(29)近衛隊の失敗
近衛隊の二人は昨日発見した盗賊たちの逃走通路まできた。城壁の下に穴が開いているが、すでに埋められている。
「ここから先は草原で追うのは難しいな」
「やはり昨日のうちに行動すべきだったんだ。衛兵どもは役に立たん」
そこから近衛隊は馬を走らせた。一度街道まで戻って進み、途中の小道に入り込んでいく。なかなか肝心の盗賊が見つからない中、やっと元々バム一家が潜んでいたと思われる小集落を見つけた。しかし、すでに廃墟となっており、めぼしいものはまるで見つからなかった。
近衛隊たちは更に先に進んでいった。
「探知魔法というのはないのか」
近衛騎士が近衛魔術師に尋ねる。
「あるにはあるが私は使えないし、恐らくこの広大な場所では意味が無いだろう」
「それもそうだな。そんなのがあればすでにオウナイ一味が見つかっていてもおかしくない」
「ん、何の音だ」
小道を進んでいると比較的広い道にたどり着き、そこを進んでいくと前から騒ぎが聞こえている。二人の近衛隊は先を急いだ。
そこは小さな集落のようだった。このような集落が森の中にはいくつかある。村と呼べるほどのものではない。そこで悲鳴が上がっている。
近衛隊が駆けつけると、死体が転がっていた。男たちが馬車に荷物を積み込んでいる。
「こら、貴様ら。何をしている!」
近衛隊たちは馬を下りた。一人は剣を抜き、もう一人は杖を掲げる。
「げっ、あいつら、近衛隊」
男たちは後ずさりする。
「見たところこの集落を襲った盗賊と言ったところか。大人しくしろ」
その瞬間物陰から光が飛び、杖を掲げていた近衛魔術師の胸を貫いた。
「ぐぇ」
近衛魔術師の胸に大きな穴が開き、その近衛隊は倒れた。
「な、なんだと」
物陰からカイチックが現れた。
「まずは魔術師を殺すのが鉄則でしょうからね」
「貴様、何者だ!」
近衛騎士は叫ぶが、カイチックは仲間の盗賊たちに指示をする。
「あなたたちは荷物の積み込みを急ぎなさい。そろそろ火を放って全部燃やしますよ」
近衛騎士が剣を構える。カイチックはおもしろそうにその近衛騎士を見た。
「こんなところであなたたちに会うとは。いったい何をしているのですか」
「全員武器を捨てろ」
「まさか、オウナイ一味を追っているとかですかね」
すると近衛騎士が反応した。
「貴様、何を知っている。まさかオウナイ一味の仲間か」
カイチックは不敵に笑った。
「これは困りましたね。まさかこんなところまで探しに来るとは。あまりあの拠点に長居はできないようです」
近衛騎士はカイチックに向かって突撃してきた。カイチックは呪文を唱える。すぐに近衛騎士は横に飛んで攻撃を避けようとしたが、カイチックは稲妻を放射状に放ってきた。
「ぎゃっ!」
「この魔法は広範囲に広がるおかげで殺傷力は多少落ちるのですが、まぁ、私の力なら」
体中から煙を放ち、近衛騎士はその場に倒れた。
「さすがはカイチックさん」
「素晴らしい」
「ああ、その近衛隊たちの装備も奪ってください。まだ騎士の方は熱いでしょうから冷めてからでいいですよ」
※※
カーランクルズたちはあれから一度衛兵の詰所を訪れて、今回逃げた盗賊についての情報を仕入れた。捕まった男はかなり口が軽かったようで、大分詳細がつかめた。盗賊団はバム一家と言い、バム、ツーグの兄弟と、ラスカル、ラスカル、ネーヴというバムの息子たちの五名。その他に八人の手下がいたが、捕まった御者以外は殺されたらしい。なぜ殺されたのかは調査中とのことだ。バム一家の人相の特徴を仕入れてから、カーランクルズたちはグレスタを出た。
カーランクルズたちは何度も街道沿いで仕事をしてきたので、この辺りにどんな集落があるかおおよそわかっていた。そこを中心に周辺を調査していく予定だった。
バム一家の拠点はあっという間に見つけられた。
「馬の跡がある。近衛隊の野郎どももここは見つけたようだな」
