(23)居酒屋にて
キャロンとアクアとベアトリスは、そのまま昨日の個室のある居酒屋に向かった。まだかなり早い時間だったが、何とか開いていた。キャロンは服を無理矢理着させられていたので、暑そうにしていた。
「で?」
三人が席に着くと、早速キャロンがアクアをにらみつけた。アクアはすぐに服を脱ぎ捨てる。
「でまかせだよ。気にするな」
「気にするなと言われてもわからん。そもそも、どこでログを見つけたんだ」
「ああ、あいつ、実は街の外に出ていたんだよ。今朝門番に聞いてわかったんだけどな。だから私はあいつを追いかけていったって訳だ。だけどログの野郎何を言っても帰ろうとしなくてよ。それで仕方がなく弟子にしてやると言ったら、すぐに食らいついてやがんの。私が剣を教えられるわけないのにな」
キャロンは呆れる。
「不用意なことを言うな。本気にされると面倒だぞ」
「いいだろ。ログにレクシアを押しつけて、その間に私たちはオウナイ一味を刈る。そして私たちはダグリシアに戻る。そしたらもう会うことも無いし、放置して問題ないじゃねぇか」
その時ベアトリスがおずおずと口を挟んだ。
「ねぇ。レクシアとログを少し鍛えてあげない? 今回のオウナイ一味を討伐するのに使えるくらいに」
キャロンが驚いた顔でベアトリスを見た。
「何を言っている。そんなの無理に決まっているだろう。そもそもなぜ私たちがそんなことをしなくてはいけない」
ベアトリスは軽くため息をついて語り始めた。
「今日はレクシアの記憶をたどってみたのよ。あまりにも無茶するから気になって。レクシアは母親に憧れて魔術師になりたかったみたい。特に盗賊に襲われたとき、母親の魔術で命を救われて逃げたことが影響しているようね」
「盗賊に襲われた?」
「そう。ログとレクシアは盗賊に襲われて村から逃げ出した孤児よ。逃がしたのは二人の両親。父親は戦士で母親は魔術師」
「まさかその盗賊ってのは」
アクアが尋ねるとベアトリスはうなずいた。
「たぶんオウナイ一味ね。実はグレスタ城で魔術師の杖を見つけたの。それがかなり高級品で、リミアという名前が彫ってあった。そしてレクシアの記憶にある母親の杖も全く同じ造形だったし、その母親の名前はリミアだった」
「杖に名前が彫ってあったのか。だとしたら騎士団か軍隊の調度品だな。高級品な分、他者に使われないように固有名を刻む習慣がある。冒険者の魔術師や学院の魔術師にはない習慣だ」
「つまり、オウナイ一味に住んでいた村を襲われて逃げ出してきた子供ってわけか。別に珍しい話じゃねぇな」
「ログもレクシアも自分の親がどうなったのかは知らないと思うの。でも、あの杖を見る限り両親は死んでいると考えた方がいいと思うわ。だから・・・」
キャロンが遮る。
「それでなぜ私たちが手を貸す必要がある。確かに不幸なことかも知れないが、私たちには関係ない。オウナイ一味を討伐して、持っている宝物を回収するだけだ」
「キャロンもレクシアを見ればわかると思う。確かに魔術師の素質はないけど、あの精神力なら強い冒険者になれるわ。そのために戦いを経験させてあげたい」
「素質があるかどうかなんて関係ないだろう。私たちはただのC級冒険者だ。後輩を育てるような義務はない」
「それはそうなんだけど、あと六日もあるし、もう少し手伝ってあげるのもいいかなと思うのよ」
キャロンは渋い顔をする。そこにアクアが割り込む。
「ま、いいんじゃね。でまかせとは言え、一応ログにも修行をつけるようなこと言っちまったし、一日くらいなら問題ねぇだろ。それに私はログに○○になるように命令したんだ。今夜はたっぷり楽しめるぜ」
「そっちが目的か。だが、モンテスからは討伐依頼を受けられることになった。明日の朝依頼を受けて速攻片付けたい」
キャロンが予定を言うとベアトリスは不思議そうな顔をした。
