(11)レナード
その日、レナードは激しく緊張していた。今日のやりとり如何で、自分の出世が決まるからだ。決して失敗は許されない。
レナードは今までのことを振り返った。
レナードは元々第三近衛隊に魔術師として所属していた。
それなりに年数を重ねていたがこれといった肩書きはなかった。同期の人間には第二近衛隊の副長になったものもいる。それがレナードのプライドを傷つけていた。もちろん、役職ポストの数は少なく出世できない人間の方が圧倒的に多のだが、レナードはそれで満足できなかった。
そんなレナードに二年前特別な仕事が与えられた。仕事内容は、「エドワードの奇跡の石」を作ることになったモンテスという老人を監視し、いち早く人工魔石を完成させることだった。
レナードは攻撃魔法しか使えなくて短気で粗野な後輩のアーチボルドをパートナーに選んでこの任務に当たった。
そもそもこの任務自体が外れ仕事である。もしもモンテスが人工魔石を完成させられなければ監視していたレナードも責任を取らされる可能性があるからだ。第三近衛隊のエドウィン隊長もそれが分かっていてレナードを捨て駒にしたと考えられる。もちろんレナードもそんなことはわかっている。レナードとしてもそのまま捨てられるつもりはなく、失敗してもアーチボルドに全ての責任を押しつける気だったのだ。だからこそ頭の悪い後輩をパートナーに選んだ。
レナードはモンテスの家に入り込んでモンテスを監視した。ただ、モンテスの作業中は暇だったので、モンテスの蔵書を読んで過ごした。
レナードはもともと歴史に興味があり、普段から過去の記録を見るのが好きだった。モンテスの家は魔術師の家系だったようで、古い書物も魔法で保護されており貴重な書物が多かった。レナードにとってはとても贅沢な空間だ。
そこでたまたまレナードは約120年前のステノボスルスという人物の日記を見つけた。そこには戦時中にグレスタ王国が魔法兵器で敵軍隊を壊滅させたことが記載されていた。ステノボスルスは魔術師というよりは王国の記録係のような役割を持っていたようで、日記にも戦争の状況や魔法兵器を使うに至った経緯まで事細かに記載されていた。
レナードはその日記を盗み出した。そして翌日からモンテスの監視の任務をアーチボルドに押しつけ、自分はその日記の写本作りを始めたのである。
閉じこもって数日経ち、写本も終わった頃、アーチボルドがモンテスが逃げたと駆け込んできた。監視させていたのに逃げられたというのは大問題だが、アーチボルドは抜けている男なので、そんなこともありそうだった。
詳しく話を聞けば、逃げたのではなく、魔石が完成したのでダグリシアに旅立ったということだった。自分の目の届かないところに行ったことを、アーチボルドは逃げた逃げたと騒ぎ立てていただけだった。
一週間程度で人工魔石を完成させたことには感心したが、レナードもすぐにダグリシアに戻らなくてはいけない。レナードはすぐに盗んだ本をモンテスの家に返してグレスタを発った。
レナードは王都ダグリシアに戻ってすぐに経緯をエドウィン隊長に報告した。そしてそれだけであった。エドワード王子は「エドワードの奇跡の石」が手に入れば良いのであって、それが達成できればどんな形であっても監視の任務は果たしたといえる。アーチボルドは逃げたモンテスをどうしても許せないようだったが、こんなうるさいのにまとわりつかれれば置いて一人でダグリシアに向かうのも納得できる。
レナードにとっては貴重な書物を写本できた有意義な時間に過ぎなかった。
写本からレナードは120年前の戦争について興味を持った。そして時間の空いているときには図書館や知り合いの蔵書を探って120年前の歴史を調べ始めた。そんな折に起こったのが近衛部隊の大改革だった。
その頃、女冒険者たちが王宮に入り込んで大混乱を巻き起こしていた。当然その余波は近衛隊にも広がってきており、レナードは火の粉が自分に飛んでこないように王宮にできるだけ関わらないようにしていた。
しかし、エドワード王子はこの女冒険者たちの暴挙を防げなかった近衛隊を許さず、近衛隊の大改革が始まったのだった。どうやらヴィヴィアン王女もそこに絡んでいるらしいことは聞いた。
