(6)キャロンの夜その一
午後も何事もなく乗合馬車は進んだ。やはり近衛隊が付いてきているのが大きい。たいてい一度くらいは襲撃があるものだ。
実は乗合馬車の御者は腕利きだったりする。引退した冒険者がやっていることも多い。もちろん彼が守るのは馬と馬車であって、乗客を守るのは雇った冒険者である。雇い主にきつく言い渡されている。
グレスタについたのはもう日が落ちたときだった。門で乗客一人一人のカードをチェックされる。そして乗合馬車の降り場で慌ただしく降ろされる。
ダグリシアの冒険者の仕事でも乗合馬車の護衛は後払いである。乗合馬車組合が信用があることと、ダグリシアだけ別ルールだと、他の町とのやりとりに不都合があるからだ。
そのため、冒険者達はお金を受け取るために、乗合馬車組合の事務所に向かう。
「私はここでお別れだ。もし今晩打ち上げがあるなら場所を教えてくれないか。ぜひ参加したい」
キャロンは馬車を降りて言った。マグが言う。
「依頼料くらいもらって行けよ」
「言っただろ。今回はあんた達に便乗しただけだ。それに実際仕事なんてしていないし、あんたらの分け前をもらうのはまずいよ。そもそも、私はモンテスさんの護衛をしないといけないからな」
シャルピーが駆け寄ってきてキャロンの手をつかむ。
「ぜひ飲みましょう。明日はまたダグリスに戻るし、今夜だけしか楽しめないもの」
「明日ダグリスに帰るのか? 早いな。もっとグレスタを観光していけばいい」
キャロンが尋ねる。彼女はもう少しこっちにいると思っていたのに当てが外れた。
それに答えたのはモアレだった。
「そういう契約なんだよ。もちろん、片道でもいいんだけど、そうすると減額されるんだ。減額は俺たちには結構きつい」
キャロンがミグとマグを見る。
「まさか、あんた達も明日帰るのか」
マグが答える。
「そのつもりだ。減額の問題じゃなくて。ダグリスで別の依頼を受けることにしているんだ。アークって言う冒険者に誘われて、遠征することになった」
ミグが続ける。
「今回の仕事もキャンセルしようかと思ったんだけど、ギリギリ間に合うし、簡単な仕事だから受けることにしたんだよ」
キャロンがつぶやく。
「アーク、やはりまだ引退していなかったのか・・・。ジブと一緒に引退していればいいものを。何歳まで冒険者するつもりだ」
ジブは四十代後半だった。それくらいで引退するのは普通だ。一方でアークは五十すぎ。あまりキャロンとは絡みはなかったが、一年前は必勝亭の数少ないB級の一人だったので覚えている。
「ん、何か言ったか?」
「いや、飲む場所が決まっていないなら、冒険者の宿、確か順風亭の受付にでも伝えておいてくれ。じゃあ、またな」
キャロンは走ってモンテスの所に行く。モンテスはキャロンを待っていた。
「すまないな。待たせてしまって」
「いや、むしろ君はもう彼らと合流しても良いのだけどね」
「そうもいかないさ」
そしてキャロンは馬に乗ったままの二人の近衛隊を見る。
「ちっ、その女を待っていたのか。いつまでこんなところで時間を潰しているつもりかと思っていたが」
アーチボルドが忌々しげに言った。
「おまえ達こそ、さっさと宿を探しに行ったらどうだ」
キャロンが言う。
「そのすきに逃げようって魂胆だろうが。騙されるか!」
当然キャロンはアーチボルドを無視した。
「行こう、モンテスさん。バロウズさんが心配している」
「そうだね。では行こうか」
そして二人はグレスタの町を進んでいった。少し離れたところから二頭の馬が付いてくる。
そして二人はグレスタの家まで来た。
「キャロン君は宿など取っていないだろう。家に泊まっていくと良い。広いばかりで部屋は余っているのだよ」
「ありがたいが、実は今夜は冒険者の仲間と会うことになっている。夜遅くになると迷惑だろうから、適当な宿を取るよ」
「それなら無理にとは言わないが」
そしてモンテスは鍵を開けて中に入った。
「モンテス様!」
奥からバロウズが現れる。
「心配掛けたね。帰ってきたよ。まぁ、まだ問題は山積みだが」
キャロンは中に入らず玄関口で道を見ていた。近衛隊の二人が馬を下りてこちらにやってくる。
「家の場所がわかったのならもう帰れ」
キャロンは鋭く言った。
「何だと、貴様!」
アーチボルドが言うが、レナードは彼を追いやって前に出た。
「言ったように私たちはモンテス殿に協力するように言われている。挨拶をさせてもらいたい」
「常識が無いのか? もう夜だ。そんなことは明日にしろ。どうせあんた達は大して協力などできないのだろう。モンテスさんは高齢だ。彼に本気で仕事をさせたいのなら、邪魔はしないことだ」
そしてキャロンは家に入ると鍵を閉めた。
キャロンが中を見ると、三十代半ばの紳士がキャロンを見ていた。
「お久しぶりです。キャロンさん。以前はありがとうございました」
