(5)グレスタ城
朝、キャロンたちは常勝亭に来ていた。昨夜常勝亭に寄ったとき、案の定ソーニーから明日の朝来るように言われて追い返されたからである。朝の冒険者の宿は騒がしい。冒険者たちは新しく張り出された依頼を見て、我先にと奪い合っている。
キャロンたちが現れると、冒険者たちの顔に緊張が走った。しかしその後は、何も無かったかのようにキャロンたちに背を向け、受付に殺到した。ベアトリスが口を尖らせる。
「何か感じ悪い」
「いつものことだろ」
アクアは気にしていなかった。本当にいつものことなのだから。
キャロンは受付から離れたカウンターに来ると、受付作業をしていたソーニーを大声で呼び出した。
「ソーニー、来てやったぞ、早く情報をよこせ」
キャロンがうるさいので、ソーニーは他の受付嬢と交代してキャロンたちを臨時用の窓口に招いた。
「今は忙しいの。もっと後にしてください」
「朝、情報を取りに来いと言ったのはソーニーだろ」
ソーニーは首を振る。
「朝と言っても、もう少し人が捌けるか、人が集まる前にしてください。私はあなたたちの担当じゃありません」
「金は払っているんだ。そちらの都合に合わせる必要は無いだろう」
ソーニーはため息をつく。とっとと済ました方が良いと判断した。ソーニーは後ろに下がって、箱からメモを取り出し戻ってきた。
「オウナイ一味は、西に逃げたようです。もともと西側の森のそばに広い草原があったでしょう。あの辺りをアジトにしていたようですね。そこに馬車の跡があったそうです。逃げた方向としてはグレスタ領の方向です。街道を進んでグレスタ領に入った後に道が大きく分かれるのですが、そこで二手に分かれたように思えるそうです。その先についてはさすがにわかりません。おそらく本体の方はマガラス領の方向、北側ですね、そちらに向かったようです。ただ、マガラス領に行くつもりならわざわざグレスタ領の方向に行かないはずなので、最終目的地はよくわからないとのことです」
ソーニーは報告を終えたが、メモはポケットにしまって渡さなかった。
アクアが口笛を吹いた。
「さすがハイスだ。これはたっぷりお礼してやらないと」
ソーニーはぎょっとした顔をする。
「ハイスが調べたとは言っていませんが」
「なーに言っているのよ。短時間でそれだけ正確に調べてこれる密偵なんて、この街ではハイスだけよ。あの子もうBレベルにあがれるんじゃないかしら」
「ハイスには別料金として私たちのサービスが必要のようだな」
ベアトリスとキャロンが続けると、ソーニーの顔が青くなる。
「ハイスはうちの大切な冒険者なの。あなたたちみたいに、いなくなって良い冒険者とは違うの。だから毒牙にかけないで!」
「毒牙とはあんまりだな。サービスだよ。サービス。とっても気持ちいいサービスさ」
アクアがにまにまと笑う。
「そもそもいなくなって良い冒険者ってひどくない。私たちだってこの街にたくさん貢献しているわよ」
ベアトリスが口を尖らせた。
「少なくとも貴族どもから金を巻き上げてこの街で散財しているんだから、経済的には有用だろう」
キャロンも真顔で答えた。
「お金だけでしょ。それ以外は迷惑しかばらまいていないでしょ。話を聞いたなら早く出ていってちょうだい」
ソーニーは辛辣に三人を見る。するとキャロンは身を乗り出してきた。慌ててソーニーは後ろに下がる。
「話は変わるが、なぜ昨日は家にいなかった?」
「あなたが来るからに決まっているでしょ。後輩に泊めてもらったわよ」
キャロンは職員たちに目をはせる。
「それじゃあ次はその後輩ごといただくしかないな。アキューリアスか、スパインか? 久しぶりにまとめて味わうのも良いな。気にするな。私からのお礼だ」
「いーらーなーいー!!!」
ソーニーの叫び声が響き渡った。それでも三人はにやにや笑いをやめない。ソーニーはそこではっと思い出して不敵な顔をした。
「それよりも、いいんですか? この依頼、失敗するかも知れませんよ」
いきなり強気になるソーニーにキャロンは眉を寄せる。
「何の話だ」
「昨日中に近衛隊がオウナイ一味を追ってダグリシアを出たそうですよ」
「なんだと!」
