(41)貴族からの報酬
明け方になって三人はダグリシアに帰ってきた。町の外で財宝類を隠し、ベアトリスの結界を張る。そして依頼にあった宝だけを持ち出せし、ダグリシアの町に入っていった。
まずはいつも寝泊まりしている宿に行き部屋を取る。
そして、体を洗って着替えてから常勝亭に向かった。
朝の喧噪はすでに無く、何人かの冒険者がたむろしているだけだった。しかし三人が中に入るとざわつき出す。
「おい、帰ってきたぞ」
「今まで平和だったのに」
そんな冒険者たちを尻目にキャロンは受付に行った。
「もう帰ってきたの?」
ソーニーが辛辣に言う。
「これでも期限はぎりぎりだ。仕事はしっかりやるのが信条なんでな」
ソーニーが少し驚く。
「ああ、オウナイ一味だっけ。もしかして捕まえてきた?」
「生死は問わないという話だったから皆殺しにした。グレスタの冒険者の宿に確認してくれ。奴らのアジトがグレスタ城にあって、私たちはグレスタでグレスタ城調査の依頼を受けた。恐らく、死体の処理は別の冒険者たちが受けただろうし、情報は入っているはずだ。それと、これが依頼で回収するように言われたお宝だ」
キャロンは袋から、宝石類を出す。
ソーニーは依頼書を見ながらそれらを確認した。
「二重で依頼を受けるなんてちゃっかりしてるわね。依頼の物で間違いはなさそうね。グレスタへは魔道具通信で確認するわ。倒してきたのがオウナイ一味であるという証拠は何かある」
「まぁ、このお宝が全てだな。魔獣と違って討伐証明を持ってくるわけに行かないしな」
「依頼主が納得すれば良いんだけど。後金はもしかしたら踏み倒されるかもね」
「それが貴族のやり方だからな。ただ、交渉はしたいな」
ソーニーも苦笑する。
「まぁ、その旨は伝えておくわよ。でも直接会うと最悪口封じされることもあるから気をつけてね」
「何だ、心配してくれるのか。だったら今夜は・・・」
キャロンが手を握ろうとしたので、ソーニーは手を引いた。
「もう良いから出てけ!」
三人は宿に戻って仮眠を取った。何しろ夜中走ってきたので眠いのだ。期限の二日前なので本来なら若干余裕もあるが、それでも貴族が相手だと期限に間に合わなかったと言いがかりを付けられかねない。
昼過ぎになって宿の人間に呼び出された。三人は身支度を調えて二階から降りた。
「こちらが預かったメモです。もうあまり時間はありませんが」
宿の従業員に手渡される。そこには場所と時間だけがシンプルに書かれてあった。
「驚いたな。今日すぐに会えるのか」
「日にちずらされて、契約違反にされるかと思ったわ」
アクアが笑う。
「良いじゃねぇか。追加報酬をいただきますか」
三人はさっそく指定された場所に向かって走った。
指定された場所は貴族街にある大きな屋敷だった。周りから白い目で見られながら、アクアたちは堂々と正門に近寄る。
「なんだ。おまえたちは」
屋敷の番兵が尋ねてくる。
「ここに来ることを指示された冒険者だ」
キャロンが答えると番兵の顔色が変わる。
「わかった。通すように言われている。しかし、まさか女とは」
「早くしてくれよ」
アクアがせかすと、その番兵は三人を中に案内した。
待合室で数十分待たされてからいよいよ三人は応接室に通された。そこで待っていたのは恰幅のいい、というよりはかなり太った典型的な貴族だった。
「ふむ。ご苦労だった。私は我が公爵家の当主のネイサン・ギルバートだ」
本人は当主というが、本物ということは考えられない。公爵ともなる人物が一介の冒険者の前に姿を現すことはあり得ないからだ。
キャロンは自称ギルバート公爵に促された通り、依頼通りの宝物を引き渡した。
「まずは礼を言おう。取り戻してくれてありがとう」
「しっかり仕事をしないと、おまえらに何をされるかわからないからな」
「それからオウナイ一味は全滅したぞ。一応これで全ての仕事は終えたはずだ。依頼書にあった成功報酬をいただこうか」
アクアとキャロンが答えると、ギルバート公爵はうなずく。
「もちろん用意しているよ。ただ、少し待ってくれ。まずはこの宝物が本物か調べなくてはいけないのだ」
アクアは肩をすくめる。
「そうだろうとは思っていたぜ」
「そして、偽物って言い切るのよね」
ベアトリスも続ける。自称ギルバート公爵は慌てたように答えた。
「そのようなつもりはない。ただ、証明は必要だろう」
