(33)六日目
マリアはいつも通り早めに目を覚ますと大部屋を出た。大部屋には誰もいない。昨日の夜は誰もこの部屋に来なかった。近衛隊の人数は更に減っていた。調査のため残っていた近衛隊もタラメデに向かわされたからだ。
マリアにお呼びがかかるわけはないので、マリアはいつも通り日課を過ごすことにした。ジョギングから始め、素振りまで一通りの訓練を行う。
今日が最後の日であることをマリアは予想していた。怒り狂っているエドワード王子は腹いせに平民であるマリアに難癖をつけて処刑するだろうと思うからだ。もう円満退職はあり得ない。だからいつも以上に体を温めておく必要がある。
ただマリアはそこまで危機感を募らせているわけでもはなかった。すでにこの城にいる近衛隊員は数十人である。全員敵に回したとしても、それなりに切り抜けられる自信がある。問題は服も鎧も着られないことだ。
「いっそ、もう武装して、こちらから見切りをつけるか」
裸で過ごさなければならないという命令を破ったと知られれば、その途端にマリアは処刑されるだろう。近衛隊はいないが学生たちは多いので、あっという間に告げ口されてしまう。だが、あえてこちらから騒ぎを起こす必要はない。
マリアはしっかり運動した後、井戸で汗を洗い流し、水を入れたたらいを担いでキャロンの掃除に向かった。キャロンは相変わらず苦しそうな姿勢にもかかわらずぐっすり眠っていたようだ。
「おはよう。マリア」
「ああ。やはり昨日はあまり来なかったようだな」
マリアはキャロンの体を見て言う。
「そうだな。学生が多かった気がする」
「私と○○した後で、なかなか元気な奴らだな」
マリアがいつも通り鍵を外すと、キャロンはたらいで水浴びをし始めた。マリアも軽く台座を掃除する。
「どうしてルクスを閉じ込めているんだ?」
掃除が終わったのでマリアはキャロンに尋ねた。どうしてもルクスが不憫でならないのだ。キャロンの受けた傷を引き受け、キャロンからの命令でどこかに電話をし、キャロンのために食事をとってエネルギーを得る。それなのにルクスは何も知ることなく、小さな部屋に閉じ込められている。
キャロンが体を洗い終わって戻ってくる。
「それは答えられないな。ただ、ルクスは見た目通りの少年ではない。そこまで心配しなくてもいい」
「心配しているわけではないが・・・」
キャロンが台座に乗る。
「それに、ルクスはあの部屋にいるかぎり安全だ。誰にも危害を加えられることはない」
それは事実だろう。マリアはこれ以上尋ねても意味がないと考え、それ以上の質問をやめた。そして、キャロンの足首の鍵を閉めた。
マリアの仕事は外での受付業務だ。ようは今日も来城する商人たちの見世物になるわけである。マリアは食事を早々に終えるとすぐに城の外に出て見張りに付いた。外にいるとやっと近衛隊のジョセフとアンソニーがやってきた。学生が六人付いてくる。
「よう、マリア。早いな」
ジョセフが言う。
「中にいても退屈だからな。今日はおまえが学生の指導係か」
しかしジョセフは首を振る。
「編成が変わってな。こいつらにも実務をさせることになったんだよ。こいつらは今日の城警備と受付だ」
「なるほど。もう教官係をやる余裕もないということか」
ジョセフは首をすくめた。
「見りゃわかるだろ。出て行くばかりで誰も戻ってこないんだから。早く戻ってこいってんだ。仕事が多すぎて敵わねぇ」
その時、学生の一人が尋ねてきた。
「ジョセフさん。その女、平民でしょ。なんでそんな対等に話しているんですか。ただの○○処理女なのに」
ジョセフは慌てる。
「おい、マリア。切れるなよ。ガキの言うことだ」
マリアは呆れる。
「私は切れて暴れたことなどないぞ。その程度の事言われ慣れている」
「その筋肉の化け物生意気じゃないですか。○○も全然気持ちよくないし。こいつもキャロンの横に繋いでおきましょうよ」
学生は挑むように言うが。マリアは相手をする気が無い。
「早く配置を決めて散らばれ、そろそろ商人が来るぞ」
マリアは学生を無視してジョセフに言う。
「おっとそうだな。おい、おまえら行くぞ」
「え、ちょっと、ジョセフさん」
その学生はマリアをにらんでいたが、すぐにジョセフを追っていった。マリアはふと思い出す。
「あの時、筋肉の付き方が女と違うと難癖つけてきた学生か。女に夢を持ちすぎだな」
商人は次々と現れる。
