(19)盗賊たちの行動
翌朝、エイクメイたちが宿を出ようとした時、ベガーとホーボーに出会った。
「おまえたちもこの宿だったのか」
エイクメイを見て彼らも驚いたようだ。ベガーとホーボーは昨日の朝にグレスタに向かい、商人との繋がりを付けるよう指示された盗賊たちだ。当然、その後のアクアが城に新有した事件は知らない。エイクメイもグレスタに入ってすぐに彼らと連絡を取りたかったが、いる場所がわからないので、三人だけで調査に当たった。
「エイクメイさん。どうしてここに」
エイクメイはその場では何も話さずに彼らを促して宿を出た。そしてすぐに物陰に潜んだ。エイクメイはベガーとホーボーにこれまでの事情を説明する。
「私たちも手伝いますかい?」
ベガーが言う。
「そうしてくれ」
エイクメイは応えた。人は多い方が良い。一刻も早くあのビキニアーマーの赤髪を見つけなくてはならない。冒険者の口を封じることが何より優先する。商人との繋がりをつくるなんて後回しで良いはずだ。
「相手はどんな奴です?」
「紅毛で小柄の冒険者だ。露出の多いアーマーを着ている」
ベガーが苦笑する。
「見つかったんなら服は替えたでしょうさ。背丈と髪の色以外に何か特徴はありますかい。肌の色とか、顔に特徴的なアザがあるとか」
エイクメイはジャークを見た。ジャークは思い出そうと目を閉じた。
「いや、体は覚えているんだけど、顔はねぇ。胸も尻もちゃんと張っていて、肌は少し浅黒い感じだな。顔、顔ねぇ・・・」
「髪の長さはどうだった?」
ベガーが聞く。
「短めだったな。うなじが見えるくらいだ。結んでもいない」
改めて聞かれるとエイクメイ自身も印象しか残って無い。裸の後ろ姿を見ただけなので、体付きはわかっても顔は全く覚えていない。ベガーは困った顔をした。
「まぁ、怪しい奴がいたら押さえておきますわ。俺とホーボーは商人ギルドで聞いた相手を回る予定でしたんで。そのついでになりますが」
「ああ、それでいい。ジャークとピロックは街の中を探してくれ。俺は冒険者の宿に居座って相手を探す。俺たちのことを報告に来るはずだ」
五人は打ち合わせを終え、裏路地を出た。
そこで、エイクメイは目の前を通り抜ける馬車を見た。一頭立ての小さな馬車に、老騎士二人と若い戦士風の男が二人。エイクメイはその若い男たちに見覚えがあった。
「あいつら。この辺りで商売をしていやがったのか」
若い戦士風の男はバム一家のラスカルとバーグラだった。そいつらが馬車の護衛をしている。彼らは自分たちを裏切ってから、この町を拠点に仕事をしていたらしい。バム一家は自分たちの顔を知る人間である。このまま放ってはおけない。
「ベガー、急いであの馬車を追ってくれ。ホーボーはアジトに戻って、バム一家のラスカルとバーグラを見つけたと報告してくれ。カイチックは城に俺たちがいることがバレるのがまずいと言った。だから商人との繋がりは後回しだ。まずはバム一家を排除することを優先したい。俺たちはこのまま街で冒険者を探す」
「しかたがねぇな。まだ調査も進んでいなかったんですがね。馬を借りますぜ」
「ああ、ベガーはそうしてくれ。くれぐれも見つからないように。ホーボーは悪いが走って行ってくれ」
彼らは二人で馬に乗ってきている。ベガーが使えばホーボーの分はない。
ベガーはすぐに厩に向かい、ホーボーは門の方へと走り出した。エイクメイは残りの盗賊たちを見る。
「おまえたちは予定通りこの町の探索だ。俺は冒険者の宿に行く」
エイクメイは二人と別れ、冒険者の宿に向かった。
※※
エレイン婦人はダグリシアにいる親戚からの手紙に驚いた。
手紙の内容はエレイン婦人の持つ「星のネックレス」を貸して欲しいというものだった。「星のネックレス」は家宝の一つ。死んだ夫の家に伝わっていたものである。親戚が借りたい理由は、この「星のネックレス」と対になっていた「月のネックレス」を盗賊に奪われたからと言うことだった。ジョージ王が「月のネックレス」を見たいと所望しており、「星のネックレス」で当座をしのぎたいとのことだ。
もともとはエレイン婦人の持ち物ではないとはいえ、今はエレイン婦人の宝である。本来は断りたかったが、手紙を届けに来た老騎士二人の必死の説得に折れるしかなかった。そして、どうせならついでにダグリシア観光をしようと、エレイン婦人は自分も行くことを騎士たちに伝えたのだった。本音では「星のネックレス」をそのまま奪われたくはなかったのである。
