(1)再会
美女戦士、アクア、ベアトリス、キャロン。一時解散していた彼女たちは再び結集する。そしてちょうど以前自分たちに依頼をしたモンテスに出会う。今回のモンテスからの依頼はなんと竜退治。しかも、竜退治の仕事は近衛隊も請け負っているという。近衛隊の裏をかきながら、モンテスからの依頼を果たすという。ちょっと面倒な仕事。さて、無事依頼を片付けられるか。
「はい、これが魔石ね」
ベアトリスは討伐証明の石をカウンターに置く。袋いっぱいに入っていて、かなりの数の魔獣を壊滅させてきたことがわかる。
「えーと、確認させて頂きます」
受付の女の子は袋を取ると奥へ下がっていった。
まだ昼過ぎ。依頼終了の手続きには早い時間だが、ベアトリスは混むのが嫌なので、前日終わらせた仕事を翌日に持ち込むことにしている。そもそも前金をもらっているので、いつ手続きしようが損はないのである。
ただし、依頼が終わったらすぐに終了手続きをする冒険者の方が圧倒的に多い。その方が新しい依頼を受けやすいからである。複数の依頼を同時に受ける事が不可能と言う事はないが、冒険者の宿の職員がそれを認める事は少ない。
「ちょっと、ベアトリス。こっちに来て」
空きカウンターで眼鏡をかけた長髪の女性が手招きする。年は二十代半ば。この冒険者の宿「常勝亭」ではベテランであり、今は直接カウンターに立つことも少ない。
「あら、ソーニー。久しぶり?」
「そうでもないでしょ」
もうソーニーとベアトリスは長い付き合いだ。何しろ一番最初にベアトリスが冒険者登録したとき、担当したのがソーニーなのだから。当時ソーニーは別の冒険者の宿である「必勝亭」の受付嬢をしていた。
「なんか用? ちょうど今夜は開いているから、ソーニーならオッケーよ」
ソーニーは顔を赤くする。
「私には恋人がいるって何度も言っているでしょ。もう取らないでよ」
「ヒルズとは最近も○○してるよ。ソーニーも浮気しましょ。私と」
「あの馬鹿! 懲りないんだから!」
しかしすぐにソーニーは声を潜める。
「どうしても気になるんだけど、あなた達、なんで解散したの」
ベアトリスがきょとんとした顔をする。
「キャロンとアクアのこと?」
ベアトリスは声を潜めていないので丸聞こえである。冒険者の宿にいた冒険者達がこそこそとベアトリスを伺っているのがわかる。今まで誰も聞けなかったことだからだ。
「だって、あの二人、ダグリシアを去ったんでしょ。もう一年近く誰も見ていないわ。あなた達が全員で最後にした仕事はゾーロー大地での魔獣狩りでしょ。その時に何かあったんじゃないかって」
「あー」
ベアトリスは上を見る。そしてしばらくしてから顔を下げた。
「前は私たちがいて迷惑だって言っていたじゃない。なんでキャロンとアクアがいなくなって、そんなに心配しているの」
「心配するわけないでしょ。二人減って、性被害は三分の一に押さえられているからね。あなたがもっと自重していてくれれば更に助かるんだけど。でも、いきなりいなくなるのはちょっと不気味でしょう。しかも三人揃ってじゃなくて、ベアトリスはダグリシアに残っているし」
ベアトリスはしなを作って指を顎に置く。そしてうーんと考える振りをした。
「誤解しているみたいだけど、そもそも私たちって、パーティじゃないのよね。一緒に仕事をする事があるだけの関係なの。ほら、私一人で他のパーティに参加したこともあったでしょ。結構好き勝手にやっていたわよ、昔から」
「つまり自然とばらばらになったって事?」
「きっかけは例のゾーロー大地の仕事だけどね。お互い力不足を感じたから」
「そういえばあの後、素直にB級に上げたわね。あれだけ抵抗していたのに」
ソーニーが言うとベアトリスは笑った。
「ランクはどうでもいいんだけど、低いレベルの仕事ばかり受けていると慢心しちゃうもの。私としても、ちょっと仕切り直したい気分だったわけよ」
しかしソーニーにはピンとこない。彼女たちはいつも通り依頼を受け、しっかり期間内に仕事を終えた。ゾーロー大地の仕事がきっかけのようだが、あのときも依頼自体は普通に終わらせていた。
