(29)五日目
マリアは目を覚まして飛び起きた。途端に頭ががんがん鳴った。昨日無理矢理酒を飲まされてから記憶が無い。周りを見ると、五人の男たちが寝転んでいた。どうやらやることをやってそのまま雑魚寝をしたようだった。腹立たしいが、自分も甘かった。
マリアは立ち上がって、剣を持つと部屋から出た。すでに日は昇っていた。珍しく寝坊した形である。マリアは急いで井戸に向かった。
たらいに水を汲み、粉石鹸とタオルを持って、三階のキャロンの部屋に向かう。マリアが部屋に入ったとき、まだキャロンは台座の上で寝ていた。案の定かなり汚されている。
「ん。朝か」
マリアが入ってきたことに気がついたのか、キャロンが目を覚ます。
「昨夜も遅くまでやっていたのか」
「そうでもないな」
マリアはたらいを置いて、キャロンに近づく。
「先に近衛隊どもが来て遊んでいったが、奴らは人数が少ないから大して時間はかからない。その後に学生どもが来たが、こいつらは結構頑張っていたかな。それでも、今日のことを考えて早めに切り上げたって感じだな」
「いつもながら男どもの性欲は収まることを知らないな」
マリアはキャロンの拘束を解いた。
「それより、ひどい奴だな、マリア。ルクスがさみしがって泣いていたぞ」
キャロンは台座を降りた。
「昨日は大けがなんかしていないだろ。私が魔力を供給する必要は無かったはずだ」
マリアは言い訳しながら台座の掃除を始めた。実際は行くつもりだったのに酒を飲まされて酔いつぶれただけだ。するとキャロンがムキになる。
「おいおい、ルクスはあんたを慕っているんだぞ。会いに行ってやるのが優しさだろう」
そこでマリアは手を止める。マリアは体を洗っているキャロンを見た。
「そもそもルクスに人格はあるのか。あれは魔法でできているんだろう」
マリアの予想ではルクス人間ではない。キャロンの不死身の体を担保するための魔法装置だ。人間があのダメージに耐えられるわけないし魔力で急速に回復するわけがない。
キャロンは笑った。
「なるほど。確かにルクスは魔法でもあるがちゃんとした人間だぞ。私の知り合いの子供さ。必要があって借りているんだ」
マリアは驚く。
「人間の子? そんなわけあるか」
「確かに魔法は使っている。正直なところ私にもどんな魔法なのかよくわからない。恐らく魔獣に近いものだろう」
「魔獣?」
キャロンは体を拭き終わったようだ。マリアも台座を拭き終えた。
「気にするな。原理が似ているだけでルクスが魔獣と言うことではない。外目には危なく見えるが内部にダメージは及んでいない」
マリアは納得できなかったが、これ以上追求しても無駄だろう。マリアはキャロンの後のたらいで自分の体も洗った。今朝は体を洗う暇が無かった。
キャロンは拘束椅子に戻った。
「とにかく。ルクスは今しかないんだ。せめてかわいがってやってくれ」
「おまえ、何を言っているんだ」
その時。近衛隊たちが入ってきた。彼らは仲良く裸で談笑している私たちを見て固まる。マリアは慌ててキャロンに近寄ると、両足の鍵をかけた。そして何食わぬ顔で近衛隊の方を見て、たらいを持ち上げた。
「もう大丈夫だ。好きにすると良い」
そしてマリアは部屋を出た。
マリアは今日から外での門番である。よほどエドワード王子はマリアを辱めたいのだろう。屈辱で根を上げるのを待っているのだと思われる。しかしマリアはわかっている、ちょっとでも文句を言えば反逆罪と言われ処刑される。
外に居る近衛隊はマリアを含めて五人。人員が少ないのでやることも多い。他の近衛隊たちはマリアの裸に見慣れてしまって、もう何の反応も示さない。
「マリアは近衛隊を辞めないのか」
マリアは隣の近衛騎士に話しかけられた。
「辞められるなら二年前にもう辞めている」
「俺も早く辞めてぇよ」
まだ商人はちらほらとしか来ていない。男は暇なのだ。マリアも付き合うことにした。
「待遇が悪いのか」
「だってよ。殿下に気に入られれば出世するし、気に入られなければ屑仕事に追いやられた上で給料カットされるんだぜ。結局、要領の良い奴だけが出世できる仕組みだ。俺みたいな奴は首切られる前に逃げた方がいいのさ」
