(14)一日目の午前
アクア、ベアトリス、キャロンの三人は早朝に常勝亭に行った。ベアトリスはケネスの依頼書を取り、受付に持っていく。
冒険者の宿は朝七時から夜九時まで開店している。依頼書が張り出されるのは八時頃なので、それに合わせて集まる冒険者が多い。まだ開店したばかりなのでほとんど冒険者の姿はない。
「今日は早いんですね」
受付の女性が三人を見て言う。すかさずキャロンはその女性の手を取った。
「ライン、この間はすまなかったな。私のせいでアクアを押しつけられてしまって。ぜひお詫びがしたい。今晩食事でもどうだ」
後ろからアクアがキャロンは頭を殴る。
「誰が押しつけられたってんだ。いきなりナンパは止めろ。私だって我慢してるんだ」
「はいはい、依頼よ依頼。そこどいて」
アクアとキャロンを押しのけてベアトリスがラインに依頼書を渡す。
「これ受けるから、連絡よろしく」
ラインは依頼書を受け取り少し驚く。
「これ、受けるんですか。正直、割に合わない金額というか・・・」
「いいの、いいの。心配してくれるなんて嬉しいわ。どう、後で一緒に遊びに行かない」
「で、では手続きをしてきます」
ベアトリスがラインに顔を寄せると、ラインは慌ててカウンターを離れた。ベアトリスがほおを膨らませる。
「もう、アクアがにらむから逃げられちゃった」
「おまえもか」
アクアは呆れた顔をした。アクアも女と○○のは嫌いではないが、やはり男の方が好きだ。それも複数人同時がいい。
ラインはすぐに戻ってきた。
「えーと、直接会って話をするという依頼ですね。場所は第一近衛隊事務所。依頼料もそこでもらえるようです」
「変わった依頼だな。こちらで情報を預かってはいないのか」
「特には無いみたいです」
ラインはすまなそうに答えた。
「極秘にしたい依頼か、面接があるタイプの依頼ね。まぁ、近衛隊だから冒険者の事情に詳しくない可能性もあるけど」
「依頼主に依頼受理の連絡をしますので、また後でいらしてください」
「いや、どうせだからこちらから行く。待っているのも退屈だ」
三人は冒険者カードをラインに渡した。
ラインは少し驚いたようだが、すぐに三人の冒険者カードを持って、裏に処理をしに行った。そしてその後で戻ってくる。三人にカードを返した後、依頼書をカウンターに置く。
「依頼書に受領サインを入れました。この依頼書をもって第一近衛隊事務所に行ってください。特に時間は書いていませんから、いつでも良いのだと思います」
キャロンはすかさずラインの右手を取った。同時にベアトリスがラインの左手を握っていた。
「あ、あの・・・」
「今夜迎えに来る」
「今夜遊びましょ」
するとアクアが両手を伸ばして、いきなりラインの胸を握った。
「なかなかいい体してるじゃねぇか。私と○○しまくるか」
「いやーっっ!」
ラインの絶叫が響いた。
その後、怒りのソーニーが間に入り、三人は常勝亭をたたき出された。
三人は近衛隊敷地に行くと、入り口で受付に声をかける。
「すいません。冒険者です。第一近衛隊事務所に行きたいんですけど」
ベアトリスは懐の依頼書を見せる。
一人の近衛隊が出てきて依頼書を確認しベアトリスに返した。
「その依頼のことはよくわからんが、サインがあるから本物なんだろう。第一近衛隊事務所はこの道をまっすぐ行って突き当たりを右だ。妙な場所に入り込むなよ」
「はーい」
ベアトリスは可愛く返事をして中に入っていく。キャロンとアクアも続く。
「あ、ちょっと待て」
急にその近衛隊は声をかけた。
「そんな格好で中に入るつもりか。何か羽織るものはないのか」
「ん? ああ、私のことか」
アクアが驚いたような声を上げる。
「あんた以外に誰がいる」
キャロンが呆れたようにアクアを見た。しかしアクアは困ったように言う。
「何も持ってねぇし、服着ると暑いんだよな」
受付の近衛隊は顔を曇らせた。
「敷地内をうろちょろするな。用件が終わったらさっさと帰れ」
そして守衛所に戻っていった。
「あんたがいるといつもこういうトラブルが起こる」
