトリスは嬉々として言う。
「さすがはキャロン。そうよね。あいつら迷惑だし。大丈夫。こんなこともあるかと思って、あそこの魔法装置は調査済みよ。だって、エドワードって平民街にちょっかい出しそうじゃない」
「おまえもかよ。まぁ、金になるなら良いさ。殴り込みも面白れぇ」
アクアも仕方がなく加わることにした。ここで抜けると金が手に入らない。アクアが気合いを入れて拳を叩くと、キャロンが手で制した。
「別に奴らに喧嘩を売るつもりはないぞ。それだと金が手に入らないだろう。ただの嫌がらせだ。まぁ、まずマリアが自力で何とかできたなら、私達は手を出さないとしよう。だが、エドワードが理不尽な要求をして、マリアがそれに抵抗できないようならちょっかいをかけよう。竜の頭をモンテスに譲らなくて良かった。役に立ちそうだ」
「いいわ。ありがとう」
ベアトリスが安心してお礼を言った。すると、アクアがベアトリスに手を差し出す。
「えっ、何よ」
「依頼料は前払いだろ」
「ひどい。今回の依頼の延長じゃない」
ベアトリスがむくれると、キャロンが言った。
「払ってやれ、ベアトリス。今回の依頼はもう終わってる。アクアは文無しだ。巻き込むのなら、報酬は必要だろう」
「しょうが無いわね」
仕方がなく、ベアトリスは財布袋から金貨二枚を取り出して渡す。
「これっぽっちかよ」
アクアが不満を言うとベアトリスがにらみつける。
「明日一日だけの仕事なんだから、十分でしょ。銅貨じゃないだけ感謝しなさい」
そしてベアトリスがぷいと横を向くとキャロンも手を出してにやにやしていた。
「当然私にも依頼料は払うだろ」
「もぉ、意地悪!」
ベアトリスはキャロンの手を叩いた。
その後、キャロンもアクアも当然のようにベアトリスの部屋に泊まろうとした。話が終わったのに部屋を出ようとしない。ベアトリスは渋々認める。ベッドは一つだが、大きいので何とか三人で寝ることはできる。
ベアトリスが寝る準備を始めていると、急にキャロンが言った。
「そういえば、一つ報告することがあった」
アクアが答える。
「何だよ」
アクアはベアトリスに渡されたタオルで体を拭いていた。○○くさいと文句を言われたからだ。
「夕方、バロウズから魔法通信があった」
キャロンが言うとベアトリスとアクアが食いついた。
「えっ、なんか問題でも起こったの」
「まだ、モンテスは向こうに着いていないよな」
キャロンは少しもったいぶってから答えた。
「盗まれた本が戻ってきたそうだ」
ベアトリスもアクアも驚く。
「何よ、それ、どういうこと」
「まさか、本当は盗まれてなかったって落ちか」
そして、キャロンは説明を始めた。
「今朝、やはりアーチボルドが現れたようなんだ。そこでバロウズさんは人工魔石が完成して昨日すでにダグリシアに向かって行ったことを伝えたそうだ。アーチボルドは予想通り激怒したが、バロウズには手を出さなかったようだな。安心したよ」
「それで?」
アクアが促す。
「その後昼近くになって、今度はアーチボルドとレナードが現れたそうだ。そしてレナードは借りていた本を返しに来たと言ったそうだ」
「うわっ、強引!」
ベアトリスが言う。
「もちろんバロウズは貸した覚えはないと言ったそうだが、行き違いがあったようだとごまかされたみたいだな。バロウズもその場で本を確認したそうだが、特に破かれた跡もなかったから、それ以上は何も言えなかったと言うことだ」
アクアが首をかしげた。
「どういうこった? 本当に読みたかっただけか」
キャロンが答える。
「わからないな。ただ、本が戻った以上、もうこれ以上手出しできないな。追求したところで、借りた本を読んでいたとしか言われない」
ベアトリスがつぶやく。
「なんか、不気味」
「仕方がないさ。まぁ、魔法通信が結構使えることがわかっただけ成果かな」
キャロンが言うと、アクアはさっさとベッドに入り込んだ。
「もう寝ようぜ。ほら、キャロンもベアトリスも」
するとベアトリスが念を押す。
「今夜はもう寝るだけだから変な事しないでね」
「ちぇー」
アクアが不満そうにつぶやいた。
※
