(22)最悪の夜
トマスは一応最後まで戦う意志があったため、皆より逃げるのが遅れた。
しかし、もうマリア一人しか戦おうとしていないのを見て、そのまま逃げた。
そもそもトマスの腕ではあの骨竜に勝てる可能性はゼロだ。牢屋で鍛錬していたといってももともと貴族の手習い程度の腕前である。他の奴らがダメすぎたにすぎない。
貴族に返り咲きたいと思っていたが、命を捨てる気は無かった。そして、平民であるマリアを助ける気はまったく起きなかった。
近衛隊のルーイスの発言は衝撃だった。自分が足がかりとして頼りにしようとしていた近衛隊副長が何と平民だというのだ。そうすると、今まで平民ごときにこき使われていたことになる。そんなことは許されるはずが無かった。まるで自分が平民より下と言われた気がした。それは他の部隊員達も同じだったようで、その夜のテントではマリアに対する怨嗟の声で充ちていた。そして骨の竜が現れたときもマリアは「戦え」と命令をしたのである。貴族である自分たちに平民が死ねと言ったに等しい。
トマスは逃げ帰ってそのまま馬車の所までたどり着いたが、部隊員達はおろおろしているだけだった。すぐにトマスは気がつく。馬が全て無くなっているのだ。これでは逃げられない。
トマスは彼らに言う。
「オリヴァーとノーマンがいないな。奴らが馬を奪ったか」
彼らは振り返る。
「オリヴァーだ。あいつ、俺を見て慌てて最後の馬を馬車から外して乗って行きやがった。ちくしょう」
スタンレーが言う。
トマスは考える。マリアが死んでくれれば問題ないが、マリアも逃げてきたとすれば、ここで殺されるかも知れない。剣を持たずに逃げてきたのが悔やまれる。
後ろから声を聞いて全員が振り返る。
「おーい。待ってくれ。俺も連れて逃げてくれ!」
ノーマンだった。一人遅れて逃げてきたらしい。
「ノーマン、あの平民女は死んだか?」
トマスが尋ねる。しかしノーマンは首を振る。
「わかんねぇ。隠れてたけど、なんか戦いが始まっちまったみたいで、怖くてよ。そのうち声が遠のいていくのが聞こえて目を開けたら、竜の奴が離れていっちまった。そのすきに俺は逃げてきたんだ。他に誰がいたかなんて知らねぇよ」
トマスは舌打ちする。今から走ってでも逃げた方がいい。しかしすでに遅かった。
※
「どこまで逃げるつもりかね」
走りながらアクアが言う。
「そろそろ良いでしょ。打ち落としてきてよ」
ベアトリスも道なき道を走りながら言う。
「ああ、ここいら当たりで決着をつけるか」
そしてキャロンは呪文を唱えると空を飛んだ。そして逃げる骨竜の真上に飛ぶと、背中に降りた。骨竜は振り落とそうと体をひねるが、その前にキャロンは呪文を唱え終えた。キャロンが骨竜から離れたところで、骨竜を雷撃が襲った。それによって、骨竜が一瞬体を止める。そして、続けてキャロンの呪文が放たれると、光の槍が骨竜の体をつらぬき地面にたたき落とした。
落ちた場所で待ち構えていたベアトリスが、もう逃がさないように結界で骨竜を囲う。骨竜は激しく暴れて結界から逃げようとした。
そこにアクアが走り込んで、一太刀で竜の首を切り落とした。
空から降りてきたキャロンが、胴体を杖で貫く。
すると弾かれるように丸い玉が飛び出してきた。七色に光る美しい玉だった。
竜はそのまま倒れた。
「やっぱりたやすかったわね」
ベアトリスが言って玉を拾った。七色に輝く美しい石だった。これが人工魔石であることは間違いない。
「でも、やっぱり固かったぜ。魔法を乗せないと斬れねぇな」
「そうだな。あんたの剣は初めは全然通じていなかったからな。やはり竜は興味深い」
「魔法は通じていたじゃない。噂と違って」
ベアトリスが言う。しかしキャロンは首を振った。
