(24)四日目
マリアは朝起きると、軽く体を動かしてから部屋を出た。エドワード王子はマリアがヴィヴィアン王女の部屋に寝泊まりしていることを知らないだろう。ばれる前に抜け出す必要があった。
相変わらず裸に靴と剣というちょっとあれな格好だが、こればかりは仕方がない。用はエドワード王子の目に入らなければ良い。
マリアはすぐに階段を降りた。四階で巡視の近衛隊に出会う。暇そうにあくびをしていたが、近衛隊はマリアを見てびっくりしていた。
「何だ。マリアかよ。変態野郎がいるのかと思ったぜ」
「まったくだ。何で全裸で過ごさなきゃいけないんだか」
マリアも肩をすくめる。しかしその男はマリアから目を離さない。
「まさか、早速やりたいのか?」
「いや、キャロンでさんざん○○ているからまだいい。改めて見ると、やっぱりおまえも女なんだな」
「くだらん感想だな。穴が二つあれば女というのならそうだろう」
「どこ行くんだ」
「訓練だ」
そしてマリアは下に降りた。
すれ違う近衛隊たちは少ないが、いれば好奇の目でマリアを見る。マリアは彼らを無視してそのまま外に出た。
マリアは軽く柔軟運動をしてから、城の周りを走りだした。マリアが城を周回して行くにつれて、マリアを見学する近衛隊が増えていく。マリアは汗だくになるまで走ってから、筋肉トレーニングを始めた。
「マリア、何見せてくれるんだ。次は○○か」
マリアの周りに近衛隊たちが集まってきていた。周りから嘲笑する声が聞こえる。マリアは一通りの基礎運動を済ますと、鞘を付けたままの剣で素振りを始めた。
「おい、マリア。練習なら俺と打ち合おうぜ」
剣を持ったまま薄ら笑いを浮かべた男が近寄ってくる。
「断る。裸で模擬戦をするつもりは無い」
「良いじゃねぇか。やろうぜ」
「勝手にやってろ」
マリアは素振りをやめない。目も合わせない。
「ちっ」
男は舌打ちをして剣を降ろした。
「おい、マリア。一発○○せろよ」
別の男が声をかけてくる。仕方がなくマリアは剣を振るのをやめる。この命令には従わざるを得ない。しかし事が済むとマリアは平然と言った。
「もういいか?」
そしてマリアは剣を拾い上げるとまた素振りを始めた。後ろから舌打ちが聞こえた。やがて近衛隊たちは離れて、自分の任務に戻っていった。
マリアはやっと訓練を終え、外の井戸で水を汲んで体を洗った。冷たい水が熱い体には丁度良い。ひとしきり汗を洗い流すと、たらいに水を汲んだまま担いで城に入った。
マリアはキャロンが繋がれている部屋に来た。やはりキャロンは男たちによって汚されていた。マリアが濡れタオルで彼女の体に触れようとすると、キャロンが目を覚ました。
「ん? ああ、マリアか。自分でやりたいからまた拘束を外してくれないか」
「今回は大して汚れていない。私が洗ってやるぞ」
するとキャロンはいきなり真剣な口調で言った。
「ダメだ。あんたは絶対に私の体に触るな。間違っても私の○○と○○には触れるなよ」
マリアは少し戦慄するが、気がつかない振りをした。
「そうか。なら自分でやってくれ。その方がこの拘束具も掃除しやすい」
マリアはキャロンの両手、両足の拘束の鍵を外した。キャロンはマリアからタオルを受け取ると、自らたらいに行って、体を洗い始めた。マリアはキャロンの拘束椅子を綺麗にする。
マリアが掃除をしているとキャロンが話しかけてきた。
「あんたは私に何も尋ねないんだな」
「聞いて答えるようなおまえじゃないだろう」
マリアにもキャロンが何かを企んでいることくらいはわかる。しかしあまり深く関わるつもりはない。
キャロンは体を洗い終えると拘束台に戻った。マリアは鍵をかける。