「町に散らばっているオウナイ一味を集めなくていいの」
キャロンは全員を潰すつもりだったはずだ。しかしキャロンは肩をすくめる。
「それを明後日にするつもりだったんだ。本隊を潰して、町の奴らが城に戻ってきたところを返り討ちにする」
「それだと取りこぼしちゃうんじゃ」
「ある程度は仕方がない。こうなってしまった以上、全員を集めるのは難しいだろ。顔もわからないのに街の中で盗賊を探すのは無理だ」
ベアトリスは少し考えて応えた。
「私が印を付けた子がいるならすぐにわかるけど」
「すでに入り込んでいる奴はわからない。どうしてもぬけが出る」
「まぁ、そうね」
そこにアクアが割り込んだ。
「じゃあ、それをキャロンが調べて取りこぼしをなくせば良いんじゃねぇの。大体キャロンは今回何も成果を上げてねぇだろ」
「なんだと?」
アクアの挑発じみた発言にキャロンは目をつり上げる。
「だってそうだろ。オウナイ一味を特定したのは私。ログを見つけたのも私。ベアトリスは城のお宝を調査した。キャロンだけが何もしていないぜ」
「モンテスの依頼を見つけたり、近衛隊の情報を仕入れたりしただろう」
「でもそれって今回の依頼と関係ねぇことだろ」
「くっ」
確かに言われてみるとキャロンだけがこれといった結果を残していない。
「わかった。なら明日は何かしらの成果を上げてきてやろう。あんたたちがちゃんとログやレクシアを育てられるのか楽しみにしている」
「その前に、今夜はたっぷり楽しめるぜ。レクシアも参加させていいんだろ」
アクアが妄想を膨らませた。
「レクシアは病み上がりではないのか」
キャロンがベアトリスを見ると、ベアトリスは胸を張って応えた。
「ああ、大丈夫よ。栄養は無理矢理取らせたし、体も十分休ませたから。むしろ少しは運動した方がいいかも。それに昼間も寝ているレクシアをたっぷり味わったしね」
「では今日は早めに戻るか。まだ夜になったばかりだ。十分に楽しむ時間はある」
「そうね。媚薬使っちゃおうかしら」
「それいいな。男はログしかいないんだから、すぐへたれないようにたっぷり精力を高めてくれよ」
三人は食事と酒を楽しんで、早いうちに宿に帰った。
※※
別の場所の安酒場。キャロンたちはアクアが顔ばれしているため、比較的良い酒場の個室を使っているが、この底辺の安酒場にはみすぼらしい身なりの男たちが集まる。
そこにバム一家がいた。
バム一家は次々と出されるアルコール度数が強いだけの酒を飲み、量だけが取り柄の料理を食べていた。
いきなり四十代くらいの一人の男が現れた。例の御者である。彼はバムに近づいて、小声で言った。
「親分、集落に馬車が帰ってきやせん」
バムはその男をにらみつける。
「奴らだって馬車を持ってこないと金にならないことくらいわかってるんだ。心配ならおまえが手伝いに行ったらどうだ」
「それは・・・」
バムは鼻で笑う。
「金ほしさに必死で戻ってくるさ。ちょっと遅れているだけだろ」
「わかりやした」
その御者は酒場を出て行った。
「御者をやるしか能が無い臆病者が」
バムが吐き捨てる。
「だが、あれは十分に使える。町の通行証を持っているんだからな。俺の貸し馬車屋は大したもんだろ」
バムの弟であるネーヴが自画自賛する。
「もう一人使える御者はいないかな。あの男が堂々と戻ってこれるのは二日後だ。それまでは商売あがったりじゃないか」
バムの三男のツーグが不平を言う。長男ラスカルが答えた。
「俺と兄者もこの町にいないことになっているんだ。どのみち商売なんてできないだろ」
次男のバーグラが答えた。
「いつからツーグはそんなに仕事熱心になったんだ。適当に稼いで思いっきり使い切る。むしろ今くらいのペースが丁度良い」
長男のラスカルも続ける。
