(3)ドノゴ村の襲撃1
オウナイとカイチック、そして配下の五人の盗賊は、主街道から外れた森のそばに集落を見つけ、見張っていた。規模も立地も襲うのに都合が良い。あまり外部との行き来がなさそうなので、壊滅してもバレるのが遅い。自給自足はできているらしく、貧しい集落ではなさそうだ。根こそぎ奪えば一味全員がしばらく食べていける。残念なのは金目のものがあまりなさそうなことくらいだ。
「奪えるものは全部奪うぞ。抵抗する奴は全員殺せ」
オウナイが合図する。そして盗賊たちは村に攻め入った。
集落に近づくなり鐘が鳴り、村人たちが慌ただしく動きだした。すぐに村の入り口の木柵が閉じられた。
オウナイは村人たちの速い動きに感心した。このような集落は盗賊に襲われることが多いから当然備えがある。しかし日頃から意識していないと、最適な行動はできないものだ。ただ、オウナイにとってもそれは織り込み済みである。オウナイが後ろのカイチックに目で合図すると、カイチックが呪文を唱えた。そして杖から炎が飛び出し、柵を破壊した。
「おい、魔術師がいるぞ!」
村人が叫んだ。
魔術師の存在自体は珍しいわけではない。
この世界に存在するものには全て魔力がある。それは人や動物に限らず、石や大気であっても同様だ。もちろん多い少ないは様々で、魔力が多い人、魔力が多い動物、魔力が多い物質が存在する一方で、ほとんど無い場合もある。しかしいくら魔力があってもそれを魔法として使えなければ、魔術師とは言えない。そして魔法は基本的には教わらないと使えないのである。盗賊になるような人間が師について修行を行っていることはまれなので、盗賊の中に魔術師が混ざっていることが珍しいのだ。
オウナイたちが村に入り込むと村人たちが消えた。当然家の中に隠れたのだろう。オウナイの後ろから馬車を引いた盗賊たちが付いてきた。これに戦利品を積み込む。足りなければこの集落にある荷馬車を奪えばいい。
「モブ、ガングはここで見張りだ。誰も逃がすなよ。パック、スィナーは右から、ヴィレン、カイチックは左から家捜ししろ。俺は真ん中を行く」
パックとスィナーは馬から下りて右の家に近づいた。そしてヴィレンとカイチックは馬で左の奥の方に進んでいった。
スィナーが右の家の扉を蹴り壊そうとしたとき、一人の男が家陰から飛び出してきて後ろにいたパックに斬りつけた。
「何だと!」
そして女性の大きな声が響きわたり、その男から後ろを膜のようなものが覆う。
パックは後ろに下がりながら剣をかまえた。スィナーも横から加勢しようとする。
「一撃とはいかなかったか」
男はスィナーを気にせず一気にパックに迫ると、下から振り上げる剣で右腕を斬り落とした。バックは腕を押さえながら転がった。男は更に振り向きざまスィナーにも斬りつける。スィナーは剣で受けたが剣を吹き飛ばされてしまった。そして尻餅をつく。
オウナイが馬で駆けつけた。
「てめぇ、なに者だ!」
男はスィナーとパックから離れて後ろに下がった。
「忘れたか、オウナイ。ダグリス宮廷騎士団団長がそこまで落ちるとはな」
それはオウナイとそう変わらない年齢の男だった。しかし武装はしっかりしており、ちぐはぐな鎧をまとっている盗賊たちとは雲泥の差だ。
オウナイは男を見ると驚愕して声を上げる。
「おまえ、まさか、ランディか」
スィナーがパックを支えながらオウナイの馬の側に行く。
「お頭、知っている奴なんですか」
しかしオウナイは答えずに馬から下りた。そしてランディに剣を向ける。
「おまえが生きているとはな」
その時にはすでにランディの剣はオウナイに迫っていた。オウナイはその剣をしっかり受けきった上で、ランディを押し返した。
「腕の方は衰えていないか。厄介な男だな」
ランディは間合いを取りながらつぶやく。
「こっちは現役で剣を振り続けているんでな。こんなへんぴな集落で腕をなまらせたおまえとは違うさ」
ランディが下がったので、今度は逆にオウナイの方が仕掛けていく。上段から叩きつけるように振り下ろす剣をランディは丁寧に捌いた。
「私も訓練は怠っていないよ」
更にオウナイが前に出て胴を薙ごうとすると、ランディは大きく後ろに下がって避けた。その前を炎の球が通り過ぎていく。
「オウナイ、大丈夫か。・・・貴様、ランディ!」
二頭の馬が戻ってきた。カイチックとヴィレンだった。
それを見てランディは相手に聞こえるように大きな声を上げる。
「ダグリス宮廷魔術師団副団長も登場か」
目の前にはオウナイ。そして馬を下りてきたカイチックとヴィレン。更に見張りをしていた二人の盗賊も走ってきていた。圧倒的な不利の中でもランディは動じなかった。
カイチックが油断なく杖を構えながら近づいてくる。
「この魔法はあの忌ま忌ましいリミアですね」
