(30)それぞれの報告
アクアが宿で待っていると、キャロン、ベアトリス、ログ、レクシアの四人が帰ってきた。ログとレクシアはかなり疲れた様子だ。
そのままログとレクシアを部屋に残して三人は夕食のために外に出た。今回はいつも行っているところとは違う、少し安めの場所にした。だんだん懐が寂しくなってきている。
「で、上手くやったんだろうな。アクア」
キャロンが言う。
「ちゃんと終わらせたよ。この町にいた四人は全員片付けた」
「見つからずにやれたの。本当に?」
ベアトリスが迫ってくるとアクアは首をすくめた。
「まぁ、衛兵には目をつけられちまったけどな」
「やっぱり」
ベアトリスが言った。
「今も何人か見張っている人がいるもの。何をやらかしたのよ、アクア」
アクアは舌打ちをする。
「街中で片付けようと思って奴らを裏路地に呼び寄せたら、私が鎧を脱いだところで衛兵どもが出てきたんだよ。あっという間に捕まっちまった」
「あら、わいせつ罪かしら」
「奴らが、暴行未遂で捕まったんだ。私も取り調べられたけどな」
キャロンが呆れる。
「だったら、あんたも捕まったと同じだろう。ほとんど失敗じゃないか」
「問題ないって。あいつらもすぐに釈放されたしな。仕方がなく町の外に誘い出してとどめを刺したよ。まぁ、その時も衛兵に捕まっちまったんだけどな。私から襲っているように見えたってよ」
「あんたはもっと、丁寧に仕事ができないのか。騒ぎを大きくするんじゃない」
「結果的にはちゃんと仕事しただろ。衛兵に目をつけられたからって、何かされるわけじゃねぇよ」
アクアは気にしない。しかし今後衛兵に見張られ続けるのは気分が良いものではない。
「そっちはどうだよ。ログはどうだった」
アクアがキャロンに尋ねる。
「ダメだ。身捌きがなってない。考えて動かずに小手先の技で行動しようとする。使い物にならないな」
「やっぱりそうか。で、何をやらせたんだ?」
「午前中は素振りをやらせた。やっぱり型が身についていない。あれでは意味が無い。午後は軽く打ち合った。あいつは戦士が希望だろう。実践が一番良い。まぁ、殴りすぎてかなり泣かせてしまったが、それも仕方がないだろう」
「相変わらずのサディストだな」
「型を身につけるのも重要だが、考えて動けなければ実践では使えないだろ。ログにはそれが足りない。もう十三歳だ。一人前に足を踏み出したところだ。この程度でへこたれるなら冒険者にはならない方が良い」
アクアは苦笑する。アクアはまともな剣の修行をしていないが、キャロンはしっかりと基礎から教わっている。天才肌のキャロンの指導だと心が折れるだろう。
「まぁ、言いたいことはわかるけどな。魔力が多いんだから、剣よりそっちを伸ばした方がいいんじゃないか」
「二人とも、ログには厳しいわね」
ベアトリスは苦笑する。するとアクアはベアトリスを見た。
「で、ベアトリスは何をしたんだ。あの髪飾りはよくわからなかったぞ」
「ああ、あれ。昨日も言った通り、レクシアの精神を抜き出してお使いを頼んだの。精神体は透明だけど、私の魔力で覆って外から見えるようにしたわ。レクシアが集中して自分の体を意識できれば私の魔力の効果が薄れて透明になれるの。午前中はレクシアの精神集中で私の魔力がうまく消せるように細かく調整して、午後からは実践。レクシアは裸のまま町に戻ったけど、集中しているかぎりは私の魔力を押さえられるから裸を見せることはない」
「裸の女の噂が立っていたぞ」
「それは宿に帰ってから教えるね。すごく見物だった。本当に最高だったから」
「あの髪飾りを渡したら実体化するのか」
「あの髪飾りにはちょっと別種の魔力を込めてあったの。だから、あれを受け取ったレクシアは精神体が実体化する。もちろん本当の実体じゃなくて、魔力で作った擬似的な体だけど。その状態で透明を維持して私のところに戻ってくるのが今回の課題」
キャロンが首をかしげた。
「それは精神集中の訓練なのか。魔法の訓練には思えないが」
「昨日までの訓練の応用なのよ。レクシアは私の魔力を押さえるためには常に魔法で自分を覆わなくてはいけないけど、同時に私のお使いをしなくてはならない。これって意識分離のかなり実践的な方法なのよ。考えること、体術を駆使すること、魔力を使い続けること。本当はたった三日目でこんなことやらせるべきじゃないんだけどね。しかも、レクシアが恥ずかしい目に遭って、可愛い姿を見せられるというおまけ付き。最後は○○しながら体中の魔力をはき出す訓練もしたわ」