「そういえば、なかなか昨日はお楽しみだったな。あんたにそういう趣味があるとは思わなかった」
思わずマリアは赤面する。やはりキャロンとあの少年は繋がっているらしい。昨日のことはマリアにとって確実に黒歴史だ。
「何のことだ?」
マリアは無意味だと思いながらもしらばっくれる。キャロンは続けた。
「ルクスはおまえのことが気に入ったようだ。また話し相手になってやってくれ」
「気が向けばな」
その時また扉が開いて近衛隊たちが入ってきた。マリアは部屋を出ることにした。
「綺麗にておいたぞ。あまり汚さないようにな」
しかし、一人の男がマリアの肩に手を置いた。
「おまえ、夜どこにいやがったんだ。一発やろうと思って探したらいなかったぞ」
「夜ぐらいしっかり寝ておけ」
「まぁ、いいや。今はキャロンとやる方が優先だ」
男はマリアから離れた。マリアはたらいを持ったまま部屋の外に出た。
マリアはたらいを掃除してやっと食事にありつくが、もう片付けに入っていた料理人たちは迷惑そうだった。自主訓練とキャロンの掃除で時間がかなり遅くなったからだ。
食事を終えると、マリアは途端にやることがなくなった。自分の仕事はキャロンの掃除である。それ以外はエドワード王子から逃げるくらいしかない。
どうしたものかと思いながら歩いているとマリアの前から近衛隊たち三人が歩いてきた。魔術師が二人と戦士が一人だ。マリアが横を抜ける前に先頭の男がマリアの前に立ちふさがった。
マリアはまたかと呆れる。どんなに女性的な魅力が無くても裸と言うだけでその気になる奴がいるようだ。
「それにしても化け物みたいな体だな」
その男はあざけるように言った。
「それを言うためにわざわざ私を止めたのか?」
するといきなり男は私の首を掴んできた。
「口の利き方に気をつけろよ、平民が。俺はアーチボルド様だぞ! 今この城の近衛隊で一番偉いのは俺だ」
マリアはアーチボルドの手を掴んで押し返した。そもそも騎士であるマリアに魔術師が粋がっても大したことは無い。
「残念だが、私の上官は姫様であり、更にその上は殿下だ。それ以外の奴の命令を聞く必要は無い」
「貴様。このアーチボルド様を馬鹿にするのか。ぶっ殺すぞ!」
「残った中で一番偉いだけだろう。自慢するようなことじゃない。それより、何か手伝うことはないか。私はキャロンの掃除を言い渡されているが、せいぜい一日に二回程度のことだ。それ以外ならおまえたちを手伝ってやれるぞ」
「貴様ぁ、上から目線でしゃべるんじゃねぇ!」
アーチボルドは怒鳴る。マリアが諦めて、先に進もうとしたら他の二人が私の前に立ちふさがった。
「逃げるなぁ、この平民が!」
アーチボルドも立ちふさがる。マリアは面倒になってにらみつけた。
「で? なんの用だ」
急に雰囲気を変えたマリアに彼らは一瞬身を引く。
「そ、そうだ。俺の仕事を手伝え」
アーチボルドは慌てて続けた。マリアは威嚇を解く。本気で戦う気など無い。騒ぎを起こせばまたエドワード王子に呼ばれてしまう。
「いいだろう」
「貴様、また上から目線で言いやがったな。ぶっ殺すぞ!」
アーチボルドは叫ぶ。マリアは冷めた目でアーチボルドを見た。
「話を進めろ」
「くそっ、付いてこい」
マリアは部屋の一つに案内された。そこは事務所のようになっていて机に書類が積まれていた。マリアも元第一近衛隊副長だったので書類仕事は懐かしい。
「散らかっている書類を整理しろ」
アーチボルドは中央の椅子に座る。そして書類を読みながらうんうんとうなり始めた。残りの二人もげっそりした顔で書類を並べたり、読んだりし始める。
マリアは覚った。近衛隊の主立った幹部が出払ってしまい、残された者たちが慣れない書類仕事をやる羽目になったようだ。マリアへのいちゃもんは憂さ晴らしだったのだろう。