「どこの組織もそんなもんだろう」
「そうなんだけどよ。八十人以上の奴が一気に出かけちまったせいで、俺たちの負担が増しているんだよ。掃除とか、荷物の運び込みとか雑用ばっかりだ。なんで遠征隊に選ばれなかったんだろうなぁ」
マリアですら事務仕事を手伝わされそうになった。よほど人手不足なんだろう。
「雑用なら、グレスタの平民でも雇えば良いのにな」
近衛隊は首を振った。
「そいつはダメだ。殿下は平民が嫌いだ」
「じゃあ、グレスタの貴族ならどうだ。ダグリシアから連れてくるよりも安く済む」
近衛騎士は肩をすくめた。
「おまえ、知らねぇのか。グレスタの元の領主は陛下に失脚させられて逃げたんだぜ。俺たちの言うことなんて聞くわけ無いじゃねぇか」
そんな会話をしながら待っていると、商人たちの馬車が増えてきた。マリアも交通整理に当たる必要が出てくる。馬車を誘導し御者の元に行って話を聞く。商人たちは全裸のまま出迎えるマリアを見て、いろいろな反応をするが、たいていは目を剥いて凝視している。遠くからだと、裸の男が立っているように見え、近づいてやっと女だと気がつく。うすら笑みを浮かべる奴もいるし、唖然として口を開けっぱなしの奴もいる。だが、誰も理由は聞いてこない。
そうして、商人たちの受け入れ処理をして昼近くになった頃、なにやら騒がしい音が近づいてきた。マリアたちは警戒し、一度商人たちの受け入れを中断した。そのうち、馬に乗った一人の近衛騎士が現れた。後ろに女を乗せているようで、その女がけたたましい笑い声を上げているのだ。
マリアは戦慄する。声に聞き覚えがある。
「セオドア隊長!」
近衛騎士が叫んで走り出す。マリアもすぐに馬に駆けつけた。後ろの女はやはりヴィヴィアン王女だった。なんとセオドアの体に縛り付けられていた。笑いながら暴れている。大きめの服をかぶせられているが、動くと肌が見える。マリアは焦った。
「姫様は私が預かります。そのままだとまずい」
セオドアは素っ裸のマリアにひどく驚いたが、すぐに返答した。
「わかった。頼む。放っておくと脱いでしまうんだ。こんな姿は人には見せられない」
近衛隊たちならどさくさに紛れて触りたがるだろう。この作業はマリアにしかできない。マリアは馬を降りたセオドアから縛られたヴィヴィアン王女を解く。そして、外套をしっかり結んで肌を見せないようにした。
「やぁよ。気持ちいい事しましょう。○○して、○○してよー」
「静かにしてください姫様」
ヴィヴィアン王女の目の焦点が定まっていない。狂乱状態だ。
「なにかの精神魔法ですか。すぐに解除させなくては」
「わかっている。だが、まずは、殿下に報告だ。いくぞ」
セオドアは焦っていた。マリアはすぐに部屋に運ぶべきと考えていたが、とりあえずセオドアの指示に従う。マリアはヴィヴィアン王女が服を脱がないようにきつく縛り、抱き上げて走った。
「殿下。緊急のご報告です。人払いを!」
セオドアが謁見室に入るなり叫んだ。
「何事だ!」
エドワード王子がいきなり飛び込んできたセオドアに向かって怒鳴る。しかしその後ですぐに青ざめた。
「お兄様。○○しましょう。○○よ。楽しい事しましょう、きゃははは」
卑猥な言葉を叫ぶヴィヴィアン王女をマリアが押さえつけながら謁見室に入っていくと、エドワード王子が慌て出す。
「おい、ヴィヴィアン、ヴィヴィアン。どうしたんだ」
「○○よ。楽しい○○よ。気持ちいい事しましょう」
エドワード王子は狂気の笑い声と卑猥な言葉をまき散らすヴィヴィアン王女に駆け寄ってくると、マリアを撥ね除ける。
「どけ、平民」
マリアから解放されたヴィヴィアン王女はエドワード王子に抱きついた。
「おい、よせ、ヴィヴィアン」
「○○しましょう。私と○○。○○、○○」
ヴィヴィアン王女の着ていた外套がはだけ落ちる。王子も慌てた。王子の椅子のそばに座っていた侍女三人も悲鳴を上げる。
「ヴィヴィアン、落ち着け。服を身につけろ! おまえら目を閉じろ。見た奴は目をえぐるぞ!」
