(4)ドノゴ村の襲撃2
ドノゴ村から少し下った場所で、オウナイたち七人の盗賊が集まっていた。
カイチックは魔法で盗賊たちの治療をしたが、傷がふさがった程度のこと。特に片手を失ったパックは重傷だ。腕を切られたヴィレンもまともに片手が動かない。他に矢傷をまともに受けた奴が数人いる。
「お頭、宮廷騎士ってなんなんで」
「おまえらは知る必要は無い」
オウナイは部下の問いかけに冷たく言い放った。
「私の魔法ではこれくらいですね。自分で歩ける程度には回復したでしょう」
カイチックは治療を終えてオウナイのそばに来た。
「もっと回復させられねぇのか」
「私は回復魔法は苦手です。まぁ、血は止まっていますし、十分でしょう。それよりどうします、オウナイ。あの村は諦めますか」
オウナイは村の方向をにらみながら答えた。
「馬鹿を言え、舐められたままで済ませられるか」
もう日が傾いている。夜の襲撃ならこちらに有利かも知れないが、それを考えていないランディではないだろう。こちらもしっかり準備する必要がある。
「カイチック、おまえはリミアを殺せるか」
するとカイチックは笑みを浮かべた。
「オウナイが反対してもあの女を殺しに行こうと思っていたところですよ。昔からあの女は大嫌いでした。女のくせに副団長など。ハイドゥーのきまぐれには困ったものです」
オウナイはうなずく。
「なんだかんだで、ランディとリミアだけがネックだ。あいつらを殺せばあの村は俺たちのものだ」
オウナイは少し考えてから仲間を集めた。
あの結界の維持は難しいはずである。だから、正面から攻撃する振りをして、結界の限界を待つことにする。腕の悪い弓隊とランディが相手とわかっていれば時間稼ぎは可能だ。しかし、結界が無くなれば、村人は村から逃げ出すだろう。そういう逃げ道がいくつかあるに決まっている。そこで襲撃前に村の外に罠を張って、誰も逃がさないようにする。罠の準備ができたら、日の入りと共に襲撃する。それがオウナイの作戦だった。
オウナイは、怪我で動けないパックとヴィレン以外の三人に、積んであった数個のトラバサミ罠を渡し、道と思わしき場所にばらまいてくると共に、ロープを張ったり、落とし穴を掘ったりしてくるよう指示した。
モブ、ガング、スィナーは荷物を抱えて森の中に入っていった。
オウナイたちが待つこと数十分。まだ日は落ちないが、そろそろ襲撃の準備をしたい頃合いになった。
オウナイがイライラしながら待っていると、三人が慌てて戻ってきた。
「お頭、大変です」
「どうした。終わったのか」
ガングは息を切らせながら話し始めた。
「奴ら、もう逃げてます!」
足場の悪い森の中をガングたちは手分けして進みながら罠を仕掛けていた。そしてちょうど村の裏側あたりに来たとき、大勢の村人が荷物を抱えて移動しているのが見えたのだ。
「あの野郎。村を捨てる気か!」
もちろん村人たちが持ち運べる物は僅かなので、集落を襲えば得られる食料品は膨大なものになる。しかも家に火を放てば嫌がらせにもなる。
だが、結局腹の虫が治まることはない。
「くそっ、おまえたちは予定通り日暮れと共に正面から襲撃しろ。ガング、あいつらが逃げた場所に案内しろ」
「えっ、俺たちだけですか。パックとヴィレンがまともに動けねぇですが」
残される盗賊が狼狽する。しかしオウナイは言い捨てた。
「その辺に捨てられたくなかったら無理矢理でも動け。向こうは暗闇で弓なんて打てねぇ。ランディが出てきたら、逃げながら動き回れ。できるだけ時間を稼げ」
盗賊たちが罠を仕掛けながら移動して、戻ってきたのだから、今から向かっても脱出が全て終わっている可能性が高い。しかし、しんがりをつとめるのがランディであれば間に合うかも知れない。
オウナイとカイチックはガングとともに森に入った。
