(15)一日目の午後
午後、キャロン達は改めて第一近衛隊事務所を訪れた。
再び、入り口で武器を取り上げられる。
「中に入ったら右手に勧め。突き当たりに会議室がある。もう全員揃っているぞ。急げ」
アクアが肩をすくめる。
「だいたい時間通りだぜ。他の奴らが早すぎるんじゃねぇの」
「早く行け」
その近衛隊はぶっきらぼうに言う。
そして三人は近衛隊事務所の中に入っていった。二度目なので、事務所にいる近衛隊員の反応は鈍い。それでも、かなりの人間が視線を向けている。
ベアトリスが事務所をぐるりと見渡す。
「注目されるのって気持ちいいわね」
「馬鹿言っていないで行くぞ」
キャロンが先導して先に進んだ。扉を開けると全員の目がこちらに向く。そしてどよめきが起こる。
知らない顔ばかりだった。知っているのはマリアだけ。みすぼらしい格好をした男達が八人と、近衛隊一人。そして学者風の男が一人である。
「なんで裸の女が」
「まさかこいつらも討伐メンバーなのか」
マリアが大声で言った。
「私語は慎め。遅いぞ、冒険者達。そちらの空いている席に着いてくれ」
「はーい」
ベアトリスが可愛らしく答える。そして三人は席に座った。席に座っていても痛いほどの視線に晒される。三人は前情報で彼らが元囚人だという事を知っている。当然数年にわたって女にありつけた事は無いだろうし、そもそも見てもいないだろう。
「全員揃うのは初めてだから、まずは自己紹介から始めよう。私は今回の竜討伐の指揮を預かる事になった第一近衛隊副長のマリアだ。私の事はマリア副長かリーダーと呼べ」
そしてマリアは右隣の男に視線を投げかけた。
「私は第二近衛隊所属の魔術師、ドナルド・ジョーンズです」
細身の男で、魔術師らしい出で立ちと言える。しかし緊張しているのか目が踊っており頼りなさそうだ。
「ケネス殿も」
マリアが声をかけると、マリアの左隣の男は勢いよく立ち上がった。四十くらいの男で、眼鏡を掛けている。でも、インテリっぽくは見えない。
「私は竜学者のケネス・スミスです。いや、今回は竜に会えるという事で本当に楽しみにしております。竜というのは魔獣の中で唯一卵を産むという特殊な生態をしております。しかも、竜というのは死ぬと全てが塵になって消えてしまうのです。これも魔獣ではあり得ない生態です。我が家には竜の灰と龍の骨があります。これらは私の宝と言ってもいい。しかし残念な事に竜の骨というのは保存が利かないのです。現在私は竜の骨の永久保存について研究しているところなのです」
「もういい、ケネス殿。その話はいずれ。今は自己紹介だけでいい」
マリアはケネスを遮る。ケネスはまだ話したそうにしていたが、諦めて席に座った。
「それでは今回臨時部隊として編成された君たちも自己紹介してもらおう。まずはトマスから。それから右回りに自己紹介してくれ」
ケネスと呼ばれたのは、精悍な顔つきをした美丈夫だった。背筋をしっかりと伸ばし、挑むような顔で三人の美女達を見ていた。
「私がケネスです」
彼の言葉はそれだけだった。続けて男達がどんどん自己紹介していった。
「ポールです」
「スタンレーです」
「オリヴァーです」
「ロイです」
「ウィリアムです」
「ノーマンです」
「フィリップです」
みんな視線は美女三人に向けられたまま。特にアクアの健康的で褐色の肌がまぶしい。
マリアが言った。
「では、今回協力してくれる事になった冒険者の諸君」
するとまずアクアが立ち上がった。改めて腰のくびれと肌がみえるとどよめきが起こる。
「私はアクアだ。B級の冒険者だぜ。よろしくな」
アクアが座るとベアトリスが立ち上がる。ベアトリスはいつもより少し多めにマントの前を開け、白い肌を見せつけている。
「ベアトリスと言います。私もB級冒険者なの。皆さんとご一緒できるなんて、本当に楽しみだわ」
ベアトリスが座ると、キャロンも立ち上がる。
