(27)アクア捕獲隊(四日目)後
アクアは鼻歌を歌いながら、休むことなく石をスコップで崩していた。それを大きな台車に積んでいく。昼下がりに大きな台車二台が山積みになった。
「さて、これ以上詰めねぇし、帰るか」
アクアは台車を持ち上げて、窪地から歩いて出て行く。
「ちょっと深く掘りすぎたかな。ま、いいか」
アクアは二台の台車を引きずりながらトワニーへ向かった。トワニーの土木事務所に行くと、アクアは台車を引き渡した。
「今日の分だ」
事務所のおじさんは山盛りに積まれた台車を見て笑う。
「相変わらず大量だな。ありがとうよ。こんな仕事誰も受けてくれなくてな。嬢ちゃんくらいだぜ、こんな安い金で働いてくれるのは。何なら冒険者の宿なんて通さなくても直接雇ってやるぜ。その方が儲けになるだろう」
「ああ、そういうのは良いんだ。一応冒険者なんでな。働いた記録を残しておくのも重要なんだぜ」
「そうか。仕方がねぇな。明日も頼むぞ」
するとアクアは軽く笑う。
「そうだな。あと少しくらいは付き合うよ」
アクアは戦勝亭に帰って行った。
アクアが戦勝亭の扉を開けると、いつも以上にがやがやと騒ぎが起こっていた。ダグリシアの時と同様このトワニーでは冒険者の宿での騒ぎは日常茶飯事だ。よほどでなければ冒険者の宿の職員も口を出さない。そのため喧嘩が絶えないことになる。
「返せ!」
「おいおい。拾ってやったんだぜ。ちゃんと金を払えよ。親切はただじゃ買えねぇぞ。ぼうず」
「おまえが盗んだんだろ!」
「誰が見たってんだよ。せっかく落ちていたてめぇの冒険者カードを拾ってやったってのに。せっかくD級になったってのにE級からやり直すか? それとも再発行か? 金がかかるぞ」
言い争っているのは屈強な男と栗色の髪の青年だった。この程度の言い争いだと、職員を含め誰も止めようとしない。
「ふざけるな! 返せ。泥棒」
言われた男は肩をすくめた。
「おいおい、それは俺に対する侮辱と言うことで良いよな」
その瞬間男の拳が栗色の髪の青年の顔に繰り出される。予想もしていなかった青年は全くの棒立ちだった。
バシッ!
しかし男の拳は少年に当たらなかった。アクアが片手でその手を止める。
「落ち着けよ、ヴァット。精力が余っているなら私が抜いてやるぞ」
「お、アクアじゃねぇか」
「えっ、アクア!」
二人がそれぞれ反応する。屈強な体格のヴァットは当然アクアを知っている。一ヶ月前若いA級が来たと言うことで突っかかっていったが、あっさりやり替えされてからは下半身も含めて友好な関係を気づいている。彼自身はB級である。
対して栗色の髪の青年は信じられないものを見るかのような目でアクアを見ていた。
「おい、邪魔するんじゃねぇよ。いくらおまえでも、こういう礼儀知らずにはきっちり教育した方が良いんだぜ」
しかしアクアはあっさりヴァットの持つ冒険者カードを奪い取る。
「こいつ若いしスタミナありそうだろ。今夜の私のごちそうにすることにした。顔を潰されたら楽しめねぇじゃねぇか」
「おいおい、そりゃねぇよ。アクア」
アクアは栗色の髪の青年の顎を捕まえて持ち上げる。
「ベアトリスじゃねぉが、たまには私も美形を喰わないとな」
「ア、グ」
青年は何かを言おうとしていたが、顎を押さえられているので声が出せなかった。
「仕方がねぇな。アクアの顔に免じて今回は許してやるよ!」
ヴァットが引き下がる。アクアは青年の顎を捕まえたまま受付に歩いて行った。青年は苦しそうにもがいていたが、アクアの馬鹿力にはまったく抵抗できない。
ソーニーが呆れた顔でアクアを見ていた。
「その子、知り合い?」
「いや。たまたま見つけた今日の私の夜食」
ソーニーはため息をつく。
「あまり虐めるのはやめてよね。その子は今日グレスタからここに来たD級のログ君十八歳。まぁ、ヴァットにカードを掏られる程度だと、ここでやっていけるのか不安だけど」
「へぇ。まぁいいや。土木事務所からサインもっらってきたぜ」
「はいはい、換金ね。ちょっと待ってて」
ソーニーが席を外すと、アクアはログににらみを利かせてから手を離した。ログは自分がアクアと知り合いであるとばれてはいけないのだと認識した。理由は分からないが。ログが黙ると、アクアは鍵を取り出してログに渡した。
