表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女戦士ABCの一週間BGS  作者: 弥生えむ
第2章 なにげに竜討伐に参加してみた

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/137

(30)トマスの自滅

 午後、王宮に一人のみすぼらしい男が飛び込んできた。そして自分は竜討伐隊のトマスで、竜を退治したので、殿下に合わせて欲しいと嘆願してきた。

 初めは疑わしく思っていた衛兵達も、トマスが部隊のメンバーを具体的に語るので放ってはおけず、中に入れ、監禁した。

 その後、ジェイムズ総長にその話が伝わり、ジェイムズ総長が直接面会することになった。


 汚れて臭いので、まずジェイムズ総長は彼を着替えさせ、体を拭かせるように指示した。そうじゃないと面談もしていられなかったのである。

 トマスが連れて行かれ、近衛隊達に身ぎれいにされて戻ってくると、疲れで憔悴しきっているが、精悍な顔立ちの青年だった。

 ジェイムズ総長はマリアを見送ったので、一度は会っているはずだが、それほど興味が無かったこともあり、彼がマリア達一行のメンバーなのかどうか判断できなかった。


「君の名は」

「臨時部隊のリーダーを仰せつかったトマス・コーネスです」

 ジェイムズ総長は慎重に尋ねた。

「君が臨時部隊の一員であったという証拠はあるのかね」

「先ほど脱がされた鎧は近衛隊で支給されたものです。それから、部隊員はマリア副長を始め近衛隊のドナルド様、ガイ様、ルーイス様、それから我々臨時部隊八人はもともと囚人でした」

 ジェイムズ総長は手を上げて発言を止めた。確かにこれらの内容は他に知るものはない。

「では、トマス君。なぜ君だけが戻ってきたのか教えてくれないかな」

 するとトマスはジェイムズ総長を見て言った。

「詳細は直接殿下にお知らせします。ぜひ殿下へのお目通りを」

 そして頭を下げた。



「いきなり殿下へ報告ですか。大胆ですね」

 マリアが言うとジェイムズ総長も笑った。

「そうだ、あまりにも飛躍している。しかし、脅してもお願いしても詳細を語ってくれなくてね。竜の骨を見せて、成果を示してはくれるのだけどそれ以上の情報がつかめないのだよ。他の者について聞いても、直接話したいとしか言わなくてね。やむなく私は殿下に報告することにしたんだ」

「確かに、もともと竜討伐は殿下の依頼ですから、帰ってきたのが一人と思っているならトマスを直接殿下に会わせるしか無いですね」

 マリアが言うと、ジェイムズ総長も少し困ったように答える。

「そうだよ。一人だと思っていたんだよ。まぁ、その話は後にしよう」



 ジェイムズ総長からの連絡を受けると、エドワード王子は興味を惹かれたようだった。普通ならそんな下賤な者と会うことはないだろうが、機嫌が良かったこともあって、直接話を聞くことを承諾した。


 そして、今度はトマスは風呂に連れて行かれ、徹底的に洗われた後、エドワード王子の前に連れてこられた。


「おまえがトマスか」

「はい。トマス・コーネスです。竜討伐を成し遂げて参りました」

 そして袋から竜の頭の骨を取り出した。人間の二倍くらいある迫力のある者だった。

 周りの貴族達からもざわめきが響く。

「素晴らしい。新しいエドワードの奇跡の石も手に入り、これを狙う悪い竜も討伐されたとは。このような良い日はないな」

 エドワード王子は大きくうなずいた。

「それで、マリアはどうした」

 エドワード王子が尋ねる。するとトマスは頭を伏したまま言う。

「残念ながら、竜は強敵であり、私以外は皆生き残ることができませんでした。マリア副長を始め近衛隊の方々は逃走しておりますので、いずれ戻ることもあるかも知れませんが、信用なさらぬ方が良いと思います」

