(2)キャロンの午前
翌朝、奇抜な出で立ちの三人が常勝亭に入っていくと、ごった返していた冒険者達が更にざわめいた。周りに尋ねている冒険者や青くなって隠れる冒険者もいる。
ダグリシアは人の出入りが激しいので一年もすれば、かなりの新入りが入り込むことになる。昨年までは誰もが知っている三人だったが、すでに知らない者も増えていた。
アクアはまっすぐに依頼受け付けの横の相談カウンターにいく。依頼受け付けは恒例の列ができているが、そこは空いている。すぐに若い金髪の女性が来た。
「更新手続きしてくれ。B級に上げたいんだ」
「えっ、B級ですか! か、確認させて頂きます」
「次いでに私もいいか。この町で再登録して欲しい」
そしてキャロンも冒険者カードを出す。その子が冒険者カードを手に取った瞬間キャロンはその子の手を握った。
「前は見なかった顔だな。名前は・・・ラインか」
キャロンは彼女のネームプレートを見て言う。ラインは手を振り払おうとしているが、しっかり握られていて離れない。そして、キャロンは握る手に力を込める。
「あっ」
ラインの体がビクンと震えた。キャロンは微笑む。
「期待の新人を毒牙に掛けようとするのは止めてもらえない。キャロン」
ソーニーが割り込んできて、キャロンの手の甲を強く打ち付けた。キャロンは手を離す。
「まさか本当に帰ってくるとはね。口は災いの元だわ」
ソーニーはげっそりとした顔で言う。
「ひどい言い方だな。一年ぶりだというのに」
「また一年くらい遠征してくれない。もう少しくらい平和な生活をしたいわ」
ソーニーはラインを守るように立つ。
「いいから、速く手続きしてくれよ。B級試験は時間がかかるんだろ。今日中に終わらせたいんだよ」
アクアが割り込んだ。
「アクアも久しぶりね。まったく。一年前は私が何を言っても昇級しようとしなかったくせに」
「私だけC級のままだと格好がつかねぇんだよ。こいつらとっととB級に上げちまっているし」
ソーニーはアクアとキャロンの冒険者カードをラインに渡し、すぐに手続きしてくるように指示した。ラインは不安そうな顔でソーニーを見る。
「ああ、大丈夫よ。彼女たちはB級でも足りないくらいの実績があるから。カードを確認すればわかるわ。すぐに昇級試験の準備を始めてちょうだい」
「はい、わかりました」
そしてすぐにラインは奥に行った。
「ソーニー、あんまり私の邪魔をすると、いつか○○漬けにするぞ」
キャロンが物騒な事を言う。
「絶対逃げ切るから。特にキャロンにだけはされたくないから」
「なに、怖いのは初めだけだ。そのうち自分から求めてくるようになる」
「ごめんだからね!」
そこにベアトリスが来た。依頼書を見ていたらしい。
「何もめているのよ」
「もめていたわけじゃない。私が今夜の相手に目星をつけていたのにソーニーが邪魔をしたんだ」
「だから邪魔したんでしょ! 本っ当に変わっていないのね、キャロン」
ソーニーがムキになって言う。
「ラインかぁ。まだ彼氏いないみたいなのよね。彼氏ができたらしっかり寝取るんだけど。残念。もしかしたら彼女なのかな」
「あんたも止めなさい。この一年でどれだけのカップルを壊してきたっていうの。いいかげん自重して」
ベアトリスは笑いながら言う。
「あまりいい依頼無いわね。しょぼいのか面倒なのばっかり」
「あんたは朝来るのが遅いだけよ。B級冒険者が増えたせいで、高額の依頼は取り合いになっているわ。調子に乗ってC級のくせに高額依頼を狙う奴もいるから残っているのは安いのばかりよ」
「最近いい仕事が減ったのはそのせいか。朝早く来るのは面倒なんだけどな」
アクアがじれて割り込む。
「まだかよ。早くしてくれよ」
ちょうどそこにラインが戻ってきた。
「アクアさん。確認が取れましたので、中に入ってください。それと、これがキャロンさんのカードです」
キャロンが手を伸ばしたところでソーニーがラインからカードを取り上げ、カウンターの上に置いた。
「うかつに触られちゃダメよ。この女は危険だから」
キャロンは舌打ちして、カウンターのカードを取った。
「よっしゃ。行ってくるか」
アクアは早速奥の入り口に向かう。
「やり過ぎて壊すなよ。壊すとペナルティがあるぞ」
「ペナルティがあってもB級にはなれるけど、二日間コースになるから気をつけてね」
「うるせぇよ、それじゃ、私が乱暴者みたいじゃねぇか。きっちり今日中に方つけるっての」
アクアが行ってしまってからキャロンとベアトリスがつぶやく。
「あいつは自分が馬鹿力だという事を忘れたのか」
「魔力の方もね。間違って魔法を使わないことを祈るわ」