「私の宿の鍵だ。子馬宿舎。今度はスられるんじゃねぇぞ」
ログはアクアと鍵を見比べた。
「あ、あの・・・」
その途端アクアはログの尻を蹴飛ばした。
「先に行ってろってんだよ。ボケ」
ログはよろめく。辺りで笑い声が起こった。
「おいおい坊主。大丈夫か。何なら俺が変わってやるぞ」
「全部搾り取られて、明日は太陽が見れないかもな」
「うらやましいぞ。少年」
みんながはやし立てる。実際には誰でもいつでもアクアと○○できるので、うらやましがっている者はいない。むしろ、無尽蔵の体力に徹底的に搾り取られるので、避けている者の方が多い。
ログはすぐに戦勝亭を出て行った。
※※
レナードたちはリチャードの案内で、高級料理店と呼ばれる場所に入った。クリストファーとハーマンも合流する。
「今、アクアを見張っている奴は誰だ」
「マイケルとモーリスです。冒険者の宿に戻ったところで交代しました」
クリストファーが答える。五人はすぐに料理を注文した。料理も酒もすぐに出てくる。レナードが料理に手をつけてからしかめっ面をする。
「不味いな。これで高級なのか」
リチャードは申し訳なさそうに答えた。
「一応そうですね。そもそも平民の街でおいしいものを求めても無駄でしょう」
「酒もひどい」
今度はユージーンがつぶやく。
「ほどほどにしておけ。まずい酒は悪酔いする。さて、まずはこの街の状況だが、正直言って、都合の良い襲撃ポイントはないな」
道が入り乱れており、広い場所が少ない。家々は繋がっており、屋根伝いにどこにでも行ける。
「そうなのです。そのおかげで見つからずにアクアを見張ることはできるのですが」
ハーマンが申し訳なさそうな顔をする。
「結界魔法はいかがですか。近衛魔術師隊が来ているのですから」
クリストファーが期待を込めてレナードを見た。クリストファーとハーマンは近衛騎士なので、魔法のことがよくわからない。
「必ず訪れる場所がわかれば可能だな。この入り組んだ場所で隙無く結界で埋めるのには時間がかかる。二十人以上の魔術師が行動を起こすのだから失敗は許されん。ばれれば逃げられるだろう。夜は男と遊び歩いているのだから、連れ込み宿にいてくれるのなら何とかできるだろう」
他に案がなければ、レナードはその作戦で行くつもりだった。クリストファーは残念そうに首を振った。
「そもそもアクアは特定の場所に現れないので、街中で罠を張りにくいです。連れ込み宿と言いましたが、それすら怪しいもので、一晩に転々と渡り歩くことさえあります。かなり運任せになってしまうでしょう」
リチャードは溜息をついた。
「そう言うわけで街中では難しい、鉱山の方はどうだ。ユージーンはかなり有望だと言っていたが」
クリストファーが答える。
「一日中中に入って採掘しています。昼食も中で取っているので、一度入ると夕方まで出てきません。捕らえるには最適と言えるでしょう」
しかし言葉とは裏腹にクリストファーは納得できている顔ではない。
「何かあるのか?」
「いえ。ただあまりにも都合が良い状況ですので不安がありまして」
深い窪地の底にアクアがいてその周りは下から見えない。襲撃するには絶好すぎる。
「だったら、アクアと接触すれば良かっただろうに。アクアの情報が少なすぎるのだ。だから判断が難しくなる」
三人は何も言えなくなった。実際毎晩のように男漁りをしているアクアに接触するのはそれほど難しくはない。ただ、彼らは身分がばれるのを過剰に恐れてためらっていた。
その時、酒場に一人の男が入ってきた。彼は酒場内を見渡しレナードたちを見つけるとすぐに走ってきた。
「マイケル。どうした」
リチャードが言う。
「大変です。アクアがこちらに向かってきています。今までこの辺りには現れなかったはずですが」
「何?」
全員が戦慄する。
「出るか」
しかし遅かった。アクアが酒場に現れた。アクアはその扇情的な姿でトワニーでも有名だったが、この酒場は初である。当然注目される。
レナードはアクアを見ないようにしながら小声で言った。
