(36)オウナイ一味の最後2
「ちょっと待て。話し合いをしようじゃねぇか」
オウナイが両手を挙げて言う。
「ちょっと、父さん。何を言っているんだ」
エイクメイは抗議するが、オウナイはエイクメイを後ろに追いやって前に出た。キャロンも前に進んでくる。盗賊たちが更に後ろに下がった。
「おまえら、冒険者だろ。この城を調査して、住み着いている奴を追っ払おうってわけだ。俺たちの負けだ。大人しく出て行く。おまえたちの依頼料の十倍支払うから、それで終わりにしてくれ」
「何を言うんだ。せっかくのお宝だぞ!」
エイクメイはまた前に出ようとしたが、それをカイチックが押さえる。
「俺たちは結構金を貯め込んでいる。冒険者は金で依頼を受けるんだろ。わざわざ危険な事しなくても儲けられるんだ。文句はないだろ」
かまわずオウナイが続けた。
キャロンは笑った。
「勘違いをしているようだな。確かに私たちはグレスタで依頼を受けた。調査依頼と討伐依頼だ。ちなみにおまえたちは順風亭で依頼を探していたようだが、討伐依頼の方は指命依頼にしてもらったんで、張り出されていない」
オウナイは舌打ちする。冒険者の宿を見張っていても何も出てこなかったはずだ。つまり、先回りされていたって事だ。
「だから、その依頼料の十倍払うって言っているんだよ。その依頼者だって、俺たちがここを出て行けば文句ねぇだろ」
オウナイは叫ぶように言う。しかしキャロンは笑みを崩さなかった。
「それが勘違いだと言っているんだ。私たちが先に依頼を受けたのはダグリシアだ。その内容は奪われた財宝類全てを回収すること、そして盗賊の生死は問わない」
オウナイの顔が青ざめる。
「ダグリシア、だと」
「付け加えるとよ。ダグリシアでおまえたちの仲間を殺したのは私だぜ。まさか、そのせいですぐに逃げられるとは思わなかったけどな。わざわざここまで遠征しなくちゃならない羽目になったぜ」
アクアが言った。
「そういうわけだから。命乞いを聞くつもりは全くなし。殲滅よ。せ・ん・め・つ。お宝も全部回収させてもらうわね」
ベアトリスは嬉しそうに言った。三人が横に並ぶ。
「じゃあ、始めようか」
キャロンは一歩前に踏み出す。
そこからは一方的な殺戮だった。
アクアの剣が問答無用に盗賊たちの首を飛ばしていく。キャロンの魔法で盗賊たちは切り裂かれていく。ベアトリスは戦闘に参加する気は無いようで、ちょろちょろと逃げ回っているだけだ。
このままでは本当に殲滅されてしまう。オウナイは盗賊たちを後ろに下がらせ、自らがアクアに斬りかかった。
「ウォー!」
魔法の方はどうにもならないが、赤毛の女性なら倒せると踏んだ。確かに配下の盗賊では手も足も出ない戦士だが、騎士の剣を突き詰めたオウナイから見れば、彼女の剣は甘すぎる。対人に特化されていない。オウナイとアクアは剣を激しく打ち合った。
「それなりにいける口だな」
「てめぇとは年期が違うんだよ」
オウナイの剣の勢いは更に増す。激しいオウナイの攻めに、だんだんアクアは防戦一方になっていった。オウナイの剣が体をかすめ始める。
「おらおら、むき出しの肌が傷だらけになるぜ」
アクアは剣をはじき飛ばされないようにするだけで精一杯だった。一瞬オウナイが引いたので、思わず前に踏み出すが、それは罠だった。
「終わりだ!」
アクアの剣はオウナイの防具で弾かれ、オウナイの剣がアクアの腹を鋭く薙いだ。アクアは後ろに吹き飛ばされた。
カイチックはキャロンに対して、次々と攻撃魔法を放った。キャロンはそれを迂回しながら、防御魔法で防ぎ、電撃や熱線などの攻撃魔法を返していく。
