(21)討伐の依頼
キャロンはレクシアに食事をさせているベアトリスを置いて一人で街に出た。
「あいつはちゃんとログを探しているだろうか」
アクアは普段が目立つ格好なので服を着て髪の色を変えれば簡単に変装できてしまう。アクアがいうことを聞いているのなら、の話だが。髪の色はともかく、暑がりのアクアは服を着たがらない。
キャロンはログを探しながら町を歩き回る。昨日と同じ大通りを歩いていると、キャロンの脇を一台の馬車と四頭の馬が走り抜けていった。昨日見たギルバート家の老騎士の姿がある。それとは別に粗末な鎧を着た屈強な男が二人いた。
護衛四人というのは妥当なところだが、どうにも雇われたであろう二人の護衛はうさんくさい気がした。
「まぁ、関係ないことだが」
キャロンは彼らを見送ったあと、更に町を散策し始めた。
グレスタは時代とともに拡大していったようで、町を囲う石壁は途中から取っ払われていた。石壁は柵に変わり南に進むほど畑や牧草地が広がっている。
キャロンが町の南に来たのは、ログがレクシアに出会わないように街中から離れた場所に居着くだろうと予測したからだ。
南側は農地や湖があるので農業手伝いや漁業手伝いが比較的可能性があるはずだ。
下働きならこの時間外で働いているだろうと考えたが、畑で働いている人を見渡してもログらしき人はいない。
「やはりこういう作業はベアトリスが得意だな」
試しに何人かに声をかけてみたが最近雇われた人はいないとの話だった。農地を歩き回ってみたが、ログらしき人影は見当たらなかった。
「外れか。だったら店の従業員の線か」
全てを見て回ったわけではないので結論を出すのは早いが、どうにもここで見つかりそうにはない。
キャロンは農地を迂回して先に進んだ。すると大きな湖に出た。薄い靄が立ちこめているので向こう岸は見えない。あまり綺麗な感じがしないのは農業水が流されているからだろう。色が付いていて泡立っている。
湖の周辺を歩いていると、見知った人物に出会った。
「モンテスさんか」
キャロンが声をかける。じっと湖を眺めていたモンテスが振り返った。
「ああ、キャロンさんでしたかな」
「散歩していたのか」
「ええ、年を取ると足腰が弱ってきますからな」
「ここは屋敷からかなり離れていると思うが」
キャロンでもかなり中心部から離れたと思っているのだ。散歩にしては大がかりだろう。
「ゆっくり午前中をかけて歩くことにしているんですよ。それに私の先祖はグレスタ湖にある鉱物を利用していろいろな魔道具を作っていたのです。私もたまに材料集めに来ているのですよ」
モンテスは穏やかに語る。いっそここで昨日の報告をしてしまおうかとも思ったが、それは散歩の邪魔になりそうなのでやめた。午後に報告するという約束だ。
「なるほど。私もグレスタの町を散策しているところだ。午後にまたそちらに伺う」
キャロンが立ち去ろうとすると。モンテスが声をかけてきた。
「あまり奥まで行かない方が良いですよ。グレスタ湖は魔獣がよく出るのです。ここは町の中ですからそれほどでもありませんが、湖に沿って進んでしまうと危ないでしょう」
「ありがとう」
キャロンは興味が引かれたが、今はログ探しが最優先なので、町の方に戻ることにした。
キャロンが街の方に戻っていくと、衛兵の詰所からダグリシアの近衛隊が出てくるのを見た。やはり昨日のうちにグレスタまでたどり着いていたらしい。オウナイ一味の情報を得るために衛兵に協力を求めたところなのだろう。今のところグレスタ城の異変に気づいたのはモンテスのみで、依頼を受けたのも自分たちだ。まだ衛兵が情報を持っているとは考えづらい。ただ、グレスタ城という廃城は盗賊の居場所としては都合が良い。彼らがグレスタ城の存在に気がつくのは時間の問題だ。
