(31)全滅(五日目)
翌朝。レナードは宿の一階で軽めの朝食を取っていた。リチャードが宿に入ってきてレナードの側に来る。
「昨日あれからアクアはどうしていた」
「あれから男をナンパして、その男の部屋に行ったようです」
レナードは呆れる。
「あれだけ○○しておいて、まだ足りないのか。ひどい淫乱女もいたものだ」
「結局アクアは私たちに気がついていたのでしょうか」
リチャードの問いにレナードは考えながら答えた。
「はっきり言えば、わからなかった。今もアクアを見張っているのだろうな。朝になっても出てこなかった場合は乗り込む必要があるかもしれない」
実際、アクアの様子からは何も読み取れなかった。ただ○○したいという意志しか見えなかった。あれが演技だったとはとても思えない。そこにユージーンがやってきた。
「出発の準備はできています」
「よし、すぐに鉱山跡に向かえ。待ち伏せする」
「近衛騎士の配置はどうしますか」
今回のアクア捕獲隊は近衛魔術師三十人と近衛騎士十人という編成である。中心は近衛魔術師であり、近衛騎士は近衛魔術師のサポートとなる。
「もともと近衛騎士は近衛魔術師を直接攻撃から守るための護衛だ。均等に配置しろ。二人は荷物番だな。くれぐれもアクアに見つからないように」
「わかりました」
すぐにユージーンはいなくなる。
しばらくするとハーマンが入ってきた。そしてレナードとリチャードに小声で伝えた。
「アクアが家を出て冒険者の宿に向かいました」
レナードは安心する。
「そうか。杞憂だったな。これで鉱山跡に向かってくれれば後は作戦通りだ。戻って見張りを続けてくれ」
ハーマンは宿を出て行った。
※※
「さーって、そろそろ行くか」
アクアは起きて大きな伸びをする。そしてまだ寝ている男の頭を叩いた。
「おい、昨日言ったこと。忘れていないだろうな」
栗色の髪の男はなんとか目を覚まして体を起こした。ついさっきまで起きていたので体がだるい。
「覚えているよ。でも、何でそんなに元気なのさ。アクアも寝てないだろ」
アクアとログのいる場所はアクアの宿だった。しかしアクアがここに帰ってきたのは朝方である。ログは宿屋で部屋の鍵を渡されたので、期待して待っていたが、アクアはなかなか帰ってこなかった。諦めてふて寝していた時に帰ってきたアクアに襲われたのである。そこから体力の限界まで相手をさせられて、うとうとしていたらまた起こされた。
「最近あまり眠たくもならねぇし、何より一カ所に長くいると囲まれちまうからな」
アクアはすでにベッドから降りてビキニアーマーをつけている。
「僕も行くよ」
ログは立ち上がるが、アクアに突き飛ばされてベッドに倒れる。
「どうせ来るのは昼くらいだ。ゆっくり来いよ。まぁ、おまえが失敗したところで大したこっちゃ無いが」
そしてアクアは宿を出て行った。
アクアはまっすぐ戦勝亭に来た。
「よぉ、アクア。昨日のガキはどうした」
中に入るとヴァットが椅子に座ったままアクアに声をかけた。
「ああ、おいしくいただいたぜ。やっぱり若いだけあって濃厚で良かったな」
ヴァットの向かいに座っていた冒険者が首をかしげる。
「本当かよ。昨日の夜、別な男といただろ。見たんだぜ」
アクアは立ち止まってにやりと笑う。
「実はあいつは三食目だったんだ。なんか彼奴は上品で食い足りない気がしたんで前菜を楽しもうとしたら結構盛り上がっちまってな。初めは酒場で見つけた男四人と楽しんでいたんだけど、奴ら仕事があるからって言って早めに追い出されちまったんだ。そしたら良いところにミグ・マグ兄弟を見つけてよ」
ヴァットが呆れた顔をした。
「相変わらずの絶倫じゃねぇか。じゃああのお坊ちゃんはずいぶん待たされたようだな」