マリアはあまり目立ちたくなかったので、警備の方に回っていたが、やはり学生では商人たちの相手はまるでできなかった。イライラした商人が大声を上げる場面もある。商人の方も相手が制服に着られている程度のなんちゃって近衛隊は怖くないらしい。もちろん、乱暴な言葉遣いではなく、慇懃丁寧な口調で学生近衛隊をやり込めている。
ジョセフたち正規の近衛隊たちも慣れているとはいえ、それほど優秀な隊員ではない。優秀であれば捕獲隊に駆り出されているはずだからだ。二人で対応するのは難しいらしい。
「それで、結局私か」
マリアは副長だったこともあり、実戦から来客対応、部下の指導、事務作業など多くの仕事をこなしてきている。こういった対応も苦手ではない。ただ、マリアが加わってもスムーズというわけにはいかなかった。マリアが全裸なので、商人たちの方が困惑し、それで時間が取られてしまうのである。
ちょうど一息ついた頃にはもう昼近くになっていた。マリアは城の入り口の辺りまで戻ってくる。その時、ざわめきが起こった。
「え、誰」
「あんな人いたっけ」
「えー、俺、彼奴が良い。あれとやりたい」
学生たちが口々に言う。マリアが見ると、それはエドワード王子の侍女の一人だった。
「まずいな」
彼女に何かあれば更にエドワード王子は怒り狂うだろう。マリアは走って彼女のそばに行く。
「あ、マリア様」
侍女はマリアに走り寄ってきた。
「私に様はいらない。それより、なんの用だ」
彼女は周りを見渡すとマリアに更に近づいて顔を寄せてきた。そして小声で告げる。
「姫様をお願いします」
「どういうことだ?」
「私たちの手には負えないのです」
マリアは思い出した。卑猥な言葉を叫び続けるヴィヴィアン王女は眠らされて自分の部屋に入れられた。それを看病するのが彼女たちの役割だ。マリアは昨日彼女たちにヴィヴィアン王の部屋に入れる指輪を渡した。あれから一日も経てばさすがに目を覚ますだろう。
「また、眠らせてしまえばいいのではないか」
すると侍女は慌てて首を振った。
「死んでしまいます。何も食べていないのですよ。それに私たちは魔法が使えません」
そうなると、近衛魔術師をヴィヴィアン王女の部屋に入れなくてはならない。かなり不味いことになるだろう。
「何とかしてあげたいが、私が姫様に接触していることを殿下に知られるとまずいんだ」
今のところエドワード王子はマリアのことを忘れているようだ。しかし思い出せばすぐに呼び出されるに違いない。
「誰にも言いません。お願いします。もう、マリア様しか頼れないんです」
「だから、様はやめろ。私は平民だ」
しかし、マリアもこのまま放っておくわけにはいかないとわかっていた。
「少し待っていてくれ」
アリアは彼女から離れると、こちらを興味深そうに見ていたジョセフに声をかけた。
「ちょっと私に用事があるらしい。抜けて大丈夫か」
「何だよ。用事って」
「姫様に関わることのようだが、よくわからん。まぁ、女同士の事情でもあるようだから殿下には話せないんだろう。私がなにかできるとも思えないが。貴族の命令には逆らえないのでな」
彼女も貴族である。マリアはそれを言い訳にした。
「まぁ、別にいいが。変なことはするなよ。殿下は姫様のことに関しては、容赦が無いからな」
「ああ、十分にわかっている」
そしてマリアは侍女の側に戻った。
二人で城に入ると、できるだけ人に会わないように離れた階段を進む。
「あの、そちらは違いますが」
三階で侍女が声をかける。
「寄り道をする」
マリアは三階の大部屋に入った。彼女も付いてくる。そこでマリアは鞄を手に取った。
「よし、いくぞ」
「はい」
それからは一気に二人は五階に上がった。
「あんた、姫様はどんな感じだ」
マリアが尋ねるとその侍女は答えた。
「私はカーメラです。姫様は今朝目を覚ましました。それからずっと、私たちに、その、求めてくるんです」
「精神錯乱に変化無しか」
一晩寝ることで何かしらの変化があるかと思ったが、そんなことはないらしい。カーメラは扉に指輪を当てて鍵を開けた。
マリアとカーメラが部屋に入ると、二人の侍女がヴィヴィアン王女に襲われていた。
「や、やめてください姫様」
「○○入れて。早く入れて」
ヴィヴィアン王女は一人の侍女の顔に乗っかりながら、もう一人の侍女の腰に抱きついている。抵抗することも恐れ多い相手なので、彼女たちはなすすべない。
「キャロライン、マージョリー、マリア様を連れてきたわ」
「だから様はやめろ」
「早く、助けて」
しかしマリアはすぐには動かず三人の女性の饗宴を見ていた。ヴィヴィアン王女は嬉々として乱暴に二人の侍女をいたぶっている。カーメラはどうすれば良いのかわからずおろおろしている。