「いや、ただの魔法じゃ通じなかった。私は魔法に物理的な力を加えて攻撃したんだ。だから通じた。やはり竜相手には魔法と物理の両方の力が必要みたいだな。しかし、結界は効くのだな」
「そうね。閉じ込めるたぐいの魔法は通じるのね。攻撃とは違うからでしょうね」
竜はすでに骨に変わっていた。アクアが頭骨を持ち上げる。
「結構軽いんだな」
「骨なんてそんなもんだ。さて、頭骨はモンテスのみやげにでもするか。もう日も沈むし、ここいらで今日は野宿だな」
キャロンが言うとアクアが不満を言う。
「今日は男無しか」
「たまには良いだろう。ここ二日間は十分楽しめたんだ」
しかし、ベアトリスはキャロンに近づいた。
「ねぇ、夜になったらまた、行ってみない。コインは剥がしちゃったから全員は無理だけど、マリアのテントなら忍び込めるでしょ」
するとアクアが割り込んだ。
「だったら、今度は私にやらせろよ。キャロンとベアトリスは楽しんだんだろ。次は私が味わう番だ」
キャロンは首をすくめる。
「まぁ、夜になったら行ってみるか。仕事は終わったし、後は帰るだけだからな」
※
マリアは野営地に帰ってきた。
馬車のそばで臨時部隊が立ち尽くしている。しかし、戻ってきたマリアを見るとおびえた顔をした。
マリアは荷物を抱えたまま彼らに近づいていった。
「全員いるのか?」
マリアは部隊員達をにらみながら言った。みんな顔を見合わせている。いるのは臨時部隊のうち七人。近衛隊員とケネスはいない。
「トマス。答えろ」
「オリヴァーが見当たりません」
トマスは神妙な顔で答えた。
「ガイ達はどうしたんだ」
すると臨時部隊は口をつぐんだ。マリアは怪訝な顔をした。
やがて、トマスが答えた。
「馬が全ていません」
マリアは慌てて彼らの間を抜けて、馬車に行った。
馬車は無事だが、馬だけがいなかった。
「そういうことか」
マリアはつぶやく。
彼らは逃げなかったのではなく、逃げられなかっただけだ。馬は全部で五頭いた。ガイとルーイスのもの。そして馬車を引いてきた三頭。
そして今ここにいないのも、ガイ、ルーイス、ドナルド、ケネス。そしてオリヴァーである。
彼らは我先にと馬を馬車から外して逃げたのだろう。ここにいるのは全員貴族か元貴族である。馬に乗れないも者どいない。
マリアはため息をついて、馬車から自分のテントとテーブルを持ち出した。全員マリアを見ている。
「逃げたことを怒ってはいない。あそこに残って戦えと指示した私の方が間違いだった。食料持ってきているから渡す」
そしてマリアは元焚き火のあった場所まで歩いて行った。臨時部隊も黙ってマリアに着いていった。
マリアは焚き火の後まで来ると、テーブルを立てた。そしてその上に持ってきた食料の入った荷物を置く。
臨時部隊はテーブルの前に集まった。しかしすぐに手を出したりしない。。
そんな臨時部隊の様子を見ながら、マリアは言った。
「あそこに残って成り行きを見た者はいるか?」
じっと見ていたが、返事がなかった。マリアは眉間にしわを寄せる。一人くらいは様子を見る奴がいるかと思っていたが、全員逃げてしまったらしい。
沈黙に耐えられなかったのか、ノーマンが言った。
「全部は見ていませんが、冒険者達が戦い出したのは見ました。竜が空に飛んだのでその後は逃げてきました」
マリアはうなずく。そこまで見たのなら、ほぼ最後まで見たと言うことだろう。
「では、私が話そう」
そしてマリアは語り始めた。
「まず、あの骨の竜だが、恐らく卵になる前の竜の抜け殻のようなものだろう。言い方を変えるならあの卵の親だな。だからこそ、卵に穴を開けたところで襲いかかってきた。これはケネスの話にもなかったことで、私にもまったく予想できなかったことだ。あれと戦わせようとしたことについては謝罪しよう。私ですらあの竜には手も足も出なかっただろう」