「美女は遅れてやってくるものだろ。焦らされた方が盛り上がれるってもんだ」
向かいの冒険者も笑う。
「焦らした方が言うんじゃねぇよ。どおりであのD級野郎は顔を出さないわけだ」
「そんなの当たり前だろ。私と過ごして朝から冒険者の宿に来れる奴がいるか。マグの野郎は初めから今日休むつもりだったみたいだしな」
「違げぇねぇや。マグは賢いな」
そしてアクアは受付に行った。ソーニーが待っている。
「いつも言っているけど、大声で猥談するのはやめてくれない」
「私だけに言うなよ。他の奴らも一緒だろ」
アクアは冒険者カードを差し出した。
「そろそろA級の仕事をしてみない。ダグリシアの貴族から声がかかっているのよね。B級でも良いんだけど、彼奴ら平民嫌いだからこっちもA級で対応したいのよ。どうせ無理難題言ってくるに決まっているし。その代わり、報酬は大きいわよ」
アクアは笑う。
「それも良いが、今日はいつも通りにするさ。多分今日で最後になると思うしな」
「あら、採掘仕事は終わり? 土木事務所も鉱石が貯まりすぎたのかしら」
「そんなとこだ」
ソーニーはアクアの冒険者カードを取って手続きをし、アクアに返した。
「さて、行ってくるか」
「じゃあね。アクア」
アクアは戦勝亭を後にし鉱山へ向かった。
※※
レナードは一階で食事を終えた後、二階の部屋に戻って近衛隊の制服に着替えた。すでにユージーンも着替えてレナードの部屋に控えている。しばらく待っていると、ノックの音が鳴りモーリスとホレイスが現れた。
「失礼します」
「ああ、報告してくれ」
モーリスは礼をしてから話し始めた。
「アクアがただいま鉱山の方に向かいました。昨日までと全く同じ行動です」
「やはりばれていなかったと言うことか」
再度レナードはアクアの昨日の行動におかしなところが無かったか思い返す。しかし男を漁ることしか考えていない破天荒な性質しか思い浮かばなかった。
「A級という話だが、頭は良い方ではないようだな」
アクアが策略を練っていると言うことはないと判断する。
「今アクアを追っているのは?」
「クリストファーとハーマンです」
「よし、潜入捜査は終わりだ。おまえたちは戻って制服に着替え、アクアの宿の前に集合しろ。他のメンバーにも伝えろ」
「わかりました」
そして二人は部屋を出て行った。レナードはユージーンに命令する。
「今日作戦を決行する。おまえは戻って伝えろ。襲撃場所は鉱山だ。すぐに行動を開始しろ。絶対見つからないように慎重にな」
「わかりました」
レナードとユージーンは部屋を出て一階に向かった。いきなり二人の近衛隊が現れたので宿は騒然とした。しかしレナードは平然と宿の店主に金を払い出て行った。
レナードが道を歩いていると、みんな道を空けていく。目を合わせないように逃げる平民たちもいる。ただ多くのものはレナードをにらみつけている。そもそもダグリシアで平和に暮らしていたのに追い出されてやむを得ずここに集まってきた住民ばかりだ。やっと町並みが整ってきたというのに堂々と貴族に歩かれて気分が良いわけはない。
レナードはしばらく歩き続け、一つの粗末な宿の前で立ち止まった。周りはがやがやしているが、表だって何かを仕掛けてくる人間はいない。
「いずれ、この街も取りつぶしだな。あいつらは放っておくと虫のように勝手に集まって増える」
そこに四人の近衛隊が現れた。ざわめきが大きくなる。
「レナード隊長。お待たせしました」
「では行くぞ」
レナードは先頭に立ってアクアの宿に入っていった。レナードは店主を恫喝し、無理矢理アクアの部屋を開けさせた。
「戻っていい」