「ベアトリスだって大概だろうが、あの中なんて○○だぞ」
「あーら、私は色気と実用性を兼ねているのよ。脱ぐのに手間いらずでしょ」
三人は言い合いながら敷地内に入っていく。すでにベアトリスは侵入したことがあるので場所はすぐに見つけられる。
三人は第一近衛隊事務所の入り口前で見張りをしている近衛隊に近づいた。
扉の前の近衛隊員が槍を構えて止まるように促す。
「冒険者だな。なんの用だ」
ベアトリスは懐から依頼書を取り出した
「依頼を受けに来たのよ」
そして近衛隊員に依頼書を手渡した。近衛隊員は依頼書を確認すると、その依頼書をベアトリスに返した。
「まずは武器を渡してもらおう」
アクアは腰に下げていた剣を素直に渡す。キャロンも杖を渡した。ベアトリスは無手なので渡す物はない。
それを見ると、もう一人の近衛隊が扉を開けた。
「階段を上がって左に行け。扉の前に立っている隊員にさっきの依頼書を渡せ」
「はいはい」
三人は中に入っていく。事務所の一階にも多くの兵士達がおり、手を止めてこちらに目を向けている。やはり三人の出で立ちは目立つのだろう。
三人は階段を上る。
「おい、こっちでいいのか。なんか見張られているようで嫌だな」
アクアが廊下に立っていた男に声をかけたが、彼は何も言わずに顎で先に行くよう促した。アクアは首をすくめる。
「たまにはいいんじゃない。期限が今日なんて、ぎりぎり間に合ったわね」
ベアトリスが大声でわざとらしく言う。キャロンもそれに合わせて答えた。
「おまえらが遊びすぎるから、こういう依頼を取り損ねそうになる」
着いていきなり締め切りましたと言われないための伏線である。
そして執務室と書かれた扉の前で立っている兵士に依頼書を手渡した。彼はそれを読み終えると執務室の扉をノックした。
「マリア副長、冒険者の宿で依頼を見たという冒険者が来ました」
中から女性の声がした。
「入れ」
近衛隊の男は扉を開け、三人を促す。アクアが先に入っていった。そしてベアトリス、キャロンと続く。
中にいたのは黒い髪を短く切っている大きな女性だった。鍛えていると自負しているキャロンから見ても一回り以上大きい。
肌は黒く、所々がシミになっており、歴戦の戦士といった様相だ。それなのに事務仕事をしている事が少しおかしく思えてしまう。肌を出しているわけでは無いので筋肉の付き具合まではわからないが、かなり筋肉質な体である事は予想できた。
「おまえがケネスか?」
まずアクアが白々しく尋ねた。昨日のベアトリスの報告から、彼女がマリアである事はわかっている。
「貴様、口の利き方に気をつけろ!」
後ろから入ってきた近衛隊員が叫ぶが、マリアはそれを手で制した。そもそも冒険者に口の利き方を諭すのは無意味だ。マリアの反応の方が正しい。
「ケネス殿からの依頼については私が任されている」
マリアが短く言うと、立ち上がって、アクアの方に来た。身長はキャロンと同程度のようだ。小柄なアクアからすると見上げる形になる。
「第一近衛隊副長のマリアだ」
マリアが短く自己紹介をした。
「じゃあ、おまえが窓口か。私はアクアだ」
「なかなかのイケメン女子ね。私はベアトリスよ」
「竜退治の依頼を受けに来た。キャロンだ」
三人はそれぞれ自己紹介する。
「ケネスの依頼を受けてくれるのだな。少し話をしたい」
そしてマリアは執務室内の奥にある、応接スペースに移動した。
キャロン達もその後を付いていく。周りには近衛隊が三名しっかりにらみを利かせていた。冒険者なんて信用しないといった風だ。しかしキャロンたちはそんな視線に慣れている。
マリアに促されて、奥の長いすに三人で座る。その前にマリアが座った。やがてマリアが口を開いた。
「まずは、冒険者カードを見せてもらおう」
三人はそれぞれの冒険者カードを見せた。それを見てマリアは驚く。
「全員B級? しかも、二十歳と二十一歳・・・」
「私たち、腕利きよ」
ベアトリスは言った。マリアは三人にカードを返した。
「竜退治の依頼を見て来てくれたと言う事は、参加の意思があるという事で良いか」
