(25)バム一家の逃走
昼頃、貸し馬車屋の扉がノックされた。
「はいよ」
ネーヴが返事をして扉を開けた。目の前には衛兵が経っていた。ネーヴは肩をすくめた。
「またですかい。以前にも帳簿は見せたでしょう。私は依頼されて馬車を貸し出しているだけで何にも知らないと、いい加減に・・・」
「今日は別の件だ。ちょっと外に来てくれ」
渋々ネーヴが外に出ると、他にも数人の衛兵がいてネーヴの顔に緊張が走る。更に武装の違う二人の男がいた。
「な、何なんです、これは」
「いや。済まない。見て欲しいのはこの馬車だ」
言われてネーヴは衛兵たちの後ろに置かれた馬車に気がついた。それは昨日使った馬車だった。本来ならまだ戻ってくるわけがない。
ネーヴが唖然としていると、その衛兵は言った。
「この馬車はここのものだね」
「そうですが。これをどこで」
「街道で発見されたんだ。まずは確認してくれ」
ネーヴは促されるまま馬車の中や外見を調べた。ほとんど出発時と変わらない状態だが、血がかかった跡がある。ネーヴはそこに目を留めた。
「いったい何が?」
衛兵は続けた。
「確認できたのならまずはこの馬車を返そう。それからこの馬車を貸した相手の記録を見せてもらえるか」
「わかりやした」
ネーヴは促されて店に戻った。数人の衛兵たちと衛兵とは違った装いの兵士が店に入り込んだ。店の中では腹を押さえて椅子に座っている御者がいた。昨日転んで腹に怪我をしたと言っていた。今は血が止まっているが、苦しそうに腹を押さえている。
「その男はどうした」
「うちの店員ですよ。ちょっと転んで腹を打ったみたいで」
すると衛兵は後ろの仲間に指示をした。
「おまえは帳簿と契約内容を確認しろ。私は治癒魔法が使えるからこの男を見る」
「いや、たいしたことは無いですよ。そんな事して頂かなくても、ちょっと寝てれば治りますから」
ネーヴは何か不穏な雰囲気を感じ、早くこの衛兵たちを追い出そうとした。
しかしその衛兵は有無をいわせず御者を椅子から引き立て、乱暴に押さえていた手を放させた。そして血に濡れた包帯をナイフで引き裂く。
「うぐっ」
御者は苦痛にうめく。再び傷口から流れ出す血を見ながら衛兵が呪文を唱えると、すぐにその傷はふさがっていった。
「内臓に傷があるかも知れん。後で医者に行くんだな。ひとまずは大丈夫だろう」
「あ。ありがとうございやす」
御者は小さくつぶやいた。衛兵はしかしきつい目で御者を見ていた。
「だが、まずは事情を聞かねばならないようだ。それは刀傷だ。昨日何があったか話してもらわなければならない。おい。この男を連れて行け」
「えっ、そんな」
御者は目を白黒させたが、二人の別の衛兵がやってきて御者を外に連れ出した。
「あ、ちょっと!」
ネーヴは慌てる。訳がわからないうちに仲間の一人が捕まった。
「ちょっと、何があったんです」
ネーヴは少しいらだったように言う。その時、帳簿を調べていた衛兵が言った。
「コウンズ隊長。借りたのはマシューという男です。ギルバート家に問い合わせますか」
「ああ。急いでくれ。あの騎士のどちらかの名前だろう」
コウンズ隊長はネーヴに向き直った。
「エレイン婦人が直接依頼に来たのか」
「存じませんね。騎士のお二方が馬車を貸して欲しいと言っておりました。女性を連れてダグリシアに向かうようなことはおっしゃっていましたが」
「貸し出したのは馬車だけか」
「ええ。もちろん」
「御者は」
コウンズ隊長は次々と聞いてくる。ネーヴには違和感があった。バム一家は金目のものしか奪わない。その後の処理をするのは全て手下たちだ。彼らが何か失敗したのだろうか。そういえば、御者は馬車が戻ってこないと昨日の夜に言いに来ていた。