実際、部屋の脇の方で、アクアたちが持ってきた宝物は全て調査されていた。そしてしばらくすると一人の男がギルバート公爵の方に来て報告した。
「間違いなく全て本物でした」
そして美しいネックレスをギルバート侯爵に渡した。
「よろしい。君たちの仕事は完璧だった。特にこれは『月のネックレス』と呼ばれる我が家の家宝なのだ。もしこれが今日までに帰ってこなければ、大変なことになっていた」
「そんなことはどうでも良いんだよ。依頼のお宝は全部回収したぜ。約束を果たせよ」
アクアはけんか腰の口調だが、ベアトリスが肘で小突く。
「前金は全部使っちゃったし、少しくらいは融通してほしいわね」
すると、ギルバート公爵は袋一つをテーブルの上に載せた。
「冒険者に後金などいらないという奴が多くてね。この程度しか用意していない」
見た感じだと、百ゴールドくらいだろう。キャロンは肩をすくませる。
「まぁ、後金の金額は提示されていないからな。あんたがそう言うならそうなのだろう」
実際には後金が全く支払われないことの方が多い。百ゴールドでも十分な収入だ。
キャロンが受け取ろうとしたとき、ギルバート公爵はその袋を手前に引いた。キャロンの手が止まる。
「君たちの功績には、この程度の後金では足りないだろう。そこで提案だ。君たちが、オウナイ一味から回収した他の物を言い値で買い取ろう」
ギルバート公爵は鋭い視線でキャロンを見た。キャロンも口元に笑みを浮かべる。
「そうくるか。別にあんたに頼らなくても自分で売るから大丈夫だよ」
ギルバート公爵は感情を込めない口調で続けた。
「元々は盗まれた物だ。それを売れば、君たちも近衛隊に捕まることになる」
「心配無用だ。バレるような売り方はしない」
バラして平民街で売ればもう回収もできなくなるだろう。盗まれた物という証拠もなくなる。盗品の証拠をわからなくすることくらい問題ない。もちろん相場よりはかなり安くなるだろうが、別に大もうけしたいわけじゃないのだ。単なる日銭の一部にすぎない。
「それではもったいない。宝物というのは無傷な方が価値がある。私ならその価値の通りの値段で買い取ることができる。平民街で売るよりは高く売れるし安全だ」
ギルバート公爵が提案してきた。そもそもこの面談はそれが目的だったのだろう。
「金次第だな。回収したものはかなりの量になる。まともに買い取れるつもりか。破産しても知らないぞ」
すると、ギルバート公爵はいきなり紙に金額を書いて提示した。
「破産か。その通りだ。君たちは現金じゃないと受け取らないだろう。今用意できる最大限がこの数字になる」
「ギルバート様、それは・・・」
側近が慌ててギルバート公爵をたしなめようとするが、ギルバート公爵はその太めの体にはそぐわない真面目な視線でキャロンを見ていた。キャロンから見てもあまりにも桁が多すぎる。
「そうまでしてほしいものか?」
さすがにキャロンも不審に思う。二束三文でも売れればめっけものと思っていたが、ほぼ満額である。
「ただし、今後その宝物に関しては一切他言しないことが条件だ。そして魔法で何かしらの仕掛けをしていた場合は、これらの話は全て無かったことにする」
アクアとベアトリスもさすがに引きつった顔をしていた。これを受けていいものか悩みどころだ。キャロンが少し考えて答える。
「あんたたち貴族が何を考えているのか詮索するつもりはない。しかしさすがにその金額は多すぎだな。私たちは冒険者だ。あんたらと違って優雅な暮らしをしたいわけじゃないんだ。そうだな。その三桁下の金貨で手を打とう。もらいすぎて報復されるのは面倒だ」
「報復など、考えてはいないよ。君たちにはわからないだろう。オウナイ一味に盗まれた宝物というのは使いようによっては素晴らしい武器になるのだよ。もちろん、貴族同士の間でのことだけどね」
「その辺りは、私たちが知る必要の無いことのようだな」
キャロンはアクアとベアトリスを見る。彼女たちも視線で合図した。
「わかった。明日。私たちが得た物の場所まで案内しよう。その前に金は回収させてもらうぞ」
「もちろんだ。明日の朝までには現金で用意しよう」
キャロンたちは席を立った。
「なんか裏があるのかね」
アクアがつぶやく。