「そんなに大変な仕事だったの? あのときは別に何も言ってなかったと思うけど」
「まぁ、依頼自体は普通に終えたからね。報告する事なんて何もないわよ。あと、そろそろキャロンもアクアもダグリシアに帰ってくると思うよ。一年くらい修行のやり直しだ。なんて言って出て行ったから」
ソーニーはぎょっとなる。
「それ、ほんと。じゃあ、また、あの最悪の日々が戻ってくるって事!」
「もっとパワーアップしているかもね」
ちゃんと修行をしているのならそんな事はないはずだが、あのアクアやキャロンが男抜きで修行を続けられるとは思わない。
「うわっ、やだ、絶対嫌。ベアトリス一人でも苦労するのに」
「私そんなに迷惑かけていないわよ。恋人達にちょっとドラマを作って上げているだけ。ほら、浮気っていいスパイスだと思わない」
「絶対思わない」
その時、ベアトリスの冒険者カードへの書き込みが終わったようで、呼び出される。
「じゃあまたね。今夜声かけるわ」
「やめて、私は逃げるからね」
「じゃあ、ヒルズにするかな」
「それもやめて。私たちもうすぐ結婚するんだからね!」
「結婚前に、私と甘い時間を過ごさない?」
ベアトリスはねっとりした視線を投げかける。ソーニーは身震いをしてカウンターを立ち去った。
ベアトリスは王都ダグリシアで活躍するB級冒険者。長い黒髪を持つ色白の美人である。
20歳でB級というのはかなり速いペースとなる。
冒険者に登録できる最低の年齢は14歳。登録してすぐは初心者であるE級となり、だいたい数年で駆け出しのD級に上がることが多い。そして20歳から25歳で熟練者のC級となり、そのまま引退するか、30歳前後でB級に達するかである。
もちろんA級までいく冒険者はかなり早いうちにB級になる。ベアトリスは20歳でB級と言うことで、冒険者の仲では一目置かれている存在だ。
ただ、英雄色を好むという言葉もあるが、ベアトリスは昔から性的にだらしない。美形好きで、その相手は男女問わない。しかも好んでNTRをする。他人の男や女を奪うことに喜びを感じているらしい。そういう意味でもベアトリスは一目置かれた存在である。
ベアトリスはダグリシアに二つある冒険者の宿のうち、上級者向けの「常勝亭」をベースとしていた。15歳の時に初めてダグリシアを訪れて以来、ベアトリスは王都ダグリシアから拠点を替えていない。初級者向けの「必勝亭」から上級者向けの「常勝亭」に移した程度である。
ベアトリスが「常勝亭」を出て、今夜の相手を探そうと歩いていると、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくる白髪の老人を見つけた。身なりは良く、この平民街ではあまり見ない感じだった。ベアトリスはやばそうだと思った。あんな老人、ここらでは良いカモだ。
ダグリシアの平民街は基本的に治安が悪い。ダグリシアでは平民と貴族が明確に対立していて、貴族は平民街に来たがらないし、平民は貴族のエリアに行かない。
身なりの良い相手は平民街の人間にとっては略奪相手でしかない。平民街の治安を守るのは同じ平民の冒険者であり、貴族エリアの治安を守るのは国王直属の近衛隊である。お互い縄張りを荒らすこともない。だから平民街に訪れた貴族を守る者はない。
ベアトリスが見ている前で、その老人は後ろから体当たりされて転ばされた。
「もらいだ」
そして落ちた鞄を拾って男が逃げていく。案の定である。とりあえずそばにいたので、ベアトリスは老人に駆け寄った。
「大丈夫ですか」
老人は意外とすぐに立ち上がった。そして言う。
「しまった。鞄が」
ベアトリスは男が逃げていった方を見る。もう間に合わないだろう。
「言っちゃ悪いですけど、あなたみたいな人が一人でここを歩くのは危険ですよ。せめて護衛の人を雇うとかしないと」
「私はそれほど裕福でもないでな。しかし困った」