アクアが詰め寄る。ソーニーはすぐに後ろに下がった。
「ハイスは近衛隊の後を追ったんですよ。彼は貴族側の情報にも詳しいですからね。だから思ったよりも早くオウナイ一味の足取りをつかめたんですって」
「くそっ、だったら昨日中に伝えてくれても良いだろ」
「ハイスが戻ってきたのは昨日の夜ですから」
ソーニーはしてやったりという顔をしているが、キャロンの目つきが鋭くなった。
「帰ってきたら覚えていろよ。ソーニー、私以外とは満足できない体にしてやる」
ソーニーの顔が引きつる。キャロンはすぐに二人に言った。
「急ぐぞ」
※※
モンテスの朝は早い。年を取るにつれてどんどん早くなっている気もする。しかし毎日やることは変わらない。
朝起きて、書物をしたため、朝食を食べ、一通り部屋を掃除する。そして午前中いっぱい散歩して街を歩いてから、家に帰ってきて魔道具の作成を始める。それが終わると夕食を食べて、書物を読んで、寝る。
その繰り返しである。
甥で執事のバロウズが共に住んでいるが、モンテスは一人で何でもしてしまうので、バロウズの仕事は料理とお金の管理が中心だ。モンテスが作った魔道具は主にバロウズが売りに行っている。魔道具は貴重品で、それなりの価格が付く。だからモンテスたちはそれなりに安定した暮らしをしていた。
そんな毎日でも、モンテスは月に一度だけグレスタの町を出ることがある。体力の維持と巡察を兼ねた特別な日だ。それがグレスタ城の訪問だった。グレスタ城はグレスタから歩いて半日程度の所にある森の中の小さな城である。
グレスタは昔、城下町だった。グレスタ城に領主が住み、その周辺に家々があった。しかしグレスタ城周辺の森の開拓はあまり進まず、人が増えても町の規模を大きくできなかった。そこで、当時の領主が、グレスタ城から二十キロ近く離れたグレスタ湖畔に新しい町を作ることにした。グレスタ湖は魔獣も多く、湿地帯だったが、森を開拓するよりもましだと考えたのだ。
新しいグレスタの町に城は作られなかった。グレスタの領主は城ではなく、館を建ててそこで政務を行った。これは単に城を建てるとお金がかかりすぎるからという理由である。こうして森の中のグレスタ城は政治的な機能を失ったが、領主の別荘地として保存された。グレスタ城には盗賊や魔獣を避ける魔道具が設置されており、比較的安全な倉庫としても使えたのである。
モンテスも以前はグレスタ城に住んでいた。城の管理者兼魔道具の研究者としてである。グレスタ城にはたくさんの魔法書が置いてあり、研究にはうってつけだった。モンテス以外にも弟子のベンズとブレイズが住んでおり、グレスタの領主が訪れた時にもてなすのは、彼らの役割だった。今代のグレスタ伯は頻繁にこの城を訪れていたので、特にベンズは魔道具作りよりも料理の腕の方が上がったくらいである。
しかし今から十一年前、この城にジョージ王が訪問するというイベントが起こった。ジョージ王はその四年前に突然王位に就いた若きダグリスの王だった。ジョージ王の領地訪問には悪い噂があった。それは領主たちが持っている立派な調度品を見つけると、それを進呈するように迫るというのである。
ジョージ王は当時十歳のエドワード王子とともに、グレスタ城を訪問した。モンテスは裏方に回っていたので、その時のやりとりはわからなかったが、ジョージ王はかなりの数の美術品についてグレスタ伯と交渉したらしい。その中でエドワード王子が特に興味を示したのが塔の間に置かれている七色に輝く人工魔石だった。この魔石は球状で、中に七色の光が波のように動き回っている不思議な石だった。エドワード王子は他の値打ちのある宝物よりもこの光が動き続ける石に魅了されたようだった。
ジョージ王はほぼ脅迫に近い勢いで魔石をグレスタ伯に譲るように迫った。しかし、これを譲るのは不可能だった。なぜならその人工魔石は台座である石盤と結合しており、外せるようにはなっていなかったからだ。そしてこの人工魔石があるからこそこの城には盗賊が入り込めないのである。