キュームレセズが丁寧にその場を調べた。
「さっきの広い集落とこっちの小さな集落で別れている。たぶん役割が違うんだ。恐らくバム一家はこの小さい集落にいたんだろうな。それから、ここに立ち寄ったのは近衛隊だけじゃなさそうだ。近衛隊は何もしないでここを立ち去ったみたいだけど、その前にこの集落を漁っていった奴らがいる」
「複数の盗賊団がいるのか。まぁ珍しくもないな」
盗賊団同士は融合したり分裂したりと常に変化している。この地域にどれくらいの盗賊団があるかはわからない。
「手がかりのようなものは残っていない」
「じゃあ、次に行こう」
カーランクルズたちは先を急いだ。
いくつかの集落を訪ねたが、全てが破壊されていた。
「盗賊団の抗争か」
死体の転がる廃村を見ながらカーランクルズが言う。小さな集落が全て盗賊団とは限らないが、その可能性はある。バム一家がこの集落に入り込もうとして抗争になったとも考えられる。
「違うね。一方的にやられているし、抗争と言うよりは襲撃だろう」
キュームレセズが答えた。
「バム一家が逃げる途中に襲って食料を仕入れたか」
「それにしちゃ、徹底的にやりすぎじゃないか」
コリキュリが首をかしげた。更に調べていたキュームレセズが答えた。
「馬車を使って運んだみたいだ。初めから根こそぎ奪うつもりだったんじゃないだろうか」
「別口の可能性があるな。後で報告しておこう」
カーランクルズたちはその場を後にして次の集落へと進んでいった。
「ここもやり口が違う。燃やされている」
カーランクルズがつぶやく。すでに消し炭になりつつある集落を見つけた。さっきよりも死体の数が多かった。
「おい、こいつら、もしかして近衛隊じゃないか!」
突然キュームレセズが叫んだ。カーランクルズとコリキュリも駆けつけた。その二人は裸に剥かれていたが、明らかに他の死体と体が違う。鍛えられているのだ。一人は胸に穴が開けられ、一人は黒焦げになっていた。
「魔法の攻撃の痕だ。まさか、魔術師がいるのか」
「バム一家の情報にはなかったな。冒険者の仕業か。どちらにせよ尋常なことじゃない」
カーランクルズは集落跡を見ながら言った。
「もう少し調査をしたら戻るぞ。これが近衛隊の死体かどうかはわからんが、もし近衛隊だったとしたら衛兵に知らせなくてはいけない。面倒だが連れて帰ろう」
「うへぇ、死体運びかよ。結構遠くまできたのに」
「文句言うな。ほら、調べに行くぞ」
カーランクルズたちは焼け落ちた集落跡に入っていった。
※※
アクアは途中の出店で昼食を取ると順風亭に入った。昼時なので多少戻ってきた冒険者がたむろしているが、それほど人数が多いわけじゃない。
そんな中、冒険者たちの話し声が聞こえる。
「なんか素っ裸の女が街中を練り歩いているらしい」
「本当か? どこにいるんだよ」
「なんか魔法で消えているらしくてな。露出狂の魔術師が遊んでいるんじゃないかって」
「そりゃ、とっ捕まえないといけないな」
冒険者の顔がにやけている。
「結構若いみたいだぞ」
「そりゃ、ますます良いな!」
確かに素っ裸の女が街を歩いているのなら、アクアもぜひ味見してみたいところである。しかし、どうにもこれこそベアトリスの仕業に思えてならない。
アクアが依頼書ボードに行こうとすると、また受付に呼ばれた。
「アクアさん。衛兵事務所に行きましたか?」
「ああ、ちゃんと行ってきたぜ」
「本当ですか? さっきも空返事だったじゃないですか」
「大丈夫だって。コウンズって野郎に会って話してきたさ」
「ならいいですけど」
アクアは受付を離れて依頼書のボードまで行った。それがベアトリスとの約束だ。噂になっているということはそろそろ現れるだろう。
しばらく確認がてら依頼書を見ていると、急にそばで声がした。
「レクシアです。髪飾りを取りに来ました」