「あの中には表に出せない宝が多いのだろう。ギルバート公爵は複数ある公爵家の中でもまだ下位だ。貴族たちに恩を売って王権に近づける足がかりにするつもりなのかもな。貴族には貴族のネットワークがあるのだろう」
キャロンはそう予想する。
「だったら、いっそ満額もらっちゃった方が良かったかしら」
「ギルバート公爵が本気でそう思っていても周りの奴はそう考えない。変ににらまれるくらいなら私たちが満足できる程度の金で手を打つのが正解さ」
キャロンが答える。
「そうね。もらいすぎても私たちの手に余るわね」
「だから変な魔法を使うなよ。奴らだって魔術師はたくさん抱えている。間違いなくバレるぞ」
「わかっているわよ。貴族とやり合ってもあまり得はないしね」
翌日、荷台に積んであった財宝類を引き渡して、仕事は完了した。もらった金貨はベアトリスの魔法で隠し、彼女たちの活動資金になった。
※※
ソーニーは女冒険者に頼まれて、事務所の応接室で相談に乗っていた。本来冒険者の宿では、冒険者からの相談は受け付けない。冒険者同士の諍いに関しては不干渉を貫いている。しかし、その冒険者の相談は無視することができないものだった。
「断固としてあの女たちを追放してください。冒険者たちをお金で雇って毎晩乱痴気騒ぎしているんです。全部冒険者の宿を通した依頼ですよ。私たちのパーティも崩壊状態です。特に男たちは以前にもひどい目に遭ったはずなのに、お金と色香に誘われて毎晩ぼろぼろです。他の仕事を受けることもできません。私も近づけば何をされるかわからないので、手が出せません」
「一応規則通り、しっかり前払いされているし私たちは内容に不干渉だから、受けるか受けないかは冒険者たちの自由よ」
「あんな法外な金額で誘われて受けないというのが変でしょ。それを認めた冒険者の宿の責任は重いですよ。とにかくなんとかしてください。一応私にもパーティメンバーとしてお金は入ってくるので生活には困りませんが、お金をもらっているからおまえも来いなんて言われたらたまりません」
女冒険者は身震いした。ソーニーはがくっと肩を落とした。平民街の事件は大小関わらず冒険者が処理している。しかし最近、依頼は貯まる一方で全然処理されていない。それもこれもあの三人組からの依頼が高額で魅力的だからだ。
「善処します」
ソーニーは面談を終えた。
女冒険者と別れたあとに、ソーニーは状況を訴えるために店長を探す。しかし見つからないので、ソーニーはそのまま受付に戻ってきた。
「あ、ソーニー、また依頼書を書いたから受理してよ」
席に着いた途端、すぐにベアトリスが現れて目の前に依頼書と冒険者カードを置いた。仕事内容は野草の採取。条件は男女問わず一人(面談有り)。拘束時間は朝から翌日の朝まで。金額は破格の百ゴールド。ほぼ平民の収入の一ヶ月分だ。
「散財がすぎませんか。これでもう何度目ですか。それに野草の採取なら一日で終わる仕事です。翌朝まで拘束するのはおかしいでしょう」
「あら、冒険者の宿で依頼内容まで確認するの? 今までそんなことしていなかったじゃない。職権乱用」
「そんなことありません。今までだってあまりにも不自然な依頼は受けていません」
ソーニーとベアトリスが言い合いをしているとアクアも現れた。
「ソーニー、これ、依頼な。よろしく」
アクアの依頼書は森での魔獣退治。条件は男を含む最低三人以上のチーム。拘束時間はやはり朝から翌日の朝まで。金額も百ゴールド。すぐに出て行こうとするアクアを止める。
「待ってください。森ってすぐ近くじゃないですか。夕方には戻ってこれる仕事です。朝までの拘束は必要ないでしょ」
「何言ってるんだ。夜が重要で魔獣退治なんてついでだぞ」
アクアは隠す気すら無いらしい。
「とりあえず、このまま受理することはできません」
そこにキャロンも現れた。
「これが今日の分の依頼だ。頼むぞ」
キャロンの依頼内容は当初からずいぶん変化している。今回のものは依頼内容が夜の街の見回り。条件は男女一人ずつ。やはり百ゴールド。
「全く隠す気なくなりましたね。この依頼書」
夜の見回りなんてよほど事件が起こっているときでない限りあり得ない依頼だ。しかもそれで百ゴールドはもっとあり得ない。
「ま、そろそろ集まる奴らも少なくなってきているからな。簡単にしておいた」
「とりあえず、もうこういう依頼は受けませんから」
ソーニーは三人に依頼書を突き返した。