怒ったジョージ王は人工魔石を剣で勝手にえぐり取ろうとしたが、魔法の防護がかかっている人工魔石は外れるわけもなく、連れてきていた近衛隊の魔術師でも解除はできなかった。結局ジョージ王はグレスタ伯に多くの美術品を譲らせ、帰って行った。その後、モンテスは珍しく愚痴を漏らすグレスタ伯の話し相手を務めた。
その二年後、五十五歳になったモンテスは、グレスタ伯に許可をもらって隠居した。グレスタ伯はモンテスを引き留めたが、さすがに高齢での城暮らしは不便であり、甥のバロウズの薦めもあって、グレスタの街中に居を移すことにしたのである。
隠居してからもグレスタ城には散歩がてら様子を見に行っていた。まだ弟子たちが暮らしているので彼らとの会話も楽しみの一つだった。もう積極的に魔道具研究をしようとは思わなかったが魔法書に触れるのは好きだった。その頃はだいたい城に一泊してから帰るのが習慣だった。
しかし、現在、グレスタ城には誰も住んでいない。貴重な書物も美術品も何も残っていない。
今から三年前のある日、突然モンテスはグレスタ伯に呼び出された。モンテスを呼び出したグレスタ伯は屋敷の椅子に座り、ひどくやつれていた。
「お久しぶりです、スライヴァー様。ご機嫌はいかがですかな」
モンテスが挨拶をすると、グレスタ伯は少し笑う。
「あなたは元気そうで何よりです」
モンテスはグレスタ伯に促されるまま椅子に座った。当たり障りのない会話をしたあと、グレスタ伯はいよいよモンテスを呼んだ理由を伝えてきた。
「モンテス老、グレスタ城の人工魔石を外すことはできませんか」
モンテスは眉を寄せる。
「どういうことなのです?」
グレスタ伯はやはり苦い顔で弱い笑みを浮かべていた。
「あなたはまだ聞いておられないようですが、どうやら私は国に治めるべき税を隠し、私物化したという話なのです」
グレスタ伯は人ごとのように言う。
「妙ですな。どうしてそのようなことに」
「詳細はわかりません。おそらく国王が新しい法律を勝手に作り、私に知らせなかったのでしょう。新法に沿って税を納めていなかったというのが王家の言い分のようです」
そこまで聞いてモンテスも初めの問いの理由が分かってきた。
「税の代わりに人工魔石を渡せと?」
モンテスは尋ねる。ジョージ王訪問のことが思い出される。あのとき人工魔石に執着していたのはエドワード王子だったが。
「追徴金の中に含まれておりましたからそういうことなのでしょう。エドワード王子は今年学院を卒業します。その祝いとしてエドワード王子が求めているのだと思います。彼はひどくあの人工魔石を気に入っていましたから」
「あれを外すのは難しいのですが」
「わかっています。ベンズとブレイズにもお願いしたのですが、無理だと言われました」
「しかし、人工魔石を渡すのを断る事は無理だとお考えなのですな」
モンテスが尋ねると、グレスタ伯は大きくうなずいた。
「ジョージ王は最終的に私を排斥するつもりだと思います。しかし、人工魔石を渡すことができれば、時間を稼げるでしょう」
モンテスは少し驚く。
「つまり、スライヴァー様は領主をやめることになると」
「そうですね。すでにグレスタを出る準備は進めております。生まれ育ったこの土地を離れるのはつらいことですが」
グレスタ伯は力なく言った。
「人工魔石を渡せなければどうなると?」
「逮捕されるでしょう。そして牢に入れられ、脱出する機会も得られなくなります」
「ふむ」
モンテスの一族はグレスタ家とは先祖代々の付き合いである。あの城を設計したのもモンテスの先祖だ。残された魔法書の中にはあの人工魔石に関するものもある。
「私の血筋はグレスタ家にずっとお世話になってきております。これは何とかしなくてはなりませんな」
するとグレスタ伯は苦笑した。
「そんなことは気にしないでください。私は保身のためにお願いしているだけですから。無理なら無理で諦めます。せめて妻や息子だけは逃がしたいと思っていますが」
「いえ、これは私の責任でしょう。私は子がいないですからもう私の一族はグレスタ家に力を貸すことができません。ここでご協力できないのなら私も先祖に顔向けできませんよ。できればベンズとブレイズも連れて行ってやってくだされ。あの王の気まぐれがどこに及ぶかわかりません」