レナードは店主を追い出して、近衛隊員と家捜しを始める。しかしベッドをひっくり返しても棚を倒しても大したものは出てこない。
「鞄と剣だけか。質素だな」
鞄の中もひっくり返す。
「中も大したものがありませんね。携帯食の乾物と金貨、後は服が少しと、金属の下着ですかね」
「やはり赤い石はないか。肌身離さず持ち歩いているというわけか」
レナードはつぶやいて違和感を感じた。
「なぜ剣がここにある? 彼奴は剣士だろう。剣を持ち歩いていないのか」
リチャードは答えた。
「そういえばそうですね。いつも手にスコップを持って、鉱石を入れる台車を二台引きずっているだけで、普段から武装はしていません」
リチャードは昨日のアクアを思い返す。
「携帯食も残りの金も剣も置いて仕事をしているというわけか。不用心にもほどがある」
「近場への採掘の仕事ですから、いらない物は置いていったんでしょう」
「だが、そうすると赤い石はどこだ。小銭袋の中か」
聞いた大きさだと拳よりも一回り小さいとのことだ。小銭袋がいっぱいになってしまう。昨日見た感じでもそんな様子はなかった。
「わかりません。冒険者の宿に預けているのでは?」
「冒険者の宿かどうかはしらんが、どこかに預けてあるというのが正しいのだろうな」
「それは困りました。アクアの交友関係はよくわかりません。相手が常に入れ替わっていて誰が一番親しいのか・・・」
「本人に聞くしかあるまい。そもそも初めからそのつもりだったのだ。ここに来たのは念のためだ。荷物は全て没収していく」
近衛隊たちは荷物を全て鞄に戻した。
「では行くぞ。我々も本隊と合流する」
そして近衛隊たちはアクアの部屋を出た。おびえた目でこちらを見ている店主を無視し、レナードは何も言わず宿を出る。宿の外は人だかりができていた。冒険者も混ざっているようだが、特にレナードたちに手を出してこようとはしない。
「蹴散らしますか」
モーリスが言って呪文を唱えようとした。
「意味が無い。魔力は温存しておけ」
レナードは歩き出した。近衛隊たちが近づいてくると囲っていた住民たちは道を空ける。冒険者や住民が悪態をついてくるが、レナードは彼らに構う気はなかった。
「急ぐぞ」
そして近衛隊たちはトワニーの町を後にした。
レナードたちはそのまま歩いて近郊の鉱山まで来た。鉱山と言ってもただのでこぼこした岩地に過ぎなかった。地面が固い岩盤になっている。
ユージーンが走って近寄ってくる。レナードが来るのを待っていたのだろう。
「アクアのいる場所は?」
「少し先です。すでに全員で囲いました。もう逃げ場はありません。まだ私たちには気がついていないようで、陽気に歌を歌いながら地面を掘っていますよ」
「ありがたいな。全員こっちに来たのか」
「いえ、馬や荷物を見張る必要がありますので、近衛騎士隊のハリーとフランクリンは残してきています」
「なるほどな。では行こう」
そしてレナードたちは急ぎ足で、アクアが地面を掘る窪地まで来た。確かに地面を削る音が響いている。鼻歌のようなものも聞こえてくる。レナードはこっそり顔を出し、アクアの様子を見た。アクアはスコップ片手に地面を削っていた。荷物も何も持っていない。
「どうします?」
ユージーンもアクアを覗きながら尋ねる。
「彼奴は飯の準備もしていないのか」
レナードは違和感を感じた。街からそう離れていないとはいえ、手ぶらで仕事をしに来るものだろうか。
「確かに」
「そして、なぜスコップであそこまで簡単に掘り進めるのだ」
もう一つの違和感は地面が簡単に削れていることだ。石を砕くのなら鶴橋のような道具を使うのが普通だろう。しかし、アクアはスコップ片手で簡単に石を削り出している。
「柔らかい部分なのではないかと」