マリアはすぐにガウンをつかんでヴィヴィアン王女にかぶせ、エドワード王子から引き離した。
「やめて、○○したいの。なんで止めるのよ。あなたで良いわ。気持ちいい事しましょうよ。楽しいことよ」
マリアはヴィヴィアン王女を服ごと抱き留めながら叫んだ。
「誰か、精神を落ち着かせる魔法を使えないのか」
「そ、そうだ。何をしている。魔術師ども。おまえらの仕事だろうが!」
「は、はい」
近くにいた近衛魔術師たちが精神安定の魔法を唱える。だが、効いた様子がない。ますますヴィヴィアン王女は叫び声を大きくする。
「○○するの。○○。○○」
「眠らせる魔法はないのか」
今度はすぐに魔術師たちが反応した。それでもヴィヴィアン王女は抵抗していた。何度も重ねがけされると、やがてマリアの腕の中で寝息を立て始めた。マリアは一息つく。エドワード王子は少しほっとしたようだ。そしてセオドアをにらんだ。
「どういうことだ。何が起こった!」
エドワード王子がセオドアの胸ぐらをつかむ。
「そ、それは・・・」
セオドアは話し出そうとした瞬間、その場で膝を突く。激しく息を乱していた。どうしても体の震えが止まらない。ここに付くまでは必死だったが、落ち着いてしまうと途端に恐怖が襲いかかってくる。見るも無惨に殺されていった部下たちの姿が脳裏に焼き付いている。
「お、恐ろしい。私たちはなんてことを・・・」
「こら、応えぬか。他の者たちはどうしたのだ!」
ますますセオドアは震え始めた。再びマリアが叫んだ。
「誰か、セオドア隊長の心を落ち着かせろ。ヴィヴィアン王女と違って効果があるはずだ。それからすぐに人払いをしろ。商人どもを追い出せ」
すぐに近衛隊が反応する。魔術師が精神安定の呪文を唱え、騎士たちが商人を無理矢理外に追い出す。冷静に指示するマリアを、エドワード王子がにらんだ。
「なぜ貴様が仕切る。何様のつもりだ!」
マリアはすぐにエドワード王子に頭を下げた。
「では、私はヴィヴィアン王女を休ませるため部屋にお連れいたします」
マリアはヴィヴィアン王女を抱きかかえてエドワード王子が何か言う前に素早く部屋を出た。
「こら、そんなことは。くそっ。あの平民め。絶対に殺してやる」
エドワード王子は床で息をついたままのセオドアに矛先を向けた。
「何があった。話せ!」
しかしセオドアは何も語らなかった。必死に深呼吸をしている。エドワード王子がセオドアの胸ぐらをつかんだ。しかしセオドアの体格を持ち上げることはできない。
「話せと行っているだろうが」
それでもセオドアは口を引き締めて考え込んでいる。セオドアもすぐに報告したかった。しかし順序立てて話せる精神状態ではなかった。ベアトリスへの恐怖と自分が犯してしまった数多くの失態、何よりも部下全員を死なせてしまい、ヴィヴィアン王女の気を狂わせてしまったこと。全てが一気に襲いかかってくる。
「くそっ」
エドワード王子はセオドアから手を離すとセオドアを蹴り飛ばした。しかしがっしりとした体格のセオドアはびくともしない。エドワード王子は自分の椅子に戻った。
エドワード王子も困惑していた。特にヴィヴィアン王女に何があったのかは確実に聞き出さなくてはいけない。怒りに任せてセオドアを殺すことはできないのだ。エドワード王子はセオドアが落ち着くのを待つことにした。
マリアはヴィヴィアン王女を抱えたまま階段を駆け上がり、部屋の鍵を開けて飛び込んだ。扉は勝手に鍵がかかるから、これでひとまず安心である。マリアはヴィヴィアン王女のガウンを脱がして、ベッドに寝かせた。寝息を立てながらもヴィヴィアン王女は時折息を荒くしていた。
どうせマリアはエドワード王子にここを追い出されるだろう。いつまでもここにいることはできない。だから難癖つけられる前にここから出るのが一番だがそれでは少し足りない。恐らく、エドワード王子はマリアにヴィヴィアン王女の様子をしつこく聞いてくるだろう。そして答えられなければ処罰されるはずだ。