世間話をするつもりは無いらしい。すぐに本題に入る。キャロンがすぐに答えた。
「竜はそうそう相まみえない相手だからな。一度見てみたいと思っていたところだ」
するとマリアは少し眉を寄せた。
「危険な任務だと思うが、自信はあるのか?」
「どうにかなるだろう」
キャロンは軽く答える。アクアが割り込んだ。
「そんなのどうでも良いだろ。いつ出発なんだよ」
マリアは当惑しているようだ。いまいち三人を評価しきれないのだろう。しかし少し考えてからマリアは即決した。
「まぁ良いだろう。B級が三人も来るとは思っていなかった。君達を雇いたいと思う。出発は明日だ。実はもう依頼は取り下げようと思っていたところだった」
「ぎりぎり間に合ったってとこなのね。運が良かったわ」
ベアトリスがおっとりしゃべる。
「君たちはダグリシアを拠点にしているのか?」
しかしマリアはすぐに質問に入る。彼女たちについて情報が少なすぎると感じているのだろう。
「私はそうね。もう五年くらいになるかしら」
ベアトリスが応えた。
「私達も基本はそうだな。ただ、ここ一年ほどは他の国に行っていたが」
キャロンが続ける。
「そうか。では、まずは君たちの事をいくつか聞かせてもらいたい。リーダーは誰だ」
すると三人は顔を見合わせた。
「私がリーダーでいいか?」
アクアが言う。
「あなたにリーダーがつとまるわけ無いでしょ。脳筋」
ベアトリスが辛辣に言った。
「じゃあ、私ということにしよう」
すかさずキャロンが言うと、アクアが文句を言う。
「ふざけるな。誰がおまえの言う事聞くか!」
「そうすると私になるわね。照れちゃう」
ベアトリスは体にしなを作ってわざとらしく照れた。
「まぁ、そういうわけで私たちの中にリーダーはいない。そもそも普段はソロ活動していてな。たまに一緒にチームを組むという程度なんだ」
キャロンが最後にまとめた。そのやりとりを聞いてマリアはますます不審な顔をしていた。ふざけているのか本気なのかよくわからないという感じだ。
「では、アクアに尋ねよう。君はやけに露出の高い格好をしているが、役割は何だ。戦士か?」
「私か。まぁ、普段は剣を中心に戦うな。だけど、たいていの武器は扱えるぜ。それに魔法も使えるぞ」
マリアは少し驚いたようだ。
「魔法を使うのか」
「そんなに得意じゃねぇけどな」
「しかし、そんな格好では剣を受ければひとたまりも無いだろう」
「気にすんなよ。今までこれでやってきたんだからよ」
アクアは軽く答えた。マリアはふむと考える。そして次にベアトリスを見た。
「君はマントを羽織っているが、魔術師という事か」
「私に興味があるの。嬉しいわ。そうね。私は魔女よ。だけど、格闘も得意ね。まぁ、武器戦闘はそれほどしないけど、いくつかなら使えるかしら」
ベアトリスは無意味にしなを作って話す。
「そんなふわふわした格好で格闘なんてできるのか」
「やり方次第よ。だって魔法でマントの動きなんてコントロールできるもの」
ベアトリスがにっこり笑う。
マリアは最後にキャロンを見て言う。
「戦士のようだが、武器は剣か」
「剣も使えない事はない。だが、普段は魔術師をメインとしているな」
「その筋肉で、もったいないな」
「そうでもない。冒険者というのは体が資本だからな。魔術師であっても、体を鍛えていないと長生きはできない」
マリアは少し微笑む。
「違いない。愚問だったな。しかし、B級の冒険者がどうしてこの依頼を受ける気になった。こちらとしても、金額が安すぎる事は理解している」
「あら、むしろ竜退治はB級以上の仕事よ。C級だと死人が出ちゃうわ」
ベアトリスは言うと、キャロンが遮る。
「そっちの話じゃないだろう。B級の依頼の相場のことだ。確かにB級を雇うには安すぎるからな。世間知らずのD級やC級が間違って受けるような額だ」
アクアが言った。
「だったら簡単じゃねぇか。私たちは珍しい竜退治の依頼が面白そうだから受けようとしただけだぞ。金は安いが、面白い物が見れそうだ」
「面白い? 竜を倒す手立てでもあるのか?」