ユージーンにもそれくらいしか思いつかない。レナードは首を振った。多少の違和感で戸惑う必要はない。こちらの方が圧倒的に有利な状況だ。レナードはその場に立ち上がり、窪地まで歩いた。そしてアクアを見下ろしながら大声で叫んだ。
「アクア!」
ユージーンの拡声魔法でレナードの声はしっかりとアクアに届く。アクアはすぐに反応し、スコップを止めてレナードを見た。
「昨日ぶりだな。私はレナード・ブラウン。王命によりおまえに命ずる。グレスタ城の魔法装置を動かす赤い石を渡せ!」
アクアはぐるりと周りを見渡した。まだ下からはレナードの姿しか見えない。
「やっとか。その石の事を知りたいなら、力尽くで聞き出せよ」
アクアが大声で怒鳴った。ユージーンの魔法でアクアの声をこちらに響く。レナードが手を上げると、一斉に近衛隊たちが立ち上がった。窪地を完全に囲っている。一番下にいるアクアは逃げる場所がなかった。杖を持つ近衛魔術師の横には近衛騎士が守るように剣を構えている。魔法を耐えながら窪地から逃げようとしても近衛騎士に阻まれるだろう。
「おお、すげぇ。四、五十人くらいいるんじゃねぇか」
アクアが喜びの声を上げていた。
「見ての通りだ。すぐに赤い石を差し出せば。痛い目に遭わずにすむぞ」
レナードは杖をアクアに向けるが、アクアは笑いながら叫んだ。
「そう言うのは良いんだよ。早くやろうぜ。撃ってこいよ!」
「馬鹿が」
今回連れてきた近衛魔術師隊はエリートだ。かなり強力な攻撃魔法を持っている。レナードは魔法で近衛魔術師隊に指示を飛ばした。
「やれ」
まずは四人の魔術師が呪文を唱えた。光の矢が四方向から飛び出し、無抵抗のアクアの体に突き刺さる。レナードはアクアに向かって再度警告した。
「これ以上痛い目に遭いたくなければ・・・」
しかし遮られる。
「足りねぇよ。これだけいるのにそんな威力か? もっと本気できやがれ!」
アクアは平然と立っていた。ダメージを受けたように見えない。
「体力馬鹿が強がりを。やれ」
今度は八人の光の矢がアクアの体に突き刺さる。しかし光が消えるとアクアはやはりその場に立っていた。アクアは腰に手を当てたまま。首をかしげている。
「だから全員でやれっての! その程度の魔法をちまちま撃ってたって、私に効くわけ無いだろ」
「どういうことだ」
レナードは驚くがすぐに指示を変えた。
「奴は光の攻撃に耐性があるのだ。雷の攻撃に切り替えろ」
そしてまた今度は十人ほどの魔術師が魔法を解き放った。激しい光と音がアクアを中心に炸裂する。光が止むと、今度はアクアは腕を組んだまま不満そうな顔をしていた。
「おまえら何手加減しているんだよ。全員だよ。全員で全力で叩き込めっての」
「くそっ」
レナードは次々と指示をした。近衛隊たちは十人から十五人程度で、様々な魔法攻撃を仕掛けていった。火、光、雷、氷。しかしどの攻撃魔法もアクアに効果を出さない。
「魔法防御か。そのアーマーのせいだな」
レナードは唇を噛んだ。確かに戦士である彼女が対魔法武装をしていてもおかしくはなかった。露出に目が行きすぎてその事に気がつけなかった。
「しかし、その程度の対魔法武装など、我々の魔法で簡単に打ち破れる」
王宮の宝物庫にあるような物と違い、冒険者が手に入れられるような対魔法武装の効果はたかが知れている。レナードは攻撃側の人数を二十人まで増やした。呪文を唱え始める彼らを見て、アクアは肩をすくめた。
「・・・全く。何で本気でやってくれないのかねぇ」
そしてアクアはビキニアーマーを外して地面に投げ捨てた。美しい全裸の女性がその場に立った。慌ててレナードは呪文を中断させる。レナードはなぜ彼女が対魔法武装を解いたのか理解できなかった。
