(15)キャロンの探索
猫背の男がその場所に入ってくると、雨を防げる程度の屋根くらいしかない住居跡から、数人の男たちが出てきた。
「仕事か」
みすぼらしい格好をした大柄の男が猫背の男に言う。
「ああ。明日の午前中だ。俺が馬をここに連れてきたら、いつもの場所に向かうと良い」
「わかった」
会話はそれだけだった。猫背の男はそのはま小さな集落を出ていった。
※※
キャロンは何度か空を飛び、上から地形を見た。人が住んでいる場所なら木々も途切れているはずという判断だ。しかし、木々は良く茂っており、ざっくり見ただけでは人の住んでいる場所は確認できなかった。
そのうち、街道から東側に道のようなものを見つけた。獣道と言うよりも、何度も荷物を運んで踏みつけられたかのような自然発生的な道だ。
「これは怪しいな」
キャロンはその場に降りると、小路を進んでいった。はっきりとした道ではないが、人が通った跡は確実にある。しばらく行くと、粗末な住居跡らしきものが見えてきた。
「当たりだな」
足を踏み込んでいくと、建物から数人の男たちが出てきた。男達はキャロンを見て少しおびえている。キャロンは見渡す。まだ家の中に隠れている奴もいるようだ。
「見たところ、盗賊のようだな」
すると、前にいた大柄の男が嫌そうな顔をする。
「そんな立派な皮鎧を着ているってことは、冒険者さんか衛兵さんてとこかな。あんたらにとっては俺たちなんて盗賊とかわらねぇんだろうな」
「盗賊ではないと言いたいようだな」
キャロンは住居のそばに武器のたぐいが置かれているのを見ていた。彼らは間違いなく人を襲ったことがあるだろう。
「行き倒れからものを漁るのが盗賊だというのなら、俺たちも盗賊の仲間だろうな。まさか俺たちを捕まえてくるように言われているのか」
「別にそんな依頼は受けていない」
このような住人は森のあちらこちらにいる。町に住めば税金を払わなくてはならない。税金を払えなくなって町を追い出された者たちは町の外で勝手に生活できる場所を作る。そして彼らは生きるために盗賊団へと変わっていく。しかしいくら冒険者であっても自分が襲われたわけでもないのに、彼らを捕らえたり処刑したりする権利はない。
「私はバムという男を捜している」
すると、その男は少し動揺する。
「ほう。バムを知っているのか」
キャロンが問い詰めると、その男はふっとため息をつく。
「会ったことはあるぜ。それこそ本物の盗賊だろう。俺たちは奴らから隠れて住んでいるからな」
「なるほど。なら奴のいる場所を教えろ」
「知っていると思うか。隠れていると言っただろう。見つかったら俺たちはまた場所を移動しなくちゃならねぇんだ。やっと雨風を防げる準備が整ったっていうのにな。むしろ俺たちの方が教えて欲しいぜ。近くに来ているなら逃げなくちゃならねぇ」
「バムという奴はお前らみたいな者どもも襲うのか」
「盗賊なんてそんなもんだろう。奴らにとって味方以外はみんな商売敵だぞ」
キャロンは後ろの男たちに目をはせる。彼らは顔を伏せたままキャロンと目を合わせようとしない。実力はほぼ無いと見た方が良い。目の前の大柄な男さえ、武器を持って戦う姿が思い浮かばない。本当に追いはぎか死体あさりくらいしかできないのだろう。
「襲われたとき、バムが一人でいたわけではないんだろ。奴らはどれくらいの集団だ」
「なんで俺たちがそんなことに答えなくちゃいけない?」
「私はバムを探している。お前たちの脅威がなくなるかも知れないんだから、情報の出し惜しみはやめろ」
すると男は笑い出した。
「とうとうあの男も指名手配されたのか。それは最高だな。俺たちが出会ったときは五、六人いたんじゃねぇか。バムに出会ったのはもう一月以上も昔のことだ。街道のどこかだと思うがどの辺かなんて覚えちゃいねぇよ」
「では、なぜその者たちがバムだとわかった」