マリアはこの遠征の正式な報告として、正装で挑んだ。正装と行っても近衛隊なので、儀礼用の鎧と言うだけだが。
そして形式に沿った礼をして膝を突き頭を垂れる。
いつもなら、初めからエドワード王子は椅子に座っているが、正式な場なので、大仰な合図の後、その場にいる全員が直立敬礼をした中で、ゆっくりとエドワード王子が現れる。そしてエドワード王子が着席したところで他の者も敬礼を解く。
エドワード王子は少し不満そうな顔で膝を突いて頭を垂れるマリアを見ていた。
本来であれば、エドワード王子はマリアを無理矢理呼びつけて、詰問するつもりだった。
しかしマリアは昨夜到着してすぐ、サミュエル隊長に報告、その夜のうちにジェイムズ総長に正式な謁見を依頼。そして正式の謁見のためにジェイムズ総長の家で準備するという、全くいちゃもんをつける隙の無い行動をしていた。
朝方マリアの帰還の報告を聞いてすぐに呼びつけようとしたが、普通に当たり前すぎる行動をしているので、どうしようもなかった。実はもっと前に帰ってきていたのだろうとジェイムズ総長を責めたが、誰に聞いていただいても間違いはありません、と返されてしまった。実際、誰もマリアの帰還を知るものはいなかった。
「竜討伐。ご苦労だったな。マリア」
エドワード王子は言う。エドワード王子の右横にはエドワードの奇跡の石が、そして左隣には竜の骨が飾ってあった。
「ありがとうございます」
マリアは伏せたまま答える。本来ならこの後エドワード王子はマリアから報告を聞く事になる。しかし、エドワード王子にそのつもりはなかった。
「だが、おまえの前に帰ってきた奴は嘘をついていたぞ。竜退治なんて本当はしていないだろう」
「彼らが何を言ったのかは私にはわかりません。そもそも彼らと私は一緒にいたわけでもありません。しかし、私が竜を退治したことは事実です」
マリアは特段この場をうまく切り抜ける作戦を持っているのではない。素直にあったことを説明するつもりだ。トマスやルーイス達が墓穴を掘ったのは、嘘で乗り切ろうとしたからだ。虚構や誇張は後でつじつまが合わなくなったとき、致命的なダメージを受ける。
強いていえば、どの順番で話せばうまく伝えられるかをしっかり考えねばならない。エドワード王子が何を言い出すかはわからないから、臨機応変に対応する必要がある。
エドワード王子は言う。
「もう良い、顔を上げろ。その事実を証明できるものはあるのか」
マリアは顔を上げ、しっかりエドワード王子の顔を見た。目をそらしたり、怯えた顔をすれば隙を見せることになる。淡々と、感情的にならず、事実のみわかりやすく伝える。それが全てだ。
「竜は二体おりました。一体は巨大な三メートル以上の竜で、肉はなく骨と皮でできているようなものでした。もう一体は固い卵の殻の中にいた、私とほぼ同じ大きさの竜です。ケネス殿は親竜は代替わりをして滅ぶと言っておりましたが、その情報には例外があったのでしょう。私達が出会ったのは、恐らくその親竜と卵だったのだと思われます」
エドワード王子は眉を寄せた。
「知らん話だな。それ以上嘘の報告を重ねるつもりか」
しかしマリアは続ける。
「私達が卵を割ろうとしている最中に骨の親竜が現れ、私達は敗走しました。骨の竜は私が雇った冒険者達が追っていきましたので、その後のことはわかりません。私は冒険者達が骨の竜を追い払った後に、卵を破壊し、中の幼竜を倒したのです」
そしてマリアは袋を差し出した。
「この中には竜の骨の全てが入っています。無いのは首だけです。調べて頂ければ、幼竜の全体像がわかるはずです。卵の殻もできるだけ集めて持って参りました」
しかしエドワード王子は言う。
「証拠になどならんな。適当に拾ったか作ったんじゃないか? おまえが倒したという証拠は」
「竜の皮膚は硬く、剣は通じませんでした。私は剣を潰す度に持ち替えて、剣を振るいました。その結果がこれになります。さすがに全ては持って来れませんでしたが」
マリアは袋から自分が壊してしまった剣を出して見せる。
「自分で適当に壊したのかも知れんな」
「調べて頂ければ、どれだけ固いものと戦ったのかがわかって頂けると思います」