「私はキャロンという。後方支援が中心となるだろうが、色々と協力させてもらおう」
キャロンが座るとマリアが再び口を開く。
「これ以外に第三近衛隊のガイとルーイスが加わる。彼らは先行しているので現地で落ち合う事になる。この十六人が竜討伐隊のメンバーだ。言うまでも無い事だが、遠征中は必ず私の命令に従え。違反は許さん」
マリアは強い口調で言い、全員を見渡した。臨時部隊の唾を飲む音が聞こえる。
「では話を続けよう。まず、先に遠征の目的地について、ドナルドに話してもらう」
ドナルドは驚いたような顔をする。
「えっ、私ですか。・・・はい、わかりました。じゃあ、地図を持ってきますね」
ドナルドは立ち上がり、地図を取ってくると、テーブルの上に広げた。全員が椅子から立ち上がり、地図を見た。
「えーとですね。ここが王都ダグリシアですが、目的地はこの山、マガラス山となります。ルートとしては」
ドナルドはペンで通っていく経路を描く。
「この麓の所ですね。人里からは遠のいているので、道も悪いのですけど、ここにぽっかりと平地というか、広場のようなところがあって、その中央にこのような岩があります」
そしてドナルドは懐から自分の描いた絵を取りだし、その場に置いた。なかなかの才能だ。黒一色なのに、かなり細密に描かれている。それは卵のような形をしており、斜めに縞模様が入っていた。
「これが竜の卵という物らしいのですけど、まぁ、ここが目的地というわけです」
卵というところで少し臨時部隊のメンバーからどよめきが起こる。
マリアはかまわず話しだした。
「馬車三台で行くことになる。明日の昼に出てここで一泊する」
マリアは行程の中間当たりに指を置く。
「そして次の日は昼にダスガンで不足分の装備を補充し、マガラス山の麓の野営地でもう一泊する。ここから竜の卵があるという場所は近く、歩いて一時間とかからない。ガイとルーイスにはここで落ち合うことになるだろう」
マリアは再度周りを見渡す。
キャロン達はお互い視線を通わせた。お互い言いたい事はわかっていた。もっと遠征の経緯や目的といった、皆が共感できるような話題から入らなければなかなか納得感は出ないだろう。いきなり行程だけ話されても困る。
しかしその場で質問しようとする者はいないようだった。三人が臨時部隊の方を見ると彼らと目が合ったので、三人は軽く笑みを浮かべる。遠征中は彼らをたっぷり味わえるというわけだ。元貴族というだけあり、みすぼらしい格好ながらもそれなりに整った顔の奴らが多い。そして、マリアが戦える者のみを集めた為、極端な肥満体の男ややせぎすの男達もいない。なかなかおいしい仕事と言える。
「質問はないようだな。では次に行こう」
そしてマリアはケネスを見た。
「次は今回の討伐対象である竜とその卵についてケネス氏から説明してもらう」
「やっと私の出番ですね。いいでしょう。竜について皆さんによく学んでもらいたいと思います」
そしてケネスは胸を張って立つと大きな声で語り始めた。
「竜というのは魔獣の中の魔獣と呼ばれる存在です。ご存じかも知れませんが成体は2メートル以上もあり、魔獣の中でも大きな方と言えるでしょう。更に老齢になると個体にもよりますが、3メートルを超えると言います。イメージとしては、足と手が長く背中に大きな羽をつけたオオトカゲと言ったところでしょうか。といってもトカゲと似ているのは印象程度ですけどね。頭は大きいし、何よりも二足で立つ事も可能です。ちなみに2メートルというのは立ったときの高さのことで、羽を広げた幅となると3メートルを越えるのです」
「申し訳ないがケネス。竜の外見についてはたいていの奴が知っている。じゃあ、先に竜の卵について話してくれ」
いきなり口を挟まれてケネスは恨めしそうにマリアを見た。しかしすぐに気を取り直して続けた。