キャロンは近衛隊につてがなく、彼らから直接情報を得ることができない。アクアは近衛隊とも派手に遊んだことがあるようだし、ベアトリスは近衛隊の中に恋人が存在するらしい。自分ももっと近衛隊と遊んでおけば良かったと思うが、キャロンはどうしても貴族階級の人間と懇意にしたくない気持ちがあった。そのせいで、貴族との接点は少ない。
キャロンは彼らを避けるように移動した。
午前中いろいろと聞き歩いたが、結局ログの手がかりはつかめなかった。
午後になってキャロンはモンテスの屋敷を訪れることにした。少なくとも、調査依頼は終わっている。すぐに報告して討伐依頼を受けた方が良い。
扉をノックすると、バロウズが現れた。キャロンはバロウズを見て舌なめずりする。昨夜はスピナを大いに味わった。今夜はバロウズだ。
バロウズに案内されてキャロンは応接室に入った。すぐにモンテスが現れ、お互いソファーに座る。
「早かったね。本当に今日報告に来るとは」
「昨日言った通りだ。私たちは腕利きなんだよ」
バロウズがお茶を入れて運んできた。キャロンは微笑みを返したが、バロウズは社交的な笑みのまま下がっていった。
キャロンは改めて城の状況を報告する。城に居座っているのはオウナイ一味という盗賊でモンテスが盗賊を見つけた日の前日あたりに入り込んだ可能性が高い。人数はたぶん三十人程度。魔術師が一人いる。
「そんなことまで調べてきたのかね」
モンテスが驚く。
「これくらいたやすいよ」
「城は破壊されていなかったかね。特に塔の間にはあまり入られたくはないのだ」
「正確にはわからないが、たぶん無事だろう。基本的には三階より下に居住しているようだった」
ベアトリスの報告では二階以上に盗賊たちは入り込んでいないようだ。モンテスは考え込んだ。
「彼らは城を去ってくれるだろうか」
「そうそう去る気は無いだろう。むしろ、私はオウナイ一味がこの町に入り込む可能性を考えている」
モンテスは驚いた顔をした。
「盗賊が町に? 町には衛兵がいる。さすがにそれは無理だろう」
「ターゲットの可能性があるのはモンテスさんだろう。あの城のことを気にかけているのはたぶんモンテスさんだけだ。彼らは当然城に人が来てほしくない。それなのに冒険者の調査依頼があったんだ。奴らは城について調べようとしている人を排除したいだろう」
「なるほど」
モンテスはうなった。
「もちろん私の考えすぎかもしれない。しかし、町から城までは一直線だ。自分たちを守りたいと思えば、盗賊どもがグレスタで監視するのは当然だと思う」
実際にアクアのせいでかなりの盗賊たちがこの町に入り込んでしまっている。キャロンの言葉にモンテスは少し笑う。
「だから、討伐の依頼を出してくれと言いたいのだね」
キャロンも笑った。
「あからさますぎたかな。だが嘘を言っているつもりはない。そして、私たち三人なら確実にオウナイ一味を排除できる」
モンテスはキャロンをじっと見た。
「君は魔術師だね。攻撃魔法を得意としているのかな」
キャロンは首をすくめる。
「私は魔法を使うこともあるだけの戦士だ。魔法は私の戦う手段の一つにすぎない」
「魔法を手段と言い切れるならそれ相応の魔法を記憶していて自由に使えるということだろう。なかなか素晴らしい魔法のセンスを持っているのだね」
呪文を覚えて唱えれば魔法を使うことはできるが、この呪文というのが無意味な音の羅列でありリズムもそれぞれ違う。たくさんの呪文を覚え発動させるというのはかなりセンスが必要となる。
「確かに私は多くの呪文を魔法書から学んだが、必要なときに必要な魔法を作ってもいる。もっぱら冒険者の仕事で使うのはオリジナルの魔法の方だよ。そして私は本当の魔法とはそういうものだと思っている。魔法書の魔法だけでは自由度が低い」
「ほう」
モンテスは面白そうに相づちを打った。
「師や魔法書から学んだ魔法ではなく自分で魔法を作っているのかね。それは研究魔術師の仕事だとばかり思っていたよ。実践的な魔術師は普通既存の呪文を使いこなすことに特化していると聞く」