ソーニーが顔をしかめる。
「そうだった。注意してこなくちゃ。壊されたらたまらないわ」
ソーニーが行こうとすると、キャロンが素早くソーニーの手首を握った。
「そうそう、聞きたかったんだが、なぜB級冒険者が増えたんだ。以前はジブとあと一人誰かいたくらいな気がしたが」
「あのね。私も忙しいんだから世間話に付き合わせないでくれる」
ソーニーはその手を振り払おうとしたが、キャロンが手首を握りなおすと、あっと声を出して体を震わせた。ぞわっとした感覚がソーニーの体に流れてくる。
「世間話じゃなく、情報収集だ」
ソーニーが激しく手を振ると、やっとキャロンは手を離した。ソーニーは手首を押さえてキャロンをにらむ。
「だったら情報料取るわよ」
「それくらいサービスしろ。外から来た冒険者に情報を渡すのもあんたらの仕事だろ」
ソーニーはため息をついた。
「まったく。まぁ、あんた達がいなくなったから申請しやすくなったってのはあるでしょうね。実力が上なのにC級のままの冒険者がいるとみんな申請しにくいでしょ。そもそも、それもあって私はあなた達に昇級するように言っていたんだから。ハイスはもうB級よ、今はパーティ組んでいるわ。遠征中でここにはいないけど」
「A級はいるのか?」
「キャロンがなったらどう? どうせ知らないところで色々やらかしているんでしょうし。だいたいA級だと、ダグリシアでは仕事がしにくいし、他に行くでしょ。うちの王様は相変わらず平民嫌いで冒険者はゴミだと思っているしね。他の国なら、貴族付きの冒険者としていい生活できるもの」
「相変わらず横暴なままか。あの男は」
「ま、そのうち平民街廃止とか言い出しかねないわね。もういい? 仕事に戻りたいんだけど」
ソーニーが言う。
「ソーニー、昨日家にいなかったけど、どこに行っていたの?」
急にベアトリスが口を挟んだ。
「やっぱり来たのね。逃げといて正解だったわ」
ソーニーはすぐにカウンターから立ち去った。
「せっかく久しぶりにソーニーを楽しめると思ったのに」
ベアトリスは頬を膨らませた。
「昨日は不発だったのか。残念だったな」
キャロンはからかうように言った。
「ちゃんと別の男見つけたわよ。キャロンはどうするの?」
「そこらの冒険者に声をかけてみるさ」
「あっそ、私は帰るわね。仕事は明日からにするわ」
ベアトリスは常勝亭を出て行った。
キャロンは常勝亭の中を見渡していたが、やがて掲示板に行った。そして依頼を見る。
遠方の討伐依頼がいくつか残っているが、遠すぎたり、提示価格が安すぎたりしている。常勝亭の冒険者は鍛えられていて目利きが多いので、外れ依頼はずっと放置される傾向にある。
その中に例の竜退治の依頼があった。依頼者はケネス・スミスという人物のようだ。竜学者と書いてあり、少し興味が引かれる。研究所などがあれば見てみたいと思う。
「マガラス山か」
現場は思ったよりも近かった。二日とかからない場所だ。確かに複雑な地形だから竜がいてもおかしい事はない。キャロンはマガラス山には行った事はなく、基礎知識として知っている程度である。
内容はシンプルで、研究のために竜を討伐するとある。
奇妙な話だ。竜は死ぬとすぐに骨と灰になると言われている。理由はわかっていないが、竜の持つ魔力が空気に解けてしまうからとされている。
魔獣は死ぬと体の一部が消えてしまう事がよくある。場合によっては一回り以上小さくなってしまう。竜はその極端な例なのかも知れない。討伐しても手に入れられるのは骨と灰だけ。何の研究に使えるのだろう。
依頼料も八百ゴールド。破格の安さである。通常の魔獣の討伐依頼でも千ゴールドは必要だ。依頼料はチームに支払われる総額なので、パーティで受けた場合の個人収入はもっと低くなる。それでも、普通の平民の月収入は百ゴールドから百五十ゴールド程度なので、冒険者というのは実入りのいい仕事とも言える。
竜は魔法が通りにくく皮膚も硬い。そして大きい。こんなものを相手にするのなら、桁を一つあげるべきだ。
そして連絡先を見てますますきな臭く感じた。第一近衛隊事務所とある。
近衛隊というのはダグリス王国の唯一の正規部隊だ。普通近衛隊とは要人の警護をする部隊を言うはずだが、ダグリス王国では貴族街の治安維持まで行っていて、事実上王都ダグリシア貴族街の警備隊兼軍隊である。
ちなみにダグリス王家は公式な軍隊を持っていない。もし戦争が起これば、貴族達は国王のために私設部隊を提供する義務がある。そして私設部隊は近衛隊の命令で戦う事になる。
「ケネスは隠れ蓑、本当は近衛隊の依頼か」