「竜の卵、これこそ竜が魔獣の中の魔獣と呼ばれるゆえんです。通常の魔獣は子をなすことをしませんが、何と竜は卵を産むのです。詳細はまだわかっておらず、私も何度か調査旅行をして得た情報からの類推ですが、竜は老齢になると魔石を食べるようになるのです。一般的に竜は魔獣しか食べないと言うことは当然ご存じかと思いますが・・・」
「いや、むしろそういう情報の方が知らないだろう。竜のことは誰でも知っているが、その生態まで知っている奴は少ない」
マリアが言う。
「えっ、そうなのですか。竜というのは魔獣を食べる益獣であり、地方によっては崇拝されていることもあるのですよ。魔獣を食べると言うことは、彼らは人類に味方する存在ということなのです」
ケネスはムキになって言う。少し頭を押さえながらマリアが言った。
「やっぱりいい、卵の話を続けてくれ」
「そうですね。さっきどこまで話しましたっけ、そうだ、魔石を食べるという所ですね。私は魔石を食べるのは子供を産む準備だと思っております。何かしら石で体内を刺激して産卵を促しているのだと思います。そして竜は卵を産むと、そのまま死んでしまうことがわかっています。こういう動物は他にもたくさんおりますので、そう珍しいことではないと思いますが」
そういう動物がいるとしても、珍しくないの一言で片付けるのは研究者としてどうなんだろう、とキャロンは心の中で思った。しかし口を挟むと話が長くなりそうなので止めた。
「死んだ竜は卵を残すと、灰と骨だけになってしまいます。そして私はこの灰と骨を持っているのですよ! あれは五年前の調査旅行の時でしたね。あのときは・・・」
「ケネス殿。竜の卵の話をしてくれ」
またマリアがケネスの話を遮った。どうにも話が進まなく、マリアはイライラしている。
「はぁ、仕方がないですね。竜の卵というのは先ほどの絵と一緒です。縞模様で高さは一メートルほどです。個体差があるかはわかりませんが。何よりの特徴はその固さでしょう。叩いても石だとしか思えません。卵が孵化する日にちはわかりませんが、私の計算ではそろそろ孵ってもいい頃なのではないかと思います」
「聞いての通り、私たちが退治する竜はこの卵の中にいる。現在、ガイとルーイスが見張っているが、孵って立ち去ってしまうとこの遠征は失敗と言うことになる。失敗すれば、どうなるかは君たちもよくわかっているはずだ。ケネス殿、次に竜自体の強さについて説明してくれ」
「竜の強さですか。それは強いですよ。魔獣の中の魔獣なのです。あれは本来退治すべき存在などではない。まずは力です。噛むことで岩を崩し、尻尾を使えば山を削るとすら言われております。そして空を自在に飛ぶのです。追われたら逃げられるものではありません。そして距離を置いたところで最強のブレスが待っています。ファイヤーブレスです。こんなものを受ければ一瞬で灰になるでしょう。防御の方もかなりのものです、皮膚の硬さは岩と同等かそれ以上。魔法の攻撃も効かない。退治したという冒険者の話を聞いたことはありますが、私はあまり信じておりません。彼らは口先だけですから」
ケネスの言葉で一気にざわめきが起こる。臨時部隊の者たちは顔を青くしている。しかしキャロン達は竜は十分倒せる存在だと知っているし、竜が益獣というのも間違いだとわかっている。どうやらこの竜学者の知識は所詮書物レベルのものでしかないようだ。
マリアが言った。
「安心しろ。生まれたての竜は成竜ほどの強さを備えていない。大きさも人間と同程度と言うことだ。時間はかかるかも知れないが、力でねじ伏せられる。冒険者達。何か補足はあるか」
まずはもう少し彼らを安心させるような情報をだすべきだろうと思うが、マリアはあまり気にしていないようだ。臨時部隊は不可能な仕事をやらされると思い、怯えきっている。
アクアが言った。
「幼竜程度なら倒せるぜ。まぁ、ブレスに気をつけることかな。幼竜でもブレスははけるみたいだぜ。ちょっと火傷する程度だし、火だるまになるってわけでもねぇ。知ってりゃ怯える必要は無いな」
