(18)レクシアの病気
ベアトリスは夜の道を走った。
「あーあ、アクアの趣味悪! 私も楽しみたかったのに」
落ち込んでいるアクアに同情して、ベアトリスはアクアのナンパに付き合った。そこで出会った冒険者は熊のようなカーランクルズと禿げのキュームレセズ、チビのコリキュリの三人組だった。アクアに言い寄られて鼻の下の伸ばしまくる三人だったが、ベアトリスにとっては論外である。
仕方がなく、彼らの仮住まいまでアクアを届けたところで、用事があると言って抜け出してきた。そしてそのままグレスタ城へと向かったのである。
キャロンたちが教えてくれた方向をまっすぐ走っていくとやがて城が見えてきた。ベアトリスは姿を消しているので、立ち止まらずにそのまま城に近づいていった。
「見張りは二人。眠そう」
入り口から入るとバレそうなので、周囲を回る。厩があったので中を確認したが、馬が五頭いただけで盗賊はいなかった。そのまま周回して裏口を見つけた。当然鍵はかかっているが、ベアトリスは簡単に外せてしまう。扉を触った時点で扉も結界の領域に含めるので、扉を開く音も出ない。アクアは素早く中に入り鍵をかけ直す。
「変な作りね。一階は土間なんだ。部屋と言うよりも倉庫や納屋って感じかしら」
ベアトリスは一階を歩く。盗賊たち数人がランプの明かりでカードゲームをしていた。
「くそ、負けた。もう寝ようぜ。交代の時に起きれねぇ」
「そうだな。だが、先に金払いな」
男たちは床の敷物の上で寝転がった。どうやら表の見張りの交代要員のようだ。
ベアトリスは一階から散策を始めた。
見張りが寝転んでいる中央の部屋には、大きな馬車が三つ並べてある。ベアトリスは近寄って調べる。
「これで荷物を運んできたのね。結構大所帯みたい」
他の小部屋も見て回ると、一つの部屋には食料品が無造作に詰め込まれていた。
「一部腐ってきているけど、大丈夫かしら」
どちらにせよ数日以内にはまた調達に行かなくてならないだろう。その場合、グレスタで普通に買い出すのか、やっぱり盗賊行為で奪い取るのか。
ベアトリスは次の部屋を調べた。
「ここは武器庫ね」
剣や槍などの武器や皮鎧や鉄鎧などの防具が無造作に置いてある。全て奪ってきた物なのだろう。武器はあまり質の良いものではなさそうだし、防具は不揃いでサイズもばらばらだ。全体に数もそれほど多いわけではない。いくつか手に取ってみたが、かなり傷もあった。
その中で一つ魔術師の杖が置いてあるのが目立った。魔術師の杖は先端に宝石が付いた木の杖で、たいていの魔術師が使用している。キャロンも持っているがキャロンのものはごつくてまるで鈍器のような形状をしている。一方ベアトリス杖を持っていなかった。
杖の効果は魔法の増幅であるが、勲章的な意味合いも強い。たいていの杖は師匠から弟子に送られるからだ。もちろん自分で作ることもあるが、杖を持っていることが魔術師の証明ともなる。
「アクアに傷を付けた魔術師のもの?」
しかし普通なら杖は常に身近なところに置いておくものであり、武器庫に放置すべきものではない。
「いや、戦利品か」
ベアトリスは杖を持って軽く魔力を流す。
「へぇ、杖ってやっぱり魔力を増幅させるのね。私も持とうかな」
そしてその杖の宝石部分の下に紋章が掘られているのに気がついた。紋章の下には名前もある。
「リミア? 杖って名前を掘るものだったかしら。それとも忘れもの防止?」
ベアトリスは軽く杖を振ってから元の場所に戻す。それ以外は特に目立つものは見つからなかった。ベアトリスは武器庫を後にした。
一階は広いが、それほど部屋は多くない。一通り回った後、階段を上って二階に行った。
「ここは結構人がいるわね。魔術師もいるみたいだし、先に他から当たりましょうか」
二階に人は歩いていないが、多くの人間が部屋にいるのを感じる。
ベアトリスは更に上に上がっていった。
結局上の階に盗賊はいなかった。五階まで上がって、更に六階に当たる塔の間まで行く。その部屋も中央に台座がある以外は何もない空っぽの部屋だった。ベアトリスはそこから階段を進んで塔の頂上まで登った。塔の頂上から見下ろしても闇の中なのでほとんど何も見えない。