上層部は総じて退任させられた。実質的に近衛隊を管理してきたジェイムズ総長が真っ先に排除され、各部隊の隊長、副長も部隊を去ることになった。図らずも今まで昇進できていなかったレナードは助かった形である。王家に従順じゃない貴族の隊員は全てダグリシア治安隊に移された。女性たちは全員近衛女性部隊に配置変換された。
レナードはそれなりに年数を重ねていたので、空席のできた近衛魔術師隊の副隊長に任命された。
新しく編成された近衛魔術師隊をまとめるのはレナードにはきつい仕事だった。何しろ新しく就任した近衛魔術師隊のワーレン隊長が何もできないのである。彼は単に一番年上だからということで隊長になったのであり、その年まで役職がなかったのだから管理業務などできるわけがない。むしろ内勤を主にしていたレナードの方が管理職には向いていた。
部隊の内情はぼろぼろなのに、エドワード王子の無茶ぶりには必ず応えなくてはいけない。レナードは必死に働いた。
結局レナードが近衛魔術師隊をなんとかまとめ上げるには一年もの歳月が必要だった。その頃になってやっとレナードは部隊員に自分の仕事を回すことができるようになり、レナードにも少し余裕が出てきた。もっともレナードの努力の結果はワーレン隊長が自分の成果にしてしまった。レナードはワーレン隊長には何の期待もしていなかったので、苦々しくは思ったが仕方がないと諦めた。
レナードは空いた時間に一年もの間温めてきた計画を進めることにした。それは、120年前の戦争の調査だ。いろいろな図書館を回って調べたが、断片的なことしかわからなかった。これ以上調べるにはモンテス家の蔵書をあさる必要がある。レナードは王宮図書館の知り合いから手を回してもらい、蔵書の拡充の許可をエドワード王子から手に入れた。もちろんモンテスの名は隠し、高齢の魔術師から買い付けることにした。
準備が整うと、レナードはアーチボルドを連れて、再びモンテス家を訪れた。ちなみにアーチボルドは隊員としては無能だったが、家柄が良いのでダグリシア治安隊に回されることなく近衛魔術師隊に所属していた。
レナードはモンテスから強引に奪ってきた書物を全て図書館に寄付し、自ら調査を進めた。しかし苦労の連続だった。レナードが魔術師だからと言って研究書が簡単に読み解けるわけではない。記載の仕方も著者によってくせがあり、前後関係がわからないものも多い。それでも他人に相談するのもはばかれる内容であるので一人でやるしかない。結局一年がかりの仕事になった。
しかし苦労の結果得られたものは大きかった。グレスタ城はグレスタ王国の対戦兵器だったことがわかったのである。しかも、その使い方まで詳細に記されていた。過去に一度だけ使われたのが120年前で、一瞬で敵軍を消滅させたことがわかっている。その鍵となるのが「エドワードの奇跡の石」だった。これを使えば、魔法兵器は使用可能となる。
レナード自身は戦争に興味は無い。しかし、この重大な秘密はただの知識に納めておくにはもったいないものだった。何より、エドワード王子が大喜びするのが手に取るようにわかる。今まではワーレン隊長に全ての手柄を奪われていたが、うまくこの成果を使えば、ワーレン隊長を排除することができる。
レナードはエドワード王子に貴重な魔法の研究結果が出たという名目で報告を行うことにした。
部隊に関わる話ではないので、ワーレン隊長に許可をもらう必要は無い。「エドワードの奇跡の石」にまつわる秘密であることを伝えると、すぐにエドワード王子は面会に応じてくれた。
「確か、レナードとかいったな」
レナードが控えていると、ゆっくり入ってきたエドワード王子が豪華な椅子に腰をかけてレナードを見た。
「はい、近衛魔術師隊副隊長のレナード・ブラウンと申します」
「私は忙しい。「エドワードの奇跡の石」に関わる秘密ということだから時間を設けたのだ、手早く話せ」
エドワード王子は面倒くさそうに言う。あまり期待していないことがよくわかる。レナードは襟を正してエドワード王子に話し出した。