ベアトリスも続けた。
「そうね。竜って生まれてから時間をかけて殻を食べるのよ。全部食べ終わるまでそこから離れないのよね。その代わり殻を全部食べたら幼竜期が終わって体が一回り大きくなるから、狙うなら生まれたてね。今回の遠征だと、きっと間に合うと思うわよ」
キャロンが最後に付け加える。
「竜の体は魔力で作られている。その体に傷をつけるためには力任せに剣を振るんじゃなく、自分の体の中にある魔力をぶつけるつもりで気合いを入れる必要がある。それができれば倒すことは可能だ。首を狙うのが良い」
三人の言葉で、やっと臨時部隊は安心できたようだ。まったく敵わない相手というわけではない事が伝わったのだろう。
一方でケネスは驚いた顔で三人を見ていた。マリアも感心した顔で冒険者達を見る。
「参考になる。他にあるか?」
キャロンが首をすくめた。
「思い出したら追々伝える」
マリアはじっとキャロンを見ていたがやがて全員の方を振り返って話し始めた。
「では具体的にどうやって戦うか説明する」
マリアは壁のボードに図を書いて言った。
「竜に対して、五人が周りを囲い、全力で攻撃を仕掛ける。当たり所など気にせず、とにかく力の限り切りつけろ。その周囲には更に五人が控える。負傷、もしくは限界が来たら背後の控えと交代して攻撃を続ける。場合によっては私が交代を指示する。私に呼ばれたら、速やかに後ろに下がって、後衛と交代しろ」
とにかく囲っての袋だたき作戦のようだ。一メートル程度の魔獣相手なら無難かも知れない。これなら冒険者としてのスキルは不要である。
ドナルドが臨時部隊の数を数えてから恐る恐るマリアに言った。
「アリス副長。それだと十人必要ですが、彼らは八人ですよ」
マリアは平然という。
「当然ガイとルーイスにも加わってもらう。あいつらは力くらいしか取り柄が無いだろう」
恐らくマリアはガイやルーイスにそんな情報を伝えていない。現場で一波乱ありそうだ。
「ドナルドは常に回復魔法を準備。時間がかかるし、ブレスの脅威もある。ベアトリス、キャロン、回復魔法は?」
マリアがいきなり冒険者達に話を振った。
「私は手伝えるかしらね。ドナルドさんと一緒に回復に努めるわ」
ベアトリスが応えた。キャロンがすかさず続ける。
「その作戦なら私とアクアは用なしだな。とはいえ、場所が場所だ。竜以外の魔獣が引き寄せられてくる可能性もある。私とアクアはその対処が主な仕事となるだろう」
マリアは少し考えてから答えた。
「そうだな。それが良いだろう。できればケネス殿の護衛も任せたい。彼だけは戦うすべがない」
そしてマリアは皆の反応を見た。しかし当然マリアに意見するような者はいない。マリアが続ける。
「次に相手がまだ卵の状態であった場合だ。ケネス殿の話では卵の堅さも相当らしい。ドナルドの話でも石のようだと言うことだ。この場合も、先ほど同じように五人ずつでいく。ただし、このハンマーを使う」
マリアは床に置いてあったハンマーを持ち上げた。
「こいつを使って卵を割る。残りの五人は剣を持って出てくる幼竜に備える。卵が割れたらすぐに前後を入れ替えて剣で切っていく。そこから先はさっきと一緒だ。どちらかと言えばこちらの方が好ましい。十分に成長していなければ、卵を割った時点で倒せるかも知れない」
マリアがハンマーを置いて、ケネスを見た。
「ケネス殿、何か意見はありますか」
「本来竜は討伐する相手ではないのですが。まぁ、卵の殻はぜひ手に入れたいところですね。竜の卵はたまに発見されますが、殻が残っていたことはない。貴重なものです」
ケネスはぶれなかった。マリアが再度三人を見た。
「そちらからは?」
ベアトリスが言う。
「特にないわね。成竜相手ならその作戦は無理だけど、生まれたての幼竜や卵が相手なら妥当なんじゃないかしら」
アクアも続ける。