マリアは言われた通り書類を手に取った。しかしマリアができることは少ない。近衛騎士隊や近衛魔術師隊の運営にはまったく手を出していないので、何が必要で何が不必要と決済すれば良いのかわからない。やれることと言えば内容別に分類して並べるくらいだ。
そもそも近衛魔術師隊や近衛騎士隊の内情が詰まった書類を無関係なマリアが見てよいとも思えない。
あまり時間が経たないうちにアーチボルドは投げ出した。
「くそ、疲れた。中身もよくわからん!」
「レナード様が帰ってくるまでです。急ぎ決済しなくてはいけないものもあるのです」
別の近衛魔術師がたしなめた。
「近衛騎士隊の分もやっているんだぞ。これくらいはおまえがやれ!」
アーチボルドは書類を見ている近衛騎士に言った。
「私にはその権限がありません。一応最低限必要なものだけ分けてはいますので、ご容赦ください」
近衛騎士の男が言う。つまり近衛騎士隊には肩書き持ちが残っていないということになる。だから城に残っている近衛魔術師隊の役持ちであるアーチボルドが代わりをしているらしい。
マリアは心の中でご愁傷様とつぶやく。その時アーチボルドがマリアを見た。
「おい、平民、俺の肩をもめ」
マリアは書類を並べているだけなので、大して手伝いになっていない。それにマリアも書類を並べる程度の仕事はつまらない。
「はいはい」
マリアは大人しくアーチボルドの背後に回って肩に手を当てた。
「ぎゃーっ 痛い、痛い!」
アーチボルドはマリアの手から逃げてのたうち回る。マリアは不思議そうな顔をする。そんなに力を入れたつもりがなかったからだ。
「貴様、怪力しか取り柄が無いのか!」
「悪かった。力加減が難しいな」
マリアは素直に謝る。マッサージされたことはあってもしたことなどない。力加減がわかるわけはない。
「もういい、大人しく書類の分類でもしていろ!」
アーチボルドは肩を押さえながら席に戻ってまた書類とにらめっこを始めた。マリアも午前中いっぱい、事務所の仕事を手伝った。
正午になってマリアは再びキャロンの様子を見に行く。アーチボルドの手伝いも終わってしまってやることがなくなったからだ。キャロンは相変わらず、体を汚されたまま拘束されていた。
「調子はどうだ」
マリアが問う。
「マンネリ気味だな。奴らも飽きてきた気がするな。どうせ脚は鍵がかかっているのだから、手の方は解放しておいてくれないか。それなら手で○○てやることもできる」
ずっと性的暴行を受けているというのに、キャロンは余裕だった。
「食事はどうだ」
マリアが尋ねると、キャロンはにやりと笑った。
「とぼけたことを言うな。しっかり食べているよ。私の代わりがな」
これはマリアなりの答え合わせだ。キャロンがどれくらい自分の情報を話してくれるかわからない。そして予想はあっていた。ルクスがキャロンの本体であるらしい。
その時近衛隊が数人入ってきた。
「こんな所にいやがったのか。逃げてばかりいやがって。マリア、殿下がお呼びだ」
途端にマリアは嫌な顔になる。できるだけ関わらないようにしているのになぜ呼び出されるのか。もしかしたら今回は本当に暴れないと生き残れないかも知れない。マリアは改めて剣の鞘を握った。
マリアは近衛隊に連れられて謁見の間に行った。ちょうど商人の出入りは途切れているようで、商人の姿はない。
「ただいま参りました」
マリアが臣下の礼をする。
「遅かったな。私を待たせるな」
椅子に座って女を侍らしたエドワード王子が言う。これは珍しいことである。エドワード王子の侍女は五階から降りてこない。側近とともに部屋で事務仕事をしているか、エドワード王子の夜の相手をしているかのどちらかだ。