「仕事で受けただけだよ。三年ぶりかな。バロウズさん。あなたに会いたかったよ」
「あの頃もお美しかったですが、本当に綺麗になられましたね」
「嬉しいね。あの頃はまだ十八の世間知らずだった。少しは大人になれたかな」
キャロンが笑い、バロウズもやさしい笑みを浮かべた。
「どうぞお入りください。モンテス様がお待ちです」
「ありがとう」
そしてキャロンは案内されるまま中に入っていった。
キャロンが応接室に入ると、すぐにバロウズがお茶を運んでくる。そしてバロウズも席に着いた。
「ありがとうバロウズ。ちょっと厄介なことになってしまい、君にもしっかり話しておかなくてはいけないと思ってね」
「はい、聞かせてください。私にできることがあるなら協力させて頂きます」
バロウズが答えると、早速モンテスは今までの経緯をバロウズに語って聞かせた。
「そうですか。人工魔石を作ると。それは、可能なことなのでしょうか」
「以前も一応は調べたんだよ。作れないことはないと思うが、恐らく私の魔力では足りないだろうし、そもそも材料も揃えられるかどうか。そしてもっと気になるのが、人工魔石の状態だね」
モンテスは言う。
「人工魔石の状態? どういう意味だ」
キャロンが口を挟んだ。
「人工魔石は七色に輝いているんだ。その美しさは本当に素晴らしいものだった。だからこそエドワード王子が欲したわけだけどね。でも、当時の資料には人工魔石は黒色の玉だと書かれているんだ。この謎を解かないと、作ったところで同じものはできないだろう。明日から記録を調査しなくちゃいけない」
モンテスの言葉にバロウズが応える。
「しかしそれでは人工魔石を作るのが間に合わないでしょう。私はあまり魔法の知識はありませんが、記録を調べるのは手伝えると思います。モンテス様は人工魔石の制作に当たってください」
「そうだな。私も手伝おう。問題はあの近衛隊達だな。明日、必ずこの家に来る」
キャロンが言うとモンテスは気軽に答えた。
「なに、気にすることではない。彼らが来ても私の邪魔をすると言うことはないだろう。彼らの好きに見学していってもらってもかまわないよ」
「盗まれては大変だろう」
キャロンは言う。
「盗むと言っても、あるのは本ばかりだよ。魔術書を盗むようなことをすれば、私の仕事に差し障るのはわかるだろうし、それ以外の蔵書は日記だったり、歴史書だったりとそれほど重要なものではないよ」
「貴重品は私がしっかり管理させていただきます」
バロウズも言う。キャロンは肩をすくめた。
「ま、あんたらが言うのならそれでいい。人工魔石作りはそう無理はしなくていい。私たちが必ず竜を倒して奪ってくるから安心してくれ。ここで研究しているのは時間稼ぎだと思ってくれて問題ない」
「自信があるのだね」
モンテスが言う。
「もちろんだ。この仕事が終わったら、改めてあんたの蔵書を読ませてくれ。とても勉強になりそうだ」
「それくらいのことならお安いご用だよ。しっかり礼ができればいいのだが、エドワード王子からの褒美くらいしか、渡せるものはなくてね」
「気にしないでくれ。私にはこの家の蔵書の方がよほど価値がある。では、そろそろおいとまさせてもらおうか。仲間が待っているだろうからな」
キャロンが立ち上がった。
「明日の朝また来させてもらう」
「ああ、喜んで待っているよ」
キャロンはモンテスと固く握手をして、モンテス家から出た。
キャロンは順風亭に向かいながら計算をする。こちらにいられる期間は今夜と明日の夜だけ。明後日にはダグリシアに向かって出発せねばならない。
「まず、今夜を誰にするかだな。シャルピーが一番狙いだが、マグやモアレも喰っていないからな。まぁ、マグにはまた会うこともあるだろうし、その時にするか。明日は一日中モンテスの家にいるわけだから、バロウズをたらし込むチャンスだな」
キャロンは順風亭に向かった。
順風亭に行って、受付で伝言がないか尋ねると、マグから言付けがあった。それを読んでいると声がかかった。
「あ、もしかしてキャロンさん」
顔を上げると、三年前に色々世話を焼いてくれた受付嬢のスピナだった。一度食べたことがある。
「久しぶりだな。ますます綺麗になった」
キャロンが言う。
「口がうまいですね。キャロンさん。キャロンさんもすごく格好良くて驚きました。あのときの少年達はどうしていますか。キャロンさんの言づてを持ってきた」
言われて一瞬何のことだか迷う。そしてやっと思い出した。キャロン達は三年前、依頼を二重取りしようとしたが、ベアトリスに泣き付かれて当時○○奴隷にしていた少年達に報酬を譲ったのだった。
だから、あのとき報酬を取りに来たのはその時の少年達だ。きっとスピナは彼らをキャロンの弟子だとでも思っているのだろう。
