(35)オウナイ一味の最後1
翌朝、ログとレクシアに仕事の話を伝えた後、五人は宿を後にした。
五人と言っても、泊まっているのは二人ということになっているので、堂々と外にでられるのはアクアとキャロンだけ。
ログとレクシアはいつも通りベアトリスの認識を消す魔法で裏口からそっと外に出る。もちろん町の門を出るときも同じだ。
「歩いて行けば昼前には着くだろう。ログとレクシアは私の魔法で強化してやる。じゃないと、城に着く頃には倒れてしまうだろうからな」
キャロンはそう言ってログとレクシアに魔法をかけた。ログとレクシアは緊張した顔で三人の美女たちに着いていった。
歩きながら、ログはキャロンに話しかけた。
「この依頼をした人はどんな人なの」
「冒険者は依頼内容を人に話してはいけない。・・・だが、おまえたちには必要か」
キャロンはモンテスのことを話した。そしてついでに城の生い立ちも説明する。
「盗賊が住み着いたのは最近なの?」
今度はアクアが答えた。
「一月前はいなかったらしいぞ。この城はもうずっと使われていないんだ。依頼者のジジイは月に一回くらい散歩がてら来ていたようだな」
それからもログは色々と尋ねてきた。どうやら初めての冒険で気が逸っているようだ。
そして、太陽が上に昇りきる前に、五人は城に着いた。ログが緊張した面持ちで再度キャロンに尋ねる。
「何でこんな寂しい森の中にあるの」
森の中にひっそり佇む小さな城は怪しい雰囲気がある。もう何度も来ているキャロンたちはあまり気にならないが。
「何十年も城としては使われていない。元々この周りに町があったようだぞ。手狭になったから発展するためにあの場所に移動したんだ。領主も城じゃなくて町の中の館に住んでいたようだ」
アクアたちは城に近づいていく。
ログとレクシアは疑問に感じた。盗賊がいるのなら見張りがいるはずだ。これだけ堂々と近づいてバレないわけはない。しかし彼女たちは気にした様子がない。
「うん、まだ全員中にいるわね。早速始めましょう」
「じゃあ、行くぞ。準備しろ」
ログとレクシアの任務には危険が無いと言うことになっている。彼らの役割は上の階から下って、城の内部に異常が無いか確認してくることなのである。城に住み着いた盗賊をキャロンたちが討伐し、それと並行してログたちが調査する。もし盗賊が来たらログたちには隠れるように言われている。
ログとレクシアの持ち物を全て荷物袋の中に入れ、キャロンが背負った。そしてログとレクシアを抱き合わせる。
キャロンの飛行魔法で一気に塔のてっぺんに行く予定なのだが、キャロンの飛行魔法は自分以外の物を運ぶように設定されていない。だから、この二人を荷物として抱えて飛ぶことになる。以前と違うのはベアトリスの結界で包まれていないので、ベアトリスのサポートを得られないことだ。だから二人には一つにまとまっていてもらう必要がある。
「落とされたくないだろ。もっと強く抱き合え」
キャロンは二人に命令する。兄妹は更にしっかり抱き合った。実際には冗談だ。それほど強く抱き合わなくても、風の魔法で支えるから大丈夫なのだ。
「うーん、まだよね。じゃあ、もっと完全に繋がっちゃえば良いわ」
ベアトリスが調子に乗る。
「おっ、それは良いな」
アクアも便乗した。
「じゃあ、時間が無いから急いで○○になれ」
キャロンも二人の意図を覚って、あおる。
ここでも三人の悪のりが大々的に発揮された。
ログとレクシアを抱えて飛ぶキャロンを、アクアとベアトリスが見送る。
「あーあ、これであの二人の○○も見納めなのね」
「さんざん楽しんだんだから、良いだろ。私はさすがにもう飽きた」
キャロンが塔の頂上に入った。空気がきしむ音がした。ベアトリスが言う。
「結界が壊れたわ」