「御者は向こうで手配すると言っておりましたので、こちらは馬車と馬だけです。そう記録にあるでしょ。あの、本当に何があったんです」
「さっきの男の傷のことは知っていたか」
コウンズ隊長が尋ねる。
「知りませんよ。朝から腹を抱えていましたが、転んだとしか言っていませんでしたし」
コウンズ隊長は少し笑みを浮かべた。
「色々尋ねて悪かった。しかし、もう少し確認しなくてはならない。何があったかといえば、君が馬車を貸したエレイン婦人とギルバート公爵家の騎士二人が全て殺されたのだ」
ネーヴは憮然とした顔で言う。
「私には知ったことじゃない。そもそも街道に盗賊が現れるのは日常茶飯事だ。私が貸した馬車だけの話じゃないだろ。損害を受けているのはこっちの方だ」
「もちろんわかっている。だからちょっと詰め所まで来て確認して欲しい。今回の被害者はその三人だけではない。もし何かわかるようなら教えて欲しいと思う」
コウンズ隊長は続けた。ネーヴは眉を寄せる。
「被害者が三人じゃないってのは?」
「盗賊と思われる男が七人死んでいる。しかし、彼らはエレイン婦人を襲った盗賊ではないのだ。なぜなら、彼らの武器に血が付いていなかった」
七人。それは御者以外のバム一家の配下が全て殺されたことを意味する。なぜそんなことが起こったのか。
「エレイン婦人たち、そして盗賊たちを襲った者が誰なのか、未だにわかっていない。だからこそ君に確認してもらいたい。一緒に来てもらえるね」
コウンズ隊長はネーヴに言う。
「私は、馬車を貸すこと以外に何もできない男ですからね。大して力にはなれませんが、そうおっしゃるのなら確認に行きましょう。ちょっと、閉める準備するんで外で待っていてください。馬に餌をやらねぇと」
ネーヴはそう言って、コウンズ隊長から離れると餌桶を手に取った。
そして裏口から出て行った。もちろん衛兵が、その後を追っていく。
ネーヴが去ると、それまで黙って見ていた二人の兵士が言う。
「オウナイ一味とやり口は違うな」
「ここに盗まれた貴重品が隠されているとも思えない」
彼らはオウナイ一味を追ってきていた近衛隊の二人だった。衛兵の事務所に情報を得るため行ったところ、盗賊の仲間と思われる男を捕らえに行くというので付いてきた。近衛隊はオウナイ一味を完全に見失っていた。そこで、周辺の町や村に入って、盗賊情報を集める行動をしていた。彼らはその中でも一番南の地域を調査しにきたのである。
その時、裏で衛兵の大声が上がる。
「隊長、逃げました。隠し通路です!」
衛兵とともに近衛隊たちも駆けつけると、牧草のある小屋の中に通路があった。ネーヴが小屋からなかなか出てこないので衛兵たちが入り込むとすでにネーヴは消えていたということだ。
「追え!」
コウンズ隊長の命令ので衛兵たちが動き出す。近衛隊の二人も付いていった。
通路は小屋から離れた東側の通りに繋がっていた。
「向こうだ!」
衛兵の一人が逃げるネーヴを見つけて東に向かって走る。全員が駆けつけ、ネーヴを追っていくと東の市壁にたどり着いたが、すでにネーヴはいなかった。
「いないぞ。どこに消えた」
「調べろ」
コウンズ隊長は指示する。
「ここです。ここに穴があります」
すぐに隊員の一人が声を上げた。コウンズ隊長が駆けつけた。そこには人が一人やっと潜れるくらいの穴があった。穴を塞ぐ為と思われる取っ手の付けられた石がそばに転がっている。今回は塞ぐ暇もなく逃げたようだ。
「こんなところから外に出ていたのか。奴は外に逃げた。追うぞ」