老騎士たちはエレイン婦人を連れて行くことに難色を示した。自分たちだけなら何とかできるが、エレイン婦人を護衛しながら街道を進むのなら人手が足りない。しかし断るわけにも行かず、彼らは馬車を手配することにした。
老騎士たちはエレイン婦人の館を出ると早速貸し馬車屋を探し、店主に用件を伝えた。
「なるほど。ダグリシアまでですね。乗るのは女性一人だけですか。御者はどうします?」
「御者は雇えないのか?」
一人の老騎士が言う。
「いえ、もちろんご用意できますよ。なんなら護衛も用意しましょうか。ここからダグリシアまでは馬車でも丸一日はかかりますからね。道中は盗賊も多い。まぁ、それなりにいただかなくてはなりませんが」
貸し馬車屋の店主は金額を提示した。老騎士が眉をひそめる。
「高いぞ。こんな金額は払えん」
「ですが、盗賊が出たとき、馬車に残されたご婦人を守りながら盗賊を追い払うなんて、お二人には難しいのではないですか。そう考えればこれくらいの金額は仕方がないでしょう。まぁ、わかりました。御者の分はサービスしておきます」
店主は提示金額を下げた。それでも高い気はしたが、老騎士はその金額で契約することにした。
「じゃあ、ここにサインを。いえ、お二人でなくても良いです。代表の方で」
一人の老騎士が契約書を読んでサインをした。すぐに前金を払う。
「マシュー様ですね。残りの代金は明日馬車をお貸しするときに。もしダグリシアからグレスタまでお帰りの際もご使用でしたら、ダグリシアでの滞在費もいただきますが」
「それは必要ない。ダグリシアにはつてがある」
更に金を取られそうになったのでマシューは慌てて断った。
そして翌日、いよいよエレイン婦人たちはダグリシアに向けて出発することになった。護衛たちは多少みすぼらしい格好をしていたが、剣を持つ姿はそれなりだった。
「俺はラスカー。道中よろしく頼むよ。騎士様に比べれば全然頼りにならないと思うけど、しっかりご婦人を守らせてもらうよ」
「俺はバーグー。ラスカーの弟だよ。こんな素晴らしい騎士のお二方と旅ができるなんて、とても光栄だよ。後でみんなに自慢しなくちゃな」
厳つい見た目にかかわらず、笑顔で人なつっこい二人だった。道中も、彼らは良く老騎士たちに話しかけ、老騎士が答えるととても感心した様子で褒め称えた。初めはうるさく思っていた老騎士たちも、それなりに持ち上げられて、気分良く打ち解け始めた。
馬車の中のエレイン夫人は彼らに興味を持たず。ただつまらなそうに外の景色を眺めていた。
町を出てしばらく進んだところで、バーグーが声を上げた。
「マシューさん。前に人がいるようだ」
見ると、前方の少し離れた辺りで、道端に一人の男が倒れていた。
マシューの合図で御者が馬車を止める。
「俺、ちょっと行ってきますよ」
そしてバーグーはすぐに馬で倒れた男のところに行った。バーグーは馬から下りて少し男を調べると、手を振ってこちらに来るように合図をした。
ゆっくり騎士たちと馬車が近づいた。バーグーは倒れていた男を引きずって道の脇に押しやっていた。
「行き倒れです。よくあることですよ。放っておきましょう」
マシューも馬を下りてバーグーに近づいていった。
ラスカーも馬を下りた。老騎士の一人だけ、馬に乗ったまま馬車のそばで警戒を続けていた。
マシューがある程度離れたところを見計らって、ラスカーは老騎士の馬の首を下から剣で突き刺した。
「うわっ、な、何だ」
その騎士は馬に何が起こったのかすぐにはわからなかった。しかし暴れる馬から振り落とされる。馬もそのまま倒れた。
「どうした。エドガー」
騒ぎに振り返ったマシューだったが、その途端、後ろから剣で胸を突き刺された。
「お、おまえは!」
マシューは倒れながらも振り返る。バーグーだった。先ほどまでの優しい笑みはもう無く、冷酷な笑みが浮かんでいた。マシューが倒れたところに、バーグーの無慈悲な剣が振り下ろされた。
バーグーの背後で、行き倒れと言われた男も立ち上がる。
外の騒ぎにエレイン夫人は悲鳴を上げた。
「早く、馬車を出すのだ!」
馬から落とされた老騎士は折れ曲がった足を押さえながら叫ぶ。しかし御者は御者席から降りてしまった。
「一頭はもったいなかったですが、とりあえず残った方はもらっていきますわ」
そして御者はマシューの乗っていた馬の方に行く。
倒れたエドガーの背後にラスカーが近づいた。
「盗賊には気をつけな」
そしてラスカーは剣を振り下ろした。