ベアトリスの作った結界がキャロンの突入で解けた。その時、城の屋根から小さな動物が降りてきた。そしてよたよたしながら森に逃げていく。
「あれが霧の魔獣か。ずいぶん弱っていたな」
「城に霧がかかっていなかったくらいだから、もう死ぬ寸前だったんじゃないかしら。二回りくらい小さくなっていたし。あと一時間保ったかどうか」
「まぁ、魔獣なんだから殺されなかっただけで運が良かったんだろ。行こうぜ」
アクアとベアトリスは、城に向かって走り出した。
※※
カイチックが駆け寄ってくる。
「何か魔法をかけられたのですか。誰に会ったのです」
「わからない。誰にも・・・」
その時カイチックは空気が揺れるのを感じた。
「ん、何だ。これは」
カイチックは声を上げた。エイクメイは驚いてカイチックを見る。カイチックは周りを真剣な目で見渡した。
「これは、魔法をかけられていたのか」
「どうした、カイチック。エイクメイに続いておまえも変になっちまったか」
オウナイが言う。しかしカイチックは厳しい表情で声を上げた。
「何かの攻撃を受けています。皆さん。武装してください」
盗賊たちはすぐには動けない。
「おい、野郎ども、カイチックの言うことがわからないのか、すぐに戦闘準備だ!」
オウナイはすぐにカイチックの意図を読み取って命令する。
オウナイにもカイチックが何を言っているのかはわからない。しかし長年一緒に行動してきて、カイチックが冗談を言うような人間ではないと知っている。全員がわらわらと動き出す。それでもエイクメイはおろおろとしていた。
オウナイはカイチックのそばによる。
「何があった」
「正確にはわかりません。しかし、ここにいた全員が魔法の影響下にあったのは間違いないでしょう。道具を使った儀式魔法の可能性があります。そもそもエイクメイとホーボーが戻ってきたこと自体が異常です」
盗賊たちが武装して集まってきた。ちょうどその時、正面の扉が開く。
「よう、久しぶり」
「元気してた。良い夢は見られたかしら」
一人は紅毛でビキニアーマーの小柄な女性。もう一人は長い黒髪でローブをまとった女性だった。
「貴様、あのときの!」
盗賊たちが叫ぶ。
「あっ!」
エイクメイは黒髪の女性を見て記憶を取り戻した。グレスタへの道で出会った女性。ベアトリスはエイクメイを見てにんまり笑う。
「チェリーボーイちゃん。初体験はどうだった」
そこにオウナイが割り込んでくる。
「そっちの女が例の仲間か。二人揃って来てくれるなんて、ご苦労なことだな。手間が省けたぜ」
「油断しないように。彼女たちは卑劣な魔法を使うようです」
カイチックが言う。
「手間を省いたのはこっちの方だぜ。とりあえず全員集めたかったんでな。ちりぢりになっていると面倒だろ。こうして集めちまえば、あとは全員ぶっ殺せば良いだけだ」
「そうそう。とりあえず、もう逃げられないようにしたから」
アクアとベアトリスが交互に話すと、カイチックは二人をにらみつけた。
「まさか、結界魔法か。邪道な魔法ばかりを」
「魔法に邪道も正当もないのよ。そんなんだから私に良いように操られるの」
盗賊たちはアクアとベアトリスを囲った。アクアの背後から一人の盗賊が斬りかかる。それが戦いの合図となった。
アクアは剣を打ち返すと、その勢いで男の懐に潜り込み、剣を突き上げた。男は首を貫かれて倒れる。背後から斬りかかってきた盗賊の剣をアクアはぎりぎりで避け、勢いのまま横に振り抜いて男の首を切り落とした。アクアは盗賊たちの剣を恐れず至近距離で、剣を振り回す。そうすると盗賊たちは同士討ちを恐れてうまく攻撃できないのだ。
アクアの剣で横から切りかかってきた盗賊の腕が飛ぶ。アクアは正面の男に腹に剣を突き立て、すぐに蹴り飛ばした。男は内臓をこぼしながら倒れた。
「弱い、弱すぎる。もっと真面目にやれよ」