老人は気さくで感じのいい人だった。それでも困っているのはわかる。恐らくダグリシアは初めてなのだろう。ベアトリスも仕事で他の町に行ったことはあるが、ダグリシアほど貴族と平民の間に壁がある町はなかった。自分のいた町と同じ感覚で、ダグリシアに訪れると、かなりひどい目に遭う。
その時遠くで何か妙な叫び声がした。ベアトリスが反応する。
「ちょっとおじいさん。行きましょう」
ベアトリスは白髪の老人の手を引いて走りだした。
「な、なんだね」
あの男が無言で立ち去ったのなら気がつかなかったが、「もらいだ」などと捨て台詞を言ったので、ベアトリスの記憶に残った。そしてさっきの「ぐぇっ」とか言う声はその男の声と一致した。声を聞き分けるのは得意である。
ベアトリスが声の聞こえた方に走っていくと、一人の男が、目を回して倒れていた。そしてその前にビキニアーマーを着ている小柄な赤い髪の女性がいた。周りにも何事かと人が集まってきていた。
「おいおい、見世物じゃねぇ。こいつが勝手にぶつかってきて、そのまま倒れただけだ。私は何もしちゃいねぇよ」
ベアトリスに手を引かれた老人はぜーはーと息を整えていた。
「あら、アクアじゃない。久しぶり」
「ん、おおっ、ベアトリスか。一年ぶりだな」
落ちた鞄に手を伸ばしていた野次馬を見て、ベアトリスはすぐに動き、鞄を取り上げた。そして老人の方に戻って手渡す。そのスピードは、野次馬達がベアトリスの姿を見失うほど素早かった。
「次は盗まれないようにね。おじいちゃん」
ベアトリスは老人に向かってウィンクする。
「あ、いや、どうも、ありがとう。わざわざすまなかったね」
「おじいさん道に迷ったの? なんなら、宿まで連れて行ってあげるけど」
「宿はこれからなんだが、どうにもダグリシアは不案内でね」
老人は恐縮したように言った。やっと倒れて目を回していた男も気がついて、すぐに走って逃げていった。野次馬達もちりぢりになっていく。
「おまえの知り合いか。忙しそうだし、後で落ち合おうぜ」
アクアが言う。連れがいるので、仕事の途中と思ったようだ。
すると突然、老人がアクアを見て話し出した。
「以前はありがとう。アクア君。君のおかげで、グレスタ城はまだ健在だよ」
ベアトリスは驚く。
「あら、アクアの知り合い? 私はさっきこの人と会ったばかりよ。無防備すぎてスリにやられたってわけ」
アクアは一瞬考える素振りをしていたが、すぐに思い出したようだ。
「なんだ、モンテスのじいさんじゃないか。久しぶりだな。相変わらず城までの散歩は続けているってか」
「いや、昔のようには行かないよ。それでもできるだけ見に行くようにはしているね。本当に君たちには感謝している」
アクアはベアトリスを見た。
「ベアトリスだって知っているだろう。グレスタに始めて行ったときの仕事の依頼主だぜ。忘れちまったか?」
すると今度はベアトリスの方が首をかしげた。
「依頼主? ・・・あのときは確か、ダグリシアの貴族からの依頼だったでしょ」
「ほら、冒険者の宿に手がかりを探しに行って、依頼を二重取りしただろう」
するとやっとベアトリスは思い出したようだ。
「ああ、あのときの。言っておくけど、私、依頼主に会っていないからね。あのときはほとんど部屋と郊外を行き来していただけだもの」
「そうだったっけ」
「そうよ。依頼主に会ったのはアクアとキャロンだけ」
三年前の仕事だ。アクア、ベアトリス、キャロンの三人は王都ダグリシアで貴族を狙う盗賊団「オウナイ一味」を捕まえる依頼を受けた。しかし「オウナイ一味」はベアトリス達が調査を始めるとすぐにダグリシアからグレスタに逃げてしまった。ベアトリス達は彼らを追ってグレスタに行き、そこでモンテスの依頼を知った。このとき依頼の対応をしていたのはキャロンとアクアであり、ベアトリスは別の案件のせいで宿に閉じこもっていたのである。結果、ベアトリスはモンテスと会うことが無かった。
「私も一回しか会ってねぇけどな。じいさん、良く覚えていたな」
アクアがモンテスに言うが、モンテスは言いにくそうに答えた。
「いや、君の格好はあまりにも特徴的なのでね」
