(25)グレスタにて
「マリア、可愛かったでしょ」
「おう、なかなか良かったぞ」
ベアトリスと、アクアが気楽な会話をしている。
キャロンは大きな街道に降りると二人を投げ出した。
「あん、乱暴しないで」
ベアトリスは言うが、アクアとベアトリスは結界玉に入っているので怪我はない。
「あんた達を抱えて飛行するのは疲れるんだ。アクア、魔力をよこせ」
キャロンがうつむきながら言う。ベアトリスが結界を解いた。
「んな事言ってもよ、おまえが急に急ぐって言ったんだろ。マリアがダウンしてからすぐに飛んできたじゃねぇか」
アクアがキャロンと手を繋ぐ。キャロンは体を起こして呪文を唱えた。魔力がアクアからキャロンに流れる。
「あんたの無尽蔵の魔力はありがたいな。ちょっと気持ち悪いが」
「んだと、この」
アクアは手を振り払った。
「それより、急いでいるのはなぜ? どこに行くの?」
ベアトリスが尋ねる。
キャロンが答えた。何しろなにも説明せずにここまで来たのだ。
「思い返してみると、あの場所にいたのはマリアと臨時部隊だけだ。残りはどこに行った?」
「どこって・・・」
「先に帰っちまったんじゃねぇの。竜が怖いよー、ってさ」
アクアが言う。
「まぁ、そんなところだろう。しかし、そいつらがエドワードの馬鹿に何かを報告することになる」
「報告ねぇ。失敗しましたって言うだけだろ」
「そうなると、エドワードの馬鹿の機嫌は最悪になるだろう。その後でモンテスがほいほいと人工魔石を持っていったらどうなる」
「ああ、なるほどね」
ベアトリスがうなずく。
「もう一個作れだの、これは別の物だ本物を持ってこいなんて、無理難題を言いかねないわね」
「せっかく人工魔石を回収できたのに、これ以上ややこしくしたくない。早くグレスタに行って、モンテスを連れ出し、ダグリシアに向かわなくてはいけない」
「でもよ。もう日も登るぜ。間に合うかよ」
「あいつらが急いで帰ったとしたら間に合わないかも知れないが、普通に帰るのなら明日の朝くらいだろう。モンテスに明日の朝一番に謁見させれば、何とか間に合うはずだ」
キャロンが言うとベアトリスが口を尖らせる。
「それならもっと早く出れば良かったのに。マリアとは遊び損ねちゃうけどさ」
「あそこに寄ったおかげで、先に帰った奴らがいることに気がつけたんだ。第一私がこのことに気がついたのもマリアとさんざん○○した後のことだ」
「明日の朝はきつくない? 朝出発しないと夕方までにダグリシアに着けないわよ。なんか通信魔法みたいなの置いてきていないの?」
ベアトリスが言うがキャロンは首を振った。
「今度からはそうする。最悪、金はかかるが夜行便を手配するか。それなら明日の早朝には着く。護衛は私達がやれば良い」
「うぇ、二日連続で徹夜かよ」
「あんたは平気なんじゃなかったのか?」
キャロンが言うとアクアは口を尖らせた。
「まぁ、良いわ。どうせ疲れるのは言い出しっぺのキャロンだもんね。はい、そろそろ出発しましょ、キャロン」
「嬉しそうだな。ベアトリス」
「だってぇ、今までさんざんこき使われてきたしぃ」
「本当はアクア一人いれば良かったんだ。あんたも連れてくるから遠くまで飛べなくなる」
キャロンが恨み言を言うとアクアが悲鳴を上げた。
「馬鹿言え、そしたらおまえ、途中で落とすに決まってるじゃねぇか。ベアトリスの結界に守ってもらえねぇと安心できねぇよ」
「じゃあ、さっさと行くぞ」
キャロンがうるさそうに言った。
アクアとベアトリスは座って抱き合い。そのまま球状の結界玉になった。
キャロンはその結界玉を抱きしめる。するとキャロンも結界の一部になる。
キャロンは飛行魔法の呪文を唱えた。
キャロンの飛行魔法はそれほど長距離飛べるわけではない。そしてかなり魔力を消費する。しかし速度は抜群なので、高速移動には向いている。今回はアクアという補給源があるので、ほぼ無尽蔵に飛べる。
しかしさすがにこの魔法でモンテスを運ぶのはごめんである。キャロンも老人趣味はない。抱き合って飛ぶのなら相手を選びたい。
途中でキャロンが怒鳴った。
「あんたら、私が苦労しているのに中でいちゃいちゃするな!」
何度かジャンプと着地を繰り返し、やっと三人はグレスタの門の側まで飛んできた。キャロンがぐったりしながら呪文を唱えると、アクアがいきなりキスをしてきた。