そしてマリアは再度頭を下げた。エドワード王子は苦々しくマリアをにらみつける。
「先ほどおまえは自分が幼竜を倒したと言ったな。それは他の者が幼竜と戦っていないと言うことか。なぜおまえだけが幼竜と対峙したのだ。おまえ達は部隊として赴いたはずだ。おまえ一人で戦って勝ったなど、信じられるわけがない」
昨日の話で、近衛隊が逃げ帰ったことはわかっている。それをどう言い訳するのか、エドワード王子は挑むように言った。逃げたことを否定したり、自分の責任を他人に押しつけたりすれば、速攻処罰するつもりだった
マリアは顔を上げ、表情を変えずに答えた。
「私達討伐隊は、竜の卵を発見し、その破壊を試みました。しかし、その最中に骨の竜が現れました。骨の竜は巨大で、とても私達の手に負えず、私達は敗走しました。ただ、雇っていた冒険者達は魔獣退治の専門家でしたので、その骨の竜と対峙して追い払い、追跡していきました。冒険者達は去る前に骨の竜を倒すと言っておりました。私は敗走した部隊の立て直しを試みましたが、皆、再度骨の竜が現れるのを恐れ、竜の卵の破壊を拒否しました。その意見は当然と言えるでしょう。彼らに罪はないと考えます。私はこれ以上強要することはできないと判断し、彼らに無理強いはさせませんでした。私は冒険者達の言葉を信じ、一人で卵の破壊に向かいました。結果として、骨の竜は現れず、私は卵から出てきた幼竜を退治することができたのです。討伐隊としての行動は骨の竜が現れた時点で崩壊してしまいました。この点に関しては私の管理能力・予測能力の不足からくるものですので、謹んでお詫び申し上げます」
マリアは素直に謝罪する。それを聞いてエドワード王子の顔がゆがむ。エドワード王子はイライラしながら言った。
「では、なぜ頭だけが先に届けられた」
マリアは再び顔を上げるとまっすぐにエドワード王子を見て答えた。
「私自身は竜退治で満身創痍の状態でしたから、よくわかりません。気がつけば竜の首はなくなっておりました。恐らく討伐の証拠として首を先に届けようとした者があったのでしょう。私は残りの骨を集めて、王都に向かったのです」
エドワード王子はマリアがトマスに頭骨を奪われたと言えば、そこにつけ込もうと思っていたが、マリアは人のせいにしなかった。このことは嘘だが、疲れ果てていたマリアがトマスを認識できていなかったとしても違和感はないはずだ。
エドワード王子は少し考えた、何か隙があるはずだ。そして昨日のことを思い出して、にやりと笑った。
「昨日ケネスが言っていた。竜を傷つけるのは力と魔法を合わせなくてはならないとな。おまえは魔法なんてつかえまい。だから竜を殺すことは不可能だ。よくも今まで嘘を語り続けたな」
しかしマリアの表情は変わらなかった。
「殿下の博識、お見それいたします。私はこの遠征の中で、冒険者の女性達にそのことを教わりました。私の体は魔力だけは多いようですが動かすことができません。私は冒険者の女性に魔力を動かすコツを教えていただき、本番で試したのです。実際に私の剣はまるで竜には通用しませんでした。しかし中にはうまく魔力が乗ったときもあったようなのです。丸一日中続けておりましたが、結果としては、ギリギリなんとか致命傷を与えられたという程度でした。私は竜が命を失うまで見届けてから倒れました」
「魔力を乗せるだと、そんなことができるものか」
エドワード王子がにらみつける。
「必要とあればお見せいたします」
マリアが正面を向きながらしっかり言い切ると、今度はエドワード王子の方が戸惑う。やらせてみるのも良いが、実際にできてしまえば、もうマリアが正しいと認めるしかないからだ。
「連れて行った他の奴らはどうした。敗走したというのなら全員無事なはずだ。奴らは囚人だ。おまえの判断で逃がしたのか」
「私の帰路で、臨時部隊の七人までが死んでおりました。遺体は全て確認しております。しかし、なぜ死んだのかまではわかりませんでした。少なくとも竜にやられたわけではありません。夜盗に殺された可能性が高いと思われます」
よどみなく答えるマリアにエドワード王子のいらつきは募る。
「全て死んでいただと。おまえが殺したんじゃないのか。口封じにな」