ベアトリスも納得する。基本的にアクアはいつでもビキニアーマーである。その露出過多の姿は、一度見たら忘れられない。冒険者と言うよりも痴女である。アクアは別に意識していないようだが。
とはいえ、ベアトリスの姿も負けず劣らず周りから浮いている。何しろマント一つで体を覆っているのだ。白い両腕が見えているが、マントの中はどんな格好をしているのかわからない。魔術師はマントを好む者が多いが、それでも体全体をすっぽり覆ったままというのは珍しい。
「モンテスさん。ダグリシアでは貴族の階級の人は平民街に立ち寄らないわよ。あなたはグレスタの貴族なのでしょう。ここを歩くのは場違いだと思うわ」
ベアトリスはモンテスに言った。モンテスはベアトリスに向かって頭を下げる。
「色々教えてくれてありがとう。私はグレスタを出たことは無くてね。あまり他の地のことは知らないのだよ。私は貴族でないしね。ただ、貴族に仕えていた者ではあるし、少し事情に疎かったことは間違いない。これからは気をつけるよ」
「確か、執事の男がいたよな。キャロンが狙ってた奴。あいつは付いてこなかったのか」
アクアが言う。モンテスが苦笑した。
「今回の呼び出しは急な話だったし、家を空にするわけにはいかないのでな。バロウズには家にいてもらうしかなかったのだよ」
「とりあえず、ダグリシアの貴族街の方があなたには最適って事よね。恐らく平民街で宿を探したらひどい目に遭うわよ」
ベアトリスは言った。
「じゃあ、私が案内してやるよ。じいさん一人じゃ、多分この平民街を抜ける前にまたスリに遭うぜ」
老人は笑う。
「すまないね。アクア君、ベアトリス君。あまりお礼はできないのだけど、道案内を頼めるかね。なんなら、ちゃんと依頼として冒険者の宿に届けるよ」
アクアが強い調子でモンテスの背中を叩いた。
「そんなもんいらねぇよ。私も久々にダグリシアに帰ってきたし、貴族街も見てみたいと思っていたところさ」
「ちょっと、勝手に!」
ベアトリスが文句を言う。
「ついでだよ。こんなもん仕事にしてられねぇだろ」
ベアトリスは肩をすくめた。
「良いわよ。アクアの大雑把さが健在なのを見て安心したわ」
そして二人はモンテスを連れて、貴族街の宿に向かった。
「乾杯。久しぶりだな」
アクアはすぐにジョッキを飲み干し、お代わりを頼む。
「まぁね。元気そうで何よりだわ。ちゃんと修行してた?」
ベアトリスが答える。ベアトリスは葡萄酒をちびちび飲んでいる。本当なら、ソーニーを襲いに行くつもりだったが、今日は予定を変更し、久々の友人のために時間を使おうと思った。
「まぁな。古巣に戻って、しっかり基本を学んできたよ。見よう見まねも役に立つが、正式に学ぶってのも面白いな」
アクアが答える。
「あなたが真面目に修行していたとは考えられないんだけど。どうせ男捜しに毎晩街をうろついていたんでしょ」
「んな事してねぇよ。・・・まぁ、少しは羽目を外した事もあるけど、だいたいちゃんとやっていたさ。世話になった奴らに迷惑は掛けられないだろ」
ベアトリスの指摘にアクアは苦しげな言い訳をする。
「どちらかと言えば、ベアトリスの方が不安だな。あんたはちゃんと修行してたのか」
いきなり横から声をかけられた。
アクアとベアトリスは思わず振り返る。
「キャロン!」
そこには体にフィットした革鎧を着た体格の良い長身の戦士が立っていた。青い髪を後ろで結んでいる。
「おまえも今日戻って来たってか」
アクアが言うと、キャロンは空いている席に座った。
「いや、もうダグリシアに戻って一ヶ月になるかな。たまたま、あんた達が、貴族街にいたのを見つけて、ここに来たんだ」
アクアのお代わりの酒を運んできたおばさんに、キャロンも酒を注文した。
「そんな前に帰ってきてたの! なんで私に声をかけないかな」
ベアトリスは文句を言った。
「王都の図書館に入れる許可証を手に入れたんでな。ダグリシアに戻ってからはほとんど図書館に入り浸っていたよ。まぁ、私の実家ほどの蔵書ではないのだが、ここでしか見られない魔術書もあるんでな」