マリアは素直に謝罪する。そして続けた。
「しかし、あの骨の竜の存在を知っていて我が部隊に潜入してきた者がいた。それがあの冒険者達だ」
少し場がざわつく。マリアはかまわず話す。
「どういうルートで知ったのかは知らん。だがあの冒険者は私に卵を攻撃すればあの骨の竜が出てくることを知っていたと告げた。彼女たちがこの部隊に侵入したのは骨の竜を私達がおびき寄せることを期待してのことだった。骨の竜を狙っていた理由は私にもわからない」
ざわつきが大きくなる。
「さっきおまえは竜が逃げるところを見たと言ったな。ならば、彼女たちがどうやって竜と戦っていたかも見たはずだ」
ノーマンは皆からの視線を受け、しどろもどろに言う。
「いや、それが、何か光ったりぶつかったりしている音がして、怖くてほとんど目を閉じていまして。目を開けたとき見たのが逃げていく竜だったんです」
マリアは落胆した。
「そうか。おまえ達は彼女が優しく親切な冒険者程度に思っていただろうが、私は彼女達を警戒していたせいもあって、彼女たちの魔法を直接受けたことがある。はっきり言えば、手も足も出なかった。今まで言わなかったのは余計な軋轢を生みたくなかったからだ。彼女たちはずいぶんおまえ達に信用を得ていたようだからな。そして、先ほど実際に戦っているところを間近で見たが、私の想像以上の手練れだった」
しかし彼らはそれを信じたようではなかった。疑わしげな目をマリアに向ける。ただマリアは別に彼らを説得しようとしたわけではない。
「信じる信じないはおまえ達の勝手だが、あいつらは実力を隠していた可能性が高い。だが、こちらとしてはあの骨竜を追い払ってくれただけで十分だ」
そしてマリアは、彼らの顔をじっと見渡す。
「これから、明日の予定を話す。私達は明日、あの卵を破壊し、中の幼竜を退治することにする」
皆がマリアを凝視した。そこには驚きと怒りとおびえがあった。
「いい加減にしてくれ!」
ポールが叫んだ。
「またあの竜が現れたらどうするんだ。あんなのは無理だ」
勇気のいる行動だろう。マリアの鉄拳が飛んでくる可能性もある。しかしマリアは冷静な口調で答えた。
「わかっている。あの竜が現れたらすぐに逃げる。おまえ達に戦わせる気はない。目的は卵の中にいる幼竜だけだ」
マリアが怒らないからか、フィリップがさらに言う。
「幼竜だって暴れられたら手に負えないかも知れないだろ。あんな竜のガキに手を出すのは嫌だ」
マリアは静かに答えた。
「あの骨竜は三メートルはある成竜だ。ケネスの話だと生まれたばかりの竜はせいぜい人間大だという。卵の大きさからしても、正しいだろう。十分倒せるサイズだ。そもそもこの作戦はその程度の竜を想定したものであり、あの骨竜は想定外だ」
「しかし・・・」
更に声を上げようとする部隊員達に対して、マリアはテーブルをたたいた。
「決定事項だ。思い出せ、おまえ達はこれに成功しなければ処刑されて死ぬのだぞ。やるしかない事はわかるはずだ。ここで逃げれば殿下がそれを放って置く事はない」
部隊員達が静まる。マリアはすぐに冷静な口調で続けた。
「今日は疲れただろう。早めに食事を取って休め」
マリアは持ってきた荷物の中から自分の分の食料だけ取る。
「明日の分も含めてこれで全部だ。残りは皆で分けろ」
そしてマリアは自分のテントを持ってその場を去った。
部隊員達はしばらく立ち尽くしていたが、やがてテントを取りに馬車に向かっていった。
マリアは眠れなかった。
明日の戦いのこと。あの女冒険者のこと。逃げていったルーイス達がどう行動するか。考えることは山のようにある。