「これでどうだ。ちょっとはやる気になったか。ほら、全員で打ち込めよ」
レナードは考えてやっと答えにたどり着いた。
「そう言うことか。命にかけて赤い石のありかを言わないつもりだな。おまえが死ねば石の場所は永遠に分からなくなる。それを狙っていたか」
荷物にも入っていなかったし今も手ぶらである。アクアは赤い石を盾にして、こちらが攻撃できないようにしているのだ。こちらがある程度攻撃を絞っているのは、彼女を殺してしまってはまずいからだ。レナードは歯がみをする。すると、アクアは首をかしげた。
「ああ、そういう勘違いか。どうりでで手ぬるい攻撃だと思ったぜ」
アクアは納得したようにうなずいた。
「まったく、勘違いだっての。誤解を解いてやるよ」
そしてアクアは○○に手を入れ、中から赤い石を取りだした。
「なんだと?」
アクアは赤い石を再び指で掴んでレナードに見せつけた。
「くそっ、その石を渡せ!」
レナードは叫ぶ。しかしアクアは再び石を隠す。
「貴様!」
アクアが近衛魔術師たちを見渡して言った。
「さて、どうだ。簡単だろ。私を殺せば赤い石は手に入るって事だ。これで少しはやる気になってくれたか。手加減なんていらねぇ。全員で撃ってこいよ。全力で来い」
「ど、どうしますか」
ユージーンが指示を求めた。レナードはユージーンを見る。この男は近衛魔術師隊の中でも最強の攻撃魔法が使える。
「おまえもアクアを囲え」
そして街から来た近衛魔術師隊にも指示する。
「おまえたちもだ。もう手加減はなしだ」
慌てて彼らは窪みの淵に並んだ。
「良いだろう。おまえの死体からその石を奪い取るとしよう。やれ」
レナードだけが、攻撃に加わらず彼らから少し下がる。近衛魔術師全員が呪文を唱え始め。一斉に魔法を打った。強烈な音が鳴り、光が炸裂する。しばらく続いていたが、レナードははっと気がついて叫んだ。
「やめろ。もういい。このままでは石まで壊してしまう」
アクアの体が消滅するほどの魔法を当ててしまっては赤い石もただではすまない。レナードは自分の浅はかさを恨んだ。アクアの口車に乗ってしまった。
魔法攻撃が一斉に止む。レナードが近衛魔術師の間に割り込んで窪地を見た。砂煙が舞っている。かなり岩盤も削れたようだ。レナードは確認するために窪地を降りようとした。
「おい、止めるのが早すぎだよ。これが全力ってか? ○○は嫌われるぞ」
砂煙が落ち着くと、やはり全裸のアクアが立っていた。多少黒く焦げた感じに見えるが、傷ついたようには見えない。
「なんだと?」
レナードは愕然とする。普通の人間でこの魔法に耐えられるわけはない。近衛魔術師たちも動揺していた。
「少しはいいところいっていたぜ。だけどもっと本気を見せな。全部の魔力をつぎ込めよ。そしたら私を殺せるかもしれねぇぞ。まぁ、いいや。もう少しやる気を出させるか」
アクアは片手を天に向けた。するとそこから魔力の柱が上がる。レナードは信じられないといった顔をした。
「ま、魔法だと。あり得ん。彼奴は戦士、魔法など一度も・・・」
アクアが魔法を使ったという報告は今まで一度も無い。彼女たちの仕事は調査したので間違いないことだ。
「ほら、こうして魔力を放出しているからよ。私の耐久力も落ちているかもな。今なら殺せるかもしれないぞ。全力だ。本気で殺そうとしないと、おまえたちの方が死ぬぞ」
「くそ、撃て!」
レナードは再度後ろに下がって、近衛隊に指示をする。あまりのことに動揺していた近衛隊たちも慌てて呪文を唱え始めた。
その時、レナードの口が後ろから押さえられた。そのまま後ろに引きずられていく。アクアに集中していたレナードはすぐには反応できなかった。
-仲間か!