「まぁ、根性だな。剣で竜をたたき切るのは根気がいるぜ」
「殻もだな。あれを壊すとなれば、かなりの労力だ。剣にしろハンマーにしろ余分に準備しておいた方が良い」
キャロンが最後に閉めた。マリアが三人をしっかり見ている。どうやら信頼を勝ち取れたらしい。
それから細部について話し合い、解散となった。
アクア、ベアトリス、キャロンは少し早いがそのまま夕食に行く。明日からの細かい予定を打ち合わせる必要がある。
八百ゴールドをまずは三つに分ける。
「ちょっと待て、ベアトリス。おまえだけ多いのはおかしいだろ」
アクアが文句を言う。ベアトリスが分けたのはキャロンとアクアが二百五十。そしてベアトリスが三百。
「何言っているのよ。初めは全部私がもらう事になっていたでしょ。それに圧倒的に私の仕事量が多いわ。そっちが遊び歩いている間も仕事していたんだからね!」
「まだ昨日のことを根に持っているのか。ねぎらってやっただろう」
キャロンが言うがベアトリスはフンと首を横に向ける。
「いいえ、納得できません。それから、アクア、ここのところずっと食事おごっていたわよね。十ゴールドもらっておくわね」
「横暴だ! おまえ結構金貯め込んでるじゃねぇか。私なんて金欠なんだぞ」
「それとこれとは話が別」
「十ゴールドも喰ってねぇだろ。五ゴールドにまけろ」
キャロンが口を挟む。
「仕方がないから、私達が二百六十ゴールドで、ベアトリスが二百八十ゴールドだな。そしてアクアが十ゴールドをベアトリスに払えばベアトリスは二百九十ゴールドになる。その当たりが妥当だろう」
「うーん、仕方がないわね。って、違う。それ単に自分だけ十ゴールド上乗せさせようって魂胆じゃないの!」
キャロンが舌打ちする。しかし続けた。
「まぁ、アクアからあまり金を取るのも可哀相だ。それで納得しろ」
ベアトリスは口を尖らせたが、諦めたのか肩を落とす。
「オッケー。それで手を打ちましょう。その代わり、今日のここの代金はあなた達二人で払うこと」
「わかったわかった。早くくれよ」
ベアトリスは渋々お金を分けて二人に渡した。
「はぁ、これでしばらく生きられる」
アクアが息をついた。
料理が運ばれてきて、三人は食べ始める。
「さて、明日からのことになるな」
キャロンが言うと、アクアが答える。
「打ち合わせる事なんてあるか? 奴らが卵に夢中になっている間に、出てきた竜を殺せば良いんだろ」
「それは間違いないが、一応念を押しておかないとな。私達は近衛隊を助けない。あいつらが卵を壊せても壊せなくても、卵から出てきた幼竜が暴れようが、一切無視だ」
「せいぜいやるのは言葉のアドバイスだけってわけね」
「私達の目的は変異体の体内にある人工魔石だ。できれば変異体が出てきた時点で、その場から離れたい。変異体を誘導して、近衛隊がいない場所で討伐しよう」
「人工魔石を取るのを見られたくないしな」
アクアが言う。
「それもあるが、そもそも竜の死体すら見せたくないな。あのケネスという男にくれてやるくらいならモンテスに引き渡した方が有益な情報を得てくれるだろう」
「良いんじゃないかしら。その路線で行きましょう。問題は変異体が出てこなかった時のことね」
ベアトリスも口を挟む。
キャロンが考えて答えた。
「一日で殻が割れず、変異体も出てこないようなら、その夜のうちに私達ですませてしまおう。殻を割り、幼竜を殺す。それでも出てこないのなら仕方がない、近衛隊から離れて独自で散策を続けることになるな」
「そいつが最悪のパターンだな」
「ああ、時間がかかる。ただ、幼竜の魔力パターンを記憶すれば、多少は確率を上げられるかも知れない。これだと魔力を追う必要が無い」
ベアトリスが言う。
「そんなことできるの? また、オリジナル?」
「魔術書に乗っていた奴を参考にはしているがな」
アクアが言った。
「じゃあ、それで行こうぜ。竜がどれくらい固いのか試してみたいぜ」
