(34)レクシアの修行2
それから私はキャロンさんと簡単に昼をすませました。私は魔法のことを考えながらふとつぶやきました。
「さっきの修行、お兄ちゃんの方がうまくできるのかな」
するとあっさりキャロンさんは返してきました。
「ん? まぁできるだろうね。たぶん簡単に」
言われてまた落ち込みます。お母さんにも言われたのです。私には魔法の素質があまりないと。落ち込む私をキャロンさんは後ろから抱きかかえました。またエッチなことされるのかと思って緊張してしまいます。でもキャロンさんは何もしませんでした。
「まだ気にしているのか。魔力の強さは関係ない。確かにログの方が魔力に対する相性は良いからこの程度の技術はすぐに覚えられるだろう。だが、だからといって優れた魔術師になれるわけじゃない」
しかし私の気が晴れることはありません。キャロンさんは続けます。
「たとえば私たち三人の中で一番魔力が大きくて魔力との相性が良いのはアクアだ。そして私たちの中で一番魔力がないのがベアトリスだ」
「え、嘘」
衝撃的な話でした。
「本当の話だ。でもアクアは魔法をあまりうまく使えない。修行していないのではなく、魔力が強すぎて細かい魔法が使えない上に、連発に向いていない。だから普段は剣に頼っている。ベアトリスは私たちの中では魔力は多くないが、知っての通り魔女を自分のスタンスにしている。実際使える魔法の種類も多いし、魔法のコントロールも私たちの中で一番うまい」
「魔力の強さとか、相性ってどういうことなんですか?」
私にとってはどうしても理解しにくいことでした。
「魔力の強さは言ってみれば体の大きさだ。相性の良さというのは筋肉の付きやすさになるかな。そんなイメージだ。レクシアは魔力で言えば小柄、だから大柄の人には単純な力で勝てない。アクアは大柄どころか巨人。戦えば大きい人が有利というのは変わらないが、大きい人ならではの隙があるから、実際の戦闘ではどっちが強いとは言いがたい。魔力との相性で言えばレクシアは筋肉がつきやすい方ではない。ログの方がはるかにつきやすい。つまり相性が良い。でも筋肉がつきやすいと言うことは一方向の力に偏りやすいと言うこと。だからちゃんとした師に付かない限り、修行も失敗しやすい。実際に魔力との相性がいい人ほど残念な結果になる事が多い」
後ろから優しく抱きかかえられるのが妙に気持ちいいです。そんなこと思っていたら、見透かされてしまいました。
「さて、いつまでも赤ちゃんのふりしてないで立て。次の練習をするぞ」
キャロンさんは私を解放しました。
それからキャロンさんは歩きだすと、先ほどの杖を手に取りました。
「レクシアはまだできないだろうが、魔力は放出するだけじゃなくて、こういうものにとどめておくこともできる」
そして杖をくるくると回します。
「杖が立っていたのは私がこの杖に魔力を与えていたから。もちろん石がくっついていたのも同じ。レクシアが放った魔力は石だけじゃなくて杖にも当たっていた。でも杖は倒れずに石だけが落ちる。理由がわかるか?」
「くっつける力の強さが違っていた?」
「そうなる。正確に言うと杖は先端から魔力を放出して地面をしっかりつかんで立っていた。一方石は落ちるのをとどめるという程度の力で抑えられていた。高度なものはベアトリスが得意だ。昨日の髪飾りを覚えているだろ」
なるほどと思います。髪飾りをつけると精神体が実体化するなんて、かなり複雑な仕組みです。魔法と言われればそれまでなのですが、やって見ろと言われてできるイメージがありません。
「そしてあれくらい複雑なものを作ろうとすると呪文を使うことが多い。呪文を習いたいんだよな」
そうです、忘れていました。攻撃の呪文を教えてくれるという話です。
「呪文を使えば魔力の節約になるし、複雑な技を練ることもできる。ところが決まった呪文というものはない」
キャロンさんはなぞなぞのようなことを言いました。
「決まった呪文がない?」
「もちろんそれを否定する魔術師たちも多い。呪文とは決まったものであり、それを唱えれば目的を達することができると」
「私はお母さんに教わった呪文で魔法を掛けてきました」