男は言葉に詰まる。しかしすぐに続けた。
「自分で名乗ったのさ。一度は奴らに捕まっていたからな。隙を突いて逃げたんだよ」
キャロンには彼が本当のことを話しているとは思えなかった。大柄の男はすぐにキャロンに背を向けた。
「もう話す事なんてねぇよ。とっととバムを捕まえてくれ」
そして男たちは粗末な寝床に帰って行った。
残されたのは焚き火後と粗末な食器類ばかり。正確な人数はわからないが、多くても十人に満たない者たちで生活をしているようだ。
もっと問い詰めるべきかとも思ったが、キャロンは諦めてそこを立ち去った。恐らく彼らも後ろ暗いことがあるだろう。何か盗賊としての証拠を見つけてしまえばキャロンも放置できなくなる。今バム以外の盗賊に関わっている余裕がない。
※※
物陰からキャロンを見ていた男がキャロンを立ち去るのを確認して息をつく。
「とうとうバム一家も目をつけられたか」
隣の男もうなずく。
「そろそろこの仕事も見切りをつけた方が良いかもな。早い内にバム一家から離れようぜ」
「そこそこ良いおこぼれはいただけたけどな」
「本当におこぼれ程度じゃねぇか。明日の仕事で最後にしよう」
彼らはうなずき合った。
※※
キャロンは再度空を飛び、上から森や草原を見下ろした。人が住んでいるなら開けた場所があると思い飛び回っているが、なかなか当たりを見つけられない。
「ベアトリスも町の外にいるはずだが、見当たらないな」
キャロンは少し範囲を広げて調査を進めた。調べる範囲が大きすぎるので、探知魔法は使えない。地道に目視で探すしかない。
そんなとき、街道を進む二頭の騎士を見つけた。
「あれは、近衛隊。と、言うことはまだ近衛隊はオウナイ一味を見つけられていない」
マガラスの方へ行ったはずの近衛隊の一部が、こちらの方にまで来ているのなら、そう考えることができる。
もちろんオウナイ一味を追っていった部隊とは別で、単にグレスタに用があってきただけなのかも知れない。
キャロンは近衛隊に見つからないように彼らから離れた草原の中に着地した。
彼らは当たりを調べながら進んでいるらしく、あまり速度は速くない。しかし夜にはグレスタにたどり着くだろう。
「先に見つけないとな」
再びキャロンは空を飛んだ。
「アクアの方は何か見つけたか」
キャロンは夕方になって門まで戻ってきた。
門の周りに数人の男たちがたむろしていた。グレスタに入ろうとするキャロンをなぜか見ている。キャロンは彼らを無視して門に近づくと、門番にカードを見せた。
「よし、入って良いぞ」
門番がカードをキャロンに返す。
「アクアという痴女みたいな格好をした冒険者は帰ってきているか」
「ああ、あのナイスバディの女な。冒険者じゃなくて夜の商売女だと思っていたぜ。はぐれたのか? まだ戻ってきてはいないな」
門番が入町者の情報を流すことは本来ないが、キャロンとアクアは昼に揃って町を出たので、あっさりと話してくれた。
キャロンは声を潜める。
「ところで、この周りにたむろしている男たちは何だ?」
門番は首をすくめる。
「さぁな。別に仕事の邪魔をするわけでも無いから放っておいているが、さっきからこの辺をうろちょろしているぞ」
「そうか」
キャロンは彼らのことが気になったが、そのままグレスタの町に入っていった。
※※
先に宿に着いたのはアクアだった。
「痛ってー」
アクアはベッドに寝転がって腹をさすっていた。外見は少し黒いアザがある程度だが、内臓が結構やられている。食欲は出ないし、血の味が喉に上がってくる。もちろん自然治癒もできると思うが、かなり時間がかかるだろう。
そのうちキャロンも戻ってきた。
「ん? あんたの方が先に帰ってきていたのか」
門番はアクアを見ていないと言っていたので、キャロンはてっきり自分が一番だと思っていた。
