(8)キャロンの夜その二
「進み具合はどうだ」
キャロンが尋ねる。
「なかなか厄介だね。竜を使った実験の話ばかりが続くのでね。その結果を最終的にどう活かしたのかがまだわからないのだ」
バロウズが戻ってきて。パンとスープといった簡単な食事を並べた。
「モンテス様は集中すると食事を忘れますからね。私が時計役なのですよ」
「バロウズは料理もうまいのでな。食べていってくれ」
三人は席に着く。
「ありがとう。ぜひいただこう」
そして話をしながら食事が始まる。しかし話の内容はどうしても魔法の話になってしまう。キャロンが率先して話を振る。
「モンテスさんの先祖は魔獣にかなり興味があったようだな。いろいろな研究をしていたみたいだ」
「好みの問題なんだろうね。魔獣の研究を進めた人もいれば、魔道具作りばかりやっていた人もいたようだ。私は後者だね」
「魔獣は生まれつきなのではないかという説が書かれていた。一般的には魔力の高い場所で生物が変化したものが魔獣とされるが、言われてみれば魔力の高いところだからといって魔獣ばかり発生するわけではないからな。ただ魔力の高い場所の方が魔獣が多いことも事実だ」
「その当たりは私も詳しくないが、魔力が増大する生物がいるのではないかという説だったかな。誰の研究だったかは忘れたが」
「そんな感じだったな。成長すれば普通はそれに伴って魔力も大きくなるが、魔力だけが無制限に増大する体質に生まれた生物が最終的に魔獣になるのではないかと」
「だが、証明するところまではいっていなかったと思うね。そういう生物を見つけたけれど、最終的に魔獣にならなかったみたいだしね」
「ああ、でも気になる説なんだ。魔力が増大し続ける生物がいるっていうことだからな」
私とモンテスが話し合っていると、バロウズが笑い出した。
「キャロンさんはモンテス様と気が合いそうですね。今夜は何を作りましょう。ご希望にお応えしますよ」
キャロンは苦笑する。
「申し訳ない。ちょっと夢中になりすぎたか。夕食は外で食べるつもりだ。冒険者はやはり横の繋がりも必要なんでな。その代わりと言っては何だが、夜泊まらせてもらえないだろうか。明日には私もダグリシアに帰らねばならない」
「それは残念ですね。しかしおっしゃることはもっともです。さすがは冒険者ですね。部屋は用意しておきますよ」
「ありがとう」
そしてキャロンはモンテスを見た。
「午後は邪魔者がいないようだから、少し今回の仕事の話をしたい。恐らく人工魔石作りは間に合わないし、しかもできた魔石が真っ黒なんだとしたら王子は許さないだろう。私達が竜退治することの方が確実だ」
「なるほど。そうだね。私も少し本に夢中になりすぎたところもある。私の話で役に立つことがあるのなら協力しよう」
そして食事を終え、キャロンとモンテスは作業場に向かった。
夕方、キャロンはモンテスの家を出ると、魔力を追って道を歩いた。
冒険者の横の繋がりというのは嘘だ。明日から自分がいなくなる前に、アーチボルドとレナードを何とかしようと思ったのである。当分モンテスに近づけないようにしたい。ベアトリスと違って、キャロンは都合の良い結界は仕えないが、痛めつけて、一ヶ月くらいは身動きとれないようにしようかと思った。ばれなければ咎められることはないだろう。
そのつもりで、キャロンは今朝方アーチボルドに杖を当てて魔法をかけた。あのときに彼の服にマークをつけたのだ。本来ならレナードの方にも細工したかったが、触れる余裕はなかった。
キャロンが進んでいくと、衛兵の事務所についた。
「まだここにいるのか」
確かにレナードは衛兵に会いに行くと言っていた。
キャロンは呪文を唱え、気配を消した。そして、事務所に近づいて、壁に手を当てる。
