(22)夜
マリアはヴィヴィアン王女の部屋で一旦休憩を取った。ため息しか出てこない。
しかしここに入り浸っていることが知られるとまた難癖をつけられそうなので、マリアは簡単に体を拭いてから腰にベルトを巻き、剣をつけた。裸に剣というのはなかなかシュールである。
「ま、いいか」
マリアは避妊薬の数も確認する。最近は男とそういう行為をしておらず、あまり使わなかったのが幸いしている。それに周期からいって今は妊娠しにくいはずだ。
この状況が変わるのは近衛女性部隊の帰還以降だろう。ヴィヴィアン王女はマリアを辱めることには賛成するだろうが、処刑されることには反対するはずである。つまりヴィヴィアン王女の帰還まではできるだけエドワード王子と距離を取り、生き残らなくてはならない。
マリアは部屋を出た。
マリアはまっすぐ一階まで下りて外に出ると井戸でたらいに水を入れ、石鹸とタオルを準備した。新たなマリアの任務はキャロンの掃除である。
この城は一階にも飲料用の井戸が引かれているが、掃除に使う水は外井戸から汲むことになっている。それに飲料用の内井戸は料理人たちが使っていることだろう。
マリアはたらいを抱えて、城に戻り階段を上っていった。
マリアがキャロンの拷問部屋に入ると焼けた油の匂いがした。キャロンはすすで真っ黒だった。ぱっと見、焼死体にも見える。
男の臭いはしなかった。さすがにこんな状況のキャロンと○○したいと思う男はいなかったのだろう。今朝方のヴィヴィアン王女の拷問は、図らずも今日一日のキャロンの平和をもたらしていた。
マリアがキャロンに近づいていくとキャロンは目を開けた。
「ん、何だマリアか。おまえも私とやりたいのか。準備は万端のようだな」
マリアは自分の体を見る。全裸なのだからそう勘違いするのはわかる。
「この姿は殿下の指示だ。誤解するな」
マリアはたらいを降ろして、タオルを水に浸す。キャロンは真っ黒になっていたが、火傷を負った感じはなかった。
「相変わらず怪我はないようだな。おまえを掃除に来た」
マリアはキャロンの頭の方に回って、手首を台から解放した。その後キャロンの前に回って、足首の拘束も外した。
今までは魔術師が拘束の魔法をかけてから鍵を外していたが、もうここに魔術師はいない。しかしマリアはキャロンが逃げないと確信していた。マリアは濡れタオルでキャロンの体を拭こうとした。その手をキャロンが押さえる。
「大丈夫だ。自分でやれる」
キャロンはマリアのタオルを奪い取って拘束椅子から床に降りた。
「そうか。だったら私は道具の方を掃除しよう」
マリアはから拭き用に持ってきていたタオルを濡らして、油の臭いの残る台座や床を掃除し始めた。粉の石鹸を振りまきながら、濡れタオルで拭いていく。
「その粉を貸してくれ。私もべとべとだ」
「いいぞ。あまり持ってきてはいないが」
マリアはキャロンに粉の入った箱を投げ渡す。
マリアは無言で掃除を続けた。キャロンも何も言わずにたらいの水をふんだんに使ってごしごしと体を洗っている。マリアがタオルを洗おうとしてたらいの方に行ったが、キャロンが派手に洗っているせいでもうほとんど水が残っていなかった。
「水を替えてくる」
「ああ、そうしてくれ」
キャロンはタオルで体を拭いてたらいから出た。マリアはキャロンのタオルも回収し、たらいを持ち上げて出て行こうとした。
「私をこのまま置いていくのか。拘束しておかないとまずいだろう」
マリアは面倒くさそうに答える。
「ああ、さっきの台座にでも乗っかっていてくれ。もうだいたい掃除は済んでいる。まだちょっと滑るかもしれないが」
「では、そうしておいてやるか。鍵をくれ」
マリアは鍵を投げ渡して、部屋を出た。
マリアは再度一階に行くが、近衛隊たちにはほとんど会わなかった。遠征で人が出払っている上、夜回りの者は今寝ているからだ。今この城に残っている近衛隊の人数はせいぜい数十人程度だろう。
外の井戸に行って水を汲んでいると、見張りの近衛隊が二人マリアに近づいてきた。マリアはため息をつく。自分の体に需要などあるとは思わないが、なぜ彼らは来るのだろうか。マリアには理解できない。
男を無視して水の張ったたらいを持ち上げると、彼らは声をかけてきた。
「おい、○○。○○向けろ」
いきなり下品な言葉でマリアに命令してきた。しかしマリアはさっさと掃除を終えてしまいたかった。