マリアはヴィヴィアン王女の体をチェックすることにする。体は汚れており、昨日から風呂に入っていないようだった。きれい好きのヴィヴィアン王女にしてはおかしい。ヴィヴィアン王女の体には小さな擦り傷ができていた。本来の作戦なら、戦闘など起こらないはずである。それにこれくらいの傷なら、ヴィヴィアン王女は自分で治療できる。そうじゃなくても近衛女性部隊に魔術師はいる。
そしてマリアは調べている内にヴィヴィアン王女の○○の中にあるものを見つけてしまった。マリアはヴィヴィアン王女の体に布団を掛けて、それを持ってすぐに部屋を出た。
「なぜなにも応えないのだ」
さすがにエドワード王子はじれてくる。セオドアは膝を突いてうつむいたまま、まだなにも答えない。気の短いエドワード王子にとってはそろそろ我慢の限界だった。
その時、扉が開きマリアが謁見室に入ってきた。
「殿下」
エドワード王子はマリアをにらみつけた。
「ヴィヴィアンの世話は今後私の侍女たちにやってもらう。おまえは金輪際二度と近寄るな」
しかしマリアはまっすぐ前に出るとエドワード王子に緑の玉を差し出した。
「姫様がこの玉を持っておりました」
すぐにエドワード王子は駆け寄ってきてマリアから玉を奪い取った。
「こ、これはまさか。どこにあったのだ! おまえが隠し持っていたのか!」
マリアは内心呆れる。しっかり伝えたはずだ。
「ヴィヴィアン様が持っておりました」
「ヴィヴィアンが持っていただと!」
「私は届けただけです。詳しい話はセオドア隊長しかわかりません」
マリアはエドワード王子の前からそっと離れる。セオドアはその玉がどこにあったのか知っているだろう。しかし、マリアはどこでそれを見つけたのか直接話すわけにはいかない。絶対にエドワード王子に殺される。エドワード王子はセオドアを見ると、服をつかんで引き上げた。
「どういうことだ。説明しろ!」
セオドアはマリアをじっと見ていた。マリアはセオドアと目を合わせないようにしていた。もしセオドアがマリアがどこからその石を取り出したのかを話せば、マリアは窮地に立たされる。それに備えてマリアは剣を強く握る。最悪ここで大暴れするしかない。
しかし、セオドアはマリアの意に反して肩の荷が下りたかのように大きく息をついた。
「・・・礼を言う、マリア。それを見つけてくれて。私には無理だった」
無視された状態のエドワード王子はセオドアを殴りつけた。セオドアは床に倒れた。
「どういうつもりだ。何を知っている。殺されたいのか!」
やっとセオドアは体を起こした。そして深々とエドワード王子に頭を下げる。
「申しわけありません。私は姫様を守りきれませんでした」
セオドアの懺悔の声が響く。
「申しわけないですむか。我が妹に何があった!」
「申し訳ありません。私は、私は・・・姫様を・・・」
セオドアが再び曖昧な言葉を紡ぐ。当然エドワード王子の怒り出す。仕方がないのでマリアは落ち着いた声でセオドアに語りかけた。
「セオドア隊長。他の近衛騎士隊、そして近衛女性部隊はどうなりましたか」
口を挟まれたエドワード王子が怒りの形相でマリアを見た。しかし、エドワード王子が言葉を発する前に、セオドアがつぶやいた。
「わが部隊は全滅しました」
辺りがしんと静まる。さすがにこの言葉にはマリアも動揺を隠せなかった。近衛騎士隊はともかく、近衛女性部隊は自分の仲間だ。
「ふ、ふざけるな! わが精鋭の部隊が全滅だと。嘘も大概にしろ!」
エドワード王子が怒鳴る。セオドアは黙って座っていたが、もう一度深呼吸をしてから近衛魔術師に向かって言った。
「誰か、もう一度。私の心を落ち着かせてください」
しかし誰も動かない。セオドアはさっきからエドワード王子を無視している。これは確実に処罰されるほど不遜な行為だ。しかし、マリアはすぐに側の近衛魔術師を見た。
「セオドア隊長の願い通りに」
「は、はい」
するとその近衛魔術師は呪文を唱えた。魔法を受けて、セオドアの顔色が少しだけ回復する。そこでやっとセオドアはエドワード王子に向き合った。そして、エドワード王子に再度礼をした。
「初めから全て話させていただきます」
そしてセオドアは事のあらましを話し出したのだ。