一般的に知られている魔術師は基本的に魔法の研究はしない。呪文を覚えて使うのみである。しかし貴族社会では魔術師と言えば研究魔術師を指すことが多い。彼らは魔法を使うことよりも知ることに興味を持つ。
「普通はそうかもな。呪文を作るよりも呪文を覚える方が遙かに楽だし効率的だ。しかし魔法で自分がやりたいことを実現するためには、既存の呪文の中から探すよりも作った方が早いんだ。そもそも呪文を作るのは難しいわけじゃない。呪文は体内の魔力をイメージどおり形作らせるためにある補助的な音の羅列にすぎない」
モンテスは今までになく喜ぶ。
「うむ。面白い考えだね。呪文は体内の魔力をイメージ通り作らせるための音の羅列とは、興味深い。一般的には呪文の言葉の意味を解析し、そこから魔法を作り上げる研究をするものだ。実際にそれで多くの呪文が作られているのも事実だからね。しかしキャロン君の言うようにこのやり方にも疑問もある。未だに呪文を言語のように系統立てて解析することはできない。これは呪文の元になった言語が異なっているのではないかと想像されているよ」
「私もそれは知っている。それなりに魔法書は読み込んだつもりなんだ。だが、様々な系統の魔法を実践で使っていくと、呪文が言語であるということに疑問が湧く。私は呪文をただの無意味な音の羅列だと思っている。それに私の仲間の一人は私が学んだ魔法とは全く別系統の魔法を使う。その中には全く呪文を使わないのに効果が私の想像を越えるものまである。魔法研究者の理論だけが真実に近いとは思えない」
モンテスは大きくうなずく。
「その通りだ。魔法研究者といっても、みんな自分の理論が正しいという前提で魔法書を書いているからね。相互には矛盾もある。私自身は魔道具を作るだけのしがない魔法研究者で魔法そのものを研究しているわけではないけれど、仲間内で話しているとそれぞれの使い手によって魔法の質が変わってしまうことには疑問があったよ。全く同じ呪文を唱えているのにできあがる魔道具に違いが出るんだ。それがなぜなのかも研究したことはあるね。もっとも魔術師同士で議論すると、最後は争いになってしまうのだけどね」
キャロンも笑うが、すぐに冷静さを取り戻した。
「魔法の話は楽しいが私は仕事がしたい。そろそろ話を戻して良いだろうか」
モンテスは軽く笑う。
「君たちに自信があるというのなら私に断る理由はない。ぜひ彼らを追い出してくれ。直接依頼をしたいところだが、やはり冒険者の宿を通しておかねば。彼らも生活がかかっておる」
「冒険者の宿を通すと、あなたの名前がオウナイ一味に知られる可能性がある。危険だ」
「形式だけだよ。指命依頼にするさ。だから張り出されることはないだろう。明日受付で直接依頼を受けられるように今日中に順風亭に使いを出すことにするよ」
「期限は」
「急ぎはしない。確実に追い出してくれれば良いよ」
キャロンは立ち上がる。
「わかった。早めに終わらせる。楽しみにしていてくれ」
キャロンとモンテスはしっかり握手をした。
キャロンはモンテスに好感を持っていた。もちろんキャロンに老人趣味があるわけではないので、そっち方面の好感ではない。ただ、モンテスの魔法に関する知識とそれを押しつけない謙虚さ、そしてあまり面識も無いのにキャロンを信頼してくれるその心意気に好感を抱いたのだ。
キャロンはモンテスの屋敷を出たが、そのまま屋敷を見張った。
しばらく待っているとバロウズが屋敷から出てきた。キャロンは素早くそばによる。
「順風亭に行くんだろ。私もちょうど行くところなんだ。一緒して良いか」
バロウズは少し驚いたようにキャロンを見た。
「キャロン様でしたね。先ほどは失礼いたしました。もちろんかまいませんよ」
そして二人は歩きだした。すかさずキャロンはバロウズに話しかけた。
「バロウズさんはずっとモンテスさんに仕えているのか?」
「いえ、モンテス様が屋敷に住まわれるようになってからですから。そうですね。十年経ったか経たないか」