「森に魔物がいるのね。ちょっと騒がしいみたい。誰かが森に入り込んでいるのかしら」
しかし今は関係ない。ベアトリスは階段を戻っていった。
二階まで戻って部屋を調査する。大部屋には盗賊たちが雑魚寝をしていた。ラフな格好で武装はしていない。今なら簡単に退治できてしまうだろう。
「今日は調査だけだものね」
ベアトリスは人数を数えた。そして他の部屋も見て回る内に宝物庫を見つけた。
「あら、結構すごいかも」
宝物庫はかなり綺麗に整頓されていた。飾っているのではなく、価値の高いもの順に選り分けた感じだ。一つ一つを確認しながら、ベアトリスは一つのネックレスを見つけて手に取った。
「これだわ。これが依頼にあった『月のネックレス』ね。最低これさえ持って帰れば依頼は完了」
しかしベアトリスはそのネックレスを元の場所に置く。キャロンはここにある全ての宝物を回収しようとしている。余計なことをしては怒られるだろう。
その時いきなり鍵が開き扉が開いた。ベアトリスは慌ててそこから離れる。
一人の細身の男が部屋に入ってきた。
「気のせいか」
ベアトリスは隅でじっと息を潜めていたが、男はベアトリスに気がついた様子ではない。ベアトリス自信自分の結界魔術には自信があるのでばれていないと考えている。その後から恰幅のいい男が入ってきた。
「おい、どうしたカイチック。何かあったのか」
「いえ、気のせいだったようです」
後から入ってきた男は緊張を解く。
「急に出ていくからびびるじゃねぇか。冒険者どもがまた入り込んできたかと思ったぜ」
しかしカイチックは表情を変えずに置かれている宝物を調べる。
「可能性はゼロではありませんね。斥候の冒険者があの女の仲間にいたとしたら侵入するのは楽でしょう」
「お前の魔法でどうにかできないのかよ。侵入者を探知するとか、お宝を隠すとかよ」
「そもそもそのような魔法は邪道なのですよ」
「今は有用だろう」
しかしカイチックは男を見て諭すように語る。
「オウナイは強化魔法と防御魔法、そして攻撃魔法が同じ力でぶつかり合ったときどれが勝つと思いますか」
「そんなの俺がわかる分けねぇだろ」
「同じ量の魔力を使っていても勝つのは攻撃魔法なのですよ。剣と盾ならそう言うことはないでしょう。つまり魔力は元々攻撃の為に存在するものなのです。その証拠に魔力をため込んで変異したとされる魔獣は常に攻撃的でしょう。魔力の価値を追求するのなら攻撃魔法しかありません。それ以外の魔法など付随的なものです」
オウナイはため息をつく。
「俺にとってみれば、役に立つかどうかだがな。魔力だか魔法だかの本質なんかどうでもいい。とにかく何もないのならもう戻るぞ」
「わかりました」
オウナイとカイチックは部屋を出て鍵をかけた。
「あれがオウナイ。そして魔術師はカイチックというのね」
ベアトリスは二人の容姿を記憶する。魔術師が何かしら罠を張っていたとしても見つからない自信はあったが、どうやらカイチックはそういう魔術が嫌いらしい。ベアトリスにとっては好都合だ。何をやってもばれる心配は無い。ほとぼりが冷めるまで待って、ベアトリスは部屋を出た。
更に部屋を巡り全て調査し終えると、ベアトリスは一階に戻った。
「おい、そろそろ起きろ。交代だ」
「もうかよ」
「眠ぃ」
ちょうど見張りの盗賊たちも交代の時間のようだ。その間にベアトリスは城に入り口を抜け出す。
「ちょっと仕掛けもしてきたし、これで調査は十分よね」
ベアトリスは夜道を帰っていった。
深夜、キャロンは部屋に戻った。レクシアがベッドで寝ていることを確認すると、風呂に入ってから、もう片方のベッドに歩いて行く。しかし残されている食事を見て少し動揺した。
二人分ある食事が全く減っていない。つまりレクシアは食事をしていない。
「どういうことだ」
キャロンはレクシアに近づいて顔を見た。顔をゆがめ、少し息が荒かった。額に手を当てると熱がある。