壁の中に魔力の糸を伸ばし、中の様子をうかがうオリジナル魔法だ。この魔法の欠点は相手の存在はわかっても、視覚として見ることができないことだ。集中すれば音も聞くことができるが、気配を消しながらだと、難しい。
中に人が五人ほどいる事がわかった。しかし、その中にアーチボルドとレナードがいるような気がしない。正確な事まではわからないが、同じ体格とおぼしき人間がいない。
キャロンは自分が印をつけた気配を追った。するとそれは椅子と思われるところに放置されていた。
〈しまった。服を脱いだのか〉
キャロンのマークは服につけたものだ。服を脱がれてはそれ以上探知できない。単に脱いで忘れて言ってしまったのか、あえて置いていったのかまではわからない。
それでも近衛隊の制服だ。キャロンは戻ってくるかも知れないと思いしばらく張っていた。しかし、衛兵達がだんだん減っていっても、なかなかアーチボルド達は現れなかった。とうとうキャロンは諦めた。
「仕方がない。冒険者の宿によってから帰るか」
キャロンはその場を離れる。
完全に空振りだったので、そのまま戻る気持ちになれなかった。夕食もまだだ。キャロンは冒険者の宿に向かう。冒険者の宿である程度時間を潰して、夕食が終わった頃にモンテスの家に帰る予定だ。
そしてそこからが勝負なのだ、キャロンが今夜バロウズに夜這いを掛けることは決定事項。今から楽しみで仕方がない。
順風亭に着くと冒険者でごった返していた。キャロンはまっすぐ依頼書を張っている場所に向かった。
やはり近場の依頼が多かった。ダグリシアは遠征依頼も多いが、やはり地方都市では周辺の脅威を取り除くような依頼が多いのだろう。
「ん? モンテスの依頼もあるのか」
モンテスの依頼は鉱石採集だった。恐らく魔道具の材料にするのだろう。残念ながら、マガラス領方面の依頼は無い。マガラス領の討伐系の依頼があれば、竜退治のついでに手をつけて依頼の三重取りをもくろんでいた。もちろんこんなことをするのはキャロン達くらいで、複数の依頼を受ければ失敗の確率は上がる。
「おい、ねぇちゃん。すげぇ美人じゃねぇか。これから飲もうぜ!」
いきなり後ろから肩を叩かれた。キャロンが振り返ると、そこに茶髪で無精髭を生やしたがっしりとした戦士がいた。
周りから注目されている。
「俺はグレスタの種馬、バレルだ」
キャロンは驚く。口説くにしてもいきなり自分を種馬という奴がいるだろうか。それで付いていく女はほとんどいないと思うのだが。
キャロンが呆然としていると、バレルはまたキャロンの肩を叩きながら言う。
「ジョークだよ。ジョーク。俺はな。いい女を見ると思わず声をかけちまうのさ。おごるぜ。いい店知っているぞ」
キャロンは軽くチェックする。無骨な様相だが、それなりに顔は整っている。それにおごり飯はありがたい。
「いいだろう。ちょうど腹が減っていたところだ」
キャロンが答えると、周りでどよめきが起こった。
「バレルの奴。成功させやがった」
「本気か。あんなのでいいなら俺が先に声をかければ良かった」
バレルが笑う。
「よっしゃ。行こうぜ」
そしてバレルが歩き出す。キャロンもその後に付いていった。一瞬スピナの方を見ると、スピナは呆れたような顔をしていた。
バレルは下心満載だった。キャロンにどんどん酒を勧めてくるのだ。バロウズ狙いなので、あまり酒を飲みたくはなかったが、どうせ魔法で影響は消せるので、素直に飲むことにした。
そしてバレルは話し上手だった。どこまで本当なのかわからないが、体験話を自慢話にならないように面白く話す。キャロンにもよく話を投げかけてくるので、キャロンの方も色々話すことになった。そこそこ楽しい時間だったと言ってもいい。
でも時間が経つとバレルはじれてきたようだ。キャロンが酔った雰囲気を見せないからだ。