ネーヴはグレスタで貸し馬車屋を開いているが、それはもちろん、金持ちを騙すためである。このアイディアはネーヴの発案だ。とはいえ、最近は店の周りを衛兵がうろうろするようになってきていた。ネーヴの店で馬車を借りた人物が次々と行方不明になるからだ。一度店を調べられたこともあるが、もちろん奪ったものは全てアジトにあるし、帳簿自体も不正はないので、事なきを得た。
「馬を一頭殺しておいたからな。奴らも今夜はパーティだろうぜ」
バーグラが言うと、バムは少し眉をひそめた。
「馬を殺すのはもったいないぞ。金になるんだ。もっとうまくやれなかったのか」
「ジジィとはいえ、相手がまっとうな騎士だったからな。正面からやり合っても勝てる分けねぇ。馬は惜しかったが命あってだ。その代わり、ババァの穴はしっかりもらったぜ」
ラスカルが下卑た笑いを浮かべる。
「女がいる仕事は最高だな。どうせ助からないのに必死に命乞いするから、好き放題にできるぜ」
ツーグも昼のことを思い出してだらしなく相好を崩す。
「楽しむのは結構だが、あまり時間をかけていると他の奴らに見つかる。羽目を外しすぎないようにしろよ」
バムが釘を刺した。
「ツーグは早いから問題ないぜ」
「何だと兄貴!」
兄弟たちのじゃれ合いが始まった。
彼らから離れた席で、一人静かにお酒を飲んでいる男がいた。その男は御者が店を出ると、すぐに支払いを済ませ店を出て行った。
エイクメイである。
エイクメイは一日中順風亭で、ビキニアーマーの女や皮鎧を着けている大女が来ないか見張っていた。途中、ベガーが戻ってきて、バム一家のアジトを見つけたと報告した。順風亭を離れたくないエイクメイは、ベガーにそのままオウナイへ報告に行かせた。
夕方になって、そろそろ冒険者の宿が混み始めると思ったので、その前に軽く食事を取るために冒険者の宿を出たが、そこで偶然バム一家を見つけた。すぐに捕らえたかったが、相手は四人である。ジャークやピロックと合流していない今、一人でバム一家にちょっかいをかけるわけにはいかない。
エイクメイはバム一家を追ってこの店までやってきた。まだ夕食には早い時間だったが、バム一家は店に入ってすぐに宴会を始めた。
顔を見せるわけにはいかないので、エイクメイもあまりそばには近寄れない。そのせいで話しも聞こえてこない。どうしようかと思っていたときにあの御者が現れた。エイクメイはあの男から情報が引き出せるのではないかと考えた。
エイクメイが御者の後を追って行くと、彼は貸し馬車屋に入っていった。エイクメイはその店を見張った。しばらくすると御者は裏口から出て厩に向かった。エイクメイは御者に近づいて後ろから羽交い締めにした。
「な、なっ」
御者は慌てるが、エイクメイは力で押さえつけ、御者を地面に引き倒し剣を突きつけた。
「ひっ、ひっ」
御者は情けない声を上げて震えた。
「おまえ、バム一家と知り合いだな。奴らが何をしているのか教えてもらおうか」
「し、知らない。何も知らない!」
エイクメイは男の腹に剣を突き刺す。
「ぎゃっ」
「まだ、この程度じゃ死なないが、更に押し込むとどうなる?」
「な、何で、そんな」
御者は支離滅裂な言葉を叫ぶ。
「全て話せば生かしておいてやる。おまえがバムに話しかけていたことは知っている」
「わ、わかった。何でも話す。だから、助けてくれ!」
御者は震えながら、今までやってきた貸し馬車による強盗行為を話した。全てを聞き出してからエイクメイは剣を抜いた。御者は腹を押さえてうずくまる。
「ちょっと刺さった程度だ、死にはしない。おまえは今まで通りにやれ。いいか、俺のことをバム一家に絶対話すなよ。もし話したときは命が無いと思え」
そして腹を抱える御者を放置して、エイクメイは貸し馬車屋を後にした。
「なかなかいい商売だな。俺たちも真似した方が良いな」
エイクメイは独り言をつぶやいた。