「まずいな」
とりあえず、布団で体を包み、頭は水で濡らした布で冷やすことにする。怪我であれば魔法で治せるが病気だとそうはいかない。キャロンはこういう時に使える魔法を持っていない。一通り一般的な対策をしてから、キャロンはレクシアとは別のベッドに入って寝た。
その後、アクアが戻ってきた。アクアはすぐに風呂に入って体を洗った後、キャロンの寝ているベッドに入り込んで眠った。
最後に帰ってきたのがベアトリスだ。といっても、もう明け方になっていた。
ベアトリスは深夜に仕事を終えたが、そのまま家に帰るのももったいなく思ったので、昨日夜を過ごした男の部屋に入り込むことにした。すっかりベアトリスの虜になってしまった男はもうベアトリスの言いなりだった。男の家でたっぷり愛し合い、しっかり睡眠も取った。そして男が起きる前に甘いメッセージのラブレターを残してその家から抜け出し、今この宿に戻ってきたところである。そのまま起きていても良いのだが、まだ早いので、レクシアの隣に寝転がった。
そこで布団にくるまっているレクシアに少し違和感を感じた。頭に濡れタオルが置かれている。ベアトリスは起き上がって、食事を見た。全く手をつけた跡がなかった。
「ちょっと。まさか」
ベアトリスはレクシアに顔を寄せた。呼吸が不規則だった。
「やばい」
ベアトリスはレクシアの布団をはぎ取り、その小さい体をしっかり抱きしめた。
レクシアが目を覚ます。
「あ、ベアトリス、さん」
声に力が無い。
「なんで食事をとっていないの。熱もある」
「なんか食欲無くて。でも、大丈夫です。もう、あれ、できるようになりました。今日も、魔法の修行をしてください。私、頑張ります。足でまといになりません。何でもします」
レクシアはベアトリスにしがみついた。レクシアの切ないほどの気持ちが伝わってくる。さすがにベアトリスも罪悪感を覚えた。
「とりあえず、寝て」
ベアトリスはレクシアの額に手を当てた。途端にレクシアは眠りについた。ベアトリスがベッドを出ると、キャロンとアクアも起き上がっていた。
三人はベッドを出て、テーブルに着く。
「なんかレクシアの奴、調子悪そうだな。大丈夫なのか?」
「わかんない。熱はあるみたい」
いきなりこんな状態になるとはベアトリスも思っていなかった。キャロンは眠っていレクシアに目を向ける。
「疲れかな。もしかしたら、私たちがいない間も食事も取らずに修行を続けていたのかも知れないな」
「おいおい、必死すぎだろう」
「レクシアも今日ベアトリスに捨てられるとわかっているんだろう。どうにかしてそれを避けようとしたのかな」
「それで熱を出していちゃ、訳ねぇな」
ベアトリスも疲れたように息を吐く。
「本当よね。全く意味ないわ。レクシアはとにかく必死なのよ。言っても休もうとしないし。そういえば昨日も食欲がないみたいで、口移しで食べさせたわ」
キャロンが大きくため息をつく。
「病院に連れて行くにも、レクシアは身元がはっきりしないしな」
「どうせ疲れなんだろ。寝かせとけば治るんじゃねぇの」
「それでも一人で置いておくわけにはいかないだろう。病院に押し込めば放置できるかも知れないと思ったが、そう簡単でもないか」
「だったら冒険者の宿にでも押しつけるか?」
「冒険者の宿はそんな事業をやっていない」
ベアトリスが二人を遮る。
「私が見ているわよ。どうにも気になるわ。ちょっと無茶しすぎだと思うのよね。レクシアの中身を覗いてみることにする」
アクアは呆れた顔をした。
「私たちは保護者じゃないんだぜ、死ぬなら死んだでそれまでだろ。これ以上かまっていられるかよ」
「ひどいわね。私のせいで死なれても困るわよ」
ベアトリスが頬を膨らませる。キャロンは少し考えた。
「保護者か。なら保護者を探して引き渡すのが一番良いな」
アクアが怪訝な顔をした。
「そんなのいるのかよ」
「ログだ。もう忘れたのか?」
キャロンが呆れる。
「ああ、そういや兄貴がいたっけ。あいつそういえばこの町で働くって言っていたな」