レナードは引きずられながらもやっと正気に戻って抵抗し、相手を振り払う。立ち止まって相手を見ると、それは栗色の髪の見惚れるほどの美少年だった。まだ二十歳にはなっていないだろう。
「貴様、何のつもりだ!」
しかし、彼は緊張した顔で、レナードの手を取った。そして走り出す。
「こら、貴様!」
再度振り払おうとするが、少年は強い声で叫んだ。
「上を見て。逃げないとまずい。死にます」
言われて上を見ると何か黒い雲のようなものが広がってきている。
「何だ、あれは」
「とにかく急いで。巻き込まれたら間違いなく終わります」
それでもレナードはその雲から目を離せない。そしてその雲をたどっていくと、窪地の中心から放たれた光の線から始まっていることがわかった。
「あれは、アクアの魔法なのか?」
「急いで、見ている暇なんてない!」
更に強く手を引かれ、レナードは走った。何かおぞましいものを感じた。レナードは少年の手を振り払って、自分で走った。少年はレナードの前を走って逃げる。その時、大きな音と共に、後ろから爆風が流れてきた。レナードはつんのめって倒れた。
「な、何が起こった?」
爆風が止むとレナードは何とか立ち上がり後ろを振り返った。そこには真っ黒な地面が広がっていた。
「な、何だこれは・・・」
「もう大丈夫」
すぐ側に少年が立っていた。しかしレナードは少年にかまってなどいられなかった。窪地に向かって走り戻る。
もう空に黒い雲は無い。しかし、見えるかぎり人の姿がない。近衛魔術師も、近衛騎士も誰も。窪地に近づくにつれて、窪地を囲むように赤いシミが広がっているのが分かった。シミの中には布のような物や白い塊等も見える。しかし総じて地面と一体化している。レナードは頭をよぎる事実を信用できなかった。そしてそのまま窪地のふちまで戻ってきた。
窪地の中も同様だった。真っ黒な地面が広がっている。アクアもいなかった。
「何が起こったのだ。これは、どういうことだ!」
レナードは大声で叫んだ。
「痛ってー」
すると、下からいきなり声がした。窪地の中心辺りが少し盛り上がり、人が這い出てきた。体が真っ黒に汚れている。彼女は立ち上がると、肩を回したり脚を伸ばしたりした。
「こいつは、自分にもぶつけなくちゃいけないってのが面倒だな。さすがに、アーマーもスコップもつぶれちまったか」
アクアは体を叩いて体に付いた黒い物を払う。レナードは膝を突いた。何が起こったのかはわからない。しかし推測はできてしまう。アクアは魔術師だった。あの雲はアクアが引き起こした魔法だ。そしてその魔法を近衛隊と自分に叩きつけた。結果アクアだけが生き残った。
「嘘だ。ありえない」
レナードは放心して空を仰いだ。すると、いきなり目の前にアクアが現れた。
「ヒッ、ひぃっ」
レナードは尻餅をついて後ずさりした。アクアはいきなり○○から赤い石を取り出し、レナードに投げ渡す。
「ご苦労さん。少しは楽しめたぜ。これは駄賃だ。持って帰りな」
そしてアクアはレナードを置いて歩き出した。レナードは赤い石を胸に抱いたままアクアを目で追うしかなかった。
アクアは前方で待っていた栗色の髪の美少年に駆け寄って肩に手を回した。
「ログ。羽織るもの持ってねぇ? アーマーがつぶれちまった」
「無いよ。あたりまえだろ」
「宿まで行けば予備のアーマーがあるからよ。それまでおまえの服よこせ」
そしてアクアはログの服をはぎ取って上半身裸にするとそれを着てしまった。
「本当に強引なんだから」
レナードはそんな言い合いをしながら去る二人を見送るしかなかった。