「なに、逃げた?」

 エドワード王子はいぶかしむ。

「はい。戦ったのは私達臨時部隊のみです。そして最後に残ったのが私一人です。この竜の骨が何よりの証拠です」

「なるほどな。良いことを教えてくれた。後で調べるとしよう。しかし、おまえごときに本当に竜が倒せたのか」

 エドワード王子はトマスをからかうように言う。

「はい。私はコーネス家の嫡子として武芸をたしなんで参りました。確かに竜は巨大で、ファイヤーブレスの威力もあり困難を極めましたが、私の全力を持って挑んだ結果、奴の首を断ち切ることに成功しました」

「ふん。ご苦労だった。後は逃げ帰ったというマリアからどんな言い訳が出るのか楽しみだ。下がって良いぞ」


 エドワード王子はそう言ってトマスを下げようとした。慌ててトマスが言う。

「お待ちください」

「ん、なんだ」

「お願いがございます。わが、コーネス家の復興をお許しください」

 エドワード王子は怪訝な顔をする。

「さっきから、コーネス、コーネスと。なんだそれは」

 するとまた側近が来て耳打ちをする。途端にエドワード王子の顔が曇り出す。

「ああ、そう言うこともあったな。あのくだらない宝物をたくさんため込んでいた家か。そんな奴がいたな」

「お願いです。わがコーネス家を。土地などいりません。せめて貴族としてお引き立ていただきますようお願いいたします」

「ふん。だとすれば、ますますおまえが本当に成果を上げてきたのか気になるところだな。おい、今回の討伐に参加した奴を連れてこい。こいつの話だと逃げ帰ってきているようだからな」

 そしてすぐに近衛隊達が出て行った。

「おまえの話が本当なら、貴族に戻してやっても良いぞ。確かおまえの家は汚職をしていたのだったな」

「それは、ごか、いえ、その通りです。ぜひ恩赦おいただければと」

 トマスは必死に頭を下げる。



 近衛隊達が連れてこられる間、エドワード王子はトマスに言った。

「で、マリアはいつ逃げた」

 またトマスはマリアのことを聞かれた。トマスは少し疑問に感じた。なぜ他の近衛隊の名前が一切出ずにマリアのことばかり聞かれるのか。

「私達が戦い始めてすぐのことです」

「なるほど。ならばマリアも当然戻ってきているわけだな。すぐに報告しに来ないとはどういうことだろうな」

 そして怪しい笑みを浮かべた。


 やがて、ドナルド、ガイ、ルーイス、そしてケネスが連れてこられた。

「マリアはどうした」

 その面々を見てエドワード王子が言った。

「マリア副長はまだお戻りではありませんでした」

 近衛隊が答える。

「どういうことだ。こいつらは誰だ。おい、ジェイムズ。この部隊に参加した者は誰だった」

 エドワード王子が言うとジェイムズ総長が前に出て答えた。

「恐れながら申し上げます。竜討伐隊には第一近衛隊からマリア副長がリーダーとして参加し、第二近衛隊からドナルド、第三近衛隊からガイ、ルーイスが参加しております。そして竜の専門家としてケネス殿。冒険者は女性が三人しか集まらず、力不足だったため、囚人であるそこのトマスを始め、ポール、スタンレー、オリヴァー、ロイ、ウィリアム、フィリップ、ノーマンの八人を参加させました」

 エドワード王子が眉を寄せる。

「囚人だと? 誰がそんな者たちの参加を許した。確か冒険者を募ると言っていなかったか。勝手は許さんぞ」

 すると慌てて恰幅の良いギルバート公爵が飛び出てきた。

「お待ちください殿下。以前近衛隊から相談を受けた件としてお伝えいたしております。わが留置場も人が増えすぎ、その整理にも役立つとお知らせしております。殿下はその時、囚人などどうなっても良いから好きに使えとおっしゃっておりました」