「姫様。許してください」
「ダメよ。早く。早く気持ちよくしてよ!」
マリアはふとそばのワゴンを見た。
「食事の用意はあるんだな」
ベッドの脇に食事の乗ったワゴンがある。ただ手はつけられていない。
「食べてくださらないのです」
カーメラが答える。
「男はどこ。男は。どうして○○がないの!」
ヴィヴィアン王女は相変わらず卑猥な言葉を叫んでいる。
「食事は口移しで食べさせるしかないか。しかし、眠らせることができるかどうか。疲れさせればいいのかもしれないが、彼女は戦士でもあるから体力も相当だしな」
マリアは顎に手を当てて考える。ようはヴィヴィアン王女を大人しくさせれば良い。それには眠らせるのが一番だ。だが、何も食べないのではいずれ死んでしまう。
「頼れる人がマリア様しかいないのです。男性を呼ぶわけにいきませんし」
カーメラがすがるような視線を向ける。
「だから、様をつけるなと言うのに。まぁ、いい。その代わり全員協力してもらうぞ。私はこの場所にいてはいけない人間だ。私がやり方を教えるから、あとはあんたたちでやってくれ」
マリアは鞄を置いて中から箱を取り出した。それは女性が女性を犯すために使う道具だ。ヴィヴィアン王女がマリアに男役をやらせるために与えたものだった。とうとうこれもヴィヴィアン王女に返すときが来たようだ。それからマリアは自分の薬箱から黒い粒を五つ取り出し、食事の乗せてあるテーブルに置いた。
この薬は五年以上前に薬師から処方してもらった強力な睡眠薬だった。捨てるのが惜しくてずっと持っていた。ただし、これは別に自分が眠れないから処方してもらったのではなかった。
当時、マリアは貴族に夜の相手として呼ばれるようになっていた。まだ十代の近衛隊の平民は搾取されやすい立場にあった。マリアはそこから逃れるため薬師コリンにできるだけ強力な睡眠薬を処方してもらったのがこの五粒だ。しかし実際にこれを使うことはできなかった。考えてみれば当たり前だ。口うつしで飲ませようものなら、間違って自分が飲まされる危険がある。老獪な貴族はキスも上手いのだ。だからといって貴族相手に飲み物に薬を仕込むなんていう真似はできない。毒殺未遂を疑われてしまう。意気込んで準備したものの、結局使うタイミングを見つけられずに薬箱の肥やしになってしまった。
マリアはその後、ヴィヴィアン王女の○○の相手をした。その最中に、カーメラに口移しで食事を与えさせる。
睡眠薬で眠らせる前に徹底的に疲れさせ、それと同時に食事を無理矢理摂取させることにした。王女に対してあまりにも不敬なことだが、どうせ錯乱しているのだから大胆過ぎるくらいが丁度良い。
事が終わって、マリアはへとへとになっている侍女達に指示した。
「シーツを取り替えろ」
「は、はい」
疲れたであろう侍女たちも何とか立ち上がって、シーツの取り替えを急いだ。シーツの取り替えが終わってから、マリアはヴィヴィアン王女をベッドに降ろした。
「ああ、○○。○○」
けだるい表情でヴィヴィアン王女は卑猥な言葉を続ける。だが十分に満足したようでもある。
「残りのスープと、そこに置いてある睡眠薬を飲ませてくれ。自分が飲まないように気をつけてくれ」
ぐったりしているヴィヴィアン王女はなされるがまま睡眠薬入りのスープを受け入れる。
「寝るまで体を優しく愛撫してやれ」
キャロラインとマージョリーが添い寝するようにヴィヴィアン王女に体を寄せた。
「あまり強くするなよ。眠るのが遅くなる」
しばらくしてやっとヴィヴィアン王女は寝息を立て始めた。
「ふぅ」
マリアが一息ついてベッドを降りる。
「ありがとうございます。マリア様」
カーメラが礼を言う。
「だから様は・・・。まぁ、この○○はあんたらにあげるから、これを使ってヴィヴィアン王女の性欲を解消してあげてくれ」
「私たちだけだとうまくできるかどうか。また、来てくれませんか」
キャロラインがマリアに哀願する。
「ここにいることがばれたら、私は速攻処刑されるんだよ。どうしてもダメと言うときは頼ってくれてもいいが、基本的にはあんたら三人でやってくれ。それに、もう殿下との経験も長いんだろう。殿下を喜ばせるのと同じ要領で、姫様を満足させるだけのことだ」
マリアは○○をキャロラインに手渡す。
「さて、鍵を開けてくれ。恐らくまだ王子は謁見室だろうから出会うことはないだろうが、できるだけ早くここから出て行きたい」
「わかりました。ありがとうございます。マリア様」
カーメラが来て鍵を開けてくれた。マリアは素早く部屋を出て階段を下っていった。