そのままキャロンとアクアはキスを続ける。そしてやっとアクアが離れる。
「わざわざ口移しで魔力を送らなくても良いだろうに」
魔力が回復したキャロンが文句を言う。
「なに、私とベアトリスが乳繰り合っていたから、欲求不満だろうと思ってな」
「だったら初めから見せつけるような真似をするな。まったく」
ベアトリスも側に来た。
「それにしても遠かったわね。何回飛んだっけ」
「マガラスからだからな。普通なら三日くらいかかるはずだ。まぁ、直線で飛んだから早く着いたと言うこともあるが」
「まだ昼くらいだな。すげぇ早さだぜ」
「さて、行くか」
三人は門に向かった。
グレスタの町に入ってからキャロンは二人に向かって話す。
「まずは、近衛隊を引き離す必要がある。じゃまをされてはかなわないからな」
「あら、近衛隊なんてきているの?」
「ああ、モンテスの見張りだ。馬鹿のアーチボルドと放置主義のレナード」
キャロンが答える。
「ねぇ、美形? 美形?」
ベアトリスがキャロンの腕をつかんだ。
「うーん。それなりだとは思うぞ。中身はともかく造形は悪い方じゃない。アーチボルドは若造で、レナードはちょっと渋い感じの男だな」
「だったら、私達で誘い出すか」
アクアが言う。
「アーチボルドは単純だから、簡単に誘いに乗るかもな。レナードはちょっと厄介だと思うが」
「じゃあ、私はレナードの方を誘惑しようかしら。アクアなんてその格好なんだから、アーチボルドをいちころにできるんじゃない」
「いいね! しっかり密着して○○を固くさせてやるよ」
「じゃあ、その手で行くか」
三人はモンテスの家に着いた。
ベルを鳴らすといつものようにバロウズが現れた。
「これはキャロンさん。それからアクアさんも」
バロウズはベアトリスだけがわからなかったようだ。
「はぁい。私、ベアトリス。お近づきになれて嬉しいわ」
ベアトリスが手を出すとバロウズは握手した。
「そういえば三人とおっしゃっていましたね。まずはお入りください」
「ちょっと待ってくれ」
キャロンは言って、バロウズを玄関口から外に招く。バロウズは素直に外に出てきた。
「人工魔石を回収してきた」
そして小声で言う。バロウズは驚いたようだ。
「こんなに早くですか。まだ一週間くらいだと思いますが」
「十分な時間だろう。それでだ。あの近衛隊にはこのことを知らせたくない。あいつらは今どこにいる」
するとバロウズは少し険しい顔をした。
「そのことについて少しご相談したいこともあったんです。今は近衛隊員達はいません。安心して中に入ってください」
バロウズは扉を開けて三人を招いた。
「あいつらはモンテスさんの見張りだろう。なぜいなくなった」
キャロンが言うと、バロウズは三階に案内しながら答えた。
「理由は分かりません。正確に言うと来なくなったのはレナードさんです。アーチボルドさんはその後も来ています」
「なんだと?」
キャロンはいぶかしげに言う。
作業室の前でバロウズが扉をノックすると、中から返事が聞こえる。
三人は中に通された。
すぐにモンテスが出迎える。
「これはキャロン君。もう戻ってきたのかね」
「うわっ。なにこれ。すごい本!」
ベアトリスが叫ぶ。
「じっちゃんの部屋もこんな感じだったな。魔術師の部屋ってみんなこんな感じか」
アクアも感想を言う。
キャロンは二人をにらみつけて黙らせるとモンテスに挨拶した。
「ああ、さっき戻ってきた。ベアトリス」
キャロンがベアトリスを見ると、ベアトリスは慌てて袋から人工魔石を取り出した。
「これよね。モンテスさん」
そしてモンテスに手渡した。
「おお、これは」
すぐにモンテスはその魔石を持って作業場に行った。三人も付いていく。
モンテスは表面の状態などを調べていたがすぐに顔を上げる。
「やはり、無傷だ。竜の体ではこの魔石は消化できなかったんだろう」
「なんか、すげぇ綺麗な石だな」
「幻想的よね」
「そもそもどんな仕掛けでこういう光が出せるんだ?」
モンテスは三人の感想に笑う。
「まずは礼を言わせてくれ。ありがとう」
そしてモンテスは作業場の椅子に三人を案内した。
「そちらの状況はどうなんだ。何か成果はあったか」
キャロンが言うとモンテスは少し困ったような顔でうなずいた。
「色々わかったよ。いや、わかってしまったといった方が良いかな」
「わかってしまった?」
キャロンは怪訝な顔をした。