 エドワード王子が少し眉を寄せる。

「ん? ああ、そうだったか。そうか、あれはこの討伐隊の件だったか」

 そしてひれ伏している近衛隊達を見た。

「おい、ガイとか言ったか。マリアはどうした」


 するとガイはヒッと引きつった顔をして言った。

「死、死にました。竜に潰されました」

 エドワード王子が怪訝な顔をする。

「隣の男、おまえは」

 慌ててドナルドが答える。

「はい、死んでます。ぺっちゃんこです。私はマリア副長を守ろうと最後まで前線にいました」

「本当か? 先ほど聞いた情報と違うようだな」

 そしてルーイスを見る。

「マ、マリア副長は俺と一緒に竜と戦って俺をかばって死にました」

 エドワード王子はその隣にも声をかけた。

「そこの竜学者。竜はどんなものだった」

「わ、私ですか」


 そしてケネスは青ざめながらも急に立ち上がり、語り始めた。

「あれは、この世の者とは思えない竜でした。頭だけで人間の四倍はあり、大きさは三メートル以上。口から吐く炎は何でも燃やし尽くし、まさに神が使わしたと言うにふさわしい。しかし、それと同時におぞましい。あの竜は骨と皮しか残っていなかったのです。あんな竜など、今まで見たこともない。あれは悪しき竜です」

「要領を得んな」

 エドワード王子は首を振る。

「おい、トマス。ずいぶんおまえの話と違うようだが」

 するとトマスは笑みを浮かべた。

「彼らは先に逃げたので竜のことなどまるで見ていないのですよ。だからでまかせでごまかそうとしている。私は竜の骨を持ち帰った。それが何よりの証拠でしょう」


 しかしケネスがムキになって割り込む。

「いや、違います。確かに私は逃げましたが、竜は見た。あれはまだ発見されたことのない新しい竜だ。しかも悪の竜だ。あれを退治できる奴なんていない」

 そしてトマスの傍らの竜の頭骨を見る。

「そこの竜の骨はまったく別物だ。あの竜の半分程度しかない。私は竜をしっかり見ているんだ。私に間違いなど無い。頭骨の大きさは竜の大きさそのものを示していましてね、その骨だとせいぜい人間の大きさ程度になるでしょう。わが家にあるものももっと大きい。私の見た竜とはまったく違う」

 そして仲間を探すように近衛隊達を見る。

「ドナルド殿。トーマス殿。ガイ殿。あなた達もあの竜の大きさを見たはずだ」

「えっ、あっ、いや」

 話を振られたトーマスは口ごもる。

 実際には近衛隊の三人は竜を見て真っ先にに逃げ出したのでよく覚えていないのである。ケネスはしばらく見惚れていたからよく覚えているだけだ。


 エドワード王子はおかしそうに言った。

「なるほど。さすがは竜学者だな。トマス。その骨は偽物だ。私を騙そうとしたな」

「そんな馬鹿な。でたらめな竜学者の何が信用できるのですか。私は確実にこの竜を退治したのです」

 トマスは言い返す。

「しかし、このエドワードの奇跡の石を奪った竜の目撃証言から考えると、竜の頭はもっと大きいはずだ。体長が三メートル以上合ったと聞いているぞ」

 トマスはケネスに向かって言った。

「違う! ケネス殿、あなたが言ったはずだ。あの卵の中の竜はまだ小さいと。私が退治したのはその竜だ。だから私は嘘などついていない!」

 するとケネスの顔色が変わった。

「何と、あの卵の中の竜ですと。それは本当ですか」


 ケネスがトマスに迫るが、すぐに近衛隊に押さえられた。

「卵だと。何の話だ」

 エドワード王子は言うが、ケネスの話は止まらない。

「卵の中の竜! あなたは、なぜそんな貴重なものを殺してしまったのですか。恐らくあの悪の竜はこの卵を狙っていたのです。そのようなことは許される事ではない。竜は殺すべき相手ではないのだ。・・・いや、おかしいぞ。竜の皮膚は固く、力では殺せない。魔力と共に力を込めて初めてダメージを与えられる。あの場に魔術師はいなかったのだから、あなたが竜を殺せるはずがない」

 ケネスが言うと、トマスが少し青ざめる。

「な、何の話だ」

「私はわざと言わなかったのです。竜は絶対に殺してはいけない。神に使わされた生き物です。あの冒険者がその事を話しかけたので内心ひやひやしていたのです。だからあの討伐隊で竜を倒せる可能性のある人はいないはずだった」