キャロンがアクアを少し小突いてから言った。
「正直やった事がないからわからん。ダメならダメでいい。八百ゴールド程度の仕事に命をかける気は無い」
マリアは疑わしげな目を三人に向ける。
「では、そうだな。これから一緒に戦う事になるが、まずは君たちの実力を見たい。訓練場まで来てくれないか」
そしてマリアは立ち上がった。
出口で武器を返してもらってから、三人はマリアに付いていく。ぞろぞろと近衛隊も続く。
珍しい集団は訓練中の近衛隊達の興味を引いた。しかし中には慌てて逃げ出す者達がいる。マリアがそれに気づいたようだ。
「あいつらはどうした」
マリアが隣を歩く近衛隊員に聞いた。しかし彼は首をかしげる。キャロンが顔を回すと、アクアが明後日の方を向いていた。どうやらアクアの餌食になった近衛隊達のようだ。ベアトリスを見ると、ベアトリスは慌てて首を振る。ベアトリスのお相手ではなかったらしい。
そのうち、大きな小屋の中に入っていった。
「へぇ、屋外だけじゃなくて、室内にも訓練場があるのかよ。贅沢だねぇ」
「全員入れるわけじゃないがな。今日は晴れているから、室内の方が空いていると言うだけだ。普段は武器置き場のようになっている」
確かに全員が打ち合うほどの大きさはないし、多くの武具が所狭しと置かれている。それでも、軽く打ち合うのには十分すぎる大きさだ。
マリアは足を止めて振り返った。
「じゃあ、うちの隊員と軽く打ち合って欲しいのだが」
三人は軽く目を合わせ、やがてベアトリスが言った。
「私はパスね。基本的に補助魔法のみだからね」
続けてキャロンも言う。
「私もパスしよう。攻撃魔法を使うが、おおむね痺れさせて身動きをとれなくするといった手法を得意とする。ここで使うと何人か使い物にならなくなるだろう」
「じゃあ、私だけかよ。いいさ」
そしてアクアが名乗り出る。マリアは僅かに顔をしかめたが、すぐに近衛隊達の方を見た。
「マーティン。相手をしてやれ」
「はい」
一人のすらりとした戦士が出てくる。剣を持つ手が様になっている。そこそこの手練れのようだ。
マーティンは自分の剣を置くと訓練用の木剣を二つ持ってきて、片方をアクアに渡した。アクアも剣を置いて、木剣を軽く振る。
「へぇ、なかなか質がいいな。こいつはそう簡単に折れないぜ」
マーティンは何も言わずにアクアから距離を取って剣を構えた。アクアは片手を腰に当てたまま、木剣をくるくる回した。
「では、始め!」
マリアの声が響く。
マーティンはまっすぐに打ちかかってきた。それをアクアは手首で回転させた剣で弾き、横殴りに剣を振った。しかしすぐにマーティンは剣を戻してアクアの剣を縦に受けた。
マーティンはそのままアクアの剣を押し上げ、更に踏み込む。
アクアは一旦後ろに飛ぶと、上段から打ちかかった。マーティンはそれを剣で受ける。剣がぶつかり合い、そのまま膠着状態になる。
しかしマーティンの顔色が僅かに変わった。力で押し巻けているのを感じたのだ。アクアがにやりと笑う。ギリギリと押しつけてくる剣をマーティンは体をひねる事で躱し、横に回りながらアクアの胴を狙う。アクアはそれを大きく剣で打ち弾いた。
マーティンはそれでも更に剣を重ね、連撃してくる。アクアはそれを余裕で弾いていたが、ふと気がついて、しまったという顔をする。
マーティンはよくわからなかったが、チャンスと思い更に剣を重ねていくと、とうとうアクアの剣はアクアの手からはじき飛ばされてしまった。
アクアはマリアの方を見て肩をすくめる。
「やっぱ、動物相手の方がやりやすいぜ」
そしてすぐにキャロンのそばに戻る。キャロンはアクアをきつくにらみながら言った。
「まぁ、私達は人間相手に戦うことが少ないからな」
マリアは当惑気味だ。少し考え込んでいる。すかさずベアトリスがマリアに近づいて肩に手を置いた。
「今更連れて行かないって言うのは無しよ。魔獣退治は初めてでしょ。いろいろアドバイスしてあげるから」
マリアはベアトリスを見るとふっと息を吐いた。