しかしキャロンは疑問を口にする。
「体の魔力をうまく使わせるための訓練か。しかしそれだけでは魔法はつかえないだろう。呪文は教えていないのか」
魔力をうまく使えるようにしたところで呪文が唱えられなければ意味は無い。ベアトリスが教えたのはかなり基礎的な訓練であり、実戦に則したものではない。
「レクシアは魔力が少なくて魔法のセンスも悪いわ。だから自分が使える魔力を自在に引き出す能力が必須なの。そうすれば呪文の効力も上がるでしょ。ちゃんと呪文も使わせたわよ。私の呪文は教えるわけにはいかないから、レクシアが知っている魔法を最後に唱えさせたわ。ぜひ、どれくらい力が上がったのかを実感させたかったんだけど・・・」
「だけど?」
ベアトリスは肩を落とす。
「あの子、呪文が使えなかったの。もちろん身体強化とか、光とか、簡単な奴は使えるわよ。でもその程度なら本当は呪文なんていらないでしょ。母親からたくさん呪文は習ったみたいだけど、どれを唱えても発現させられないのよね」
「発音が悪いという訳か。母親もしっかり教えきれなかったんだな」
魔力循環ができても呪文が正確に唱えられなくては魔法はつかえない。そしてその魔法の発音は難しい。たいていは師匠について口調を真似ることから始める。
そこでアクアが口を挟んだ。
「で、明日はどうする」
キャロンはベアトリスを見た。
「グレスタ城にオウナイたちは戻ったか?」
昨日の夜のうちにベアトリスは再びグレスタ城に忍び込み、罠を仕掛けていた。だからベアトリスにはグレスタ城に誰がいるのかわかる。
「まだ帰ってきていないわね。ちょっと遅いかしら。昨日の夜に出たのならもう帰ってくると思ったんだけど」
「今夜か明日には帰ってくるだろう。明日は絶好の襲撃日和だ。盗賊たちを城に閉じ込めておくことはできるんだろう、ベアトリス」
キャロンが尋ねると、ベアトリスは少し考え込みながら言う。
「できるけど、その機能を発動させてしまったら、不審がられるわね。一度入ったら外に出られなくなっているんだもの。きっとすぐに気づかれちゃう」
「気づかれたっていいだろう。私たちだって一気に攻め込むんだ」
アクアが気軽に言う。
「あなたに怪我を負わせたほどの攻撃魔法の使い手なら、私の結界魔法も壊しちゃうわよ。それじゃ、せっかく準備したのに意味がなくなっちゃう。夜のうちに閉じ込めちゃったら速攻ばれるでしょ」
「罠を発動させるのは明日になってからにしたらどうだ。何人城に入ったかはわかるんだろうし」
「いつ発動させても、カイチックが気づいた時点で壊されるわよ」
キャロンはベアトリスに不審な目を向ける。
「何をしたい、ベアトリス。もう一度言うがあの兄弟のことは忘れろ」
キャロンはベアトリスが難癖を付けようとしていることに気がついた。そしてその理由も想像が付く。
「レクシアの卒業試験よ。彼女を城に連れて行って、盗賊を倒させる。そして、モンテスから受けた依頼の報酬を渡すの」
「おいおい、何言い出すんだよ」
アクアが文句を言う。
「あの子たちは身分証も持っていないし無一文なわけよ。ここまで関わったんだし、今回の報酬の一部でも置いていって上げない?」
「何だよ。ずいぶん惚れ込んじまったようじゃないか」
アクアがからかうように言う。
「まぁ、ね。やっぱり可愛いわ、レクシア。こんな短期間で私の指導に付いてくるなんて貴重よ。もちろんここで捨てていくわけだけど、私たちもずいぶん楽しませてもらったじゃない。毎日、毎晩」
「報酬くれてやるなんて、もったいねぇよ」
「元の依頼の報酬に比べたら微々たるものじゃない。それくらいいいでしょ」
二人のやりとりを聞いていたキャロンが尋ねる。
「レクシアは魔法を使えないとあんたが言ったんだろう。それなのに連れて行きたいのか? 死ぬかも知れないぞ」
ベアトリスがキャロンの目を見て微笑んだ。
「もちろん厳しいとは思う。でも一人くらいならどうにかできるでしょ。ログもいることだし」
「ログも連れて行くのかよ。あいつはダメダメだぞ」