「てめぇ、なんだと。なんで初めに言わねぇ!」

 いきなりトーマスがケネスの胸ぐらをつかんだ。

「ドナルドさんが剣の強化魔法を使えなくて本当に良かった。あの冒険者だけが気がかりだったのです」


 騒然となった場所でエドワード王子が大声で叫ぶ。

「うるさい、控えろ!」

 途端にみんなが慌ててひれ伏した。

「おまえ達の話はさっぱりわからん。私を馬鹿にしているのか。とにかくこの竜の頭はエドワードの奇跡の石を奪った竜に比べて小さいようだ。だからこの頭は偽物だ。おまえ達全員私を騙そうとしたな」


「お、お待ちください」

 ジェイムズ総長が声を上げる。

「わが近衛隊は、今回、竜討伐の依頼として受理させていただいております。大きさにこだわられては困ります。初めの段階から、エドワードの奇跡の石を奪った竜は代替わりしている可能性がありました。竜の頭という証拠がある以上、この成果自体を無かったことにはできません」

 ジェイムズ総長は別にトマスを助けようとしたわけじゃない。

 王族が一度した約束を、結果があるのに嘘だと反故にすれば、誰も王族を信用しなくなるからだ。これが通れば、誰も王族からの依頼を受けなくなるだろう。現在でもそうなりつつあるのだ。どのような経緯があろうと、竜の頭骨という証拠がある以上、討伐はなされたとしなくてはならない。


「うるさい。私が偽物と決めたからには偽物なのだ」

 それでもエドワード王子はかたくなだった。ジェイムズ総長は歯がみする。そこにギルバート公爵が口を挟んだ。ギルバート公爵も王族が気まぐれで約束を破ると噂されては困るのである。

「わかりました。では、誰が嘘をついているのかを明らかにしてはどうですかな。真実を語っている者がいれば、その者は許すと。竜討伐の証拠は挙がっておりますからな。許されないのは嘘の報告をしたことに対してでしょう」


 エドワード王子は面白そうにギルバート公爵を見た。

「ほう。しかし、どうやってそれを証明する。今までの所、証言はばらばらだな」

「それぞれ別室で見てきた竜について語ってもらうか、絵を描いてもらうというのはどうでしょうな。同じ竜を見たのなら、違いは無いはずでしょう」

 エドワード王子は笑う。

「なるほど。おまえ達は全員竜を見たと公言したな。当然詳細に説明できるはずだ。何しろおまえ達は竜の討伐に行ったのだ。嘘は許さん。トマス。おまえの話が本当と証明できたら、おまえを貴族に戻してやるぞ」


 全員が青ざめる。近衛対達はでかい何かが落ちてきたから我先にと逃げたのであり、竜の姿は覚えていない。ケネスとトマスはしっかりと見ているが、それぞれ別の竜である。

 これでは全員同じ竜のことを話すことは困難だろう。

 近衛対達が彼らを引き立てようと動く前に、トマスが発言する。

「お待ちください。ケネス殿が見た竜と私の戦った竜は別物です。一致することはありません。それでは私が不利です。私は間違いなく竜を退治しました。それはケネス殿の言う悪の竜ではないのです」


 すると、エドワード王子は冷たい目でトマスを見た。

「では、おまえはその悪の竜とやらを見なかったのか? おまえだけその時他の場所にいたのか?」

 トマスはここで自分が失敗していたことを覚った。先にトマスは近衛隊達は竜を見て逃げ出したと説明したのだ。それは事実だが、それはトマスが倒した竜ではない。その部分を隠して、自分があたかも近衛隊達が逃げ出すような竜を殺したかのように語ってしまっていた。


「卵とやらの中に別の竜がいたというのか。できすぎの話だな」

 トマスが唇を噛むと、今度はガイがいきなり発言した。

「そいつの言っていることは全部嘘だ。俺は逃げてから一人で戻って、悪の骨の竜がいなくなったことを確認してから、竜の殻を割って中の小さい竜を倒した。そこをその卑劣な男が奪っていったんだ」