「あんた、酒強いな。俺の方が酔っちまった」
そしてバレルは頭を振る。
「ふふ。当てが外れたか?」
キャロンは笑う。
「ああ、外れ、外れ、今回は俺の負けだ」
そしてバレルはどんと頭をテーブルにぶつける。
「おい、大丈夫か?」
いきなりふらついたバレルに少し驚く。
「実はかなり前から結構来てたんだけどよ、あんたを落としたくて気を張ってたんだ。力を抜いちまったら、この通りだ。わりぃ、宿に連れてってくれ。『完全宿舎』ってとこでよ。ここからすぐだ。部屋には放り投げていいからよ」
そしてバレルは震える手で懐の財布から金を一握り出してテーブルに置いた。そしてぐったりとする。
キャロンは呆れる。そこまでして自分を落としたいのかと。
「いいだろう。連れて行ってやるよ」
そしてキャロンはバレルの肩を抱いて立たせ、バレルを引きずるように店を後にした。
キャロンはバレルに指示されるまま歩いた。本当にすぐそばに完全宿舎という宿がある。普通に冒険者が止まるような粗末な宿だ。
バレルはもうそこに長いのか、受付の男に手を振るだけで素通りできた。そしてバレルの指示通り、バレルが泊まっているという部屋まで引きずっていく。
「すまねぇな。格好悪いとこ見せちまってよ」
バレルは扉の前で言うと鍵を開けた。キャロンはバレルの肩を抱きながら、中に入る。
その時、バレルはキャロンから素早く離れてドアの鍵を掛けた。
「へへへっ。せっかくだし。もう少し親しくなろうぜ」
もうバレルはふらふらしていない。そしてバレルは上の服を脱ぎ捨てた。にやにやとキャロンを見ている。
キャロンは元気になったバレルを見て肩をすくめた。
「まぁ、大方は予想した通りだが、案の定か。しかし、私を騙そうとしたわけだから、たっぷりお仕置きが必要だな」
キャロンは今日バロウズに夜這いすることを諦めた。今夜は徹底的にこの男を食い尽くしてやろう。
翌朝。モンテス達が食事を終えたであろう時間になって、キャロンはモンテス宅を訪れた。
バロウズが出てきて少し咎めるような視線を向ける。
「キャロンさん。どこに行っていたのですか。なかなか帰ってこないので心配していたのですよ」
「バロウズさん。申し訳なかった。知り合いの冒険者が倒れたんで、介抱していたら帰れなくなってしまった」
するとバロウズは表情を和らげる。
「それは大変でしたね。その方は大丈夫なのですか」
「ああ、今頃ぐっすり眠っているところだろう。空っぽになるまで抜きとってやったからな」
キャロンは言う。
「まずは、中にお入りください」
バロウズが言うと、キャロンは首を振る。
「今からダグリシアに向かうんだ。モンテスさんとは昨日しっかり打ち合わせをしたから、大丈夫だ。今日はバロウズさんに謝りに寄っただけだ」
「わざわざそのために。それは申しわけありませんでした」
「いや、謝るのはこちらの方だ。心配させてすまなかった。また来たときに改めて謝罪させてくれ」
キャロンは頭を下げる。バロウズが慌てた。
「もうお気になさらないでください。しかし今からダグリシアに向かう馬車があるかどうか。昼になれば出ると思いますが、時間的には中途半端ですね」
「それは安心してくれ。私にはつてがあるんだ。また来た時によらせてもらう」
そしてキャロンはモンテス宅を後にした。
もちろんつてなど無い。キャロンはただ走るだけだ。
キャロンはグレスタの門を出て歩き続け、門が見えなくなったところで魔法を唱える。そして、スケートをするように地面を滑り始めた。
これはキャロンのオリジナル魔法である。この魔法は足に見えない板を発生させることで体を地面から浮かし、地面を滑らせるものである。
「今からなら、夕方までにはダグリシアにつけるだろう」
キャロンは走りながらつぶやいた。