そこにバロウズがやってきてお茶を並べる。
「作業場なので手狭で申し訳ないね。場所を変えても良いのだが」
「いや、気にしないでくれ」
モンテスが言うとキャロンも答える。バロウズは立ち去らずにその場に座る。話を聞きたいようだ。
モンテスが話しを切り出す。
「色々話はあるが、まずは、君たちの報告を聞かせてもらえるかな。まぁ、これさえ戻ってくれば私には感謝しかないのだけどね」
キャロンは答えた。
「わかった。まず、私達は近衛隊の竜討伐隊に潜り込んだんだ」
キャロンは所々はしょって、起こったことを説明した。
話を聞いてモンテスが感心する。
「ふむ。なるほど。魔法と物理力の合わせ技でのみ傷をつけられる事が証明されたわけだね」
「ああ。私も魔法のみで何度か攻撃したが、効いていないようだった。うるさそうにはしていたが」
「そしてこれがみやげって奴さ」
アクアが袋から竜の頭骨を取り出した。
「なんと」
「これはすごい」
モンテスとバロウズが言う。
「これだけの頭だと、大きさはどれくらいだね」
モンテスが尋ねるとキャロンは答えた。
「三メートルくらいだな。だいたい聞いていた通りだ。モンテスさんにやろう」
「私なんかが持っていて良いかわからないが」
「何かの研究にでも使ってくれ」
キャロンは話を続けた。
「ここまでは良かったんだが、私達は一つ失敗を犯した。近衛隊を逃げ帰らせてしまったんだ」
「先ほど近衛隊の代わりに戦ったと言っていたが、その時に近衛隊が逃げたと言うことだね。それが失敗なのかい」
「逃げた奴は全員近衛隊だった。奴らは王都に戻れば必ずエドワードに報告することになるだろう。そうなればエドワードが何をしでかすかわからない」
しかしキャロンの言葉にモンテスはピンとこないようだった。
「殿下のことはあまり関係ない気がするのだが」
「いや、関係大有りだ。エドワードは気まぐれで考え無しだ。近衛隊が失敗したという情報を聞いた後でモンテスさんが尋ねていけば、間違いなく追加で無理難題をふっかけてくるはずだ」
「ううむ」
モンテスは考えだす。
「そうよ。あの王子なんて、本当に馬鹿なんだから。思いつきで誰でも牢屋に入れちゃうくらいなのよ」
ベアトリスが言うとモンテスは理解したようだ。
「つまり、キャロン君達は、近衛隊がダグリシアに戻る前にこの人工魔石を殿下に届けなくてはならないというのだね」
「ああ、できればすぐにここを立ちたい。金はかかるが馬車屋に言って臨時便を出してもらう。護衛は私達がやれば良いことだ。そうすれば明日の朝にはダグリシアに着く」
「なるほど」
するとバロウズも言った。
「その方がいいです。これ以上ダグリシアに関わるのは危険ですから」
「うむ。わかった。そう言うことならその竜の頭も一応持っていった方が良いだろうね。こじれたときの交渉に使えるかも知れない」
「なるほど。そういう使い方もあるか。確かにあの男は何を言い出すかわからないからな。では、行こうか」
早速立ち上がるキャロンに慌ててモンテスが言った。
「ちょっと待ってくれたまえ。こちらにも報告しなくてはいけないことがあるのだよ。まず、バロウズ」
モンテスがバロウズを見ると、バロウズが神妙な顔で言った。
「はい。実は、本が盗まれたのです」
三人が驚く。
「盗まれた? いつ、誰に」
キャロンが問う。するとバロウズは答えた。
「わかりません。わかりませんが、可能性は一つしかありません」
「ああ、それがさっきの話なのね。レナードが来なくなったって」
ベアトリスが言うと、バロウズは厳しい顔でうなずいた。
「あまり人を疑うことはしたくないのですが、それ以外に心当たりがありません。気がついたのはかなり後なのです」
「アーチボルドは来ていたんだろ。問いただせば良かったんじゃねぇか」
アクアが言うが、バロウズは眉をしかめた。
「相手は近衛隊です。確たる証拠もないのに問い詰められませんよ。それにあのアーチボルドという人は・・・」
「ああ、交渉できるような頭の持ち主じゃないな」
キャロンが答えた。そして、続きを促す。
「で、何の本が盗まれたのかわかるのか?」
「はい。日記でした。しかも百二十年ほど前のかなり古い日記です」
「ステノボスルスという人のようでね。私もまったく知らない人だったよ」
モンテスが付け加える。
「なぜそんな本をあの近衛隊が。ステノボスルスという人は有名だったのか?」