当然穴に入っていくようなことはしない。待ち伏せされていたり罠を仕掛けられていたりする可能性がある。数人の衛兵が見張りに立ち、残りの衛兵は町の外に出るために走っていった。
「外に行ったというのなら、盗まれたものが隠してある場所があるかも知れないな」
「あいつがオウナイ一味の一人かはわからないが、俺たちも追ってみよう」
近衛隊の二人も衛兵たちに付き従った。
ネーヴは何が起こったのか理解できていなかった。間違いないのは配下の全てが殺されたこと。そして、衛兵に捕まった御者はすぐに裏切るだろうということだ。
ネーヴは牧草庫の裏口の通路を通って逃げると、門に掘られた穴から外に出た。すぐにその通路を石で塞ぐ。そしてそのまま走り出した。
ネーヴは走り続けて、夕方にやっと森の中のアジトにたどり着いた。
「叔父貴、どうした。そんなに慌てて」
外で食事の準備をしていた三男ツーグが言う。
「バムはどこだ!」
「親父なら中だ」
ネーヴは扉を勢いよく開けた。小屋の中で息子たちと話していたバムが弟を見た。
「何だ、ネーヴ。慌ただしい」
「馬鹿どもが失敗しやがった。奴ら全員殺された!」
全員が驚く。
「どういうことなんだ叔父貴」
ラスカルが尋ねる。
「どうもこうもねぇ。俺のところに衛兵が来やがったんだ。ご丁寧に馬車まで連れてな。もうばれちまってる。これ以上この商売は続けられねぇ」
「誰かチクりやがったのか」
バーグラが言うとネーヴは首を振る。
「わからねぇ。だが、御者野郎は何か知っていたんだろう。今朝怪我をしていやがった」
「全員殺されたってのはどういうことだよ。まさかあの御者野郎がやったのか」
「知らねぇよ。だが、あの御者は衛兵にとっ捕まった。口を割るのは時間の問題だ」
そこまでずっと聞いていたバムが言った。
「まさか、オウナイどもが帰ってきたのか」
するとネーヴが渋い顔をする。
「そうか、その可能性があったな。さすがにこのアジトまでは知られていないと思うが」
「馬鹿言え、ネーヴ。奴らが殺される前にこの場所をバラした可能性は大きいだろうが、おい、すぐ逃げる準備をするぞ」
バムが言うと、全員が動き始めた。アジトにある金目のものを全て袋や鞄に詰め込む。
外にいたツーグも小屋に入ってきた。
「どうしたんだ。そろそろ飯ができるぞ」
「その飯がここでの最後の飯だ。できるだけたくさん持て、持っていけない物は捨てていくぞ」
ツーグも荷物を作るのを手伝う。準備ができるとバム一家は食事を全て平らげ、日が沈む前にアジトを後にした。
※※
エイクメイは昼過ぎに冒険者カードを持つ二人の盗賊を引き連れてグレスタに着いた。
まずはカイチックに言われたように貸し馬車屋に向かう。そこでエイクメイは衛兵たちに囲まれている店を見て驚いた。周りの野次馬に声をかける。
「おい、何があったんだ?」
「よくわからないけど、貸し馬車屋の主人が逃げたみたいだな。なんか物々しいから、よほどのことをしたんじゃないかな」
「あそこは他に従業員がいなかったか。そいつはどうしたんだろう」
エイクメイはできるだけ冷静を装って尋ねた。
「さてねぇ」
あの男はエイクメイの顔を見ている。殺されたのならかまわないが、衛兵に捕まったとすれば、自分のことがバレるかも知れない。
「ありがとう」
エイクメイは仲間たちとその場を去った。
現場から離れてすぐに家陰に潜む。
「俺たちが泊まっている宿はその先の、安全宿舎って宿だ。ラフィエンはジャークやピロックを待って、今日のことを伝えてくれ。レッチは俺と一緒に城に戻る」
「今着いたばかりですぜ」
レッチが不平を言う。