「つまり、それがおまえの修行ってか」
アクアが言った。
「あのときの敗因は私の使える魔法が中途半端だったからだしな。まずは、魔法の深淵を学び直したのさ」
キャロンが答えるとベアトリスが続けた。
「キャロンはもともと魔法オタクだからね。実践は大丈夫? なまっているんじゃないの。ちなみに私はあのときと同じ状況になっても生き残れる自信があるわ」
「結界魔法の強化でも図ったのか。まぁ、順当だとは思うが」
キャロンが言うと、ベアトリスは怒ったように言い返す。
「そんな消極的なやり方しないわよ! そもそも私は「魔女」にこだわりすぎていて、元々の暗殺技術をないがしろにしていたわ。初心に戻って、以前の修行漬けの生活に戻しただけ。私の師に当たる人はもういないしね」
「確かに。あんたは初めて会ったときの方が体術を使っていたな」
「ってか、おまえの体術って、暗殺術だったのかよ」
アクアは初耳だった。確かにベアトリスの動きはキャロンやアクアのものとは違っている。
しかしキャロンは興味が無いようで、話を変えた。
「アクアはどうだ。一年で何とかなったか。男遊びに惚けていたんじゃないか」
アクアが肩を落とす。
「おまえもかよ。いや、おまえさっき聞いてただろ。ちゃんと修行したって。剣術なんて、まともに習ったことなかったしな。良い勉強になったぜ」
キャロンはうなずいた。
「つまり、私たちはもう一年前のような醜態をさらさないということで良いかな」
その時キャロンのお酒が運ばれてきて、テーブルに置かれた。キャロンはじっとそのおばさんを見て言った。
「確か以前は若い娘が給仕をしていなかったか?」
しかし、そのおばさんは何も答えずに逃げ戻っていった。
「ああ、その子なら、私が手を出して泣かせたせいで、私がいると出てこなくなったのよね。ひどい話」
ベアトリスは肩をすくめた。
「また男を寝取ったのかよ。おまえも変わらねぇな」
「あんたはさっき修行漬けの生活をしていたと言わなかったか。結局遊び歩いているじゃないか」
「修行しながら遊んでいるからいいのよ。じゃあ、また乾杯しましょ」
ベアトリスがグラスを上げ、再会の乾杯をした。
「すぐ仕事探すの?」
ベアトリスが尋ねる。
「そのつもりだ。明日にでも、冒険者カードの再登録をするつもりだ。そろそろ金が尽きてきた」
キャロンが答える。
「あれ、再登録って必要だっけ。私、全然使っていないんだけどな」
アクアが言う。
「あんたはその古巣とやらの冒険者の宿で再登録をしなかったのか。もししていないなら、あんたの拠点は変わっていないのだから、再登録をする必要は無いだろう」
「つまり、キャロンは実家の町で仕事していたって事ね」
「いや、結局一度も仕事はしていないな。ただ、長く滞在するのがわかっていたら再登録をしておいた方がいいだろう。通行証にもなる」
「そっか、私は一度も町から出なかったし、じっちゃんの家に住んでいたからな。あそこの冒険者の宿は昔喧嘩したから行きたくなかったんだよな」
すると、ベアトリスは冒険者カードをテーブルに置いた。
「ほら、見て」
「あ、おまえB級に上げたのか!」
アクアが言う。別れたときは全員C級だった。本当は充分B級に上げられる実績はあったのだが、この若さでB級だと男が寄りつかなくなるという理由で、C級にとどめていた。B級には面談と試験もあり面倒だったというのもある。
「みんなと別れてすぐね。ソーニーもうるさかったし」
「確かに、ダグリシアではもう私たちは有名だし、C級でもB級でも大差ないからな。A級だとさすがに目立ちすぎてしまうが」
そしてキャロンも冒険者カードをテーブルに置く。
「あ、おまえもB級!」
「B級冒険者という肩書きの方が信用されやすいんだ。今回王都の図書館に入るためにも上げておく必要があったのさ」
「なんだよ。私だけかよ」
「おまえも明日さっさとB級に上げてこい。実績評価では十分に足りているだろう」