アクアは振り返るがそこには誰もいない。精神体を切り離すというのはいまいちよくわからない魔法だ。ベアトリスらしいとは思うが。
「触れないと渡すのは無理だね。この髪飾りを受け取ったら実体を持ってしまうようだぞ。大丈夫か?」
何もない空間につぶやくように話す。端から見れば独り言を言っているようにしか見えないだろう。
少しばかり沈黙がある。何か悩んでいるのだろうか。やがて近くで声がした。
「わかりました。大丈夫です」
アクアは自分の髪に着けていた髪飾りを取って何もない空間に差し出す。しかし反応はない。
「一度実体を見せてくれないと渡せないだろ」
実際にはそんなことはないかもしれないが、まずはレクシアの裸を見てみようと思った。レクシアを裸にしたのは間違いなくベアトリスの趣味だ。そこに便乗しよう。
さてどうするのか。そう思ったらいきなりすぐそばに全裸の美少女が現れた。すぐに酒場がざわめく。それはそうだろう。
アクアが面白がってレクシアの体をじっと見ていると、レクシアは髪飾りをアクアから奪い取って目を閉じた。すぐにレクシアの姿は消える。
「へぇ、結構やるじゃないか」
アクアはベアトリスがどんな魔法を使ったのか考えてみたが、全くわからなかった。精神体を切り離したり、実体化させたり、今まで聞いたこともない。
「本当にベアトリスは訳のわからない魔法を使うな」
とりあえずこれでベアトリスから言いつけられていた仕事は終わったわけだ。思ったよりも早くすんだ。アクアはまだざわついている順風亭を出ていった。
アクアは早速オウナイ一味を探しに出る。向こうもこちらを探しているだろう。しかし、もう街中では襲ってこないだろう。二度も衛兵に捕まると素性がバレる可能性が高い。それに衛兵たちもアクアを見張っているに違いない。
「外に出るしかないな」
衛兵は町中でしか仕事をしない。町から出てしまえば後はどうにでもできる。
アクアは大通りをゆっくり歩きながら門へと向かった。アクアは通り沿いの店を眺めながら時間をかけて歩く。
「そろそろ行くか」
アクアは門にまっすぐ向かうと門番に冒険者カードを見せた。
「今から外に出るのか?」
「簡単な仕事を片付けてくるだけさ」
そしてアクアはグレスタの町を出た。
のんびり歩きながらグレスタ城の方に向かう。
しばらく進んで町が見えなくなった頃、後ろから誰かが走ってくるのがわかった。後ろを振り返ると、先ほどの四人組が追いかけてきていた。無事釈放されていたようだ。しかしその更に後ろには衛兵がいるだろう。アクアは彼らから逃げるように走りだした。
当然全力で走ると彼らを振り切ってしまうので、ある程度調整し、彼らが追いつけるようにした。
「待ちやがれ!」
そろそろ良いだろうと思い、アクアは立ち止まった。すぐに盗賊たちに囲まれる。彼らは激しく息を切らせていた。せっかく剣を持っているのに杖のように使っている。
「さ、さっきはよくもやってくれたな」
「もう逃げられると思うなよ」
盗賊たちが言う。アクアは何も答えなかった。
「おまえが誰の依頼で城を探ったのか話してもらうぞ。素直に話してくれれば、命は助けてやるよ。命だけはな」
そしてねっとりした視線でアクアを見つめた。やっと彼らは剣を上げてアクアに突きつけた。
「私もぜひそうしたいね。四人がかりなんて最高のシチュエーションじゃないか。本当に残念だよ」
アクアは剣を構えた。
「ほう。たった一人で俺たちに抵抗するってのか」
アクアの目の端には遠くで走ってくる衛兵の姿が見えた。
そこからアクアは早かった。一人目の前に飛び込み、あっさり首を貫く。そして剣を引き抜いた勢いのままその隣の男を切りつけた。かろうじてその男は剣で受けることができたが、アクアは当たった剣を滑らせながら男の脇に潜り、胴を深く薙いだ。
残りの男が驚愕の表情でアクアを見ていた。
「おい、何をしている」
遠くで声がする。一人がそちらに視線を向けた瞬間、アクアは彼の首を切り落とした。
