(6)美女三人の旅路
キャロンたち三人は旅をするとき、馬車に乗らない。馬にも乗らない。ではどうやって移動するのかと言えば、徒歩である。三人ともそれぞれ独自の方法で自分の体を強化しているので、馬と同程度の速度で進むことができる。そもそも馬がいると、餌をあげたり休ませたりと面倒だ。徒歩ならば旅の中で異変に気づきやすいというのもある。
アクアは体内で常に魔力が渦巻いている状態であり、体力が消耗してもすぐに魔力で帳消しにしてしまうことができた。そのためかなりの速度で走り続けていても疲れるということがない。アクアの潜在魔力は非常に大きい。これを魔法として放出すると威力が強くなりすぎて何でも破壊してしまうという弊害があった。そこでアクアはあえて魔力を内側に留まらせることで体を強化している。ビキニアーマーでも平気なのは、物理攻撃であろうと魔法攻撃であろうと全て皮膚で弾いてしまえるからだった。
ベアトリスは道を水平に跳ねている。ベアトリスは魔法のコントロールがうまいので、魔法で浮遊力を維持させれば、一蹴りで長く前に跳ねることができる。もともと体術が得意なので、蹴り足の威力も高い。ひらひらたなびくマントは本来高速移動には邪魔なのだが、ベアトリスは自分の周りに結界を張っているので風の影響も受けない。
キャロンは走っていない。地面を滑っている。キャロンは魔法の板を足の下に置いて、スケートのようにして前に進んでいる。もちろんこんな魔法は一般的に存在しない。キャロンは魔法の原理を詳細に知っているので、自分のやりたいことを魔法で作ることができる。そのため、魔法書に記された魔法をそのまま使うことは少ない。
三人は昼前にグレスタ領への分岐点にたどり着いた。
キャロンはそこで歯ぎしりをする。
「くそっ、ソーニーの奴、昨日中に伝えてくれればいいものを!」
「いや、やられたな、こりゃ」
たくさんの馬が通った跡がある。すでに近衛隊から半日以上は遅れている。近衛隊に先に見つけられてしまっては元も子もない。
「もう手遅れかしら」
ベアトリスは誰も見ていないのに、あごに手を当てて可愛らしく首をかしげた。そういうあざとい仕草が大好きである。
「オウナイ一味が近衛隊から逃げ通せることを祈るしかないな」
「右手の道が本隊だよな。近衛隊もそっちに行ったみたいだし、私たちも行くか。しかし追いつけるかな」
キャロンは考える。
「近衛隊の後を追っていっても後手に回るだけだな。なぜ本隊は北に向かった」
「お宝を隠せる場所があるんじゃねぇの。結構な量なんだろ。いつまでも持ち歩けるわけねぇよ」
「とはいえ、近場の森とかだとすぐに見つかっちゃいそうね」
「森の中に馬車が入れるわけはない。この辺りの集落に隠したと考えるのが普通だろう。当然近衛隊もしらみつぶしに探しているところだとは思うが」
アクアは首をかしげる。
「でもよ。近衛隊が追っかけてくることなんてわかっているだろうし、できるだけ遠くに逃げようとするんじゃねぇか」
「ただ逃げるだけなら近衛隊に追いつかれるはずだ。確か、こちらの道を行くといくつも街道が交差しているだろう。初めからアジトが決まっていれば、そこに直行するのが一番良いだろうな。馬車や馬の跡をどうやって消すのかは・・・。そうか、マガラスの方に行けば石や砂利の道になるな。そこを通ることで馬車や馬の痕を隠すのか」
「って事は、近衛隊も多少は苦労するってことか」
「オウナイ一味はかなりこの地に詳しいのだろうな」
ベアトリスが笑みを浮かべる。
「じゃあ、私たちにもチャンスはあるわね」
「ハイスはここで二手に分かれたって言っていたな」
それが伝言だった。キャロンは道を調べた。
「確かに、馬が通った跡がある。私にはよくわからないが、ハイスは同じ時期に道を別れた形跡だと判断したんだろう」
「陽動かしらね。追っ手があることには気づいていたんでしょうし」