「いや。そうとは思えないな。そもそもアペニヌス家は歴史上有名と言うことはないからね」
モンテスが答えると三人は首をひねる。
「どうしてかしら」
「あいつら、魔法に詳しそうでもなかったが」
「なんかおもしれぇものでも書いてあったんじゃねぇの。たまたま見つけて気に入ったとかよ」
するとモンテスが言った。
「恐らくアクア君の答えが一番近いだろう。私もバロウズの報告を聞いてその時代に何があったのかを調べてみたのだよ。どうやらその時代、戦争があったようなんだ」
「つまり戦争の記録が日記に書かれていたと」
キャロンが相づちを討つ。モンテスは続けた。
「そうなるね。そして、これが問題なのだが、その時に人工魔石は一度使われたのだと思うのだ」
モンテスの話にキャロンは首をかしげる。
「人工魔石が使われた? あれはグレスタ城の防御装置だろう。常に使っている状態だったのではないのか」
モンテスは答える。
「以前人工魔石は漆黒だと言ったよね。私はそれが疑問で研究書を調べていたのだけど、どうやら中の魔力を大量に使うと、漆黒が薄れて、七色の光が見えるようになるようなんだ。もともと高密度で七色の光が動いているので黒く見えていただけのようだ」
「つまり、人工魔石の魔力が一度大量に使われたって事かしら?」
「なんかきな臭くなってきたな。それが戦争中だってか」
ベアトリスとアクアが言う。
「城の防御を担う魔石だが、防御だけじゃなく攻撃の目的もあったみたいだ。ステノボスルスは研究書を残していなくてね。何をやっていたのかはまったくわからないのだけど、バロウズと日記を調べたら、どうもその後当たりから人工魔石の色が七色となっているんだ。それ以前の日記には黒としか書かれていないのにね」
モンテスが言うと、アクアとベアトリスは難しい顔をした。
「それって、ほぼ攻撃に使ったと思って間違いないんじゃない?」
「はっきりした証拠はねぇのかよ」
そこでキャロンが気がついた。
「そうか。レナードはあのとき急にグレスタの衛兵に挨拶をしに行くと言って出て行ったが、あれは口実か。レナードがその本をたまたま見つけたわけか」
アクアが言う。
「でもよ。日記だろ。まさか人工魔石の使い方が書いてあるってのか」
「なんとも言えません。恐らく研究とは関係ない出来事だけを書いているのだとは思いますが」
バロウズが答えた。日記の紛失を気に病んでいるようだ。キャロンも厳しい顔をする。
「安心はできないな。そんな兵器があると言うことがエドワードに知られたら、何をし始めるかわからんぞ」
すると、ベアトリスがモンテスに言う。
「使い方はわかっているの。モンテスさん」
「ああ。そこは読み解いたよ。魔道砲のようだ。かなり強力な威力を持っていて、相手の城一つくらいなら一瞬で壊せるようだ。とはいえ、私が読んだのは研究書だから、実験で使ったときの結果くらいしか書かれていなかったけどね。実践ではどんな結果になったのか。それは恐らくステノボスルスの日記を見ないとわからないね」
「レナードを捕まえなくちゃ」
ベアトリスが立ち上がった。
「もう遅いな。すでにこの町を立ち去った可能性が高い。後は、エドワードにその情報が伝わっているかどうかが問題だな」
キャロンが言う。
「でもよ、うまいこと今はエドワードに伝わっていなくても、結局いずれはばれちまうんじゃないか?」
アクアが言うと、キャロンは少し考えてから顔を上げた。
「モンテスさん。それを確かめる手段を思いついた。今回エドワードからもらえるはずの成功報酬だが・・・」
キャロンは思いついた作戦をモンテスに話す。
それを聞いて、ベアトリスとアクアは渋い顔をしていたが、文句は言わなかった。
「なるほど。確かに良い方法かも知れないが、確かその報酬はアクア君に渡すはずだっただろう」
「良いんだよ。戦争の兵器をエドワードの馬鹿に渡すよりましさ」
アクアが手を振る。キャロンが続ける。
「そう言うことだ。上手くやってくれ。それにしても、アーチボルドは頻繁に来ているのだろう。邪魔じゃなかったか」
キャロンが言うと、バロウズは苦笑した。
「はい、それはもう。私も精進が足りず、一度は思わず声を荒げてしまいましたよ。しかし、さすがはモンテス様です。今では朝に一度顔を出すかどうかですよ」
バロウズが説明を始めた。