「そうだ。私たちはこの領域内で自由に動けるが、おまえたちは体の動きが鈍くなるだろうな」
そしてランディは魔法領域の内側に入り込んだ。カイチックは炎を飛ばしたが、結界に入り込むと明らかに威力が落ちた。ランディは容易に躱す。そしてまた領域から出ると、一番手近なところにいたヴィレンを斬りつけた。ヴィレンは腕を大きく裂かれ、剣を落としてうずくまる。
「おまえたちはいったん下がれ」
オウナイが叫び、盗賊たちはけが人を支えながら、馬車の方に向かった。
オウナイとカイチックのみが領域の中にいるランディに対峙した。
「そこから出て俺と戦え!」
ランディは笑った。
「都合の良いことを言うな。おまえがこの中に来れば良いだろう」
そしてランディが合図すると、物陰に隠れていた村人が道端に現れ、弓を放ってきた。カイチックは魔法壁でそれを全て落とした。すぐに村人は物陰に潜む。
「おまえが指導したわけか。盗賊よけの作戦ってわけだ」
「こんな場所だとおまえたちのような馬鹿者が寄ってくるんでな。ここいらの盗賊はもううちの村には来ないよ」
ランディは答える。
「残念ですが、我々には通用しませんよ。魔道具を使っているのでしょうが、これだけの規模の魔法を長く続けられるわけはありません。時間さえ稼げば私たちの勝ちです。魔法に詳しくない盗賊ならうまく追い返せたでしょうがね」
カイチックの言葉にランディは笑った。
「なるほど。さすがはダグリス宮廷魔術師団副団長。落ちぶれても物忘れはしていないようだ」
「だまれ!」
カイチックは連続して魔法の火の玉を放った。その瞬間、ランディが前に飛び出し、カイチックに剣を突き立てる。カイチックは慌てて下がろうとしたが、間に合わない。それをオウナイが横から剣を伸ばして防いだ。
「おまえの相手は俺だ!」
すぐにランディは後ろにさがり背後に合図する。さっき以上の村人が弓を持ち、上に向けて弓を打った。更に屋根の上にも村人が数人現れ弓を放った。その全ては馬車まで逃げていた盗賊たちを狙っていた。
「うわっ」
「助けてくれ!」
矢の精度は低いが刺さればそれなりにダメージはある。それに馬に当たると貴重な足がなくなる。
慌ててカイチックが魔法壁を後ろに広げようとするが、届く範囲を超えている。そもそもカイチックは防御魔法をそれほど大きく広げられない。
「後ろの盗賊どもはけが人だらけだな。この領域魔法がなくなるまでおまえたちの方が保つかな」
ランディが言う。
「くそっ、いったん下がるぞ。カイチック。奴らを回復させろ」
「回復魔法は嫌いなんですがね。仕方がない」
オウナイとカイチックはランディを警戒しながら下がっていき、怪我をした盗賊を回収して村を去った。
馬車が見えなくなるのを確認してからランディは村の中に戻った。隠れていた妻のリミアが駆け寄ってくる。
「大丈夫か」
「危なかったわ。あれ以上攻撃を受けたり時間を稼がれたりしたら魔力が切れていた」
リミアは息を少し乱しながら答えた。カイチックの言うようにこれだけ大規模な領域魔法は、魔道具の力を借りていてもそれなりに消耗する。この魔法の効果は、御守りをつけた者であれば普通に行動できるが、そうじゃない者はスピードを僅かに抑えてしまうというもの。効果としては非常に弱い。それでもいざ戦いとなるとこの僅かな差が生きてくる。
「このままではすむまい。全く。もともと傲慢な男だったが、まさか盗賊とはな」
「仕方がないわ。理不尽に町を出ることになって、貴族としての地位も失った。他にも盗賊に身をやつした人はいるもの」
リミアとランディは、遠き日のことを思い出した。
ダグリス宮廷魔術師団、ダグリス宮廷騎士団。
それは十五年前に政変で解体されるまではダグリス王国直属の部隊だった。ヘンリー王は政治的な手法を用いて属州を広げていったが、その交渉材料の一つがこの立派すぎる魔術師、騎士の部隊だった。
もちろん常に厳しい訓練が課せられたので強い部隊だったのは間違いない。しかし、直接戦うよりは、地方の貴族の要求に応える形で派兵され、相手に貸しを作ることの方が多かった。そのため、きらびやかな服装、乱れぬ隊列など、見栄えには特に気を遣っていた。ある意味ダグリス王国の象徴であり、羨望の的だった。
その華やかな部隊がある日を境に崩壊していく。
その日、早朝に重大発表があった。ヘンリー王が病気で倒れたため、ジョージ王子が政務を引き継ぐという発表である。
この発表に、とうとうこの日が来たか、と感じる貴族は多かった。ヘンリー王はまだ五十歳だったが、昨年王太子であったジュリアス王子が事故で死んでからはかなり気落ちし、しばらくは政務からも離れていた。最近回復してきたとはいえ、昔の面影もなく痩せ痩けてしまっていた。