アクアが吠えた。
ベアトリスもまた、囲まれていた。次々と剣が振り下ろされる。しかしベアトリスはゆらりゆらりとその剣を避ける。どの盗賊の剣もベアトリスには当たらなかった。ベアトリスは一人の男の剣を避けて、その手を握る。
「はい、痺れちゃいましょう」
鋭い電撃を受けて、その男は剣を落として倒れた。ベアトリスはその男の喉を踏みつぶした。
「女の子に乱暴しちゃダメよ」
ベアトリスは笑う。
「こいつら、戦い慣れしてやがる。おまえら、いったん離れろ!」
戦況の悪さにオウナイが叫んだ。技術の無い盗賊たちが闇雲にかかっていっても被害が増えるだけだ。オウナイは彼らに剣を指南したが、彼らが真面目に修行をしたわけはなく、無抵抗な農民たちを殺すのに十分な力をつけたところで技術が止まっている。冒険者や衛兵たちと斬り合う能力があるわけじゃない。ましてや乱戦での立ち回り方など理解していない。
再度アクアとベアトリスの周りに空間ができる。
「私の出番ですね」
カイチックは素早く呪文を唱えて杖を振った。横薙ぎの風が二人に襲いかかった。盗賊たちは慌てて逃げた。しかし、逃げ遅れた盗賊の二人がその風で胴体を裂かれて転がった。致命傷ではないようだが腹を押さえてうめいている。
「おい、気をつけろ」
オウナイがカイチックに叱責する。しかしカイチックはまっすぐ前を見たまま固まっていた。
「何だと?」
「なかなかの威力だな。まぁ、私の肌には傷をつけられないみたいだが」
切り裂く風の攻撃を受けたアクアはまるで何事もなかったかのように立っている。
「乙女にそんな攻撃はダメよ」
カイチックの背後でベアトリスの声がした。ベアトリスも切り裂く風の攻撃を受けたはずなのにその場から消えていた。
「何をした。貴様ら!」
カイチックが二人から離れるように動きながら叫ぶ。
「私は何もしていないぜ。単におまえの攻撃が柔だっただけだ」
「ここは私の結界内なのよね。魔法の攻撃を避けるくらい訳ないわよ」
「くそっ!」
カイチックの方も油断していた。もっと本気の魔法を使う必要があった。
オウナイも二人から避けるように動いた。そして盗賊たちに目配せする。何人かの盗賊が二階へ逃げていった。
「奴らを囲え」
オウナイが叫ぶと、盗賊たちは剣を構えたままアクアとベアトリスを囲った。戦力的にはかなり格上のようだが、相手は二人しかいない。まだ勝算はある。
「お頭、ダメだ。上に行けない」
その時、二階に逃げた盗賊が戻ってきた。
「だから、私の結界の中だって言っているでしょ。一人も逃がさないわよ」
盗賊たちに囲まれたまま、ベアトリスはにやりと笑った。
その時、扉が開いてまた別の人間が入ってきた。青い髪を結んだたくましい体付きの女性だった。
「あいつは! あいつが赤髪女の仲間だ!」
エイクメイが叫ぶ。
「何だと。あの黒髪が仲間だと言わなかったか」
オウナイが言う。
「違う。あの黒髪の女は今朝初めて出会った女だ。赤髪女の片割れはあいつなんだ」
キャロンは中に入るなり辺りを見渡す。
「アクア、ベアトリス。何を遊んでいる。面倒だからもっと減らしておいてくれ」
アクアが答えた。
「こいつらがあまりかかってこなかったんでな。ま、こっちから行けばすぐさ」
「私は結界を張るのに忙しいの。醜男の相手はアクアとキャロンでやってちょうだい」
ベアトリスは肩をすくめる。
キャロンが前に出た。その隙を突いて後ろに回った盗賊が、扉から出ようとするが、扉は開かなかった。
キャロンはそれを横目で見る。
「器用だな。外からは入れて中からは出られない魔法結界か」
「そうよ。だから私たちも外に出られないの」
キャロンは扉を開けようと必死になっている盗賊に向かって手のひらを突き立てると、火球を打って殺した。盗賊たちがどよめいた。