もちろんマリアはそんな挑発に乗らない。
「野営地に二人。ダスガンまでの道で五人の死体を見ました。特に五人の死体は剣で切られた物です。私は全ての剣をこのように失ってしまっておりました。そもそも私には彼らを殺す理由はありません」
マリアはしっかりと話した。
エドワード王子はそれでも何を言えば問い詰められるのかをしばらく考えていたが、やがて考えるのを止めた。
そもそも報告など聞く必要は無い。罰したいから罰する。それでいい。
「口がうまいな。マリア。もうどうでも言い。とりあえずおまえは嘘をついているはずだ。こいつを牢獄に閉じ込めろ」
マリアが少し眉をしかめる。しかしそこには驚きも悲しみもなく、エドワード王子に取り入るような表情もなかった。
もちろん、マリアが焦っていないわけではない。マリアは常に生き延びる方法を考えている。今回も他に手がないかを必死に考えている。
ただ、さすがにこの強引な手段は後々問題になる。
ジェイムズ総長とギルバート公爵が口を挟もうと一歩前に出た。
しかし、その時、王宮に激しい音が響いた。
「な、何事だ!」
貴族の一人が叫ぶ。
「今の音は何だ。調べてこい」
エドワード王子はうるさそうに言う。その途端、謁見の間の扉が開いた。
「もー、マリアったら謙虚なんだから」
ベアトリスが独特のローブ姿で、謁見の間に足を踏み入れながら言う。
「あんたが全部指示したと言えば良いだろう。あんたが私達を雇ったんだ」
キャロンが体にフィットした鎧で現れ、ベアトリスの横に並ぶ。
「依頼を果たすのが冒険者だ。竜退治の依頼はしっかり果たしたぜ。証拠を持ってくるのが遅くなって悪いな」
ビキニアーマーのアクアが最後に現れてキャロンの横に立つと共に、袋から何かを取り出してエドワード王子の方に放り投げた。
それは転がっていき、エドワード王子の前で止まる。
エドワード王子はそれを見ると、引きつった顔で椅子に座ったままのけぞった。
投げられたのは竜の頭骨だった。しかし、飾ってある竜の頭骨の二倍はある巨大なものだ。
「こいつがマリアの話にあった骨の竜だ。マリアには私達があの竜を退治すると言っただろう。これが証拠だ。これでも嘘だと言いがかりをつけるのか、王子」
キャロンがエドワード王子を挑発するように言った。
「無礼だぞ、貴様ら!」
側近の貴族が叫んだ。いきなりの侵入者に周りが騒然としている。当然だろう、一介の冒険者がいきなり謁見の間に現れるなんてあり得ない。
もちろんキャロン達はベアトリスの導きで、ばれないようにここまでやってきていた。しかし、姿を見せた以上、開いた扉の後ろで近衛隊達が剣を構えて立っていた。
そんな状況でも、彼女達は近衛隊を意に介さなかった。
「冒険者に礼儀なんて求めたらダメじゃないかしら」
「わざわざあんた達のルールに従う必要は無いな」
「私達はそこの王子さんから依頼を受けたわけじゃないぜ。マリアの依頼を果たしたんだ。おまえ達に文句を言われる筋合いはないだろ」
中にいた近衛隊達も彼女たちに剣を向けた。王子の面前でこんな無礼なことは許されるわけが無い。
「まて」
エドワード王子は立ち上がると、側近達を手で制した。この美しい女性達に興味が惹かれたのだ。
三人は堂々と立ったままエドワード王子を見返していた。皆の中でマリアだけがひれ伏している。なかなかシュールな光景である。
エドワード王子は笑いながら言う。
「おまえ達が竜を退治しただと。信じられんな」
その瞬間、エドワード王子が座っていた椅子が光の矢で崩壊した。周りで悲鳴が上がる。
激しい音に驚いて振り返ったエドワード王子は、ばらばらに砕けて砂のようになっている椅子を見て引きつる。
「どれくらい壊せば信用できる?」
キャロンが人差し指を上に突き出しており、その先端がパチパチとはじけている。明らかに攻撃魔法だった。
「魔法防御の結界はどうなっている!」
ジェイムズ総長の慌てた声が響く。
王宮内で攻撃魔法はつかえない。魔法を防御する魔道具が設置されているからだ。忍び込むくらいなら何とかなるが、さすがにそれがあると三人も大暴れすることはできない。