マリアは臨時部隊が夜中のうちに逃げ出すことも視野に入れていた。だがすでに止める気はなかった。残ったメンバーだけで竜退治を行うつもりだ。最悪全員が逃げ出していたとしても自分一人でやるつもりだった。
もともと臨時部隊のことなど少しも信用していない。一人でも残れば多少は楽ができるかも知れないと思っただけだ。
マリアはそろそろ寝なくてはと思いながらも、いろいろ考えているとなかなか寝られなかった。そしてその時、外で叫び声がした。
「マリア副長、竜だ、竜がでた!」
マリアは飛び起きて剣を取る。
金属鎧を装着している暇はなかった。マリアは革鎧のままテントを出て焚き火に向かう。そこには七人の臨時部隊全員が揃っていた。武装していないのはここには武器がないからだろう。
マリアは武器のたぐいを全て広場に置いてきたのを悔やんだ。
「何があった!」
マリアが言うと、トマスが空を指さした。
「あれです」
マリアは空を見上げる。月が大きく光っており明るい。が、竜の姿は見えない。
マリアは必死に空を探る。
その瞬間マリアは押し倒された。
「な、何、むぐぅ」
マリアは驚いて叫ぼうとするが、口に布を押し込まれる。マリアの両手、両足を男達が押さえた。
マリアは自分のミスに気づいた。普段ならこんな簡単に誘いに乗らなかっただろう。しかし竜と聞いたため、彼らに対する警戒を怠った。
部隊員達が口々に言う。
「もう、いい加減あんたの下で働くのはいやなんだよ」
「平民のくせに貴族の俺達に命令ばっかりしやがって」
「毎晩女を抱く夢を見ていたんだ。もう女と○○ない夜は考えられねぇぜ」
「くそ女だが、○○があれば何でも良い、ヤリ殺してやるよ」
これは今までさんざん受けてきたものだ。マリアは必死に抵抗した。
しかし、マリアは抵抗かなわず、最悪の夜を迎えることになった。
※
トマスはテントを立てるように指示したが、みんなの足取りは重かった。ぶつぶつと文句を言いながら立てる。
「逃げちまおうぜ」
ロイが言う。
「そうだ。あの平民が寝ている間なら歩いて逃げられる」
ポールも賛同した。
全員のテントを立てる手が止まる。逃げようという意識で一致している。
トマスが言った。
「待て。まずはテントを立てて言うことを聞く振りをしよう。そうじゃないとすぐに追いつかれる。俺たちは一日中重労働で疲れているが、あの平民女は立っているだけだった。今すぐに逃げては怪しまれる」
すると他のメンバーも大きくうなずいた。
そして、テントを立てて、全員が中に潜んだ。誰も眠らない。ただ、マリアのテントの様子だけを見ている。
「畜生。今まで毎晩良い夢見てたんだけどなぁ。女と○○してぇ」
「おまえもか。俺もアクアと○○まくった夢を見ちまってよ。ああ、本物のアクアと○○たかった」
「俺はキャロンだ。だけど・・・」
「えっ、おまえも」
急に夢の話で盛り上がり始める。トマスは不審に思った。自分も二日連続でベアトリスと○○した夢を見た。なぜみんながみんなあの冒険者と寝る夢を見たのだろうか。
「じゃあ、最後に実際の女で楽しむか?」
トマスが言う。全員がトマスを見た。
「どこに女がいるって言うんだよ。冒険者達はいなくなっちまったんだろ。戻ってきてくれよ。アクア」
ロイが嘆く。
「いるだろ。あそこに」
トマスが顎で向かいのテントを示す。みんなが顔をしかめた。
「あれは女じゃねぇ。ゴリラだ」
「あれを見て○○できるかっての。全然○○ねぇよ」
しかしトマスは続けた。
「今まで平民ごときが俺たちに命令してきたんだ。しかもさっきは戦えなんて馬鹿げたことを言ったんだぞ。このまま逃げるだけで気が済むか?」
すると皆の目の色が変わり始める。
「ちげぇねぇ。昨日からむかついて仕方がねぇんだ」
「そうだな。本当に女なのか調べてやるか」
「女なら入れるところがあるだろ。それで満足してやるか」
