(12)オウナイ一味の計画
「どうする。一時だとかなり中途半端な時間だぜ。二、三十キロなら今からでも十分往復が可能だ。行くか?」
順風亭を出てすぐにアクアが言う。
「そうだな。早くオウナイ一味を見つけたいからな。北西と言っていたし、道がわからないと言うこともないだろう。どのような調査依頼かはわからないが、先に調査を終わらせてから、依頼の二重取りというのも良い。外れならこの依頼は断ろう」
二人はそのまま町の外に向かった。
※※
オウナイは朝方、部下たちを集めて今後の指示を下した。
昨日今日で尽きる物資ではないので、まだ遊び暮らしていても良いのだが、今後のためには早く動き出す必要がある。
「俺たちは少人数でグレスタに入り込む。まずは門を通らずに行き来できるルートを探すことにする。なければ門番を仲間に引き込むしかないが、できれば避けたい。それまでは特定の人間だけがグレスタに入るぞ。ベガー、ホーボー。いけるか」
やせぎすの男が立ち上がった。
「ダグリシアと同じ手順でさね。しっかり調べてきますよ」
背の高い丸刈りの男も立ち上がった。
「ま、みんなが来れるように下準備を進めておきますわ」
町に入るには自己証明書がいる。この二人は商人ギルドのカードを持っているので、どこの町でも出入りがしやすい。
他の人間もそれぞれ盗んだり偽装したりしたカードを持っているが、バレる可能性がある物はあまり使いたくない。
「二、三日は潜入したまま調査してこい。それからスカム、ウィンプ、ルーザー」
別の三人が立ち上がる。
「おまえたちはグレスタの外周を回って、それなりにつけ込めるところがないか探れ」
背の低い、老けた顔の男が答えた。
「わかりやした」
他の二人もうなずく。
「残りの奴らはこの周辺の調査と見張りだ。何かあったら必ず俺のところに報告に来るんだぞ」
オウナイの言葉を合図にそれぞれが動き出す。
明確な役割がある者はともかく、周辺の調査と見張りは大して重要な仕事ではない。
城の周りは森しかなく、多少入り込んで調べても何も見つけられない。むしろ野生の動物や魔獣に会うと対処できないので、早々に戻ることになる。
城内は何もないただの箱で、調度品も家具も何一つない。城の塔のてっぺんは見晴らしが良いので、何人もの盗賊たちが見に行ったが、やはり見えるのは森ばかり。城に繋がる道すら森に埋もれて見えないので見張り台としての役目も果たさない。
階段の位置がばらばらで上に上りにくく、住み着くには二階以下が妥当だった。
それから暇をもてあました盗賊たちは、一階の広間でばくちを始めた。
その頃、オウナイとカイチックとエイクメイは集めてきた宝物類の整理をしていた。
かなりの数があり、整理にも時間がかかる。
オウナイとカイチックはそれなりの審美眼もあり、価値の順に整理していく。エイクメイには違いがよくわからないが、言われたように並べていく。
「高級品にこだわりすぎましたね。こうしてみるとすぐに換金できるものが思いの外少ない」
カイチックが残念そうに言う。
「まぁ、貴族どもの宝物庫の中から短時間で盗み出そうとすれば、良い物になっちまうのは仕方がないな」
「すぐに換金できないってどういうことだ。買いたたかれるって事か」
エイクメイが尋ねると、カイチックが答えた。
「違います。高級品というのは名のある物が多い。つまり市場に出回れば、誰が売ったのかを調査されかねないということです。裏ルートで貴族に売るのが最適なのですが、それにはしっかりと相手を調べないといけない」
「高級な宝物を安く買いたたかれた上に身バレするのは馬鹿だろう。だからすぐには売れないんだ。ゴルグ領の貴族にならつてはあるが、ちと遠すぎる」
エイクメイはよくわからないような顔をしていたが、それ以上口答えはしなかった。
オウナイとカイチックは会話を続ける。