「レクシアのサポートがあれば大丈夫よ。レクシアは結構頭がいいわよ。何よりも挫けない根性がいいわ」
キャロンは顎に手を当てて考え込んだ。
「ベアトリスにはカイチックに邪魔されずオウナイ一味を閉じ込める方法があるのか」
「もちろんよ。全員閉じ込める方法があるの。私が城にいないといけないけど、カイチックにはばれないままオウナイ一味を全員城に閉じ込めておけるわ」
「なるほどな」
「おい、キャロン。ベアトリスのわがままを聞くなよ」
アクアが不満を言う。
「安心しろ。私もその程度で報酬をくれてやるのは反対だ。そんなことをしてもあいつらのためにはならないだろう」
ベアトリスがしゅんと肩を落とす。
「だが、オウナイ一味を一網打尽にする手段があるというのなら、ベアトリスのわがままに付き合ってやってもいい。ただし、盗賊一人を二人がかりで倒す程度では報酬をやるわけにはいかない。どうせならもっと活躍してもらわないとな」
「おいおい、まさかあいつらを連れて行く気か? 足手まといどころか、死なせることになるぞ」
キャロンがベアトリスを見た。
「明日と言わず、明後日までオウナイ一味を閉じ込めておくことは可能か?」
「え、まぁ、魔力さえ続けばどこまででも引き延ばせるけど」
「だったら、明日一日鍛えまくって、明後日活躍してもらおうじゃないか。報酬を与えるのなら、多少は厳しめの試練を与えたいところだ」
しかしアクアは納得しない。
「明日一日程度で奴らを戦えるようにするのは無茶だ。やめとけ。それに期限は四日後だ。あまり時間もねぇぞ」
キャロンは笑う。
「私も多少興味が出てきたんだよ。ベアトリスが惚れ込むレクシアがどの程度のものなのか、明日直々に確かめてやろう」
アクアが舌打ちする。
「なんだよ。ベアトリスにばかり甘いじゃないか」
「そう言うな。ベアトリスの魔法なら取りこぼすことなく奴らを殲滅できるんだろう。悪いことじゃない。あんたはログを鍛えてやれ、せいぜい死なない程度まではな」
「うえぇ、私は教えるのが苦手なんだよ」
「体裁きくらい教えてやれ。生存確率が増えるぞ」
「あ、なるほどな。それなら私にもどうにかなるか」
ベアトリスが頭を下げる。
「ごめんね。アクア、キャロン。どうしてもレクシアを放っておけなくて」
「いいさ。仕方がねぇ。じゃあ、明日はびしばし鍛えてやるとするか」
三人は宿に帰っていった。
※※
夜になってオウナイたちは城に戻ってきた。結局バム一家の足取りはつかめなかった。半分盗賊半分自給自足の小さな集落を複数潰して、戦利品をかき集めてきた。グレスタ沿線の街道を仕事場にしている盗賊たちは全部潰したので、これからは好き勝手に襲うことができる。彼らの中にはバム一家のことを知っているものもいたが、足取りがつかめると言うほどのもではなかった。仲間に引き込むメリットが少なかったので、全員殺した。
少ない戦利品を城の中に運び込みながら、オウナイは城に残っていた盗賊たちに尋ねる。
「何かあったか」
「特にはないですねぇ」
実際今日は何もなかった。朝一番で、レッチがグレスタに行ったくらいだ。町からの報告もないし、旅人や冒険者も来ていない。
「じゃあ、明日だな。エイクメイ。明日グレスタに行って、確認してこい。あまりに動きがないってのも怪しい。冒険者にこのアジトがバレて三日も経つ。普通の依頼人なら次の行動に入るはずだ。ホーボー、おまえも行ってグレスタの状況をしっかり調査しろ。おまえの仕事も途中だっただろ」
「わかりやした」
丸刈りのホーボーが答える。
「よし、じゃあ宴だ」
オウナイの声で夜の宴が始まった。
※※
今日はキャロンに連れ出された。アクアに頼まれたらしい。昨日はアクアに魔法の修行もしろと言われた。キャロンはたぶん魔術師なので、今日は本格的に魔法の修行をするのかもしれない。
しかしその思いはすぐに裏切られる。
「まずは昨日と同じでいい。服は全部脱げ」
キャロンは僕を昨日の場所に連れてくると、素っ気なく言った。なぜ全裸にならないといけないのかさっぱりわからないけど、もう慣れた。僕は全裸になると少し気合いを入れて剣を振り始めた。
昨日よりは剣の動きがしっくりくる気がした。夢中で振っていると昨日よりも早く時間が過ぎた。
「もういいよ」
キャロンの声で我に返るとすでに太陽は真上まで上がっていた。僕は座り込む。集中力が切れると一気に疲れた。剣を持つ手がしびれている。