なかなか納得しづらい話です。決まった呪文がないなら呪文というのはいったい何なのでしょうか。
「確かに。実際そう思い込んでいる人は多いだろうな。私は魔法は頭に明確なイメージを作っていることが重要で、それを形にしやすい音の流れが呪文だと思う。レクシアも呪文の言葉だけを覚えたのじゃなくて、母親の発音を真似ただろ」
確かにそうです。書かれている呪文を読んでも力が発動しませんが、お母さんの声まねをしたら使えるようになりました。
「私が使う魔法は見たり聞いたりしたのをアレンジしたものだし、呪文も適当。だけどしっかり発動する」
「言葉はなんでも良いって事なの?」
「私はそう思っている。だからそういう訓練をする」
言ってキャロンさんはまた歩き出しました。私も付いていきます。キャロンさんは一つの木の前で立ち止まりました。軽くたたいて硬さを見ています。
「これくらいがちょうど良いか」
人の足程度の太さで、枯れかけた木です。何度か体当たりすれば折れそう。
「この木を倒すとしよう。どんな魔法で倒したい?」
私は少し考えます。
「光の矢みたいなので真ん中から折る」
「なるほど、じゃあまずは呪文を使わずに意識だけでその状況を作ってあの木にぶつける。実際に魔力を放出する必要はない。常に意識を広く持ちながらも、イメージに集中してリアルに感じるまで続ける」
私は言われた通りイメージで光の矢を描いてみました。でも、どうにもぼやっとしてよくわかりません。試しに投げるポーズをしてみましたが、全然リアリティを感じませんでした。それでもとにかく続けてみます。イメージは固まってきません。その光の矢は長いのか、短いのか、どんなポーズで投げれば良いのか。集中してやっているとおしりをねっとりと触られました。かなり思い切り。
「うぁ」
驚いて跳ねてしまいます。
「意識が偏っている。さっきと同じだ。同じ事を言わせるな。もっと体全体に意識を持つ。自分の形にこだわらずにイメージにこだわる」
普通に声を掛ければいいのにと思います。でもやるしかありません。再び集中してイメージの光の矢を投げてみました。何度もやっているとだんだんリアルに感じがつかめてきました。
光の矢は掌でちょうどつかめるくらいの太さ。長さは自分の身長くらい。それは以前見たキャロンさんの光の矢に似ている気がします。
私は後ろに気配を感じて振り返りました。すぐ背後にキャロンさんがいます。
「今度はばれたか」
良かった。褒められた感じがして、少しうれしくなりました。
「だいぶイメージは固まったみたいだから、一度だけ本当に魔力を放出してみよう。多少複雑だからあまり強く魔力を出し過ぎると、レクシアの場合は使い果たす可能性がある。手加減しろ。その代わりイメージになぞらえているかどうかに注意」
私の魔力では一発勝負らしいです。私は思い描いたイメージに自分の放出する魔力を乗せていきました。ところが、形を作ろうとすると、思った以上に力が吸い上げられます。私は慌てて力を抜きました。
「こんなに?」
さっきはただ魔力を放出するだけでしたが、光の矢の形を空中に作ろうとすると比較にならないくらい魔力が消費されます。
「手加減て言っただろ。本当に木を破壊するわけじゃない。その魔法のイメージを形にするだけ」
私はこれがかなり大変な作業であることを感じました。もう一度挑戦してみます。感覚を広げて、外の魔力を吸収するイメージを持つ。そしてその状態で、さっきのイメージをなぞっていきます。崩れかけていたイメージを頑張って修正し、光の矢の形だけつくって、自分の体の動きに合わせて投げました。しかし光の矢は私の手から離れた瞬間に消えました。私は崩れて膝を突きます。周りの魔力を集めようと感覚を広げました。形だけのはずなのに、木に届くまで魔力を維持することはできません。
「まぁまぁか。もう少し効率よく繋げられると良かったが」
キャロンさんの評価はそれほど良くないようです。でも続けてやれるほどの魔力は残っていません。
「さて、早く立つ。座ってたら○○よ」
私は重い体を何とか持ち上げました。魔力の回復に努めます。確かにこの魔力切れに関しては、一生懸命魔力を集めようとすれば回復するようです。