しかし、攻撃魔法の威力自体はカイチックの方が勝っていた。雷の矢はキャロンの防御をはね飛ばし、魔法の剪断は体術で避けるしかなかった。宮廷魔術師団副隊長の頃から、カイチックは魔法は攻撃魔法以外に必要ないと考えていた。だから、攻撃魔法の威力は強烈である。アクアがこれに耐えられること自体がおかしいのだ。
「攻撃魔法のみが真の魔法なのです。あなたのように他の魔法にうつつを抜かしているから、威力が弱いのですよ」
「なるほど。確かに私の攻撃魔法はあんたの足下にも及ばないようだ。少しだけ見直したよ。しかし、お仲間がどんどんダメージを受けているが、いいのか」
キャロンは魔法の盾でカイチックの攻撃魔法を弾きながら、言い返した。カイチックは周りの被害を考えずに、矢継ぎ早に炎や雷を打ってきていた。盗賊たちは逃げ惑っているが、キャロンが動き回るので、被害は増える。
「そうですね。逃げられない魔法でも使いましょうか。それで終わりです」
カイチックはそばにいた盗賊二人の肩を叩いた。
「え」
「何です。カイチックさん」
すると、二人はいきなり走り出す。
「うゎ、なんだ」
「体が勝手に!」
二人は二手に分かれて、キャロンの左右を大きく回る。
「人間ボウガンと言ったところですかな。ほら、後ろから来ますよ」
そしてカイチックは魔法を唱え始める。キャロンの逃げ道を塞いで、大技で決めるつもりのようだ。
「なるほど。受けるとまずそうな魔法だな」
キャロンがつぶやいた。
エイクメイは逃げるベアトリスを追いかけながら剣を振っていった。
「こら、逃げるな」
「チェリーちゃん。ここまでおいで」
ベアトリスはからかうように腰を振って、エイクメイをあおる。正面に盗賊たちが立ちふさがっても、素早くその隙を抜けて行く。そのせいでエイクメイの剣が盗賊たちに当たってしまい、エイクメイが謝罪するという喜劇が起こる。ベアトリスはキャロンとアクアを見て顔をしかめた。
「ねぇ、いつまで遊んでいるの。早く退治してよね」
アクアは倒れなかった。下がったその場で剣を構える。
「何だと?」
オウナイは目を剥いた。確かに腹を薙いだはずなのに、斬れた様子がない。アクアは軽く腹をさする。
「やっと私から攻撃できるぜ」
アクアは走り出した。そのままの勢いでオウナイに向かって斜め上段から振りかぶる。
「馬鹿にするな!」
その正直すぎる剣を、オウナイは剣で弾き落とそうとした。しかし、剣には何の手応えもなかった、そしてオウナイの体は右肩から左脇腹までまっすぐに斬られていた。
「な、にが」
アクアは血を流しながら倒れるオウナイの前に立つ。
「私も魔術師なんだよ。剣に魔力を込めると、どんな金属も斬ることができるのさ。私の剣を剣や防具で防ぐことは無理だぜ」
キャロンは杖を槍のように立てて広範囲に水を飛ばした。カイチックはさすがに避けきれずに水浸しになる。カイチックはそれでも呪文を止めなかった。キャロンの上空に黒い雲のような物ができた。
「その程度で集中力を切らす私ではない。これで終わりです」
後ろ左右から剣を構えた盗賊たちが飛びかかってくる。
「止めてくれ!」
「助けてくれ!」
キャロンがその二人に向かって杖を降り、飛び出た風の刃で切り裂いて殺す。その時、上空の雲から光が飛び出した。しかし、すぐにその雲は霧散して消えた。光もキャロンに届く前に消えた。
「な、なぜ」
その瞬間カイチックは膝を突いて倒れた。何が起こったのかわからない。キャロンがゆっくり近づいてきた。
「私がかけた水には魔力を強制的に吸い出す仕掛けを施しておいた。おまえが大技を仕掛けるのを待っていたんだよ。あの雲の魔法がおまえの全ての魔力を吸収して壊れた」
「呪文を唱えたのに私の魔力が全て吸い出されるわけが・・・」
「ああ、細かい説明が必要か。あの水の効力は呪文の効率を著しく落とすことだ、そのせいで発動した魔法の維持のために、その人間の魔力を強制的に吸い出してしまう。面白い仕掛けだろ。私のオリジナルだ。あの雲は確か賢者ローダースが作った魔法だったな。思い出したよ」