「う、うわっ」
最後の男は衛兵の方に逃げようとした、アクアはまっすぐ飛び込んで背後から男の心臓を貫いた。
四人の男が倒れる。アクアが剣の血をぬぐっていると、やっと衛兵たちが追いついた。衛兵は三人いる。さっきのコウンズ隊長はいないようだ。
「おまえは何をしている」
アクアは剣を納めた。衛兵たちは剣をアクアの方に向けた。
「見てわからないのか。襲われたから殺した。街道で襲ってくる相手を殺すことが悪いとは思えないな」
「こいつらが誰か知っているのか」
「わかるわけ無いだろう」
しかし衛兵たちは武器を構えたままアクアを囲む。
「こいつらは先ほど取り調べた暴行未遂の男たちだ。その男たちに再度おまえが狙われるというのはどういうことだ」
どうやらコウンズと一緒にいた男たちのようだ。
「知らねぇよ。おおかたさっき私とやれなかったから、もうワンチャンス狙ってきたんだろうさ。何しろ、私は美人だからな」
アクアは妖しい視線を衛兵たちに向ける。
「おまえらも、楽しんでいくか?」
衛兵たちは汚いものでも見るかのような嫌な顔をした。
「おい、こいつらを調べろ」
リーダーらしき男が声をかけると、二人は盗賊の死体を調べ始めた。アクアは町に戻ろうとする。
「待て」
アクアは立ち止まって振り返った。
「おまえはグレスタを離れようとしていた。しかし今はグレスタに戻ろうとしている。どういうつもりだ。初めからこの男たちを誘い出すつもりだったんだな」
「ただの散歩だよ。襲われたのは偶然さ」
「苦しい言い訳だな。どちらかと言えばお前から襲っているように見えたぞ。詳しく話してもらう」
「勘弁してくれ。襲ってくる相手を殺してとがめられても困る。私がやられちまった方が楽しいってか」
アクアは言うが、その男はじっとアクアをにらんでいる。さすがに衛兵と斬り合うわけにも行かず、アクアは途方に暮れた。
「マウンツ副隊長。身分証のカードを見つけました。冒険者が二人。一人はラフィエ、もう一人はレッヂー。どちらもまだこの町で更新していません。一人は鍛冶工ギルドのカードで名前はジャーグー。グレスタのものではありません。最後の一人はただの入町カードですが、ピローグという名前です」
死体を調べていた男が言った。続けてもう一人の衛兵も言う。
「武器と少量の金銭を持っているだけで、他に持ち物はありません」
「カード以外には何か無かったのか。グレスタに親族がいるようなものは」
マウンツが言う。町に入るときは身分証として職業カードが必要だ。アクアはもちろん冒険者カードを持っている。町によって違うが、厳しいところだとカードを持たない者は一切町に入ることが認められない。グレスタは比較的緩い方で、簡単な手続きをすれば町に入ることはできる。その代わり、職業ギルドで更新の手続きが必要になる。手続きをしないで何度も出入りをしようとすると、さすがに注意される。彼らはどうやらその手続きはしていなかったようだった。
「親族を探すために死体を持ち帰るか」
アクアがからかうように言うと、マウンツは顔をしかめた。
「そんなに時間はかけられない。おい、道の脇に避けておけ。必要なら回収に来る」
「だったら、手間を省いてやるよ」
アクアは歩き出すと、軽々と死体を持ち上げ、四つ重ねた。そしてその死体を両手で持ち上げた。血がまき散らされるが、アクアは全く気にしない。
「先に帰っているぜ。こいつらは門の前にでも置いておくよ」
そしてアクアは死体を抱えたまま走り出した。
「お、おい、待て!」
マウンツが叫ぶが、アクアは無視して走り続けた。
門番の男は三人の死体を抱えながら門の前に来たアクアに驚愕していた。
アクアはその死体を門のそばに放り投げる。
「後であんたらのお仲間がこの死体を取りに来るから、ここに置いておいてくれ」
そしてアクアは冒険者カードを門番に見せてグレスタに入っていった。