「これが、例の女だ。どうだ。醜いだろう」
エドワード王子は三人の美姫たちに言う。侍女たちはクスクス笑いながら、殿下の耳元で話す。エドワード王子はマリアを見せるため彼女たちを連れてきたようだった。恐らく夜の会話の中にマリアのことが出てきたのだろう。
エドワード王子がマリアに向き直った。
「いつでも男に○○を開くように命令したはずだが、逃げているようだな」
「何の話でしょう。ご命令には必ず従っておりますが」
マリアは心当たりがなかったので素直に反論する。言われればイヤイヤながらも体を差し出しているはずだ。しかしエドワード王子は続けた。
「昨日の夜。おまえを探していた男はとうとうおまえの寝ていた場所を見つけられなかったと嘆いていた。そして午前中も身を隠していたな」
どうやらマリアを見つけられなかった男がエドワード王子に告げ口をしたようだった。マリアにとっては迷惑でしかない。
「隠れてなどいません。昨夜はいつも通り私が休んでいる部屋で寝させていただきましたし、午前中はキャロンの体を掃除した後、アーチボルド殿に言われて書類整理の手伝いをしておりました」
エドワード王子が眉を寄せる。
「部屋だと? どこの部屋だ」
「私は常にヴィヴィアン様の部屋で寝ることを義務づけられております。特にご指示が無ければそこで寝ることになります」
エドワード王子が舌打ちした。
「また、言い逃れか。小ずるい女だな」
マリアは淡々と続けた。
「問題があるのなら殿下ご指示に従いますが? 私は姫様の指示に従っているだけですので」
エドワード王子は肘掛けを叩いた。
「五階は私のような王族がいる場所だ。平民女がいていい場所ではない。今夜からおまえは三階の大部屋で寝ろ。いいな」
「わかりました」
マリアは頭を下げる。
「それから、勝手な仕事を受けるな。暇なら別の仕事をやろう。もうすぐ学園の近衛騎士、近衛魔術師専攻の学生どもが到着する。城の見学と実習だ。おまえは奴らを案内しろ。そいつらに何をされても抵抗するなよ」
「はい」
マリアはすぐに返事をする。
実は午前中の書類の中に、貴族が通う高等学園の生徒の騎士専攻の男と魔術師専攻の男が三十人来るという内容を見つけていた。目的は城での訓練となっていた。
「城の全体を案内すれば良いのですか? 私は四階までしか案内できませんが」
「良い。その後はキャロンのいる部屋で歓迎してやれ。女を知らない青っちょろい奴ばかりだろうからな」
「わかりました」
「明日からはおまえは常に城外での見張りだ。城の中を裸の気持ち悪い女がうろちょろしているのはみっともない」
「わかりました」
「ふん」
マリアは何を言われても素直にうなずく。それがエドワード王子にはおもしろくなかった。さんざん笑いものにしているというのに萎縮する様子もない。
「もう行け。目障りだ」
「では、失礼いたします」
マリアは一礼して謁見の間を出た。
マリアはそのまま城の外へ出た。朝夕は人も少ないので、裸で井戸に行ったり鍛錬したりしても気にならない。それに見ているのは近衛隊ばかりである。しかし日中はひっきりなしに商人が訪れるので、マリアにとってもかなり恥ずかしい状況である。裸を見せて喜ぶ趣味はない。
マリアは見張りの近衛騎士に声をかけて、入り口に立つことにした。
「おまえ、恥ずかしくねぇのかよ」
横から言われる。きちっとした制服を着た近衛隊の隣に、全裸で剣を腰に差した女が並ぶのは奇妙である。
「殿下の命令だから仕方がないだろう。それとも、今○○たいのか」
「いや、さすがに今は良い」
男は黙った。