しかしロイが恐る恐る言う。
「だがよ。ばれたら殺されるぞ」
「こっちが殺してやれば良い。むしろその方がいい。俺たちのことを告げ口する可能性がある」
トマスは言った。それで皆も納得したようだ。フィリップが言う。
「良いぜ。だがよ。どうやる。俺たち全員でかかっていっても勝てる気がしねぇよ。あの筋肉女」
「簡単だ。俺が呼び出すから。おまえ達全員で押さえ込め。手足を縛ればさすがに抵抗できねぇだろ。馬車にロープがあったはずだ」
トマスが見渡すと、みんなやる気が出たようだった。
「じゃあ、準備しろ。後一刻したら始める」
そして、トマスの指揮の下、作戦は実行に移された。
トマスは最後まで、このリンチに参加せず、テントに寄りかかって見ていた。
参加しなかった理由は、そもそもマリアを抱きたいと欠片も思っていなかったこと。そしてマリアが本気で抵抗すればこちらも怪我をする可能性があったことだ。
案の定スタンレーは片目を潰されて怒りに狂っている。他の奴らも傷だらけになっている。
それでもなんとかマリアをテーブルに縛り付けることには成功し、みんなやっと楽しみ始めている。
いざというときは一人で逃げるつもりだったトマスは、一応安心する。みんなが満足したところでとどめを刺せば終わりだ。
そしてトマスがふと空を見上げたとき、雷が落ちた。
※
マリアはうそろそろ自分の死が目前に迫っている事を感じた。
今まで必死になって貯めた資金が無駄になりそうだと達観した気分になる。
その時、急にバチンと何かがはじける音がした。
マリアの体にも少し衝撃が走る。死にかけていた頭が少し覚醒した。
マリアの耳にドサリと倒れる音が聞こえた。
マリアはぼやける目で周りを見るが、何も写らない。空の月だけだ。
男達の声もしなくなった。足音が聞こえた。
「マリアー、生きてる?」
急にマリアの体の拘束がなくなった。そして口の中から布が取り払われた。
しかしそれでもマリアは動く事ができない。意識はあるが、どうにも体が言う事を聞かない。
マリアの背中に手が差し込まれ、体を起こされた。
マリアはひどい有様だった。今まで縛られていたところは青くなっており、体を動かそうとすれば痛みが走るので動けない。
男達は倒れているようだ。マリアの視界に写る。
「ねぇ、マリアってば」
やっとマリアは声の方を向く事ができた。それだけでも痛みが走る。
やはりそこにいたのはベアトリスだった。マリアを支えているのはキャロンだ。
「こいつら死んでるのか? キャロン」
マリアから離れたところでアクアの声がする。
「緊急だったから細かい調整はしていない。たぶん生きているだろう。心臓が弱い奴がいたら死んでいるかも知れないが」
「じゃあ、テントの中に突っ込んでくるか」
アクアが動き出した。
「なぜ、戻ってきた」
マリアはやっと言葉を出す。
ベアトリスがマリアの傷に手で触れた。そしてぺたぺたといろいろなところに触っていく。マリアは抵抗せず、されるがままにされていた。
「さすがに丈夫だね。大きな怪我がない」
「そうだな。体温も戻ってきたようだ。手足を切られたり目や喉を潰されたりしてたら元には戻らなかっただろうが、これなら、すぐに復活できるかもな」
ベアトリスとキャロンが言う。
「なぜ。戻ってきた」
再度マリアは尋ねた。
マリア自身、やっと意識がはっきりしてきているような気がする。締められていた拘束が解けて血流が回復したのだろう。
「まずは感謝じゃないの。マリア」
ベアトリスがマリアの前に立った。そこにアクアが戻ってきた。
「テントに全員放り込んできたぜ。で、何でこんなことになった?」
マリアはそんな彼女たちの問いに少し可笑しくなった。
「そうだな。感謝する」
