(27)六日目と王子との謁見
太陽の光を感じてマリアは目を覚ました。すぐに体を起こし、木から下りた。木の上で寝ていたせいで体が痛い。体を大きく伸ばし、自分の状態を見る。
浅く短い眠りだったせいで、調子が良いとは言えない。しかし、大分頭はすっきりした。
「さて、行くか」
マリアは、再度荷物を確認すると、それを担いでダスガンに向かった。
ダスガンの門はすでに開いていた。近衛隊の身分証明書を見せればすぐに中に入れる。マリアはすぐ朝市に向かった。
必要なのは食材と水と馬。補給できるのはここだけだ。馬の上でも食べられるような携帯食のみを買い付ける。
マリアは朝市で食材と水を仕入れると、次は馬屋に行き、開店前の所を無理矢理起こして馬を買い付けた。
相手が渋るので、マリアは近衛隊の身分で、強引に押し通したが、相手も商売人である。マリアにとっては結局かなり高額な買い物となった。持ち金は全て消えてしまった。
マリアの旅の準備は整った。ダスガンから馬を走らせれば、夜中にはダグリシアにたどり着ける計算だ。
夜中だとダグリシアの門は閉まっているだろうが、マリアは近衛隊なので夜中であっても専用門から中に入れる。そうすれば、確実にトマスを追い越せるはずだ。
全ての準備を終えると、マリアは足早にダスガンを出て、ひたすら馬を走らせた。
※
馬車を雇い、夜の間走らせた。乗っているのはキャロン、ベアトリス、アクア、そしてモンテス。
御者はあくびをしながらてくてく馬を走らせている。
キャロンが魔法で光を出し、馬車を走らせやすくしている。それでも夜中ではあまり速く走らせることができない。
こっそりベアトリスの結界魔法を使っているので、夜盗には見つからないはずだ。
御者が眠気を覚ましたいのか、話しかけてきた。
「お嬢さん達、よほどの急ぎなんだね。たまたまわしがいたから良かったようなものの。本当はいくら金を積まれても馬車なんて出せないよ」
「申し訳ないな。とにかく明日の朝にはダグリシアに着きたいんだ」
「ま、しっかりもうけさせてもらうけどね。だが、おかしいな。こんなに何もないとはね。夜は危ないんだよ。特にこの辺は」
「大丈夫よ。御者さん。私達、かなりの腕利きだから。誰が出てきても問題ないわ」
ベアトリスが言う。
モンテスは眠ったり目を覚ましたりと、落ち着かないようだ。
キャロン達は明け方近くにダグリシアに着くことができた。
四人は馬車を降りて大きなあくびをする。
「じゃ、気をつけてな。わしはもう寝るわ」
御者は言って走り去った。
「悪いがモンテスさん。これからが一仕事だ」
「危なくなったら逃げてね。王宮には入れないけど、近くに待機しているから」
「ああ、サポートは任せろ」
三人が言うとモンテスは頭を下げた。
「何から何まですまない。まずはこの難局を乗り越えるようにするよ」
そしてモンテスは王宮へ赴いた。
朝、早い時間にモンテスは王宮の門を叩く。
近衛隊に用件を伝えると、中に案内された。
もちろんこんな早朝にエドワード王子に会えるわけではない。エドワード王子の準備が整ってから、謁見となる。しかし、誰よりも早く謁見できることは間違いないだろう。
モンテスは寝不足だったので、少し仮眠しながら時を待った。
「おい、準備ができたぞ」
モンテスは近衛隊に声をかけられて椅子から立ち上がった」
「ああ、ありがとう」
そして、いよいよモンテスはエドワード王子の前に行くこととなった。
エドワード王子は陽気だった。大仰に王座に座っている。モンテスはひれ伏した。
「おう、モンテスとか言ったな。確か私は二週間以内にエドワードの奇跡の石を持ってこいと言ったはずだ。まだ十日程度だと思うが、ここに来たと言うことは作れたと言うことで良いのだな」
モンテスはひれ伏したまま答えた。
「城の中を調査し、失われた材料をかろうじて見つけることができました。これを失えばもう次は作れないとお知りおきください」
そしてモンテスは箱を取り出し、開いた。そこには七入りの輝く魔石があった。
「おお、おおっ」
エドワード王子は王座から立ち上がり降りてくると、モンテスの手から人工魔石を奪い取った。
「これだ。これこそエドワードの奇跡の石」
そして箱を抱えたまま王座に戻る。しばらくエドワード王子はその人工魔石を見ていたが、やがて顔を上げる。
「良い仕事だった。まさか、これも箱に閉じ込めておけと言うわけではないだろうな」
エドワードは言う。
「この人工魔石は竜をおびき寄せるもの。性質上仕方がありません。この人工魔石は、もう二度と作成することはできません。くれぐれも竜に見つかることのないようにしてください」
モンテスの答えにエドワード王子は顔をゆがませる。
「それをどうにかするのが魔術師だろうが!」
「先ほど申しました通り、すでにその人工魔石の技術は失われております。私が新たに加工することは不可能でしょう」
エドワードは仕方がなく箱を閉じた。
「まぁ、今回はいい。今後も竜を呼び寄せない方法を探しておけ」