 ルーイスが更に言いつのる。

「そ、そうだ。俺たちは戻って戦った。殿下に報告に来なかったのはそのトマスに証拠の骨を奪われたからだ」

 ドナルドも発言する。

「そうです。私は協力したのです。私の魔法で強化したからこそ、竜を倒せたのです。トマス一人では倒せないことは、さっきケネス殿が言っておりました」


 ここに来て、すでにギルバート公爵の案は意味をなさなくなった。皆さっきまで言っていたことと違う。

 エドワード王子は一言言った。

「こいつらを全員牢にぶち込め」



「その後を聞いて良いですか」

 マリアがジェイムズ総長に尋ねる。

「聞くまでもないだろう。全員拘留され、処刑を待つばかりとなった。竜の骨は一応部屋に飾られたが」


 マリアは難しい顔をした。出頭していないのはマリアだけだ。彼らが真実を話そうとしなかったために、ややこしい情報ばかりエドワード王子に伝わってしまった。


 やがてジェイムズ総長が言った。

「こういうことを薦めるのはダメだと思うが、マリア副長。国を出た方が良いだろう」

 本来、公爵の立場のある人間が言うべき発言ではなかった。だからこそサミュエル隊長が慌てた。

「ジェイムズ様。口を慎んでください。それは私が言うべき言葉です」


 マリアは少し笑う。なぜか擁護されている。もしかしたらマリアが思っている以上に、彼らには認められているのかも知れない。

 しかし、マリアは彼らに迷惑をかけるつもりがなかった。

「明日、竜討伐隊のリーダーとして正式に殿下に報告に行きます。謁見の許可をもらって頂いてよろしいでしょうか」

 驚いた顔でサミュエル隊長はマリアを見る。

「何か作戦でもあるのか?」

「近衛隊に迷惑をかけることは致しませんよ。ただ、この件が終わったら、近いうちに私は近衛隊をやめようと思います。もう入隊して八年にもなりますし、これ以上平民が出しゃばって良いことはありません」


 するとジェイムズ総長が言った。

「君は平民でも女でも出世できるという重要なモデルケースではあったのだがな」

 そもそもそうでなければマリアが出世できる可能性はなかっただろう。どんなに能力を示しても、一生一等兵だったはずだ。マリアは素直に頭を下げた。

「申しわけありません。しかし、平民の女では近衛隊はつとまらないのです。事実私の下の世代はほぼ数年でやめています。私もこれ以上目立てばどこかで誅殺されるでしょう」

 ジェイムズ総長は少し笑ってうなずいた。

「わかった。全てマリア副長に任せよう。明日の謁見は準備しておく」


 マリアは深く二人に礼を言った。



 マリアはその日、ジェイムズ総長の屋敷に泊まることになった。

 これは現在マリアの帰還を知られないためである。明日ならエドワード王子に知られたとしても、正式な謁見の準備のためと言い訳ができる。


 マリアは、ジェイムズ総長の屋敷の豪華な部屋で眠ることになった。マリアが貴族の家に泊まることはまず無い。しかも、今回のようにただ休ませてもらうのは初めてである。


 マリアが貴族の家に泊まるのは、貴族から夜伽をさせられたときだけである。もちろん夜伽だけさせられて、事が済んだ途端追い出されることも多い。


 夜伽は別にマリアが望んだことではない。しかし、貴族から声がかかると平民が断るのは難しいのである。近衛隊としてであれば貴族も平民も形の上では平等なので抵抗できるが、個人的に呼ばれてしまえば逃げようがない。マリアは十代で近衛隊に所属してから、頻繁に貴族の夜の相手をさせられていた。


 マリアが体を鍛えているのは夜伽に呼ばれないように女らしい体を壊したいという理由もあった。むしろ初めはそれが目的だったと言って良い。そのおかげもあって、二十代に差し掛かる頃には、ほぼ貴族から夜の相手として呼ばれることはなくなった。

 それでも、ギルバート公爵のように女らしくない体のマリアを○○の相手として求めてくる人間もいるし、マリアのゴリラのような体を笑いものにしたくて誘ってくる貴族もいる。後者の場合は、その貴族の配下の騎士が泣く泣くマリアを抱く羽目になる。

 薬師に処方された避妊薬を未だに手放せないのはそのせいである。


 しかしそれも明日を乗り切れば終わる。

 マリアはすでに近衛隊を辞めてダグリス国を出ることを考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