「だとしたら失敗じゃねぇか。近衛隊は全部向こうに行っちまったようだぞ」
「近衛隊は馬車を追ったんだろう。ここで二手に分かれたとは思わなかったはずだ」
ベアトリスがうーんとうなる。
「だったら仲間割れ?」
「それも不自然だな。意見が割れれば争いになるだろうが、そういう感じでもない」
話していても意見がまとまらなかった。そしてこういうときの行動はいつも同じだ。
「めんどくせぇ。どっちでも良いからおまえらで決めろよ」
アクアが考えるのを拒否した。
「キャロンが決めてよ。私は意見を言ったもの」
ベアトリスもキャロンに押しつける。
キャロンだけがじっと道を見て考える。
「なら、左に行くとしよう。近衛隊を追いかけても意味はない。別働隊を追うことで先にオウナイ一味にたどり着けるかも知れないからな」
当然異論はない。何が正解かなどわからないのだから、決断した者に従うのが一番楽だ。
キャロンたちは左の街道を進むことにした。少しスピードダウンして周りに注意を払いながら進む。街道を行けば盗賊に会うのは間違いない。今まで襲われなかったのは、単に三人のスピードが速く、盗賊が手を出せなかったからだ。しかしここからは聞き込みも兼ねるため、積極的に襲ってきてもらう。
しばらく進んだところで、草むらから剣を持った男が飛び出してきた。
「おっと、ここまでだ。かわいこちゃん」
三人が止まると後ろからも別の男が現れた。
「上玉じゃねぇか。良い金になる」
三人はその盗賊のような者たちを軽く観察した。前の男は汚いぼろぼろの服を着て剣を持つだけ。外見も細くて力がなさそうだ。後ろの男も同じように鎧は着けておらず、手に持っているのは大きな鍬。丸っこく、筋肉より贅肉の方が多そうだった。
三人のチェックは終了した。
「美形じゃないから、私はパスね」
「体力なさそうだ。こいつらじゃ大して楽しめねぇ」
「そもそもそんな時間も無いけどな」
キャロンが杖を上に上げると、激しい雷が、盗賊たちの前の地面を吹っ飛ばした。前後の盗賊は尻餅をついて驚愕に震える。
「派手だな。隠れていた盗賊どもが逃げていったぜ」
アクアが呆れた顔をする。
「二人いれば十分だ」
その隙にベアトリスは前方の尻餅をついた男に近づいていた。男はチャンスと思いすぐにベアトリスに飛びかかろうとしたが、あっさり躱されて腕を後ろに回された。
「ぎゃっ!」
盗賊が痛みで悲鳴を上げる。
「やーよぅ。美形じゃないと触らせて上げない」
アクアは後ろの男のそばに行って胸を踏みつけ、仰向けに倒していた。
「ごふっ」
胸がギシリときしむ音がする。その男は足をどけようともがくが、びくともせず、ひっくり返った虫のように暴れるだけとなる。
「オウナイ一味と言う盗賊の情報を探している。知っていることがあれば話せ。話せばそのまま逃がしてやる」
キャロンが制圧した二人を交互に見る。二人の男はキャロンの方に首を回した。
「早い者勝ちだ」
「し、知らねぇ。聞いたこともねえ」
ベアトリスに腕を押さえられている男が叫ぶ、するとゴキッと骨がきしむ音がした。
「うぎゃーっ!」
「あ、ごめん。曲げすぎた」
ベアトリスはテヘッと笑う。
「お、俺はっ」
アクアの足が更に沈む。丸っこい男はいよいよ虫のようにばたばたと暴れた。
「あ、あ、そ、そうだ、聞いた、前のお頭がなんか言ってた」
キャロンがその男を見た。
「何だ、本当に知っている奴がいるのか。驚きだな」
そもそもキャロンは初めから情報など当てにしていなかった。盗賊に会う度にそうやって問い詰めていこうと思っただけだ。
アクアが足に力を入れながら更に男に迫った。
「なんて言ってたんだ。そのお頭ってのは」
しかし男は息ができないらしくアクアの足を叩くのみ。
「おっと、すまねぇな。力を入れすぎた」
