(20)セオドア
「急に出撃とはな。予想通りか」
近衛騎士隊の隊長セオドアは準備をしながらつぶやく。今朝方タラメデに派遣されていた近衛騎士が戻ってきてエドワード王子に報告した。それからあっという間に出撃することになった。とはいえ、この結果は分かりきっていたことだ。そもそも今まで情報を止めていたのはセオドアなのだから。
実はベアトリスの居場所は数日前からわかっていた。それを報告せずに今朝まで放置したのはより詳細な情報をつかむためである。ベアトリスの居場所がわかったと報告すれば、エドワード王子がすぐに出撃命令を下すことは想像できた。しかし詳細な情報が無いまま出撃しても失敗する可能性が高い。そこでセオドアはベアトリスの情報を自分で押さえて、準備が整うまで報告させなかったのである。これは近衛魔術師隊隊長のレナードとも共有しており、うかつな報告がエドワード王子に伝わらないようにしている。
そして、報告する上では部隊の構成や作戦もうまく誘導する必要がある。でなければ、エドワード王子がまったく意味の無い作戦を立ててしまう可能性があるのだ。しかし、面と向かってエドワード王子の意見を否定すると、エドワード王子の機嫌が悪くなるので、あくまでエドワード王子が決めた体にしなくてはいけない。
面倒なことではあるが、セオドアはそのような報告に慣れていた。そうでなければすぐに隊長をクビになっていただろう。
今回の作戦を立てたのはセオドアではなくレナードである。もともとキャロンを無力化するために城にあった三点魔法結界を使うことを進言したのも封魔の首輪を使うことを進言したのもレナードだった。魔術師にとって魔法を封じられるのはとてつもない驚異である。レナードはキャロンを捕らえた手法をベアトリスを捕らえるのにも利用しようと思ったのだ。
その事にセオドアも異論は無かった。ベアトリスを調査したが魔術師であることは疑いようもない。ただ本人は魔女を自称しているようだ。魔女というのは女性魔術師に対する侮蔑語だ。なぜ本人がそれを使っているのかよくわからない。
レナードは魔女系の魔法を得意としているからだろうと言っていたが、そもそもセオドアには魔法の系列なんてわからない。ただ、魔女系の魔法は嫌悪されており、それで魔女という言葉が侮蔑語になったのだと教えられた。
魔法を封じた上で、大勢の近衛騎士が叩く。そういう作戦をセオドアはエドワード王子伝えた。大勢で向かうというのはセオドアが考えた案である。このアイディアもレナードに伝えてあるので、アクアの時も同じようになるだろう。
大勢で向かって徹底的に倒すというのはエドワード王子の嗜好に合っているように思えたし、こちらの人数が多いほど相手が投降する可能性も増える。相手が投降してくれれば、部隊の被害を最小限に抑えられる。初めから勝てないと思わせればいいのだ。
結果的にセオドアの案は採用され、四十人もの部隊が出発することになった。
想定外であったのはエドワード王子がやたらと作戦を急がせたことだった。何とか先発隊として自分が向かうことで、本隊の出発は明日の朝まで遅らせることができた。三角結界を張るのも偽の依頼でベアトリスを罠にかけるのも入念な準備が必要だ。急いだから良い結果が生まれるというわけではない。
セオドアと部下のオーガスタスが準備を終えて出発しようとしたところで、エドワード王子が出てきた。すぐにセオドアとオーガスタスは敬礼する。
「セオドア。今回の作戦はおまえにかかっている。確実にベアトリスを捕まえてこい」
「はい、わかりました」
セオドアが答えると、エドワード王子は少し言いにくそうに口ごもる。セオドアは少し怪訝な顔をする。
「その、何だ。おまえに強力な援軍が後から行くことになった」
「援軍ですか? 近衛騎士隊と魔道具を動かす近衛魔術師、そして現地にいる部隊員でかなり過剰な戦力ですが」
「そうだな。ああ、そのとおりだ」
エドワード王子は苦笑する。
「だから、後から行く援軍についてはあまり気にするな」
「その、援軍とは?」
セオドアが不穏な空気を感じて聞き返す。エドワード王子が言いにくそうに答えた。
「近衛女性部隊だ。明日の昼頃にこの城を発つ。タラメデに着いたらヴィヴィアンたちを迎え入れる準備も頼む」
「は?」
思わずセオドアは間抜けな声を漏らしてしまう。しかしすぐに咳払いをしてごまかす。
「ひ、姫殿下もおいでになると。しかし、なぜ」
「まぁ、彼奴の趣味だな。ベアトリスのことは命さえ取らなければ好きにしていいが、ヴィヴィアンのために少し自重しておけ。あいつは男の臭いを嫌うからな」
セオドアは頭を抱えたい気分になったが、エドワード王子の手前しっかり敬礼をする。
「わかりました。姫殿下にはしっかり配慮したいと思います」
「ああ、まぁ上手くやってくれ。おまえならうまくやれるだろう」
エドワード王子は曖昧に笑った。
出発してすぐにセオドアはため息をつく。
「隊長。姫殿下が来るそうですが、大丈夫でしょうか」
オーガスタス不安そうである。
「全く大丈夫ではないな。引っかき回されるのが目に見えている。ただでさえ殿下に急がされているが更に早く済ませる必要があるな。姫様が来る前には全ての準備を終わらせておかなくてはならない。急ぐぞ」
セオドアは馬の速度を上げた。オーガスタスもそれについて速度を上げていった。