「ああ、いろいろ手助けしてくれ。午後一時から竜討伐隊の打ち合わせがある。その時にまた来てくれ」
「オッケー、嬉しいわ。好きになっちゃいそうよ」
そしてベアトリスはウィンクする。しかしマリアは嫌そうに顔をしかめただけだった。
「おい、彼らに金を払って返してやれ。私は執務室に戻る」
そしてマリアは闘技場を出て行った。
すかさずキャロンがアクアの頭を殴った。
「ってぇな」
アクアがキャロンに文句を言うと、木剣を置いてきたマーティンが声をかけてきた。
「アクアというのか。おまえ、手を抜かなかったか?」
すると、すぐにベアトリスがマーティンの手を取った。
「そんなわけないじゃない。アクアなんてあんなもんよ。あなたの剣の腕は素晴らしかったわ。強いのね」
しなだれるベアトリスにマーティンがあたふたしている。
「てめっ」
アクアが怒鳴ろうとすると、キャロンがその頭を捕まえる。
「おい、行くぞ。早く依頼料をもらわないとな」
そして三人は第一近衛隊事務所で八百ゴールドを受け取るとそのまま帰って行った。
三人は喫茶店で時間を潰す。
「もう、本気出しちゃダメじゃない」
「初めは手を抜いていたぜ」
ベアトリスが言うとアクアが答えた。
「初めだけじゃダメだろう。私たちは頼りにされない方がいいと言ったはずだ。女三人という事で大して当てにはしていなかっただろうがな」
キャロンも言う。
「んな事言ったって、B級だぜ。使い物にならないと思わせるのは難しいだろ」
「まぁ、それはそうだがやりようはある。普通冒険者は役割分担があるからな。竜に通用しない技能の持ち主だと思わせればいいだけだ」
「面倒くせぇんだよ。そう言うの」
ベアトリスが二人を見て言った。
「で、どう思った、マリア。結構可愛いでしょ」
キャロンが呆れたような顔をする。
「あれを可愛いと表現するのか? そもそも筋肉の付き方が変だ。普通女が鍛えてもああはならない」
「おまえだって十分筋肉質じゃねぇか」
アクアが言う。
「筋肉質でも女らしい体に見えるだろ。あの筋肉の付き方はいびつだ。トレーニングの仕方がおかしいのかよくわからないが」
「あら、可愛いわよ。ほら、なんか無理に男っぽく振る舞っている当たりがそそるじゃない。ああいう子を女の子扱いして甘やかせたいわ」
「あんたの趣味はどうでも良いんだが。魔力が気になったかな」
キャロンが言うとベアトリスが食いつく。
「あら、やっぱり気づいた? 彼女多分魔力が多いわね。漏れてくる魔力が濃厚。キャロンでも察知できるでしょ」
「残念なのは魔力を鍛えていないことだな。恐らく魔力循環もできないだろう。魔力が多いと病気にもなりにくいから無駄とは言わないが、もったいないことに違いない」
「魔力が多いなら、剣に乗せればかなり良い力になるじゃねぇか。なんでやらねぇんだろうな」
アクアがつぶやくと、キャロンが怪訝そうに見た。
「魔力循環は師匠に教わらないと覚えられない。平民のマリアが知らないのは自然だ」
「ん、そうなのか? 確かにじっちゃんには教わったけど、その前からできてたぞ。意識したのは教わってからだけどよ」
「あんたが異常なんだ。普通は魔力を動かすのに訓練が必要だ。魔力を動かすのを止めると凝り固まって余計に魔力が動かしにくくなる。マリアは魔力が多いが、もう完全に凝り固まっていて、今から動かせるようになるのは難しいだろうな」
「なんか面倒くせぇな。魔法ってよ。と言っても、私の場合は思ったまま魔力を放出するだけなんだけどな」
「それでいい。あんたが呪文魔法を使ったら町が一つ吹っ飛ぶ。呪文は覚えるな」
呪文魔法というのは、魔法を効率化するためにある。呪文を使えば、体内の魔力の消費を大幅に減らすことが可能である。そして効率化した魔法に魔力を乗せてしまえば、威力は更に高まる。
「ちなみに実は覚えている呪文はあるんだぜ。発動したことはないけどな」
「今からその呪文を全て忘れろ。物騒すぎる」
「まぁまぁ、そろそろ時間ね。行きましょう。マリアがどんな作戦を立てているのか楽しみだわ」
ベアトリスは言うと三人は席を立った。