「さてな、すぐに別れたから後のことは知らないよ。今日は予定があるんだが、時間があるときにまた話をしよう」
そしてスピナの手を取る。スピナはすぐに手を払った。少し渋い顔をする。
「そう言うのはやめてください。本当に、もう、嫌ですから」
「そう言うな。成長したスピナも見てみたいんだ」
「ダメです」
スピナはにらんでくるが、あまり怖くはない。キャロンは少し脈がありそうだと判断した。でも今はその時じゃない。
キャロンはスピナと別れ、指定された酒場に急いだ。
そこは結構大きな酒場だった。入って中を見渡す。
「あ、やっときた。キャロン!」
遠くで声がしてやっとキャロンは気がついた。マグ、ミグ、モアレ、シャルピーが一つのテーブルに座っている。
手を振っているのはミグ。キャロンはそちらに向かった。
この中で手を出したのはミグだけだ。キャロンに手を出された相手は、キャロンから逃げるようになるか、キャロンに惚れ込むかどちらかになる。特に男は逃げる奴の方が多い。
ミグはどうやらキャロンに惚れてしまった方のようだ。また今度手をつけてもいいが、他にもたくさんターゲットがいるので、当分はないだろう。
「遅くなった。もうすっかりできあがっているようだな」
特にシャルピーは顔が真っ赤になっている。
「しょんなことないよぉ。待ってたんでゃかりゃー」
そしてシャルピーはキャロンにしなだれる。キャロンはもちろん喜んで抱き留めてあげる。
「ああ、騙されない方がいいよ。シャルピーは、赤くなりやすいだけだから。全然しらふだぜ」
モアレが言う。シャルピーは座った目でモアレをにらむ。
「あのね、当たり前でひょ。酔わせて言い寄る奴のいいなりになるきゃってにょ!」
その割りにはろれつが回っていない。キャロンは苦笑する。
「それでも心配だな。少しは加減して飲め。あんたが傷つくのは見たくないからな」
「ああっ、キャロン様には何されてもいいっ」
シャルピーが更にしなだれてきた。
「聞いていなかったが、おまえとシャルピーはペアを組んでいるのか」
マグがモアレに尋ねる。モアレは首を振った。
「違う違う。シャルピーとは前からの知り合いだけど、一緒に行動することはないよ。今回は俺たちのメンバーがたまたま別行動だったから、小銭を稼ぐために参加したんだ。俺にはいい稼ぎだしな」
「シャルピーは普段からソロなのか?」
キャロンが尋ねる。
「ソロじゃないですよぉ。私、魔法しかつかえないし、いつもどほかのチームに入れてもらってみゃすよぉ」
「そういうキャロンはソロなんだよね」
ミグがキャロンに尋ねてきた。
「私は昔からソロだな。別に薦める気は無いぞ。確実に早死にするからな。その代わり、生き延びることができたなら、早く成長できる。私がこの年でB級になったのはソロで行動していたからと言うのが大きいだろう」
「修羅場をくぐった回数が実力というわけか。わかっていても、そこに身を投じるのは勇気がいるな」
マグが言った。
「マグももうB級が見えているんじゃないか。B級ってのは実践の実力以上に生き延びる力が必要だぞ」
「そいつは、依頼に失敗してでも生き延びるって事か」
キャロンは笑う。
「依頼に失敗すれば冒険者なんて無価値だろ。命を捨てずに依頼を完遂する技量が必要なのさ」
「言っていることは簡単だけどな」
「まぁ、難しい話はこんな席では止めておこう。楽しく下らないネタで盛り上がろう」
そしてキャロンは人数分の酒を勝手に注文する。しかもかなり度数の高い酒を。
それから小一時間ほどしてから、キャロンは声をかける。
「あんた達、今日の宿はどうしている」
しかしみんなつぶれる寸前になっている。やっと、マグが声を出した。
「もう、宿は、取ってあるよ。そろそろ、お開きで、いいか。明日も護衛の仕事が、あるしな」
モアレも答えた。
「みんな、同じ宿だよ。冒険者の宿に紹介してもらったから」
大分堪えているようだ。ミグの方は何も言わずにうつむいている。
「じゃあ、シャルピーは私が運ぶか。そろそろ精算しよう」
シャルピーはキャロンに徹底的に飲まされたために、すでに眠りについていた。マグ達が料金を支払い、そのまま宿へ五人で向かう。
宿で彼らは別れを告げて、おのおのの部屋に行く。シャルピーは一人部屋だったので、キャロンが部屋に運んだ。
キャロンはシャルピーをベッドに寝かせると、すに宿の受付に戻った。
「すまないが、先ほどの女性。調子が悪そうなので、私が看病することにした。そこで、私も同室で泊まらせてくれ。これが料金だ」
キャロンは問答無用に金をつかませる。
「えっ、まぁ、そう言うことでしたら」
受付の女性が堪えると、すぐにキャロンはシャルピーのいる部屋に向かった。
キャロンの魔法を使えば、すぐにシャルピーは酔いを覚まし正気に戻るだろう。そして、正気に戻ったシャルピーはキャロンに・・・。