「ああ、面倒くさい。これじゃ、明日仕事受けられねぇ。もう金もないってのに」
アクアがうなると、ベアトリスが言った。
「だからさっきのモンテスさんからお金を取れば良かったのよ。道案内だって立派な仕事でしょ」
「モンテス? あの老人がどうした」
キャロンが食いつく。ベアトリスが説明した。
「私たちが貴族街にいたのはモンテスさんを宿まで案内するためだったのよ。何しろ一人で平民街を歩いているんだもん。危なくて」
「なぜ、わざわざダグリシアまで来たんだ」
「そんなの知らないわよ。ただ、急な呼び出しと言っていたけど」
キャロンが考え込む。
「どうした。何か気になるのか」
アクアが尋ねた。
「あの老人の主のグレスタ伯はジョージ王に失脚させられたんだ。普通あまり王都に来たいと思わないだろう。それにグレスタ伯は逃げたからな。手引きした一人と思われているはずだ。まぁ、時間も経っているし逮捕されると言うことはないだろうが、王都をうろつくのはあまり良いこととは思えない」
「意外ね。いつから老人趣味になったの?」
ベアトリスがからかう。
「モンテスはどうとも思わないが、あの執事はタイプだったな。まぁ、そういうことではなく、私はそのうちモンテスの家を尋ねようと思っていたんだ。あの人は研究魔術師だからな。貴重な研究書や魔術書を持っているはずだ」
「うわっ、本当に魔術オタク」
ベアトリスは呆れるが、キャロンは気にせず続けた。
「やはり図書館にあるものというのは著名人の著書に限られるからな。魔術師宅の蔵書だと、市場に出ていない資料が見つかることがあるんだ」
アクアが話を遮る。
「そんなことどうでも良いだろ。それより仕事だよ、し・ご・と。早く金を稼がなくちゃ」
「あら、私たちは明日から仕事を探せるわよ。居残りはあなただけ」
アクアががくっと肩を落とす。キャロンが言った。
「あんたは常勝亭に行っているんだろ。B級のおいしい依頼は無いのか」
「B級依頼って遠征ばかりよ。ちょうど私も昨日帰ってきたところだし、あまり見ていないわね。そういえば、とんでもないB級依頼が張り出されていたわ」
「へぇ、どんなやつだよ」
アクアが尋ねてくる。
「ああ、全然おいしい仕事じゃないわよ。むしろ笑えるやつ。依頼内容は竜退治。報酬はたったの八百ゴールド」
アクアは肩をすくめる。
「そんな馬鹿な依頼受ける奴いるのかよ」
キャロンが言う。
「いないだろうな。その依頼主は相場がわかっていないんじゃないか。相手が竜なら調査依頼でも最低千ゴールドだ。討伐依頼ならそれ以上ないとダメだろう」
「そうそう。それに、竜退治って実入りがないのよね。売れる素材もないし」
少し考えて、アクアが尋ねる。
「竜って、確か村によっては重宝がられているんじゃなかったっけ」
キャロンが答えた。
「そうだな。竜は魔獣を主食にしているから、地方の村人にとっては有益だ。ただ、近くに巣があるとやはり迷惑だぞ。奴らは人間に配慮したり慣れたりする事がないからな」
「どちらにしろ、パスだな」
アクアが言う。
「当たり前だ。しかしダグリシアで竜退治の依頼と言うことは、近くに竜が出たと言うことか?」
「どうかしら。依頼者は貴族っぽい名前だったし、金額から見ても、興味本位なんじゃないかな。まぁ、詳しくは読んでいないんだけど」
キャロンとベアトリスが言うと、アクアが遮った。
「もういいって、他にはないのかよ」
「昨日帰ってきたばかりと言ったでしょ。今日は精算しただけだし、熱心に依頼書のチェックなんてしてないわよ。連続で遠征は嫌」
ベアトリスが答える。
「では、明日は私だけ仕事を受けるとするか。どこかのパーティにでも潜り込むかな」
「それもいいんじゃない。私は少し休むつもりだし。気が向いたら近場のC級仕事でもうけるわ」
「金がねぇっての! 畜生。どっかの男の部屋に潜り込むか・・・」
「それが常套手段だな。私も今から男か女を探しに行く」
「ソーニーに報告ね。ついでに、ソーニーも味わってこようかな」
三人はそれから少しすると解散し、夜の街に消えていった。