「それはかまわないが、今キャロンを掃除している。どうせもうすぐ交代だろう。早く掃除を終わらせた方が、おまえたちには都合がいいと思うぞ。別にどうしても今やりたいというのなら従うが」
キャロンという言葉を聞いて男は動揺する。
「彼奴、焦げていたが、生きているのか」
彼は昼頃キャロンを抱きに部屋に入っていた。しかし黒焦げのキャロンを見て逃げ出したのである。
「姫様が、キャロンに油をかけて燃やしたんだ。キャロンを傷つけられないことは聞いているだろう。すすが付いているだけで怪我などしていない。油汚れなんで手間がかかっている。終えるのにもう少しかかる」
「油かけて燃やすって・・・」
「どんな鬼畜だよ」
どん引きしている二人にマリアはたらいを抱えたまま視線を向ける。
「で、どうする?」
「行け。早く掃除しろ。後で使いに行くんだからな」
マリアは心の中で笑んで、さっさと城の中に戻った。
マリアはキャロンの拷問部屋に戻った。今回は多めに石鹸を持ってきている。再度、キャロンを台座から降りて体を洗い始めた。まだべとべとするようだ。マリアも油汚れを徹底的に落として拘束椅子を磨き上げる。その後で水で濡れた床を掃除した。
「久しぶりにしっかり洗った気がする。感謝する。マリア」
キャロンはマリアにほほえみかけた。
「それが今の私の仕事だ。そろそろ奴らが来る。台座に戻れ」
「ああ、そうしよう」
キャロンは綺麗になった拘束椅子と自分の体に満足しているようだった。キャロンが椅子に座ったところで、マリアは手首と足首の鍵を閉めた。
「これでいい。ま、どうせまたすぐにい汚れるだろうが」
マリアは部屋を出て行こうとした。するとキャロンがマリアに尋ねてきた。
「なぜ、あんたは遠征において行かれたんだ。どう見てもあんたの方が強いだろう」
マリアは足を止めて振り返る。
「大したことじゃない。気にするな」
キャロンはマリアの体をじろじろと眺めた。
「今のそのあんたの格好もそうだが、どうやらひどい扱いを受けているようだな」
「そうでもない。今までと大きく変わったわけじゃない」
「とてもそうはおもえないんだが」
その時、近衛隊たちが扉を開けて入ってきた。
「おお、前より綺麗じゃねぇか。たまらねぇ」
「これであの○○がなければいいんだが」
次々と入ってくるが、数は四人程度である。それだけ人員が残っていないということだ。
「よっしゃ。まずは俺からだ。今度は負けねぇぜ」
男たちがキャロンに群がっていく。
「ああ、どれだけ耐えられるかやって見ろ」
キャロンが挑発し返した。
マリアが部屋を出ようとすると、一人の男がマリアに言った。
「おまえも使って良いんだろ」
彼はにやにやした笑みを浮かべていた。マリアはため息をつく。
「ああ、好きにするといい」
「せっかくだから、おまえもキャロンの横に寝ろよ」
仕方がなく、マリアは水平の台を持ってきて、キャロンの拘束椅子の横に並べた。そして布を置いてその上に寝転ぶ。
「おまえの顔は見たくねぇんだよ。うつぶせでいい」
マリアは言われた通りに体を差し出した。
相手は四人しかいなかったので、意外と早く彼らは去った。特にキャロンが相手をすると終わるのが早い。マリアは台から降りて立った。
「せっかく綺麗にしたんだがな」
マリアは汚されたキャロンを見る。
「あんたもご苦労なことだな」
キャロンは苦笑している。キャロンもまさかマリアが自分と同じように○○にされているとは思っていなかった。
「おまえよりましだ。今からまた掃除かと思うと気が滅入る」
「明日でいいさ。どうせこの後料理人やら側近やらが来て私を使っていくんだ。まだ私と○○していないのは馬鹿王子くらいじゃないか」
「殿下には連れてきた侍女たちがいるようだからな。さすがに近衛隊も彼女たちには手を出せない」
「できればその女たちとも○○がしたいな。あんた、手配できないか」
キャロンが妙なことを言った。マリアは怪訝な顔をする。
「彼女たちがここに来るのは危険だろう。他の男たちに狙われる」
「王子の侍女なら手出しはできないんだろう」
「それでも、ここに来るのは怖いと思うぞ。諦めろ」
マリアはキャロンの真意がわからないので無視することにした。
「掃除がいらないのなら、そろそろ行く」
マリアは落ちていた剣のベルトを腰に巻いて扉の方に歩いて行くと、扉が開いた。仕事が終わった料理人たちだった。彼らはぎょっとした顔でマリアを見た。そして逃げようとする。