そしてここから私は光の魔法の呪文を作りあげるのですが、その詳細の説明はできません。だって、恥ずかしいことさせられながら、卑猥な言葉を叫び続けさせられるなんて思わないでしょう。もう最後の方はやけになっていましたよ。とにかく、呪文が完成した瞬間に私は失神してしまいました。
私が起きたとき、キャロンさんはにやにや私を見ていました。
「やることがひどすぎます」
「何言ってる。おかげでイメージと言葉の繋げ方がわかっただろ」
そして続けます。
「ほら、仕上げだ。急ぐ」
キャロンさんは私を立たせて、また木の前に連れてきました。
「今度は身振りと呪文を合わせて魔法を放つ。魔力の放出の調整はうまくいかないだろうから、私がコントロールする」
キャロンさんが後ろから私の体に触れます。
「良いよ、やって」
私は始めます。せっかく完成した呪文なんだから使ってみないといけません。全身に意識をまわし、頭にイメージを組み立て、そして手振りをつけていきます。
「ほぎい、ちゃむぅ、もっとぉ、なぐ」
私の手の間に光の矢が生まれました。力が持って行かれそうになりますが、キャロンさんに強く抱かれると力の放出が止まります。
「いだし、でぃ」
私はスムーズな動きで手に集まった光を投げ出しました。成功です。私の光の矢はしっかりと木に刺さりました。そして消えます。
「できた……」
私は自分の手で攻撃魔法が出せてうれしくなりました。お母さんに何度教わっても使えなかった攻撃魔法。
「三十点」
でもキャロンさんは冷たく言いました。
「一撃でへし折るくらいの力がないと意味がない。そもそもそういう魔法を作りたかったはずだ」
言われて気づきました。私の光の矢は木に刺さっただけで消えてしまいました。予定とは違います。だけど少しくらい褒めてくれても良いと思うのです。
「だって」
キャロンさんは厳しい目で私を見ていました。私も背筋がしゃんとしてしまいます。
「なんで木が折れなかった?」
キャロンさんが尋ねてきました。なぜでしょう。私にはわかりません。
「魔力が足りなかった?」
思いつく答えを言ってみました。そもそも私の魔力は少ないはずです。だけどキャロンさんは首を振りました。
「魔力を乗せればもちろん強い攻撃力になる。でもそれなら呪文に頼る必要はない。特にレクシアは魔力が少ないのだから、魔力の使用を最小限に抑えて最大の能力を出さなくてはいけない」
呪文に魔力を乗せると力が上乗せさせられるようですが、私の場合はそれほど魔力が多くないので、魔力を乗せずに呪文を使う必要があるようです。
「呪文が、違ってた?」
それがもう一つの可能性だと思ったのですが、またキャロンさんは首を振りました。
「呪文が違っていたら、そもそも魔法が発動しない。もちろん魔力で無理矢理発動させることもできるが、意味が無いだろ」
もう私にはわかりません。私がうなだれながら考えていると、キャロンさんが答えを言いました。
「初めに言っただろ。イメージが大切だと。レクシアはあの木を倒す光の矢のイメージを作れていなかった。形は光の矢で思った通りに飛んだかも知れないが、それがどれだけの威力を持っているかをまるでイメージしていない。あの呪文で発動できるのはレクシアのイメージどおりのものだけだぞ」
私は愕然とします。だとしたら私の魔法は失敗ではなく、初めから木を破壊する威力の無いものだったと言うことです。
「じゃあ、この呪文はダメだったの」
「さっきも言った。呪文はどうでも良い。イメージさえ明確であれば、自ずとそれに合う呪文のイメージが湧いてくるし、何回か繰り返せばどんな呪文がしっかり当てはまるかわかる」
どうやら半日掛けて作った呪文は、ただ光を飛ばすだけの役に立たない魔法だったようです。さすがにがっかりすぎます。あの苦労は何だったんでしょうか。
「今回は呪文を覚えることが目的じゃない。どうやって作るかを知ることが重要だ。今日は駆け足になったが、少しは理解できたか?」
キャロンさんは慰めるように言ってくれました。でも今日の一日で私はとても魔法について学べた気がします。
「ありがとうございます」
私は初めて本心からお礼を言うことができたのでした。