「それならばあなたもでしょう。一緒に行きますか?」
モンテスは首を振った。
「私はもうこの年ですからな。今から新しい土地ではやっていけませんよ。なに、ジョージ王もこんな老人に興味など持ちますまい」
それからモンテスは久しぶりにグレスタ城に赴き古い書物を解読した。ベンズとブレイズの協力もあって人工魔石を外す仕組みは理解できた。
しかし問題もわかった。人工魔石は特定の魔獣を引き寄せる鉱物を元にして作られており、石版から人工魔石を外してしまうとその魔獣に襲われる危険があったのである。モンテスたちは人工魔石の専用箱を作成し、そこに人工魔石を収納した。その箱に入っていれば魔獣を引き寄せる心配は無い。モンテスは取り扱いについて厳重な注意を記した紙を添えて、人工魔石をグレスタ伯に手渡した。
人工魔石がなくなると、この城の守りは一切なくなる。盗掘されるだけの建物になるだろう。グレスタ伯は城にある美術品、調度品、財宝類などを全て運び出し、数日後にはグレスタを去って行った。魔法書のたぐいはほとんど全てモンテスの家に持ち込まれたが、置く場所もそれほどないので貴重では無い本は売りはらった。
グレスタ伯を排斥し領地をダグリス王国の直轄地とする命令が出されたのは、その二日後のことだった。
グレスタ城が廃城となってから、モンテスはグレスタ城訪問を再開した。もう泊まることができないので日帰りのコースだ。グレスタ城へはだいたい昼の少し前に到着する。そして休憩がてら食事をし、軽く掃除をしてから帰路へ付く。
やはり、時折鍵が壊されて誰かが侵入した跡がある。その都度モンテスは鍵を新しくし、城を掃除するのだった。
その日、モンテスが城に近づいていくと様子がおかしいことに気がついた。
多くの人間の声がしたのである。そっと近づいて物陰からみてみれば、城の扉は大きく開いており中に馬車が運び込まれているのが見えた。そして見張りが立っている。
何者かが住み着いたように見える。もしかしたら数日でいなくなってしまうかもしれないが、長く居着かれる可能性もある。空っぽで大切なものは何一つ残っていない城ではあるが、荒らされるままにしておくつもりはない。グレスタ家が無い今、あの城を保存していくのはモンテスの役割だと思っていた。
モンテスは慌てて来た道を戻っていった。
※※
オウナイたちがたくさんの食料を馬車に乗せて城にたどり着いたのは朝方のことだった。昨夜のうちにグレスタ城に付いていたエイクメイたちは、ぼろぼろの状態で帰ってきたオウナイたちを見て驚いた。何しろ、人数が一人減っている上、パックは片腕がない。それ以外の盗賊たちも至る所に怪我をしている。オウナイでさえ鎧を無くし、傷だらけである。カイチックだけが無事だが、何か疲れたような顔をしている。
「何があったんだ。父さん」
エイクメイが駆け寄る。
「ちょっとドジ踏んだだけだ。何でもねぇ。ちゃんと戦利品は持ってきたぞ。野郎ども、荷物を運び込め」
オウナイは皆に命令した。盗賊たちはすぐに動き出す。オウナイはエイクメイに尋ねる。
「バム一家はどこだ」
「いや、誰もいなかった。裏切ったんだろう。城の中は全て調べたから隠れているわけでもないと思う」
オウナイはフンと鼻を鳴らす。
「見つけたら制裁を加える必要があるな。まぁ、見つかればだが」
そして再度盗賊たちに向かって命令する。
「それを運び込んだら、飯の用意だ。たらふく食うぞ。早くしろ。飯が終わったらこの城の周りでも調べてこい。俺たちは寝る」
そしてオウナイの指示通り、盛大な宴会が始まった。集めてきた食料のうち、あまり日持ちがしないものは先に食べてしまう方が良い。そして、昨日グレスタ城に着いた者たちは携帯食程度しか食べていなかったので、腹を空かしていた。
朝っぱらから、三十人あまりの盗賊たちは奪ってきた酒を酌み交わす。そして、さんざん飲んだくれて、昼まで寝ていた。しかし昼くらいになると、盗賊たちは起きだし、片付けたり、ばくちを打ち始めたりと好き勝手に過ごし始めた。金目の物は大量に奪ってきたし、食料も豊富にある。数日は気ままに過ごせる。
まだ盗賊たちは自分たちが一人の老人に見つけられていたことを知らない。