日が落ちかけて森の中はますます進みにくくなったが、見つかりやすい灯り魔法を使うわけにはいかず、オウナイたちは苦労しながら森を歩いた。
「その陰に罠を仕掛けてますので、気をつけて」
ガングが時おり言う。
その時、遙か前方で小さな悲鳴が上がった。
「あの声はリミア。急ぎましょう」
カイチック走りだした。前方に光を生み出し、先を照らしながら進む。オウナイもその後を付いていった。
少し進んでオウナイたちが見たのは、女性の魔術師が光のトンネルを飛ばし終えたところだった。
光を宙に浮かべ、カイチックが歩みを進める。
「誰かを逃がしたという所ですか。まんまとしてやられたわけですね」
「久しぶりね。カイチック。相変わらず攻撃魔法くらいしかつかえないようね。その光の完成度も低いわ」
革鎧にマントを羽織り、杖を持つ女性はカイチックとほぼ同年代だ。
「あなたは小手先の技ばかり、器用ですね。領域魔法やら、光の通路やら、全く役にも立たない。魔法とは如何に人を殺すかにあるのですよ」
ランディが突然斬りかかり、カイチックは慌てて飛び退いた。しかし切っ先が胸をかすめる。
「おまえの相手は俺だぜ」
そこにオウナイが割り込んだ。
ランディはオウナイと数度剣を打ち合うと、後ろに下がって、リミアを守る位置に着いた。リミアはランディに魔法をかける。
オウナイはランディに斬りかかっていった。ランディはオウナイの剣を素早く避けて強く剣を打ち返す。ランディの素早さと力はリミアの魔法で強化されている。その代わり、武器は魔法で強化されていない。武器強化は強力な魔法だが、打ち合えばそのたびに効果が消失していくという弱点がある。そのため、戦いが長引けば何度も魔法をかけ直さなくてはいけなくなり、それは魔術師の負担になる。リミアには他にも魔法を使ってもらう必要があるので、消費は最小限にしなくてはならない。
ランディの動きにオウナイは付いていけなかった。斬りかかっても避けられて、それ以上の力で斬りつけられる。鎧が割れ、剣も弾かれる。
それでも、ランディはリミアからあまり離れられないので、オウナイは何とか致命傷を受けずに済んでいる。
カイチックも黙って見ていたわけではない。横に回って雷の矢を何度か撃つが、防御障壁に守られて届かなかった。ランディは常に、オウナイとカイチックが同じ方向に来るように誘導しながら戦っていた。リミアもカイチックとオウナイ、ランディの位置を把握しながら、直接攻撃を受けない立ち位置に動いている。そのため、カイチックは直接的に強力な魔法が使えなかった。攻撃すればオウナイを巻き込むからだ。
ランディの勢いが上がった。
「カイチック、俺にも強化魔法をかけろ!」
オウナイが悲鳴のような声を上げる。
「そのような邪道な魔法は使いません。リミア、そんなこざかしい真似をせずに堂々と戦いなさい」
「あなたの攻撃魔法はさすがに何度も受けられないわ。こざかしいではなく、作戦よ」
リミアが言い返す。
リミアとランディの連携は見事だった。ランディはオウナイとカイチックの位置を把握しながらオウナイを攻め込む。リミアは自分とランディを魔法防御の障壁で守りつつ、足手まといにならない位置に動きながら強化魔法を追加していく。
カイチックは別の魔法を使った。弓なりに飛ばす炎の矢である。しかしそれは容易にランディとリミアに躱され、一部は防御障壁に弾かれる。そもそも弧を描く魔法攻撃は難易度が高いにもかかわらず狙いの精度は低い。一部の炎の矢はオウナイのそばに落ちたため、驚いたオウナイは隙を作ってしまった。ランディはそのチャンスに強く斬りかかりオウナイは何とか剣で受けたものの受けきれずに後ろに飛ばされた。
転がるオウナイに向けてランディが剣を振りかざす。
「させません」
ちょうど前のオウナイが倒れたので、カイチックはまっすぐに光の矢を飛ばした。ランディが慌てて下がるが、防御障壁により目の前で光の矢は弾かれる。