そしてキャロンは杖を振りかぶると、まだ動きがとれないカイチックの頭を殴った。
「この杖は頑丈に作っていてな。武器としても使える」
カイチックの頭は陥没し、カイチックは口から血を吐いて倒れた。
エイクメイの剣は味方を切り裂いていた。ベアトリスを狙っているはずなのに、なぜか剣を振ると仲間の盗賊を斬ってしまう。エイクメイは立ち止まって。周りを見渡した。辺りは血に染まっている。生きている仲間を探そうとするが見当たらない。そして、父親とカイチックが倒れているのを見た。
「父さん、カイチック・・・」
「私はここよ」
そばでベアトリスの声がした。エイクメイが剣を振ると、なぜかその剣は自分の腹を突き刺していた。
「はい、当たり」
エイクメイは自分の命が消えるのを感じた。
盗賊全員の息の根を止めて、三人は集まった。
「遅いわよ。何でアクアは正直に打ち合うのよ。いつも通り普通に斬れば一瞬で終わるじゃないの」
ベアトリスがアクアをにらむ。
「私より剣の腕が上の相手と打ち合う機会は少ないじゃねぇか。少しは練習させろよ。そんな事言うなら、キャロンだってやたらと時間かけていたぞ」
アクアが答えた。
「ああいう攻撃魔法フリークを相手にすると、どうしても攻撃魔法以外で殺したくなるんだ。その方が屈辱的だろう。まさか搦め手の魔法で負けた上に、殴り殺されるとは思っていなかっただろうな」
キャロンがにやりと笑った。
「性格悪っ」
ベアトリスが言うと、キャロンもベアトリスに目を向けた。
「そもそもあんたは戦ってすらいなかっただろうが。私とアクアとカイチックの暴走で殲滅したようなものだぞ」
「だって、私、魔女だし。それに結界を維持したり盗賊を捕まえたりと、いろいろやる事はあったのよ」
ベアトリスが口を尖らせる。
キャロンが念を押す。
「ログたちへの盗賊はちゃんと捕まえているんだろうな」
キャロンが言う。
「大丈夫、逃げようとした盗賊四人をちゃんと結界に閉じ込めておいたわ」
キャロンはふっと息をつく。少し時間はかかったが予定通りだ。
「よし、じゃあ、宝を荷台に積み込もう。急ぐぞ」
「二階だな」
「今この部屋の結界を解くわね」
ベアトリスが合図すると、アクアは階段を駆け上がっていった。そしてベアトリスは宙を見ながらつぶやく。
「ログたちは三階に降りてきたわ」
この城で起こることをベアトリスは読み取ることができる。やっていることは以前のキャロンの魔法に似ているが、方法はまるで違う。ベアトリスは壁に魔法文字を記載することで、城全体を擬似的な魔道具に変えていた。
「だったらあまり時間が無いな」
キャロンは髪とペンを取り出して、手紙を書き始めた。
「ログ宛の手紙?」
「生き残れたらな。さすがに四人相手だと五分五分だ。勝てれば報酬がもらえる。勝てなければ死ぬ。それが冒険者だろう」
「なんか、キャロンは冷たいわよね。あんなに可愛い子たちなのに」
ベアトリスはむくれながらも、城内の盗賊たちやログたちの動きを見張っていた。
「よし、できた」
キャロンは手紙を壁に貼り付け、大きな首掛けのメダルをその下に置く。
「あ、私も書き加えることがある」
「勝手にしろ。私はアクアの手伝いに行ってくる。ベアトリスはタイミングを見計らって、ログと盗賊たちをぶつけろ。隠し扉の開け方はわかるな」
「キャロンの魔法は把握したから大丈夫。今ちょうど、四階の奥の部屋にログが入ったわ。盗賊たちは三階まで来たところ。音でログのいる方に誘い出している」
「任せた」
キャロンは二階に走っていった。ベアトリスは目をつぶってつぶやいた。
「レクシア、ログ、死なないでね」