マリアは素直に礼を言い、テーブルから降りた。しかし、足が地面に着くと崩れそうになる。すぐにキャロンが支えた。
マリアはそのままアクアを見た。アクアはあきれた顔でマリアを見ている。
「理由など知らん。私が憎かったのだろう」
「ただのコミュニケーション不足だ。信頼関係を作れないからこうなる」
肩と腰を抱いているキャロンの言葉にマリアはかちんとくる。
「おまえらと違って、○○でコミュニケーションを取る気はない!」
マリアはキャロンを押しやって一人で立った。キャロンも素直に離れる。
「○○はただの趣味だ。そもそもあんたは彼らに目的や行動の意味を伝えたか? そして自分と彼らの事情について語り合った事があるか? 私達は冒険者同士で連携する事もあるが、共同作戦で重要なのは規律ではなく信頼だ」
「ま、私達の場合は○○込みのコミュニケーションだけどね」
ベアトリスが落ちを作る。
しかしマリアは鼻で笑う。そもそもここにいるのは信用できない者の寄り集めなのだ。
アクアは肩をすくめた。
「ここに立ち寄ったのには意味はないぜ。私達の目的はもう果たしたからな。帰りがけにこっちはどうなったのかと思って通ってみただけさ。別におまえらと接触するつもりもなかったぜ」
もちろん嘘である。マリアに夜這いをかけようとしてきたら、マリアが○○され、その上殺されそうになっていたので慌てて助けたのである。
「なら、もう行った方が良い。私にはまだやる事があるからな」
「奴らのとどめでも刺すのか?」
アクアはからかうように言う。しかしマリアは答える。
「いや、今はやめておく。申し訳ないが、明日の昼くらいまで、あいつらを眠らせておく事はできないか」
三人にとってはそれは奇妙なお願いに感じた。
「マリアがそれを望むならそうしてあげるけど」
ベアトリスは言った。
「ありがとう。じゃあな」
マリアは散らばった自分の武器や防具を探しはじめた。
三人は顔を見合わせる。どうにもマリアは自暴自棄になっているように感じる。それに、せっかくここまで来たのに、このまま別れるのももったいない。
「ちょっと待って」
ベアトリスの声でマリアは立ち止まる。アクアがマリアの方に歩いてきて肩に手を置いた。
「おい、マリア。助けた私達に、言葉だけの感謝で良いと思うか」
「そうだな、更にこれからベアトリスにも魔法を使ってもらうわけだ。近衛隊の副長が、借りを作ったまま、踏み倒す気か?」
そんな三人の言葉に、今度はマリアが眉を寄せる。
「おまえ達にもう金は払っているし、それ以上は出せない」
「何言っているの。そっちは竜討伐の依頼でしょ。今あなたを助けた事に対する見返りを求めているの」
マリアはベアトリスの言葉でも意味がわからなかった。しかし、アクアが舐め回すような視線でマリアを見てきたのでやっと気がついた。
それはあまりにも非常識な話だろう。
マリアは呆れた口調で言う。
「○○された私に体で払わせようというのか、おまえ達は」
「私は痛い事はしないぜ。キャロンやベアトリスがたっぷり味わったみたいだから、次は私の番だよな」
アクアの言葉にますます当惑する。
「おまえは男が好きなのだと思っていたが」
「ああ、男の方が好きだぜ。どちらかと言えばな」
アクアはなれなれしくマリアの肩に手を回して笑う。
マリアはため息をついた。骨竜退治が主目的だったとしても、男達と乱痴気騒ぎするのも一つの目的だったのだろう。当然、マリアもその獲物の一つなのだ。
「この体にそんなに価値があるとは思えんが。この程度のもので良いなら好きにしろ」
マリアも覚悟を決めた。そもそも今までさんざん弄ばれたのだから、抵抗するのも今更だ。
そしてマリアはいつものように自分のテントに連れ込まれた。
マリアは三日連続で意識を飛ばして眠りに落ちた。