急にアクアは足をどけた。男は激しく息を切らせた。アクアはまた足を男の胸に置こうとする。
「ま、待ってくれ。今思い出す」
その男は拝むようにアクアに手を合わせる。
「あれは、そうだ。お頭がオウナイとか言う奴の悪口を言ってたんだ。なんか無理矢理城の番をやらされたって」
男は言いながら後ずさりしていた。
「それで?」
アクアが一歩前に進む。男は激しく首を振った。
「それだけだ、それだけだよ。それしか聞いてねぇ!」
男は泣きながら叫んだ。ベアトリスが捕まえた男を連れてきて倒れている男の横に転がした。男は腕を押さえてうめいている。
キャロンが二人に尋ねる。
「そのお頭はもともとこの辺りで盗賊をしていた奴か?」
腕を押さえている男がうめくように言った。
「あいつらはこの辺りの奴じゃねぇよ。二ヶ月くらい前に突然現れたんだ。ここはもともと俺たちのシマだったんだ。俺は奴らから抜けた。もう関係ねぇ」
三人は顔を見合わせた。
「どうする。そのお頭って奴をシメに行くか。情報が手に入るかもしれねぇぜ」
キャロンは震えている男を見る。
「その男はどんな奴でどこにいる?」
「バムっていう巨漢の男だ。仲間もすげぇ荒くれ者で俺たちの扱いがひどかったんだ。金目のものは全部独り占めしやがってよ。俺たちはあまりもんだけで満足するしかなかったんだ。あれじゃ、やってられねぇぜ」
「そんなのはどうでもいい。どこに行けば会えるんだ」
キャロンが男に迫ると、男は座ったままずるずると逃げようとする。
「知らねぇよ。だが、グレスタのそばで盗賊をやっているはずだ。俺たちはあいつらから逃げてこの辺りを根城にしたんだ」
アクアが指を鳴らす。
「よし、じゃあ、捕まえに行こうぜ。グレスタならこの道まっすぐだろ。歩いていれば向こうから出てきてくれるぜ」
キャロンは倒れている男に近寄って胸ぐらを掴む。
「昨日ここを馬で通った奴がいなかったか。恐らく数人はいたはずだ」
男は真っ青な顔で激しく首を振った。
「知らねぇ。本当だ。いつもここにいるわけじゃねぇんだよ」
キャロンは男を放す。
「さすがにそこまで都合良くはないか。もう行って良いぞ」
キャロンはきびすを返した。盗賊たちは慌てて立ち上がると沢の中に消えていった。
「城って何のことかしら」
ベアトリスが尋ねてくる。
「わからないが、城というのが本当なら、財宝類を隠すには最適だな」
「二ヶ月前って言うのも妙に符合するよな。ちょうどオウナイ一味がダグリシアに現れた頃だろ」
「バムとか言う男はオウナイに城を維持するように指示されたが、嫌になって逃げ出し、グレスタのそばで盗賊稼業を始めた。そういうストーリーが成り立つな」
アクアが指を鳴らす。
「よし、それじゃ。城探しと行くか。バムをとっ捕まえて城の場所まで案内させようぜ」
三人は再び道を走り出した。
昼を回って少し経った頃、一足ごとに大きく飛びながら先を進んでいたベアトリスが突然立ち止まった。キャロンとアクアもつられて止まる。
「どうした。ベアトリス」
アクアの問に、ベアトリスは森の方を指さした。
「向こうで魔法が使われたわ。空気中の魔力がゆがんだ」
「魔法使うと離れていてもわかるものか?」
アクアが尋ねるとベアトリスは首を振る。
「普通はないわね。でも稚拙な魔術師なら魔力の効率が悪くて外に漏れることがあるわ。盗賊に魔術師がいたとしたら、そんな下手な魔法を使うかも知れない」
「あんただからわかるんだろう。私にはそんなものは感じられないぞ」
ベアトリスは肩をすくめる。
「私とキャロンじゃ使う魔法が違うから。でも、魔力が外に漏れるのは稚拙な上、焦っているから。戦闘している可能性が高いわね」
「こんなところで魔法の戦闘か。オウナイ一味の別働隊に関わりがあるかも知れないな。バムを捕まえるよりも、直接一味を捕まえた方が早い。行ってみるか」
キャロンたちは街道を外れて茂みの中に入っていった。