「アクアには聞いていたが、まぁ、面白い型だな。午後は服を着て私と打ち合おうか」
僕は少しびっくりする。
「キャロンって剣が使えるの?」
「剣? 剣というか……。それを言うなら私たちは全員魔法無しでも戦える」
僕は更に驚く。
「アクアが戦士でベアトリスが魔術師でしょ」
「違うな。私たちは全員、言ってみれば魔法戦士とでもなるか」
「魔法戦士……」
聞いたことはある。剣を使いながら魔法も自在に操る最強の戦士だ。
「ちょっと大げさか」
キャロンはうーんとうなる。そして袋から干し肉を出して僕に投げた。食べながら話そうと言うことらしい。僕は服を着てから、地面に座った。
「あんたもそうだが、世の中の奴らはみんな類型にはめたがるな」
「類型ってどういうこと?」
「つまり、戦士、格闘家、斥候、射手、魔術師とかだ」
「それは間違っているの?」
「単純なことだ。剣を使えるからと言って戦士である必要はない。身が軽くて手先が器用だからと言って斥候である必要はない。時に戦士であり、時に格闘家であり、時に魔術師であっても良い。自分に使える能力は最大限伸ばしておいて、それを最適なタイミングで使うだけだ」
そういえばアクアも言っていた。使える力は使えるようにしておいた方が良いと。
「たとえばベアトリスは○○だからあんな格好をしているだけで、格闘技に秀でているぞ。武器はそれほど上手くないけどな」
「え、そうなの?」
「ベアトリスは魔法全般に強いわけじゃなくて、魔女系の魔法が得意だ。反面魔法使い系の魔法はそれほど使えないようだ」
「魔法の系統って僕にはわからない」
「これも傾向の話だが、魔女系っていうのは精神効果を与えるような魔法だ。魔法使い系というのは攻撃や防御の魔法になるかな。専門的にはいろいろ分類されているが、こう言うのは名乗りに近い。どの魔法がどの系統かなど明確に決まってはいない」
レクシアは魔法使い系を求めていた。レクシアは魔力付与が使えるけど、あれはどんな系統なのだろう。
「キャロンも魔法を使えるんだよね」
「私のは以前見せた」
僕は気がついた。ダークドッグを貫いたのはキャロンの魔法だった。
「魔法使い系なの?」
「傾向とすればそうだろう。でもこだわりは無い。そもそもベアトリスは結界を張る能力も高い。あれは魔女系とは言えない」
「アクアも魔法を?」
僕は疑問だった。僕は魔力の匂いがわかる。だから、キャロンとベアトリスが魔術師だと言うことはわかっていた。でもアクアは違う。アクアからは全く魔力の匂いがしない。
「あいつは魔力が根本的に多い。そのせいで強すぎる魔法しか使えない」
「アクアはあんなにすごい戦士なのに? それにアクアからは魔力が感じられないよ」
キャロンが少し微笑んだような気がした。
「おまえは魔力が見えるのか。あいつの魔力は強すぎて使い勝手が悪い。それにあいつは魔力があふれないように自分で封じている」
「封じている?」
キャロンは少し考えるような仕草をした。
「アクアのことは本人に聞け。おまえはアクアの弟子なんだろう」
キャロンは立ち上がった。ちょうど食事が終わったところだ。
「そろそろやるか。そうそう、あんたはまだ勘違いしている。アクアがすごい戦士なんじゃない。アクアもすごい戦士なのさ」
僕はキャロンと打ち合って、その言葉の意味を、身をもって知らされた。
僕は体中あざだらけになり、とうとうキャロンに肩を抱かれながらやっと歩ける状態で町に帰ってきた。キャロンは厳しく、僕を一切休ませなかった。痛みや疲れを言い訳にするなと言われ続け、ほぼ拷問のような時間を過ごした。僕の剣は一度もキャロンの杖に当たることはなく、キャロンの杖は容赦なく僕の体を打ち付けた。どこにも魔法要素は無かった。昨日の話はなんだったんだろう。
門の前でマントを羽織った二人の女性に会う。もちろんベアトリスとレクシア。
「そっちは激しかったようね」
ベアトリスが言う。しかし傍らのレクシアもなんだかふらふらしている。
「そっちもな」
「あら、レクシアの場合は……」
素早くレクシアはベアトリスの口を押さえた。
「それは、あとで」
レクシアは体の方はなんともないようだった。何があったんだろう。
僕らは宿に戻った。