「できるだけ、ご要望に添うように努力いたします」
モンテスは答える。
モンテスはそのまま下がろうとしたが、ふとエドワード王子が言った。
「そうだ。褒美をやろう。何が欲しい」
まるで挑発するような言い方だった。
モンテスは緊張する。しかし意を決して言った。
「私が以前暮らしておりましたグレスタ城というのがグレスタ近郊にあります。現在は廃墟となっておりますが、持ち主はダグリスの貴族様となっております。私の住んでいた城が廃墟のままであるのはいたたまれなく、ぜひグレスタ城を譲っていただけ無いでしょうか。私が死ぬまでの間ではありますが、管理させていただきたいのです」
エドワード王子は怪訝な顔をした。
「グレスタ城? なんだそれは」
すると脇に控えていた貴族の一人が近寄ってエドワード王子に耳打ちする。
「ああ、エドワードの奇跡の石が以前置いてあった城か。廃墟だと、いらんな。今誰の持ち物だ。まぁ、良い。そんなもので良ければくれてやる。せいぜい死ぬまで大事にすることだな」
エドワード王子はどうでも良いという風に言う。
モンテスは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「おい、ギルバート、手続きはおまえがやっておけ」
「はっ、わかりました殿下」
エドワード王子の言葉で横に控えていた恰幅の良い貴族が礼をする。
モンテスはそのまま謁見の間を退室した。
※
モンテスは王宮を出て、待ち合わせの喫茶店に向かった。もう昼近くになる。思ったよりも待たされたし、色々入退場の手続きが多かった
モンテスが待っていると、三美女が現れた。そしてモンテスの席に座る。周りから注目されるので、モンテスは少し困惑してしまう。
「特に追っ手はいないようだ」
キャロンが言った。
「そっちはどうだった。うまくいったか」
アクアがせかすように尋ねた。そこでモンテスは王宮の中での出来事を語った。ベアトリスが満足そうに言う。
「うまくいったのね。危ないところは竜を招くって所だけ」
「そこばかりは嘘をつけないからね。次を作る事はできないし、念を押しておく必要があったんだよ」
キャロンが言う。
「とりあえず、レナードがまだエドワードに伝えていないことはわかったな。もし伝わっていたら、グレスタ城をくれるわけがない」
「だが、時間の問題じゃねぇか」
アクアは心配する。キャロンはモンテスに言った。
「私達はレナードを止めに動こうと思う。しかし、万が一の事もある。あの台座を壊すことはできないか」
「私もそう思っていたところだよ。これからグレスタ城で研究するとしよう。あの城を悪用されたくはないからね」
「わかった。何かあったら声をかけてくれ。帰りは護衛できないが、早めにグレスタに帰った方がいいだろうな。エドワードの気が変わって呼びつけられたら大変だ」
「そうだね。今回は本当に世話になった。あまり礼をできなくて申し訳ないかぎりだよ」
「あ、モンテスさん。この骨はどうするの?」
ベアトリスが袋を見せる。
「それは私が持っていても仕方がないからね。売ればお金になるかも知れない。君たちが使ってくれたまえ」
「えー、残念。せっかくモンテスさんへのお土産だったのに」
「良いだろ。売って金にしようぜ。全然金欠なんだよ」
アクアがわめく。
モンテスは立ち上がって一人ずつ握手を交わし、喫茶店を出て行った。
「もっとゆっくりしていけば良いのに。キャロンがあおるから」
ベアトリスが再び椅子に座りながら言う。
「午後の馬車の時間が近い。それに居心地が悪かったんだろう。一人目立つ裸がいるからな」
「また私の事かよ」
アクアが怒鳴る。
「で、どうするの」
「レナードは第二近衛隊の魔術師だ。何かつてはないか」
ベアトリスの問いにキャロンは問いで返す。ベアトリスはうーんとうなる。
「私の知っているのは第一近衛隊の彼だからなぁ」
「第三近衛隊か? 知り合いって言えば、デイヴィッドとジョナサンかな。まだジョナサンには会ってねぇや。ピーター、レイモンド、パトリックはこの間会ったばかりだな」
アクアが答えるとベアトリスが言った。
「だけど、私達がここに戻ってきているって事、近衛隊に知られて大丈夫?」
「それも問題だ。少なくとも、他の奴らがこちらに帰ってきているという情報が無い限り目立つ行動はできない」
キャロンは悩む。早くレナードを確保したいが、方法がない。
「だったらよ。三人で行けば良いんじゃねぇか?」
アクアが言った。
「三人で?」
ベアトリスが首をかしげる。
「だってよ。レナードの顔はキャロンしかわからねぇんだろ。第三近衛隊の人間を知っているのは私だけだろ。で、ベアトリスがいればばれないで侵入できるじゃねぇか」
キャロンとベアトリスは少し考えた。
「良い方法とは言いがたいが、手っ取り早いかもな」
「あれ、またなんか私、使われてる?」
「じゃあ、飯食ったら、すぐに行こうぜ」
アクアは笑いながら言った。