「手っ取り早く、手頃な商人を味方につけたいな」
「そうですね。できれば外商の商人が良い。グレスタの人間ではない方が良いでしょう」
エイクメイはまた首をかしげた。
「ダグリシアの時みたいに貴族から奪い取るんだろ。何で商人と手を組むんだ」
オウナイは顔をしかめる。
「貴族は狙わん。この城を離れるときは襲うだろうが、まだその時じゃない」
エイクメイはよくわからずカイチックを見た。仕方がなくカイチックが解説する。
「初めにしなくてはならないのは換金の目処をつけることです。これ以上財宝類をため込んでも意味はないでしょう。それにこの城は町から遠いとはいえ、一直線で町に着く場所です。トラブルがあればすぐに兵士が駆けつけてきます。この城に私たちがいることは決して知られてはいけないのです。知る者は速やかに消すべきです」
やはりエイクメイにはカイチックの言うことがよくわからなかった。財宝をため込んでも意味が無いとか、場所が悪いとか言われても、盗賊なんだから奪うのが仕事なのだし、金を多く持っている奴から盗み出すのが正しいはずだ。
「そうか」
しかしエイクメイは口答えしない。二人に口答えしても呆れられることの方が多い。
「それよりお前、近衛隊に見つかっていないだろうな」
オウナイがエイクメイに確認をする。
「昨日も言ったじゃないか。大丈夫だ。ちゃんと父さんの行ったルートを通ってきたし、途中で馬車の色も変えた」
「お前はたまに抜けているから心配なんだよ。今回のルートだとマガラスに行ったと勘違いするはずだが、勘の良い奴なら引き返してくるかも知れねぇ」
カイチックが笑いながら口を挟む。
「そこはあなたの息子を信用しましょう」
オウナイも苦笑する。
「さて、少し休んでから続きをやるぞ。すぐに金になる物は明日にでも売っぱらいたいしな」
※※
キャロンとアクアは北西側の道を走った。例によって、キャロンはスケート走法、アクアは全力ダッシュである。
「道が一本かよ。この先で本当に良いのか?」
「北西側だとこれしかないからな。間違っていたら一度戻るさ」
しばらく進んで、キャロンが気がつく。
「まずい、隠れるぞ」
二人は道の脇の林に飛び込んだ。そして身を伏せる。
しばらくすると、前から馬が一頭歩いてくる。
やせぎすの男と背の高い丸刈りの男が二人で乗っている。あまり急いでいるようではないようだ。
「なんで二人乗りなんだよ。けちくせぇな」
「馬は貴重品だ。一頭使わせてくれただけでもありがたいだろ。スカムたちなんて徒歩だぜ。町に着くのは昼過ぎになるんじゃねぇか」
「奴らは町に入らねぇからのんびりとしてても良いのかも知れねぇな」
「その代わり野宿だ。俺たちはちゃんとベッドで眠れるぜ。商人ギルドカードはありがたいぜ」
男たちはキャロンとアクアのそばを通り過ぎていく。
彼らが完全に見えなくなってから、アクアが小声で言った。
「危なかったぜ。よくわかったな」
「馬の音に気がついた。そもそも一直線だから人に出会う可能性はあったんだ。調子に乗って走りすぎた」
「あいつら、オウナイ一味か?」
「さすがにわからん。怪しいから盗賊とは言い切れない」
十分に彼らが見えなくなってから、キャロンとアクアは道に戻った。
「また出会ってしまうかも知れないな。ベアトリスを置いてきたのは失敗だったか」
「今更だろう。キャロンがベアトリスのわがままを許したんだからな」
キャロンは苦笑する。
「そう責めるな。あいつには後で働いてもらうさ」
そして今度は速度を落としながら、道を進んだ。
しばらくすると、前方から男たちが歩いてきた。
すぐに二人は林に降りて身を隠す。
それは三人の男たちだった。みすぼらしい格好をしていて、年齢もよくわからない。全員が大きな荷物を背負っている。
「かったるー」
「なんだかんだ言って遠いんだよな」
「まぁ、離れているからこそ安全なんだろ。近かったらすぐに見つかるぞ」