「探して連れ戻し、レクシアを引き渡そう。もうベアトリスの弟子はクビになったのだから、堂々と押しつけられる」
「そうね。それが良いかも」
レクシアに対する方向性は決まったが、それで話が終わるというわけでは無い。
「しかし、そうなるとオウナイ一味の方をどうするかだな。ベアトリス。城の様子はどうだった?」
キャロンの問いにベアトリスはすぐに答えた。
「城にいたのは二十四人。オウナイというボスとカイチックって言う魔術師がいるわ。けが人が一人」
そしてベアトリスは紙に城の見取り図を書いていく。
「建物の構造はこんな感じ。盗賊たちは全員二階で寝てたわね。オウナイとカイチックは別の部屋で寝ているみたい。宝物庫も二階よ。今回の依頼の『月のネックレス』も見つけたわ。もちろん他にもかなりたくさんのお宝があるわね。ほとんどダグリシアから持ちだしてきたものでしょう。一階は倉庫ね。馬車は三台あって、武器庫があったわ。武器自体はそれほど多くはなかったけど、盗賊たち全員分はあるみたいだった。あと、一階には食料庫もあってもう腐りかけていた。そのうちまた調達に行くわね。あの人数の量をまかなうのは大変だもの」
ベアトリスは見取り図に印を付けながら説明した。
「じゃあ、奴らが城を開けた隙にお宝を取り返せば良いな」
「それでは討伐依頼が達成できないだろうが。むしろ奴らが引きこもっている間に襲撃したいところだ」
「一応オウナイとカイチック以外にはマークを付けておいたから、私なら近くにいればわかるわよ」
「それはありがたいが、町の方にもかなりの数のオウナイ一味が入り込んでいるだろう。あんたのせいで」
キャロンはアクアをにらみつける。
「見つけたらぶち殺せば良いんだろ。何人いようが簡単さ」
「前にあんたが盗賊を殺したせいで奴らに逃げられたことを忘れたか」
アクアはそっぽを向いた。
「さすがに今回は逃げねぇんじゃ・・・」
「馬車が生きているならいつでも逃げ出せるだろう。もし町で殺すなら、跡を残さずに騒ぎにならないようにやるしかない。衛兵もいる中で犯罪まがいのことをしたらすぐに奴らに知られることになる」
「なら城に乗り込もうぜ。こだわりすぎなんだよ。良いじゃねぇか何人か取りこぼしたってよ。先に本隊ぶっつぶそうぜ」
ベアトリスが割り込む。
「明日はまずレクシアのことを解決しましょうよ。オウナイ一味がすぐに城から出て行くことはなさそうだし、何もしなければ私たちのことはばれないわ」
「城の調査を冒険者に依頼した人間がいることがオウナイにばれてしまった。あいつらは当然、依頼者を狙うだろう。城にちょっかいを出されたくないだろうからな」
「それでも今のところモンテスが依頼者なんてばれる心配は無いでしょ。明日はオウナイのことは置いておきましょう。先にレクシアの方を何とかしないと」
再度キャロンは寝たままのレクシアを見る。つられてアクアもレクシアを見た。
「全く、ベアトリスは気にしすぎなんだよ。寝かせておけば熱も下がるって。私たちの都合を優先しようぜ」
しかしキャロンが首を振った。
「いや。城にいるのがオウナイ一味だとわかったのならまだ十分時間がある。まずは目先の問題を片付けよう。ベアトリスはレクシアの看病。私とアクアはログの捜査に当たろう。今日中に見つけて、二人を追い出す」
アクアが舌打ちをする。
「しゃあねぇ。あのガキを捕まえてくれば良いんだな。速攻終わらせてやるさ」
「町を調べる時は服を着ろよ。あんたはオウナイ一味に顔が割れただろう。今日うろちょろしていると、モンテスに迷惑がかかる可能性がある」
「だったら髪の色も変える? アクアの髪の色って目立つのよね」
「面倒だからいいよ。服は暑いから着たくねぇんだけど、しゃあないか」
今日の行動指針が決まって、三人は会議を終えた。
「私はさっそくレクシアと寝るね」
さっそくベアトリスはレクシアのベッドに入り込む。
「私ももう少し寝るよ」
キャロンもベッドに向かった。
「私は先に行く。面倒事は早く終わらせたいんでね」
そしてアクアは部屋を出て行った。