そのすきにオウナイは立ち上がった。
リミアは呪文を唱えて防御障壁を強化した。カイチックの攻撃魔法は強烈で、一撃で防御障壁がほぼ無効化してしまうのだ。集中攻撃を受ければ持たないのはわかりきっていた。
オウナイが立ち上がると再度ランディは斬りかかっていった。もうオウナイは後がなかった。剣もがたがた、鎧もぼろぼろ、大きな傷を受けていないのが奇跡のような有様だ。「くそ!」
それでもオウナイはランディの剣を剣で受ける。技術だけなら自分の方が上という自負はある。強化魔法も消耗するはずだから粘れれば勝機はある。
「こそこそと卑劣な」
カイチックは歯がみする。オウナイが倒れればカイチックも勝てない。リミアの防御障壁に守られたランディの剣を受けきれるはずがない。
しかし、そこでカイチックは残忍な笑みを浮かべた。あまり使い勝手の良くないと思っていた魔法を思い出したのだ。カイチックは素早く呪文を唱えると、後ろで何もできなくて立ち尽くしていたガングに迫って肩を叩いた。
「えっ、何です」
するとガングは、すぐに剣を振り上げて走り出した。
「うわーっ、何だ! やめろーっ」
ガングはそのままオウナイとランディが打ち合っている横に走り出た。
ランディは素早くオウナイに向けていた剣を引いて、ガングの脇腹を切り裂いた。
しかしガングの足は止まらなかった。内臓をぶちまけながら、そのまま後ろにいるリミアに飛びかかっていく。
「くっ、リミア、逃げろ!」
「ひどい攻撃魔法、人を操って武器に!」
リミアはひるまず、杖を回して呪文を放つ。ガングがリミアに斬りかかる前に風の魔法でガングの首が飛んだ。
「そこです!」
その間、カイチックは走りながら呪文を唱えていた。
第三者の突入で、オウナイ、ランディ、リミアの位置が直線上ではなくなった。そのすきにカイチックは横に走り出たのだ。
カイチックが杖を振ると、激しい光の束がリミアめがけて、流れ込む。その光は防御障壁を突き破り、リミアの体に降り注いだ。
「きゃーっ!」
リミアの悲鳴が光の中で響く。
「リミア!」
慌ててランディはリミアを助けようと走り出す。しかしそれは悪手だった。オウナイがその隙を見逃すわけはなかった。
オウナイの突きだした剣が、背後からランディの胸を貫いた。
戦いが終わり、オウナイは激しく息を切らせていた。あと僅かでランディに負けるところだった。生き残ったのが不思議なくらいだ。
カイチックも魔力の全てを使い果たしていた。一撃で防御障壁を破るためにはかなり強力な魔法が必要だ。しかも走りながら唱えなくてはいけない。
リミアはガングを魔法で斬り殺した。あのときリミアが魔法を使わなければ、防御障壁を強化され、打ち破ることはできなかったかも知れない。強化魔法と防御障壁を使い続けていたので、十分に弱っていたから勝てたと言える。あれが防ぎきられていたら死んだのはカイチックだっただろう。
しばらくたって体力が回復すると、オウナイは笑い出す。
「ふっ。ランディも馬鹿な奴だ。俺に逆らうんだからな」
「もっとなぶり殺したかったのですがね。仕方がないでしょう」
カイチックも言う。自分たちが苦戦したとは一切認める気は無かった。勝つべくして勝った。それだけだ。
そしてオウナイとカイチックは戦利品として彼らの防具や武器をはぎ取り、ドノゴ村に戻っていった。
ドノゴ村を襲った盗賊たちは、オウナイが到着する頃には全ての仕事を終えていた。
村には誰もおらず、食料の多くは残っていた。盗賊たちは単に詰め込み作業をしただけだ。オウナイ一味は村に火を放ち、その場を立ち去った。
※※
僕はログ。十三歳。ドノゴ村で生まれ育った。
僕のお父さんはランディ。そしてお母さんはリミア。元々は冒険者だったらしい。あと、僕には二歳下の妹レクシアがいる。