彼女達はあっさりと答えた。
「魔法防御の原理さえ知っていれば、それに影響を受けない魔法などいくらでも作れるぞ。ここの装置はありきたりのものだ」
「魔法防御結界ごと無効にすることもできるわよ。私はそっちの方が得意ね」
「魔法防御の魔道具は壊れないとか言う奴もいるが、私は何度も壊したことがあるぜ。今回もたやすかったな」
キャロン、ベアトリス、アクアの順に発言するが、実際にやったのはアクアである。先ほど王宮にとどろいた音はアクアが力任せに魔道具を破壊した音である。
近衛隊が青くなっている。
エドワード王子は固まったままの顔で三人の冒険者を見た。するとベアトリスが言った。
「マリアの言ったことは全部本当よ。竜は二体いたの。私達はそっちの骨の竜を倒して、マリアは一人で幼竜を倒したのね。マリアすごいわ。倒せると思っていなかった。あれだけで剣に魔力を込める事ができたなんて、びっくり。あのときマリアの体にいたずらしておいて本当に良かった」
エドワード王子が声を絞り出す。
「貴様ら。こんなことをしてただですむと思っているのか!」
三人は顔を見合わせに笑みを浮かべた。予定通り進んでいるからだ。
アクアが自分の胸を触りながら言う。
「椅子の弁償をしろって言うなら、体で払うぜ」
ベアトリスもマントの裾を上げて素足を見せる。
「あっ、それ、いいかも。サービスするわよ」
キャロンが続けようとすると、マリアがいきなり遮った。
「いい加減にしろ、アクア、ベアトリス、キャロン!」
マリアは膝を着いたままの姿勢で三人をにらんだ。これほどの暴虐無人は近衛隊の副長として認めるわけにはいかない。彼女たちに感謝している部分はあるとしても、これはやりすぎである。
マリアが怒っているので、キャロンがいきなり手のひらを返す。
「そうだ。そんなことしに来たわけじゃないだろ。自重しろ」
するとベアトリスはむっとした顔で言い返した。
「椅子を壊したのはキャロンでしょ」
キャロンはエドワード王子を挑発するように見返した。
「私達の言葉を信用しない王子が悪い。私達の成果はどう見ても疑いのないことだ。それがわからないなら、これ以上話しても無駄だな。用事は済んだ。帰ろう」
キャロンがきびすを返す。
「待て」
エドワード王子が声を上げた。背中を向けたままキャロンは笑う。そして立ち止まると、また澄ました顔に戻って振り返った。
「何か用か」
「信用しよう。おまえ達とマリアが竜退治を行ったのだな。我が「エドワードの奇跡の石」を盗んだ竜を討伐したこと。褒めてつかわす。それ以外の者は私に嘘をついたわけだ。許すことはできんな。ギルバート公爵。昨日の奴らは全員、処刑せよ」
エドワード王子はギルバート公爵に指示して、マリアを見た。
「マリア。おまえは下がっていい」
マリアはエドワード王子の顔を見て、彼が自分に興味を失ったことを感じた。エドワード王子は再度冒険者達を見る。
「そして冒険者の女達よ。疑った私が悪いとは言え、おまえ達の非礼は許すことができん。少なくとも我が王家の調度品を壊した罪は重いぞ」
エドワード王子はすごむ振りをする。キャロンは平然と答えた。
「私達を侮った罰だ。言っておくが金はないぞ。冒険者はもらった金はすぐ使い切るんでな」
アクアが更に言う。
「私達は冒険者だ。貴族の依頼も受け付けているぜ。どうしてもって言うなら依頼で返そうじゃないか。その調度品分。おまえ達の望み通りに働いてやるさ」
ベアトリスがしなをつけながら言う。
「どんな依頼でも大丈夫よ。私達腕利きだから、ね」
「もちろんちゃんと金額は提示してもらうがな。悪いが、騙される気はない。ふっかけようとしても無駄だ」
キャロンも続けた。
マリアは何となく彼女たちの魂胆がわかった気がした。彼女たちは男を漁るために竜討伐隊に入り込んだ。そして次に狙っているのはここにいる貴族達か。
「殿下、申し訳・・・」
マリアが口を挟もうとすると、エドワード王子は冷たく言った。
「マリア、下がって良いと行ったはずだ。すぐに立ち去れ」
「申しわけありません、失礼させて頂きます」
マリアは仕方がなく立ち上がり、頭を下げて謁見の間から出て行った。