「横暴じゃない。ちゃんとした依頼よ」
「そうだ。冒険者の宿なんだから、しっかり仕事をしろよ」
「金さえ払えばあんたたちに損はないだろ。受けるのは冒険者の勝手だ」
三人が口々に文句を言うが、ソーニーは毅然と言い返す。
「いいえ。あなたたちがあまりにも高額で簡単な依頼を繰り返すせいで、他の依頼が全く片付きません。夜の相手探しに冒険者の宿を使わないでください」
「お金で集めた方が手っ取り早いのよ。良い気持ちになれるし、お金も手に入るんだから損はないでしょ」
「ん? おい、ハモックス。おまえからも言ってくれよ。ソーニーが職権乱用しているぞ。放置しておいていいのか」
「えっ、店長?」
アクアの言葉でソーニーが後ろを見ると、丸いはげ頭が慌てて陰に隠れるところだった。
「店長、何しているんです。探したんですよ!」
言われてそっとハモックスは顔を出した。
「いや、まぁ、良いんじゃないかな。依頼は依頼だし・・・」
「しかしですね」
ソーニーが立ち上がって抗議しようとすると、後ろからキャロンの声がする。
「まったく、普段から楽しませてやってるんだから便宜ぐらい測ってほしいもんだ」
ソーニーの目が細くなる。ハモックスが慌てだした。
「私は忙しいから、あとはソーニー君。頼むね」
そしてハモックスは逃げ去っていった。
「あとで奥さんに言いつけてやる」
ソーニーが席に戻ってキャロンをにらみつける。
「誰にでも彼にでも手を出して」
「あんたにもだろ」
ソーニーは顔を一瞬赤らめるが、すぐに澄ました顔になる。
「私が望んだことではありません」
「いや、あのときのソーニー・・・」
「やめろ、この変態女」
ソーニーは席を立つと、依頼書の張られている場所に行き、二枚ほどの依頼を取って戻ってきた。
「あなたたち三人に指命依頼です。これを片付けてきてください」
アクアが口を尖らせる。
「おいおい、今は依頼を受けるつもりはないぜ。金に困っていないんだ」
「そうそう、あと一ヶ月くらいは遊び歩いて豪遊しなくちゃ」
「まだ○○していない奴もいるし、一通り平らげたいところだな」
ソーニーが机をどんと叩く。
「ずいぶん大きな仕事をしてきているんですね。さっそくB級に格上げさせてもらいます。いえ、あなたたちの実力ならA級にしましょうか」
急に三人は置いてあった冒険者カードを取り返した。
「悪いがC級のままでいい。前にも言ったはずだ」
「そうよ。C級だってどん引きする男もいるんだから。それ以上だったら相手が捕まらなくなるじゃない」
「私らの年でC級が珍しいなんて全然知らなかったぜ」
ソーニーが依頼書を差し出す。
「受けてくれますよね。急ぎの仕事なのに、誰かさんの高額な依頼のせいで誰も受け付けてくれません」
三人はテーブルに置かれた依頼書を見る。
「待て、遠征じゃないか。どちらも片付けるとなると一週間以上もかかる。場所も離れている」
キャロンが眉を寄せるとソーニーはにやりと笑う。
「ええ、かなりの実力のある方がやるべき仕事ですよね。あなたたちのように」
「ダメだ。ダメだ。どうせならもっと近場のにしてくれよ」
「じゃあ、アクアさんは一人でB級と。冒険者カードをこちらに」
アクアは冒険者カードを胸で抱きしめた。キャロンがため息をつく。
「わかった。確かにここのところ少しやりすぎたようだ。だが、私たちのおかげでだいぶんこの平民街も潤っただろう。そう咎めるな。この依頼は受けることにする」
そしてキャロンは冒険者カードを差し出した。渋々アクアとベアトリスもカードを出す。
「どさくさに紛れてB級にしないでね。ソーニー」
「だったら初めから大人しく受けてください」
ソーニーは受け取った冒険者カードに二つの依頼を記憶させた。
ソーニーが冒険者カードを三人に返したとき、キャロンはソーニーの手を捕まえた。
「えっ」
ソーニーはカウンター越しにキャロンに引き寄せられる。
「この落とし前は、あんたの体でしっかり払ってもらうからな」
「当然、私もね。久々のソーニーの体。楽しみにしているわ」
「私はおまえたちのあとで良いよ。最後まで楽しもうぜ」
ソーニーは思い切り手を振り切って後ずさった。三人は依頼書を掴むと、そのまま出口に向かった。ソーニーは青い顔で叫ぶ。
「もう二度と帰ってくるなー!」
ソーニーの絶叫が常勝亭に木霊した。