「殿下。時間をいただきありがとうございます。今回お話ししたいのは魔法兵器の話です。町一つ潰してしまうほどの威力を持った魔法兵器があることがわかりましたので報告しに参りました」
エドワード王子の目の色が変わる。
「何だと」
そして前のめりになりながらいう。
「本当の話だろうな。嘘だったら貴様の首を切るぞ」
レナードは内心震えながらもしっかりと応えた。
「間違いありません。話すと少し長くなりますが、よろしいでしょうか」
そして周りに目を配る。こと軍事に関わることだ。暗に今ここで話していいのかと尋ねている。
「まずは本当だということを示せ」
エドワード王子はせかすようにいった。レナードは軽く咳払いする。
「わかりました。私は130年前に起こった戦争でその魔法兵器が使われたという記述を手に入れました。他の資料でも確認しましたので、間違いないでしょう。そして、その魔法兵器の威力は一個小隊のみならず、イネーブルという都市一つが壊滅したとわかっています。これを使用するには「エドワードの・・・」
「待て!」
エドワード王子がレナードの話を止めた。
「別の場所に移動するぞ。おまえたちは付いてこい。それ以外はここで待機だ」
そして、エドワード王子は側近二人に指示をして席を立った。
「レナード。詳しい話を聞きたい。個室に移るぞ」
そしてレナードはエドワード王子に連れられて会議室に向かった。
レナードのもくろみは大成功だった。エドワード王子はこの話をひどく喜び、グレスタ城にある魔法兵器を手に入れることが決まったのである。レナードは副隊長という肩書きでは部隊を動かしにくいと説明すると、すぐに隊長に昇格されることも決まった。
「もう一つ重要な点があります。魔法兵器のあるグレスタ城は二年前に殿下がモンテス氏に「エドワードの奇跡の石」の作成褒美として与えたものなのです」
エドワード王子の目が光る。
「なに? それは偶然とは思えんな」
レナードもうなずく。
「はい。モンテス氏は魔法兵器に気がついていた可能性があります。だからこそ「エドワードの奇跡の石」を作れたのでしょう」
「それを私に伝えなかったというのか。なんてジジイだ。ただでは済ませられんな。そんな者に譲った城など、すぐに取り上げろ」
「私もそう思い調査いたしましたところ、すでにモンテス氏は逝去しておりました。しかし遺産を譲り受けたバロウズという男はグレスタ城をキャロンという冒険者に譲り渡したのです。グレスタには正式な書類があり、正規のルートで譲渡されたことがわかっております」
エドワード王子の目がつり上がった。
「キャロンだと! なぜその名前がここで出てくる!」
レナードは内心ひやひやしながらも落ち着いて応えた。
「もともとがキャロンの悪知恵だったのではないでしょうか。私が調べたところ二年前にすでにモンテス氏とキャロンの間に接点があったことがわかっています。モンテス氏がグレスタ城を褒美に求めたのも、モンテス氏の死後にキャロンがグレスタ城を受け取ったのも、この魔法兵器を隠す狙いがあったと考えられます」
「あの、くそ女が!!」
エドワード王子は激昂する。レナードはまるで最近調べたかのように言っているが、実際は二年前にモンテスがキャロンを雇っていたことを直接見て知っている。単に今まで報告していなかっただけだ。
「もちろんそんな紙切れで、キャロンをグレスタ城の正式な所有者と認めることはできません。すぐにでも奪い返すべきと考えますが」
「当たり前だ!」
そしてエドワード王子は細く笑む。
「あのくそ女が相手か。これは大がかりな作戦が必要になるな。更にはグレスタ城を奪い返すだけじゃない。グレスタ城を戦時基地の拠点として整備しなくてはならないぞ」
エドワード王子はレナードをしっかりと見ていった。
「レナード。セオドアを含めて具体的な話を詰めるぞ」
「わかりました」
レナードは満面の笑みで応えた。
エドワード王子の意向もあり、グレスタ城制圧作戦は近衛部隊の大半をつぎ込む壮大な計画に発展した。
ワーレン隊長は降格されることがわかるとすぐに近衛魔術師隊を除隊した。