その日、僕の平穏な生活は唐突に破られた。盗賊の集団が僕の村を襲撃したからだ。
自給自足を営んで、あまり外との交流をしない村は多い。僕の住むドノゴ村もそういう何の変哲もない村だった。もちろん近隣の村との交流はあるけれど、普段から行き交うというほどのことはない。村を出れば危険な魔獣や盗賊たちがいる。必要がない限り、頻繁に外に出ようとはしないのが普通だ。村にも盗賊に対する備えはある。でもやっぱり限界はある。ほとんどが農民だし、大人数で襲われたら追い返すのは難しい。
それでも僕らの村はとても盗賊に強い村だった。それは僕の父さんと母さんのおかげだ。父さんと母さんがいろいろな対抗手段を村の人たちに教えて村の防衛力を上げたみたいだ。細かいことはよくわからないけど。
緊急事態の鐘が鳴ると、父さんと母さんは、真っ先に家を飛び出していった。僕らの家は村の入り口そばにあるのでこういうときの反応は早い。僕とレクシアは、お互い身を縮めて家の地下蔵に隠れた。だんだん外が騒がしくなる。外の様子はわからないけど、周りの状況がどんどん悪化してきている事はわかった。
それから僕らはじっと合図を待っていた。外は静かになったり騒がしくなったり。でも静かになったからといって、僕らは不用意に外に出たりはしない。そう教えられている。
どれくらいたったのだろう。ノックがなった。初めから教えられていたサインどおりだった。僕らは地下蔵から這い出た。やはり父さんと母さんだった。差し込む光で、もう日が沈む頃だとわかった。
僕らは旅支度をして家を出た。逃げながら父さんたちの話を聞く。
どうやら厄介な盗賊が来たので、一度村を捨てることにしたみたいだ。こんなことは初めてだ。父さんたちは村の住民を全て逃がし、逃げ遅れた人がいないか確認していたら遅くなったようだ。何しろまともに戦えるのは父さんと母さんだけ。全然手が足りなかった。
僕らが最後みたいだ。急がないといけない。追い返した盗賊たちはいつ戻ってきてもおかしくないから。僕らは身を伏せながら父さんたちに促されるまま村を出た。
「きゃっ」
村の裏から森に出て少し進んだところで、先行していた母さんが倒れた。父さんが駆け寄ると、挟み罠に足を取られている。父さんは剣で罠を外した。母さんは魔法で自分の傷を治す。遠くに光が見えて、がさがさと人が集まってくる音がした。
「事前に罠を仕掛けていたのか」
父さんが悔しそうに言う。
「油断していたわ。こんなものに引っかかるなんて。みんな無事に逃げ切れたかしら」
母さんは緊張した面持ちで言った。父さんたちは村にいたから、逃がした人たちの動向はわからないのだと思う。
「奴らを甘く見ていたか。勘が鈍ったな」
でも、父さんの判断は速かった。
「ログ、今から母さんが南に光を飛ばす。その中をレクシアと走り抜けろ。そうすれば罠にはかからない。レクシアを守るんだぞ」
「父さんは?」
「いいから行け」
父さんは荷物を僕に押しつけた。長い呪文を唱えていた母さんは、手を前に伸ばし光を放った。その光はまるで通路のようだった。
「早くしろ!」
僕はレクシアの手を引いて走った。レクシアは抵抗しようとしたけど、僕は手を放さず全力で走った。
「お母さーんっっ」
レクシアの声が後ろに響いた。
あの魔法がなんなのかは僕にはわからない。初めて見るものだった。きっと母さんは僕には知らない魔法をたくさん知っているのだと思う。
光の通路がなくなっても僕らは走った。レクシアはもう抵抗しなかった。父さんたちがいるから大丈夫だとは思うけど、こちらにも別の盗賊がいるかもしれない。
僕はレクシアの手を引きながら走り続けた。でも急に手が重くなって僕は立ち止まった。僕はやっと気がついた。まだ十一歳のレクシアには限界がある。
僕らは夜が明けるまで木陰に隠れて眠ることにした。