「なぜばれた。なにかへまをしたのか」
「ばれるようなことはしていません。積極的に接触していませんから」
しかし、アクアはまっすぐ彼らのテーブルまで近づいてきた。全員が緊張した面持ちでいる中、アクアは勝手に隣から椅子を持ち出してきて彼らのテーブルに着いた。
「なぁ、おまえら私と○○たいんだろ。いつも見られている気はしたんだけどよ。全然声かけてこねぇから、どんな○○野郎かと思っていたぜ。私はいつでもウェルカムだぜ。今日は相手がいなくて暇だったんで、こちらから来てやったぞ。朝まで楽しもうぜ」
「な、何のことだ」
リチャードが緊張した面持ちで返答する。
「あれ、何だ、ほとんど見たことねぇ奴か。まぁ、誰でもいいや。飯食わせてもらって良いよな。料金は体で払うからよ」
そしてアクアは勝手に注文した。レナードは判断に悩む。アクアはこちらを知って接触してきたのか、本当に男漁りに来ただけなのか。
「俺たちは打ち合わせの最中なんだ。図々しいぞ」
ユージーンがきつい視線でアクアを見た。しかしアクアはあっけらかんと言う。
「そう、つんつんするなよ。良い飯食って良い女を抱くのが男ってもんだろ」
アクアがクリストファーの腕を取って豊満な胸を押しつけてきた。クリストファーはゴクリと唾を飲む。
「このアーマーの中に興味は無いか? もう寝るだけだろ。楽しもうぜ」
「し、しかし」
クリストファーはレナードを見る。どう対処して良いかわからないのだ。
「そうだな。少しは羽目を外したいところだったんだ。金なら払おう」
アクアの本心を知るには飛び込むしかない。危機ではあるがチャンスでもある。
「馬鹿言うなよ。私は娼婦じゃないんだぜ。自由恋愛だっての。ここのところ男どもがみんな逃げやがるんでよ。相手を捕まえるのにも苦労していたんだ。どうせ最近ダグリシアからこの街に逃げてきたんだろ。ここは良い街だぜ。はじけようぜ」
そして運ばれてきた食事をアクアは勝手に食べ始める。
「それは嬉しいことだ。だが、こちらがこんな人数では大変だろう」
「足りねぇくらいだぜ。あんたの宿はどこら辺だ。遊びに行って良いだろ」
レナードは苦笑する。
「ああ、わかった。だが、本当に打ち合わせの最中だったんだ。あと一時間くらいしてから来てくれないか」
「仕事熱心だねぇ」
アクアは食事を続ける。
「君はいつもこんな風に人を誘っているのか」
「私は独り寝が嫌いでね。飯代だけでこんな良い女を抱けるんだから、お得だろ」
自分で言うだけあって、確かにアクアは美人だった。男なら食指が動くのも頷ける。アクアは食事を終えると、近衛隊が書いたメモを受け取り、立ち去っていった。
全員が息をつく。
「いったい、どういうことでしょうか」
マイケルが不安そうに尋ねてきた。
「本当に見つかっていないのだな。彼奴は見られていたと言っていたが」
レナードは厳しい目を向けたが、マイケルは首を振った。
「確かに目が合ったことくらいならあります。まさかそれを覚えていたのでしょうか」
「やはり確認する必要があるな」
レナードは決断した。万が一アクアが敵対したときのために近衛騎士のクリストファー、ハーマン。そして明らかに面識のないレナード、ユージーンの四人がアクアの夜の相手をする。そしてリチャード、マイケル、モーリス、ホレイスの四人の近衛魔術師が隣の部屋に待機する。
「油断はするな。もし何かあったらすぐに拠点に戻ってアーネストに知らせろ」
そして彼らは動き出した。
結局、アクアは○○したいだけだと言うことが分かった。近衛隊たちはことごとく搾り取られてしまった。わざと初めのうちは参戦しなかったレナードは、何とか会話の中でアクアから話を聞き出すことに成功する。
すなわち、岩盤を掘っているのは鉱山に行くよりもその方が近いから。採掘仕事を受けているのは土木事務所の人間に頼まれたから。
「体力は有り余っているんだよ。少しは発散しておかないと、夜に力が余っちまうだろ。今のところこの依頼が一番体力を喰うんでね。丁度良いのさ」
アクアはその後もしつこく○○を求めてきたが、レナードはアクアからある程度話を聞けたので、アクアを部屋から追い返して眠った。