「奥さんはいるんだろ」
「いえ。ずっと独り身です。事務仕事が性に合っていましてね」
バロウズは穏やかな笑みを浮かべた。キャロンがにやりと笑む。
「それじゃ。寂しいだろう。たまには羽目を外して楽しんだ方が良い。いつも閉じこもっていると老けるのが早くなるぞ」
「もういい年ですし、今更羽目を外して楽しめば体を壊しますよ」
「じゃあ、羽目を外さない程度に楽しむのが良いな。気分転換は重要だ」
「それは考えたことがありませんでしたね。しかしそんな方法は知りませんよ。朝軽く体操すれば良い気分転換になりますし」
「私が良い方法を知っているよ。ぜひバロウズさんに教えたい。きっとやみつきになると思うんだ」
そろそろ順風亭が近い。一気に口説き落としたいところだ。
「おーい、キャロン」
その時大声で呼ばれてキャロンは立ち止まった。見ればログを背負ったアクアが遠くに立っていた。
「お仲間がいらしたようですね。では、私はここで」
バロウズは穏やかに挨拶してキャロンから離れて歩いていった。キャロンは舌を打ちする。タイミングが悪い。
アクアがキャロンのそばまで来た。ログは何かぐったりしていた。だいたい想像は付く。アクアに背負われて高速で走られれば、気持ち悪くもなるだろう。
「ログは街道で見つけたぜ。すぐに宿に戻ろうぜ」
「変装もせずに堂々と街中を歩くんじゃない。第一、帰るならさっさと帰れ。私は今夜の相手を捕まえるところだったんだ」
「おまえだけに良い思いなんてさせるかよ。いいから、早く帰るぞ」
相変わらずアクアは変装すらしていない。キャロンは渋々、アクアについて宿に戻った。
部屋に戻るとまだレクシアとベアトリスはベッドの中で寝ていた。食事がなくなっているので、朝食は食べきったようだ。
アクアとキャロンが帰ってくると、ベアトリスも起きた。ログはもじもじと居場所がないような態度だった。気持ち悪さからは回復したらしい。
「お兄ちゃん」
そのうちレクシアが目を覚まし、体を起こしてログを見つけた。驚きの声を上げる。そして目に涙を浮かべた。しかし布団が落ちると素裸のレクシアが見える。ログはすぐに後ろを向いた。
「今更恥ずかしがってもねぇ」
それでもレクシアは布団を胸まで引き上げて体を隠した。そういうベアトリス自体が裸である。ログはやはり正面を向くことができなかった。
「で、レクシアは元気になったのか。保護者を連れてきてやったぜ」
「まぁ、だいぶん良くなったと思うわ。それから、レクシアの病気は疲れのせいだけじゃないわ。ログとの話し合いの不足よ。レクシアはログがいなくなったのを自分の責任だと感じている。それがレクシアの心をむしばんだのよ。少し二人で話し合ってこれからのことを考えなさい」
ベアトリスはベッドを降りてレクシアに命じた。
「何だよ。良くなったのかよ。だったらこいつはいらなかったかもな。まぁ、いい。そっちは勝手にやってくれ」
アクアがログの頭を叩く。ベアトリスはベッドを降りていつものローブを羽織る。腕を通して前を閉じればいつも通りのベアトリスである。
二人きりにするため、キャロンとアクアは扉に向かおうとした。その時ログはレクシアに力強く宣言した。
「レクシア。僕はアクアの弟子になったんだ。一緒に修行して強くなろう」
キャロンが立ち止まる。
「なんだと?」
キャロンが冷たい視線でアクアを見た。アクアはキャロンから視線を外した。
「えっ? 弟子? アクアが?」
ベアトリスも驚いた目でアクアを見ていた。アクアは目をそらしたままだ。
「これは話し合う必要があるな。ログ、レクシア。私たちは出かける。あんたたちはこの部屋で夕食をとれ、夕方になったら扉の入り口に置かれるだろうから、バレないように回収するんだ」
キャロンはすぐに外に向かう。アクアとベアトリスもそれに続いた。キャロンは今夜の食事を扉の前に置いておくようにフロントに依頼してから宿を出た。