「バム一家に俺たちのことがバレた可能性がある。すぐに報告だ」
そしてエイクメイはレッチを引き連れて来た道を戻っていった。
見張りをしていた盗賊はほんの二時間ほど前に出て行ったエイクメイとレッチが戻ってきて驚いた。
「あれ、エイクメイさん。お早いお帰りで」
「親父はどこだ」
「まだ二階にいると思いやすが」
エイクメイはすぐにオウナイの元に駆けつけた。
「親父、大変だ」
オウナイとカイチックは二人で話している最中だった。
「何だ、エイクメイ。そんなに慌てて」
「貸し馬車屋に衛兵が入った。ネーヴが逃げたみたいだ」
オウナイは舌打ちをする。
「やっぱり下手こいていやがったか。下らない仕事をするから目を付けられるんだ」
「恐らく昨日の御者は捕まった。どうしたらいい」
エイクメイは慌てふためいている。オウナイはエイクメイをにらみつけた。
「エイクメイ。貴様昨日俺たちのことをばらしたんじゃないだろうな」
「そんなわけない。何も言っていない。顔もちゃんと隠していた」
オウナイは息をつく。
「だったら服を変えてちょっと変装すればわからねぇだろ。言葉だけで容姿なんて正確に伝えられるかよ」
「そ、そうか。問題ないのか」
エイクメイは一旦安心したが、すぐにまた焦りだす。
「で、でもネーヴが逃げたんだ。早く追わないと。やつらが捕まったら、俺たちのことがばれるかも知れない」
「そんなわけあるか!」
「はっ」
オウナイに言われてエイクメイは戸惑う。カイチックがため息交じりに説明した。
「そもそもネーヴは私たちがここにいることを知らないでしょう。なぜ捕まったからといって彼らが私たちの話をすると思えるのです? 衛兵に捕まるのならもうそれでいいですよ。私たちが手を出す必要はありません」
「とはいっても、衛兵どもにバム一家がため込んでいるものを没収されたくはねぇな。面倒だが、夜のうちに出発するとするか」
オウナイは気軽に言う。
「おい。二階に全員を集めろ。準備が整い次第出発するぞ」
近くにいた盗賊がさっそく一階に降りていった。
オウナイは残ったエイクメイに言う。
「おいエイクメイ、なぜレッチを連れ帰った。明日の朝は冒険者の宿で城の依頼がないか確認しなくちゃいけないんだぞ。報告に来るならジャークかピロックでよかっただろう。冒険者カードを持つレッチを連れ帰るなんて、何を考えているんだ。そもそもおまえも向こうにいれば良いんだ」
「だけど、ジャークやピロックはあの冒険者たちの顔を見たんだ。冒険者を見つけるのにはジャークやピロックは町にいないといけない。ラフィエンやレッチじゃ無理だろ」
オウナイは大きくため息をつく。
「冒険者は急がないと言っただろう。放っておけ。それよりも城に関する新たな依頼がある方がまずいんだ。もし城関係の依頼が出て、ラフィエン一人で競り負けたらどうする。もっと考えろ」
オウナイが言うと、横からレッチが口を挟む。
「じゃあ、もう一度戻りやすか、お頭」
「明日でいい。明日の依頼のチェックはラフィエンに任せる」
オウナイたちは二階に広間に行った。盗賊たちが集まってきていた。
「さてと、そろそろ食料も減ってきたし、遠征に出るぞ。ついでにバムの野郎が集めたお宝も回収する。すぐに準備をしろ。ここに残るのはパック、ヴィレン、スカム、ホーボー、それからレッチだ。残りは出発するぞ。ベガー、案内を頼むぞ」
そして全員が動き出す。エイクメイだけが首をかしげていた。
「バムへの報復がついで? 最優先事項ではないのか」
残念ながらすでにカイチックはそこにおらず、エイクメイの疑問には誰も答えなかった。