「おう、待っていたぜ。腹をやられちまってよ。治癒魔法かけてくんねぇ?」
キャロンは眉を寄せる。
「腹をやられた? 誰かと戦ったのか」
「ちょっとミスっちまってよ。結構きついんだよ。早く直してくれよ。今夜は楽しみてぇんだ」
「色々と話を聞かなくてはならないようだな。とりあえず見せてみろ」
キャロンはアクアに近寄って腹に手を当てた。
「外傷はほとんどないな。なら内臓か。一度魔力を全部解放しろ。でないと治すことはできない」
アクアは自分の魔力で体を強化しているため、外からの魔力を受け付けることがない。当然治癒の魔法も弾いてしまう。そのため、治癒魔法を受けるためには、一度自分の体を強化している魔力を解放する必要がある。
「結構痛いんでよ。魔力を解放したら、手早くやってくれよな」
「私の治癒魔法は万能ではないぞ。しかしあんたの身体に傷を負わせるなんて何者だ? あんたの身体ならどんな攻撃もはじき返せるだろう」
アクアは自分の魔力を解放する。すると部屋中にアクアの魔力が漏れた。まるで風のようにキャロンの体を吹き飛ばそうとする。
「あんた、以前より魔力が大きくなっていないか。それとも封じ込めが強すぎて、以前より強く感じるだけか」
キャロンはその魔力風とも言える力に耐えながら言う。
「痛てぇから、早く」
「わかったわかった」
キャロンは呪文を唱えて、アクアの腹を調べる。治癒魔法も色々あるが、キャロンの治癒魔法は怪我の状態を確認するところから始まる。
「内臓が焼け焦げているな。よくこれで平然としているもんだ」
「魔力で守っていると、怪我が悪化することはねぇからな」
キャロンはしばらくアクアの腹に手を当てて調べていたが、やがて新たな呪文を唱える。
「まぁ、それでも単純な火傷だ。これでほとんど問題ないだろう」
キャロンはアクアのお腹から手を放した。すぐにアクアが起き上がった。
「おお、楽になったぜ。あんがとよ」
「それでいったい、何があった?」
キャロンがアクアを問い詰めようとしたとき、扉が開いてベアトリスが帰ってきた。
「もう戻ってきていたのね。お疲れ様」
ベアトリスに連れられて入ってきたレクシアはかなりぐったりとしていて、足下もおぼつかない状況だった。
「ずいぶん遅くまでやっていたんだな」
「まぁ、ちょっとねぇ」
ベアトリスは言葉を濁して、レクシアに命令した。
「さっさと風呂に入ってきなさい」
「・・・。はい、ベアトリスさん」
レクシアはよた付きながら、そのまま風呂に向かった。
「かなり厳しいことやらせたんだな」
レクシアが風呂に行くのを見ながら、アクアが言う。
「そりゃ。弟子入りを諦めさせるためだもの。まぁ、やり過ぎたかも知れないけど」
そのタイミングでノックがなった。
「夕食か」
キャロンが扉を開けて二食分の食事を受け取った。
「一食にしておけば良かったな。どうせ私たちは外で食べる」
キャロンがテーブルに食事を置く。
「気にするなよ。夜小腹が空いたときにでも食べれば良いじゃねぇか」
「それもそうか」
「じゃあ、出かけましょうか」
ベアトリスは風呂に向かって叫んだ。
「私たちはこれから外で食事をしてくるわ。レクシアは食事をしっかり取ってから寝てなさい」
ベアトリスがふと気がつくと、二人はにやにやした顔でベアトリスを見ていた。
「さすがだな。ベアトリス師匠」
「アフターケアも万全ってか」
ベアトリスは一瞬顔を赤くする。
「馬鹿な事言っていないで行くわよ。ほら、準備して」
「もう準備なんてできているっての」
「ま、そういうことだ。早く行こう。ベアトリスはどのみち一緒に出られないから、後から付いてこい」
もともとベアトリスとレクシアはこの宿にいないことになっている。堂々と宿を出ることはできない。
「昨日の場所で良いの?」
「そうだな。あそこは安いから」
そして、三人は宿を出て行った。