「そうね。完全体だったら良かったのに」
「確かにな。まぁ、それなりに楽しめるだろう」
そしてベアトリスがにまっと笑う。
「それより、道中楽しめそうだったでしょ男が十人」
「あのケネスってのと、ドナルドはダメそうだったな。他は体力ありそうな奴ばかりで楽しめそうだ」
アクアが答える。アクアの顔にも笑みがこぼれている。
「あら、ドナルドは良いわよ。あの中じゃ美形よ。後はトマスね」
キャロンが言った。
「マリア対策が必要だな。規律にうるさそうだ」
「そういえばそうね。男ばかりなら全員たらし込めば良いけど、あのマリアを口説き落とすのは難しそう」
ベアトリスも考え込む。
「おまえら魔法が使えるじゃねぇか、良い感じの魔法はねぇのか?」
アクアが尋ねる。キャロンが考えながら言う。
「結界魔法だろうな。マリアの場所だけ隔離し、夜の騒ぎに気づかれないようにする」
「えーっ、また私ぃ?」
ベアトリスはキャロンをにらんだ。
「魔女の腕の見せ所だろ」
キャロンは言う。するとベアトリスはしぶしぶ考え込む。
「そうね、じゃあ、認識を阻害する魔法を作って、全員に貼り付けましょうか」
「認識を阻害する、か。どんな感じの効果になる?」
「そうね。自分と相手のことしか見えなくなるって感じかな」
「つまり、周りで何が起こっていてもわからなくなる訳か」
「そう。そうすれば、マリアにもばれないし、他の近衛隊達の間でもトラブルが起こらない。何しろ自分だけが私達に愛してもらっていると思い込めるんだから」
ベアトリスが説明すると、アクアが口を挟んだ。
「それじゃ、移動中ばれるんじゃねぇか。認識が阻害されたままじゃ、馬車の運転もできないだろ」
「もちろん効果を出すのは私が発動させたときだけよ。私の魔法は魔道具と違って何かに魔法文字を書くだけだし、その魔法文字を発動させる条件は私が決められるの。文字自体が私の魔法だもの。今回は、この賭け用のコインにしようかしら」
ベアトリスが鞄から何も書かれていない丸い金属のコインを取り出した。キャロンが思いついたように言った。
「だったらもう少しアドリブが効かせられそうだな。たとえば、結界を張ったときに結界の内側にいれば自動的に発動するとか、自分の経験は夢の中の出来事と思うとか」
「ああ、なるほど。でも、結界なんて必要? 全員に貼り付ければ。結界はいらないと思うけど」
「それを貼り付けるには直接接触する必要があるだろ。馬車の乗り方によってはすぐに全員には貼り付けられない可能性がある」
「なるほどね。まぁ良いわ。私ばかり働かされて嫌だけど、楽しむためだもんね。明日までには全員分刻んで作っておくわよ」
そして夜まで打ち合わせを終わらせた後、三人は解散した。
ベアトリスは日課のようになりつつある、アンドリューとの逢瀬に出向いた。しかし今夜はホテルではない。アンドリューの自室で○○することになっている。
当然これはベアトリスの発案であり、アンドリューは反対したが、押し切られた。
ベアトリスは昨日マリアがアンドリューの隣の部屋だとわかったので、ちょっといたずらしたくなったのだ。さんざんエッチな声を聞かせてやろうと企てた。もちろん、今夜もマリアがギルバート公爵家に行くのなら不発に終わるが。
ベアトリスは夜、宿舎に忍び込むとまずマリアの部屋を探った。今夜は中にいるようだ。昨日はこの時間にはもう外出していたから、これから出かけると言うことはないだろう。
宿舎は結構人が少ない。みんな夜遊びに行っているのだと思う。
ベアトリスはアンドリューの扉をノックする。すぐに扉が開いた。
「ベアトリス。本当に来たんだね。どうやったらこんなことができるんだい」
小声でアンドリューは言うと、ベアトリスを素早く中に引き入れた。
〈うふふ。私の良い声を聞いてちょうだいね。マリア、きっと興奮して、一人で○○しちゃうわね〉
ベアトリスはいやらしい笑顔を浮かべた。