三人は愚痴を言いながらのんびりと歩いて行く。
「こいつが重いんだよな」
「仕方がねぇだろ。町の外なんだからよ。当分ソロキャンプだぜ」
「物騒な奴がでなければ良いけどな」
「そのための俺らだろうが。お頭が何で俺たちを指名したと思っている」
彼らが通り過ぎるの待ってアクアが息をつく。
「続々とグレスタに向かって行きやがる」
「やっぱり見た顔はないな。盗賊の可能性は高いが、まだオウナイ一味という確信は得られない」
「私たちがダグリシアで見た奴らはそれほど多くないしな。全員覚えているわけでもねぇし、どうすりゃいい」
「簡単だ。今回依頼の財宝を持っていればオウナイ一味さ。それが一番確実な証拠だ」
そしてまた二人は道に戻った。
「さて、注意しながら向かうぞ」
そして二人は再度道を走り出した。
しばらく進み、やっと二人は開けた場所にたどり着いた。
「見張りがいるな」
二人はすぐに森の中に潜む。しかし森の中でも誰かがいる気配がする。ずっと隠れていることは難しそうだ。それでも二人はグレスタ城が見える場所まで来た。
「ちっちぇーな」
「しかも奇妙な形だ。正方形で塔が建っている」
グレスタ城はそれなりに装飾はあるものの、基本的には箱形の城だった。そして真ん中に高い塔が建っている。
「見つからずに潜入するのは難しそうだな。夜なら何とかなりそうだが」
「つっても、みんな暇そうだな。遊んでいるじゃねぇか」
城の入り口にも城の州にも複数の人がいる。しかし、カードゲームをしたり、居眠りしたり、剣で草を斬りつけて遊んでいたりと、まるで見張りらしいことはしていない。しかし見ているだけではどうしようもない。
「すこししかけてみるか。・・・ん?」
キャロンがアクアに話しかけようとしたとき、いきなり霧が出てきた。
「霧かよ。ちょっと湿って来やがった」
「不自然だ。この霧には魔力がこもっている」
キャロンの言葉にアクアが緊張した顔をする。
「魔法攻撃」
「可能性はあるな」
二人は影に隠れていたが、霧は濃くなるばかりである。
「おいおい、また霧が出やがったぜ」
「誰かまた森の奥の方まで入っちまったんだろ。昨日も似たようなことがあったぜ」
男たちが急に煙ってきた天気を見て放す。
すると森の中から男たちが慌てて出てきた。
「ふぅ、気味悪い森だぜ。変な声が聞こえて来やがる」
「化け物のいる森かよ。まさかここまで追ってこないだろうな」
「おいおい、大丈夫かよ」
城のそばにいた男が声をかける。
「カイチックさんによると、なんかの魔物なんだとよ。剣とか魔法で追い払えるみたいだけど、とりあえず森から出れば大丈夫だとさ」
「霧に紛れて城に忍び込むか」
アクアが言う。しかし紛れるも何も霧が濃くなり過ぎている。すぐ前が見えなくなりそうだ。
「私たちがまだ森の中にいるから腹を立てているのか。私たちに対して攻撃しているみたいだな。これじゃ忍び込むのは難しい」
「そういや魔物って言ってたな」
キャロンは首をすくめる。
「一旦戻るか。そろそろ時間切れだ。一時にはモンテスの家に行かないといけない」
「ちっ。でも盗賊らしき奴らが住処にしていることだけは確実だな」
アクアとキャロンは道に出る。まだ霧で覆われているので、周りが見えない。
「キャロン。頼んだ」
アクアは前からキャロンに抱きついた。キャロンはアクアを抱き上げる。
「おんぶで良いだろう。なぜお姫様だっこを求める」
「いや。おまえの体格と私の体格だと一番似合うじゃねぇか」
キャロンは筋肉質で大柄。そしてアクアは比較的小柄な体付きである。
濃霧の中走っていくのは危ない。キャロンの飛行魔法で宙を飛んだ方が安全で早く帰れる。それに、走っていくと、さっきの男たちに追いついてしまう危険もある。
「仕方がない。行くか」
キャロンはアクアを抱いたまま大きく飛んだ。