考えてみれば納得できる話でもある。近衛隊は国同士、貴族同士の戦いのためのものであり、魔獣などを相手にするような組織ではない。竜討伐など、彼らには無理なのだろう。それで冒険者を募る事にしたが、けちな王様は金を出さないというわけだ。
「まぁ、どうでもいい話か」
ベアトリスが言うように他にめぼしい依頼は無かった。
キャロンは諦めて、座席エリアを見た。出発前の打ち合わせをしているパーティだったり、手続き待ちの冒険者がいる。残っている冒険者に知った顔は少ない。
やがて、キャロンは二人組の男達の席に向かった。
「この席に座って良いか?」
二人は少し驚いた顔でキャロンを見る。先ほどから気になって何度か目を向けていた相手だったからだ。キャロンはぴっしりとした革鎧を着込んでおり、大柄ではあるが女性らしい凹凸がはっきりしている。そして美人だ。初めて知ったのなら気になるだろう。
「ああ、かまわない。だが、俺たちはもう出ようとしていたところだ」
答えたのは二十五歳くらいの中肉中背の男。武器は剣のようだが、防具は部分鎧。これは一般的な冒険者の戦士にある格好だ。
「せっかくだ。もう少し話をしよう。私はキャロン。一年ぶりにダグリシアに帰ってきたばかりだ」
「僕はミグ。僕らは半年前にダグリシアに来たんだ。」
答えたのは戦士の男の隣にいたもう一人の戦士。だいたい同じ装備だが、彼の方が少し小柄だ。顔つきが何となく似ている。
「兄弟か」
「ああ、俺はマグ。戦士だ。何か用か」
「用と言うよりはさっきから私を見ていただろう。一年もここを離れていたせいで、情報遅れでね。冒険者同士、仲良くしたいのさ」
するとマグは鼻を鳴らした。
「ここじゃ俺たちは半年程度の新人だ。大して情報なんてねぇよ。やっとこの町の流儀に慣れてきたところだ」
キャロンはにやりと笑う。
「と、言う事はかなり痛い目を見たようだな」
「ここはひどい街だね。冒険者同士でも平気で騙そうとするんだから」
ミグがため息交じりに答えた。
「金には汚いやつが多いな。だが、まだ腕っ節のある冒険者同士ならましだろう。それなりに仲間意識もあるしな。一般の平民には本気でどうしようもない悪党もいるし、貴族はほとんどが鼻持ちならない奴らだ」
「その鼻持ちならない貴族の金でもうけさせてもらっているがな」
マグが口元で笑う。
「以前いたエグザスよりは遙かにお金になるよ。油断はできないけどね。キャロンはどうして一年もこの町を離れていたの」
ミグがキャロンに聞いてくる。キャロンは内心チャンスと思う。彼らの関心をこちらに引き寄せるのが目的だ。
「一年くらいダグリシアを離れるやつはたくさんいるさ。ここはそういう街だ。そして金がなくなるとまたここに戻ってくる」
「はっ、まさに身に染みるってやつだな。俺たちも金が貯まったらさっさとダグリシアを出ようかって話もしていたぜ」
ミグは初めからキャロンと話すのを喜んでいる節がある。マグは少し壁を作っている感じだが、もう一押しで引き寄せられるだろう。キャロンは内心細く笑んだ。
「今日は依頼を受けないのか」
キャロンが聞くとミグが答えた。
「遅く来すぎちゃってね。安い仕事しか残っていないし、今日は諦めようかと話していたんだ」
「私も同じだな。外れの仕事ばかりだ」
「塩漬けになっている仕事は難易度も高いし、C級の俺たちには難しいぜ」
マグが言う。
「兄さんはそろそろB級になれるでしょ」
「どうかな。まだまだ足りないと思うぜ」
キャロンが答えた。
「それも含めて外れ仕事だな。難易度が高い割りに提示金額が安すぎる。見る目がある奴なら受けないさ」
その時気がついたようにミグが言った。
「兄さん、なんか受付からにらまれているよ」
キャロンはすぐに席を立った。
「飲み物も頼まないで長く居座ると追い出されるからな。もし時間があるなら、場所を変えないか。この半年のことを聞かせてくれるとありがたい。おごるよ」
長く居座っていればにらまれるのは事実だが、本当の理由はキャロンがナンパしているからだろう。早々に場所を変えないと、変な告げ口をされるかも知れない。
ミグはすらりとしたキャロンの体に見とれていた。立ち上がると、キャロンの女性らしいラインがはっきり見える。そしてキャロンはそれを見せつけるように立ち上がったのである。
「大した話はできないぜ」
「なに、いい男達と話ができるだけでも十分さ」
キャロンが微笑む。
「そこまで言われたら断れないな」
マグも立ち上がった。慌ててミグも立つ。
「知っている店があるんだ。まぁ、まだつぶれていなければだけどな」
キャロンは二人の男を連れて常勝亭を出て行った。