「待て、気にするな。私はもう行くから好きにこの部屋を使っていい。それから飯を食いそびれたんだが、食堂に何か食べるものはないか」
彼らは動きを止める。
「え、と。いいのですか」
彼らはマリアを見ておびえている。下手な男よりも大柄で肉壁のような女が裸で剣を帯刀しているのだ。不気味に思わない方がおかしい。彼らはなぜマリアが裸でいるのか理解できない。
「私に許可をしたり禁止したりする権限はない」
彼らはおずおずと部屋に入ってきた。
「食材は片付けてしまいましたが、夜警者用の軽食が置いてあります。干し肉と乾燥豆程度ですが」
「わかった」
マリアは彼らの脇を抜けて部屋を出て行った。
誰もいない薄暗い食堂で手早く食事を採ると、マリアはそのまま例の小部屋に向かった。いつもより早い時間なので、多少は長くいさせてもらえるのではないかという期待があった。キャロンの秘密を握りたいというわけではないが、あの不憫な少年を助けたいという気持ちはある。
マリアは周りに気をつけながら、物置に入った。
滑り台を降りるとやはり真っ暗な部屋だ。いつもいるであろう少年の方を見ると、例によって薄明かりが付いた。そしてマリアは思わず吐きそうになった。なまじ食事を採ったものだから、衝撃が半端なかった。
ルクスは焼死体だった。体中焼け焦げ、見るも無惨な姿だ。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「お姉ちゃん。今日も来てくれた。嬉しい」
しかしルクスの声ははっきりとしていて、痛々しさは全く感じられない。
マリアは若干ひるみながらも手を差し出す。すると消し炭のような手が伸ばされてきてマリアに触れた。
かなり強い勢いで魔力が吸い出されるのがわかる。みるみる焼死体だったルクスの姿が、元の血色のいい美少年に戻っていく。
完全に元に戻ったところで、少年は手を離した。
「お姉ちゃん。なんで裸なの?」
ルクスが不思議そうに尋ねる。
「そう、気にするな。おまえも裸だろう」
すると珍しくルクスはマリア近づいてきた。そしてマリアの身体の臭いをクンクンと嗅いでいる。
「どうした?」
「お姉ちゃんから○○の匂いがする。僕その匂いが好き」
いきなりどん引きする発言だった。しかしそれで終わりではなかった。
ルクスはなぜか積極的にマリアに迫ってきたのである。もちろんルクスに性的な知識があるわけでも無く、無邪気で無防備だ。ルクスの素直な好意に、結局、マリアは思わず手を出してしまった。
「じゃあ、またね」
行為が終わると唐突に少年が言い、マリアは何を言う間もなく、部屋から追い出された。
マリアは壁を前に激しく反省する。まさか自分が少年とああいうことをしてしまうとは。もちろん本格的な○○はしていないが、それでも十分に性的な行為だった。
「キャロンとの関係を調べるつもりだったんだが」
マリアは肩を落としたまま、ヴィヴィアン王女の部屋に戻っていった。
※※
「よぉ、久しぶりだな」
ルクスの電話に気楽な声が届く。
「そちらの様子はどうだ。近衛隊たちはいるんだろう」
電話越しでアクアが答えた。
「何にもしてこねぇのな。暇でしょうがないぜ」
「馬鹿王子が口をすべらせなくなったので正確ではないが、恐らくあんたのところにも近衛隊が向かったと思う。今日は極端に近衛隊の人数が少なかった」
「いよいよかよ。待ちくたびれたぜ」
「近衛隊の作戦はよくわからないが、あんたなら何の問題も無いだろう。くれぐれも全員殺すなよ。確実に赤い魔石をここに届けてもらわなくてはいけない」
「安心しろって。ちゃんとやるからよ」
「信用できん。あんたは基本的にやり過ぎる。手加減を覚えろ」
「わかってるって。うるせぇ奴だな。私だって成長しているよ」
ルクスはため息をつく。
「本当に成長していてくれれば気が楽なんだがな」
アクアはかちんときたらしい。
「私のどこが成長していないってんだよ」
「全部だろうが。毎度毎度借金まみれのくせに。どうやったらA級冒険者が金欠になれるんだ」
「男に貢いでいるだけだよ。女の特権じゃねぇか」
「あんたのは貢いでいるとは言わない」
しかしルクスはそこで話を切る。言い合いをしていても仕方がない。
「とにかく。任せたからな」
「はいよ。心配しなくても完璧にやれるさ」
アクアの意味不明な自信にため息をついて、ルクスは通話を終えた。