一方で不安を感じている貴族も多かった。ジョージ王子は普段から王都ダグリシアを離れ、王家とはあまり関係の良くない貴族たちに会っていた。ヘンリー王はジョージ王子が彼らとの関係修復に動いているものとみてむしろ応援していたくらいであるが、王家に近しい貴族はその行動を疑問視していた。彼らと結託して何かをしようとしているのではないかと考えていたのだ。ジュリアス王子の事故に関しても詳細は不明とされているし、ヘンリー王の衰弱もかなり激しい。そこに違和感を感じる者もいた。
そして続く発表で、皆はその不安が的中していることを知った。すなわち、宮廷魔術師団、宮廷騎士団に待機命令が出されたのだ。
宮廷魔術師団や宮廷騎士団は下部組織に宮廷警備団を持っており、平時は王宮や町の警備も担っている。それらが行動不能に陥ると町の治安が守られなくなる。それなのに詳細の説明もなく、ただ王命として待機命令が出されたのである。
数日して宮廷警備団は宮廷魔術師団と宮廷騎士団から切り離され、王直轄となって活動を再開したが、宮廷魔術師団と宮廷騎士団の待機命令は解除されなかった。
更に宮廷警備団の人員もどんどん入れ替わり、外から来た貴族の兵士が警備を担うようになった。
宮廷騎士団副団長のランディは、早いうちに逃げなければ無実の罪を着せられる可能性がある、と団員たちに通達した。団長のオウナイは何度もジョージ王子に進言していたが、取り合ってもらえなかった。
宮廷魔術師団も同様で、副団長のリミアは国を捨てる必要があると団員たちに説いていた。団長のハイドゥーはその噂を一切否定していた。同じ副団長のカイチックとはいつも意見が合わなかったが、この時だけは意見が一致していた。
そして何もできないまま一週間後にヘンリー王の死が伝えられ、ジョージ王子は三十歳で王位に就いた。そして同時に宮廷魔術師団、宮廷騎士団の解体が宣言された。
もちろん解体されるだけで、団員たちが処罰されるようなことはない。しかし誰もが時間の問題だと考えた。今や王宮の中枢を占める貴族に団員の関係者はいない。重責にあった者も役を剥奪されたからだ。
多くの団員たちはダグリシアから逃げ出した。基本的には皆親元に逃げ帰った形だ。だが、それができなかった団員も多くいた。すでに家から縁を切られていたり、貴族とはいえ貧しいために親を頼れなかったりし、路頭に迷う者が現れた。更に追い打ちをかけたのは、各地へ送られたジョージ王からの通達である。そこには元団員の貴族の地位を剥奪すること、見つけたらすぐに国に引き渡すようにという内容が書かれてあった。そのため親元にすら戻れない者が続出した。
ランディとリミアは部下たちをできるだけ多く救い出すべく奔走していたが、最後には自分たちもダグリシアから逃げ出した。ランディとリミアは特に貴族に未練が無かった。どちらの親も土地の持たない商業貴族だったため、貴族としてのしがらみを感じなかったのである。
二人はまず、それぞれの親に会いに行き、正式に婚姻した。その後、両親と別れ、二人で旅に出ることにした。二人はそれなりに腕利きだったので、冒険者として十分に生きていけると確信していたのである。
ランディとリミアがドノゴ村に来たのは偶然だった。盗賊に襲われている集落を見つけたので助けに入ったというだけのことだ。
その後、盗賊を防ぐ方法を教えるなどの協力をしていたら、非常に感謝され、しばらく留まる事になった。リミアが妊娠していて、あまり長距離の旅がしにくくなっていたということもある。
無事リミアが出産すると村人たちも共に喜んでくれ、ランディとリミアはこの村を離れがたく感じ始めていた。それでもいずれは旅の生活に戻るつもりだったが、リミアが二人目を妊娠していることがわかった時点でランディはドノゴ村に居着くことを決めた。
それが十一年前である。
農作業などは苦手な二人だったので、ドノゴ村では村人に警備の方法や弓の練習などの指導、買い出しの護衛、そして読み書きなどの先生をしていた。貴族の教養や知識、部隊での経験は、村の生活の中でも役立った。だからこの十年あまりで村はかなり発展したと思えた。息子のログは十三歳、娘のレクシアは十一歳になった。そろそろ家族でドノゴ村を旅立つ日も来るだろうと考えていたところだ。
ランディはリミアに言った。
「オウナイはプライドが高い。あんな風に撃退されてそのままということはないだろう」
オウナイは、宮廷騎士団の時から自らの肩書きにとてもプライドを持っていた。それを失ってかなりすさんだことが考えられる。
「それを言うならカイチックもね。あの男の陰湿さは昔から嫌いだったわ」
宮廷魔術師団のカイチックは自分こそ団長になるべきと考えている男で、平然とハイドゥー団長をこき下ろしていた。
「やむを得ないな。油断できない相手だ。行動は早いほうが良い」
ランディは村民を集め、次の作戦を伝えた。