グレスタからタラメデまでは二時間程度の距離である。夕方には二人はタラメデ郊外に到着した。
大勢の部隊がタラメデに潜入してはベアトリスに逃げられる可能性がある。町に潜入するのは最小限にすべきだった。罠を仕掛ける場所はタラメデの南にある砂漠にする予定だ。大勢の部隊がタラメデ内に入る必要は無い。そのため、あらかじめ部隊が屯駐できる場所を準備していた。
「ここなら見つかる恐れはないな」
「はい、いい場所だと思います」
二人は夜になると平民の服に着替えてタラメデに入った。そのまま予定していた酒場に入っていく。セオドアとオーガスタスがしばらく待っていると、平民の服を着た二人の男が酒場に現れた。そしてセオドアを見つけると近づいてきた。
彼らはセオドアの席に座った。
「ご苦労だったな」
「いえ、隊長こそこんなに早く来ていただけるとは思いませんでした」
「まぁ、事情があってな」
とりあえず二人も酒を注文し、それが届いたところでセオドアは二人に尋ねた。
「ベアトリスはどうしている」
連絡ではベアトリスはかなり長い期間タラメデで活動しているということだった。しかし冒険者が受ける依頼には数日かかるものもあり、ベアトリスが別の依頼を受けていてしまっているとベアトリスの帰りを待たなくてはならなくなる。
「だいたい一日で終わるような依頼を受けては何日か遊び歩いています。今は依頼を受けていません」
近衛騎士のオスカーが答える。
「そうか。なら、次の依頼を受ける前に仕掛けないといけないな」
手が空いているならすぐに次の仕事を受ける可能性があるということだ。
「しかし、彼女がいつ依頼を受けに来るかわかりません。一つの依頼が終わると、数日は冒険者の宿に近寄らないこともあります」
「指名依頼にすれば問題ないだろう。明後日には全て終わらせたい」
セオドアが言うとオスカーは驚く。
「ずいぶん急ぎますね」
セオドアは嫌な顔をする。
「ゆっくりしてはいられないんだ。何しろ、明日の昼に姫様が近衛女性部隊を引き連れてやってくる」
「姫様が。いったいなぜ?」
セオドアは肩をすくめる。
「ただの興味だよ。あのお方は女性をいたぶるのが好きだからな」
「なるほど」
オスカーは納得した。ヴィヴィアン王女の異常な性嗜好は結構知られていた。王宮でもヴィヴィアン王女付きになった女性は例外なく、被害を受けているからだ。
「姫様を待たせると大変だからな。とっとと仕掛けなくてはならない」
「指名依頼だと、警戒されるのでは」
オスカーは尋ねたが、もちろんセオドアはその対策もしている。
「問題ない。ベアトリスがダグリシアで活躍していた頃の情報は収集済みだ。うまく利用させてもらう。確かに腕利きであることは間違いないようだな。あの年でB級というのはかなり異例だ」
セオドアは若い頃冒険者をしていたことがある。だから、冒険者のB級がどれほど到達の難しいものなのかよくわかっている。一方で冒険者は得意領域を伸ばし続ければそれだけでランクを上げていけるという特徴もある。斥候職でB級になった冒険者がいたとしても、単独戦闘であればそれほど脅威ではない。
セオドアはあらかじめ書いていた紙をオスカーに渡した。
「まだ冒険者の宿は閉まっていないな。今からでもギリギリ間に合うだろう。明日中にベアトリスと連絡を取りたい。出発は明後日だ」
オスカーはその紙を確認すると、隣に座っていた男に渡した。
「これを届けてきてくれ」
「わかりました。ではまた明日」
受け取った男はすぐに席を立って酒場を出ていった。残ったオスカーにセオドアは問いかけた。
「近衛魔術師隊のこの街の担当者は何人だ」
近衛騎士隊と近衛魔術師隊は別部隊なので、情報のやりとりがスムーズではない。だからセオドアは各地に派遣している近衛騎士隊のメンバーを把握していても、近衛魔術師隊の方の詳細がわからない。
「三人です。我々近衛騎士隊も三名ですから、計六名がこの街で調査と監視に当たっています」
「なら、近衛魔術師隊の三名を明日来る本隊に合流させたい。連絡を取ってくれ」
「どうしてですか」
「三角結界を張る都合上、本隊には三人の近衛魔術師が参加しているんだ。しかし三カ所に一人ずつではどうにも心許ないからな。今回は失敗が許されないのだ。しっかり結界を発動できるように彼らにはサポートをお願いしたい」
「そう言うことですか。わかりました。伝えておきます」
オスカーは快諾する。この町で調査する関係上彼らとは密に連絡を取り合っている。
「ベアトリスの見張りはおまえたちだけになるが、逃がすなよ」
「大丈夫です。それで、本隊はどれくらいの規模なのですか」
「私たちを除き近衛騎士三十五人と、さっき言ったように近衛魔術師が三人だ。後はおまけだが、近衛女性部隊が十人か」
彼は驚いたようだ。
「そんなにですか。たった一人に」
セオドアは笑う。
「見せるためだ。数は圧倒的な力だ。魔法を封じられた上で、三十五人もの騎士に囲まれれば、誰だって抵抗を諦めるだろう」
「戦わずして勝つと言うことですか」
「被害を出さないで勝つためにはこういう方法も有効なんだ。問題は見つからずにこの作戦を遂行できるかだ」
「わかりました。私たちも細心の注意を払って任務を進めます」
そして細かい打ち合わせを終えると、三人は酒場を出た。