悲鳴を上げて馬車から降りて逃げ出すエレイン夫人を、ラスカーとバーグーが捕まえて服を引き剥いだ。
「持ち物からナニまで全部もらっていくぜ」
エレイン夫人の恐怖の悲鳴が響き渡った。
その集団を遠眼鏡で見ている男がいた。ベガーである。馬を道脇に隠し、這いつくばってその襲撃を眺めていた。
御者は馬を連れて道を外れていった。こちらに戻ってくると鉢合わせるのでひやひやしたが、恐らく近道でも知っているのだろう。
残った三人の男はエレイン夫人に乱暴し、馬車の中の荷物を回収した。
全てが終わると、三人の男たちは馬車や死んだ馬を放置して去って行った。
ベガーは立ち上がって、三人の後を追いかけた。
※※
日が上がると共に僕は森を歩き出した。
まだ食料はあるけど、狩りの練習も始めようと思う。他にも水場を探さないといけないし、火も必要だ。魔法が使えない僕は、父さんに教わった通り、木をすりあわせる方法で火を作らなくちゃいけない。やっぱり僕はいろいろ足りないのだと思う。
水場を探しながら森の中を散策していると、昨日の森とは違う事に気づいた。僕の知っている草木がない。まるで植生が変わったかのように、明らかに毒のありそうなキノコや草が生えている。
少しここから離れようと思い、更に森の奥へと入っていく。だけどどうにも歩きにくい。木の根がせり上がっていてでこぼこだし、光があまり入らなそうなところでも草が茂っていて、かき分けないと前に進めない。
突然、危険を感じて横を見ると巨大なヘビが僕に飛びかかろうとしていた。僕は走って逃げ出した。蛇が追いかけてくる。
昨日はこんなに危険を感じなかった。むしろドノゴ村の周辺にあった森と同じように平和な感じがした。
ヘビから逃げ切ると、今度は前の茂みががさがさ音を立てた。大型獣のような音だ。ダークドッグのことが思い返される。今大型の動物と戦うのは避けたい。僕は更にそこから逃げるハメになった。
ところが、どう進んでも立ち止まると何かが襲いかかってくる。具体的な姿は見えずに、こすれる音やうなり声が聞こえる。何か森全体に敵意をもたれている気がした。
そうこうしているうちに僕は森の外の草原に出てしまった。草原の中を走っていると急に今までの圧力が無くなった。
僕はやっと身に迫る危機を脱したことを感じた。森を振り返ると女の人の笑い声が聞こえた。僕の頭にうるさいくらいに響く。
僕は理解した。昨日追い払った魔獣が意趣返しに僕を森から追い払ったんだ。名前は忘れたが、森の主人を気取る魔獣が居ると聞いたことがある。僕は肩を落とした。
まぁ、仕方がない。ここからは草原を歩いて行こう。森にこだわる理由は無い。今回は追い出されただけで済んだけど、本当に目の前に魔獣が現れたら対処できないのだから。
草原を少し進んだところで騒ぎの音が聞こえた。街道の方だ。
町と町を繋ぐ街道は整備されていても管理はされていない。どうしても行き交う人を狙う盗賊が多くなる。
僕は迷う。あれが盗賊なら、このまま進むと襲撃後の彼らと鉢合わせる可能性がある。しかし音から逃げる方向だと昨日の町に戻ることになる。戻って別の道を進むという選択肢もあるけれど、僕は前に進むことを選んだ。何か特別な理由があったわけじゃない。もちろん僕がその騒ぎを止められるとか、うぬぼれているつもりもない。単純に戻るのが嫌。それだけのことだ。その代わり十分に注意して進もうと思った。
僕は草原をゆっくり進んで、その問題の場所を見つけた。少し離れた街道に馬車がある。しばらくの間見ていても変化は無かった。
多分襲撃された後。ということだろう。盗賊たちは去ったんだと思う。僕はその馬車に向かうことにした。
一見ただの停車中の馬車に見える。馬がのんきに首を振っている。
でもそこは襲撃された跡だった。一頭馬が倒れて死んでいた。そしてその周りで人々が倒れていた。
風に血の臭いが乗って漂い、僕の背中がぞわぞわと震えた。
斬られて死んだと思われる老兵士が二人。そして首を絞められて死んだと思われる中年くらいの女性が一人。
何か自分の未来のような気がして目が離せなかった。弱い者は殺される。
馬車の中は空。
変に思う。たった三人で街道を進むものだろうか。よほど急いでいたのか。
死んだ馬はこの兵士のものだとして、なぜ一頭の馬だけ残されているのかわからない。馬は貴重品だと聞いたことがある。村から離れたことがなく、父さんから冒険話を聞いていただけの僕には、これが普通なのか異常なのか判断できなかった。