(11)グレスタ城の依頼
キャロンとアクアは出口で引き留められているログに追いつくと、お金を払ってログを解放させた。宿からは勝手に人を連れ込まないように、連れ込む場合はあらかじめ話を通しておくように念を押された。
二人は、そのままの足で再度順風亭を訪れた。バムがこの周辺で盗賊活動をしているなら、バムの討伐依頼が出ている可能性がある。それを掴めば依頼の二重取りができる。そうでなくても、冒険者の宿には情報が集まりやすい。
「どこから行く?」
「受付でスピナに聞いてみたいところだが、今はいないな。まず、どんな依頼があるかを確認してみよう」
二人はさっそく掲示板に張り出されている依頼書をチェックする。この仕組みはダグリシアと変わらないらしい。
「意外と町の中の仕事が多いな」
「ああ、ダグリシアだと、結構外に出る依頼も多いんだけどな」
残念ながら盗賊を捕まえる依頼はない。街道に良く出る盗賊なら常時依頼になっていてもおかしくないのだが、そのようなことはないようだ。
「まずいな。バムはもういなくなったのか」
キャロンたちが依頼書をチェックしていると、後ろから声をかけられた。
「あ、キャロンさん」
キャロンがふりかえるとスピナが依頼書の束を持って立っていた。
「たぶん依頼の受け方はダグリシアと変わらないと思いますけど、一応言っておくと、新しい掲示は朝八時に張り出します。ちょうど今ですね。だからそこにあるのは昨日から残っているものとなります」
そしてスピナはキャロンの横を通って前に出て、新しい依頼書を上の方に張り出し、古い依頼書は下に下げて張り直していった。
冒険者たちが集まってくるので、いったんキャロンたちはその場を離れた。依頼を受けるつもりだったわけではない。
しかし背の高いキャロンは遠目で依頼を見て声を上げた。
「グレスタ城、城だと?」
張り出された依頼書の中にその名があった。
ある冒険者がその依頼書に手を伸ばしたので、すぐに割り込んでその依頼書を横から奪い取った。
「お、おい!」
手を伸ばしていた冒険者が非難の声を上げる。
「悪いが、早い者勝ちだ」
キャロンが手に取った依頼書をアクアものぞき込む。
「城の調査? グレスタに城があったのか」
「どうやらこの仕事、私たちに都合良く進むようになっているようだぜ」
アクアとキャロンは早速受付に行く。しかしすでに列ができているので、ちょっと待つ必要がありそうだ。
「ダグリシアの依頼書とはちょっと違う。あまり詳細が書かれていない。この城が目的の場所でない可能性もあるな」
「聞いてみれば良いだけだろ。それよりゼロ、スラッシュ、五ゴールド?。なんだこれ」
二人で依頼書を見ながら言い合う。
ダグリシアの依頼書はかなり詳細な内容まで書かれている。曖昧な依頼書だと誰も受けないからだ。しかしこの依頼書にはグレスタ城の調査としか書かれていない。
そのうちキャロンの番がやってきた。
受付の女性に渡そうとすると、スピナがやってきた。
「何か、戸惑っているみたいでしたから、説明がてら依頼を確認させてもらいます」
スピナが言って、その女性の横に座る。列を捌くために、キャロンとアクアについては専属で対応してくれるようだ。列に並ぶのが嫌でソーニーを無理矢理呼びつけることはあるが、向こうから優先してくれるのはありがたい。キャロンはそっとスピナの手を掴んだ。
「ありがとう。お礼にあんたと今夜デートがしたい」
真顔で言うキャロンにスピナが戸惑う。
「私も混ぜろ、おまえだけずるいぞ」
アクアは言うが、キャロンはその手を放さずにアクアを見て答える。
「早い者勝ちだ」
「あの、依頼の話ですよね」
スピナがキャロンの手をそっと押し返す。
「仕方がない、先にそちらの話を片付けよう」
スピナは内心後悔する。親切のつもりで声をかけたが、これは墓穴を掘ったのでは、と。しかしスピナは気を取り直して説明する。
「この依頼は、昨日の夕方に出されたものです。基本的に依頼は何時に受理されても翌朝に張り出されます。そしてこの依頼の詳細ですが」
スピナは席を外し、後ろの箱から紙を選び出して持ってきた。
「えーと、詳細は直接話したいとのことです。もちろんその結果この依頼を受けなくてもかまいませんし、相手に断られることもあります」
アクアが少し驚く。
「早い者順に受けられるわけじゃないのかよ」
「仕事との相性もありますし、依頼を出す側も受ける側も納得して仕事を進める方が効率的ですから。依頼書には概要と、報酬、そして依頼に当たっての特記条件を書くようになっています。この方は直接詳細を話すことを望んでいますが、たいていは冒険者の宿で詳細書を預かっていますので、こちらで条件に合うか判断させてもらいます」
キャロンが感心する。
「グレスタの冒険者の宿はかなりやることが多そうだな」
「そうですね。常に人が足りません。ダグリシアでは違うんですか?」
「ダグリシアでは依頼の処理と報酬の受け渡しだけだな。依頼内容をそんなによく見ていないようだぞ。だから初めから依頼書に詳細な内容が書いてあって、それで納得した者が受ける」
「場所が変わるとやり方も違うんですね」
「それよりよ、この報酬の所のスラッシュは何だ?」
二人が話していると、アクアが割り込んだ。ゼロと五ゴールドの関係がよくわからない。
「それは前金無しで成功報酬を五ゴールド払うという意味ですね」
「「前金がない!?」」
二人は声を揃えて驚く。ダグリシアでは報酬は完全に前払いだ。後からお金を払おうとする貴族などいない。仕事の成果をどんなに示しても、僅かなミスやいいがかりのネタを見つけて、報酬を踏み倒す。だから貴族相手にお金をもらわずに働くのはかなりの愚行と言える。
しかしスピナは笑う。
「当たり前じゃないですか。普通成功しないとお金なんてもらえませんよ。前金があるのは準備が大変になりそうな依頼くらいですね。今回は調査依頼ですから。前金があることの方が珍しいと思います」
「それだと、仕事をしたあとに難癖をつけられて、一銭ももらえないと言うことがおきそうだが」
スピナは首をかしげた。
「冒険者の宿で、依頼を受けた段階で依頼者から報酬の全部か一部を預かることになっていますから、成功したときに払わないなんて事は無いですよ。もちろん失敗したときは依頼者に返すので、依頼者も損はないです」
「それだと、冒険者の宿で報酬を盗めるじゃねぇか」
するとさすがにスピナはむすっとした顔をした。
「そんな事しませんよ。もちろん仲介手数料は別途もらっていますし、やっぱり信用が一番です」
「だいぶんダグリシアとは違うのだな」
キャロンはダグリシアでしか仕事を受けたことがない。討伐などで遠征することもあるが、遠征先では冒険者の宿で情報集めはしても依頼は受けなかった。
「まぁいい。このグレスタ城というのは何なのか教えてくれないか?」
「え? その依頼を受けるのではなくてですか?」
「内容によっては受けるかも知れない。ただ、私たちはグレスタ城というのがわからないんだ」
「そうですか。グレスタ城は前の領主様の別荘地ですね。ここから北西に二、三十キロくらい離れたところにある小さなお城です。今は誰も住んでいないはずですが、観光地でもありませんしグレスタでも知っている人は少ないですね」
「二十キロ。つまりグレスタの町の中にはないんだな」
「はい。私も何でそんなところにあるのかわかりません。行ったこともありませんし」
キャロンとアクアはうなずき合う。
「じゃあ、この依頼を受けるとしよう。手続きをしてくれ」
キャロンが言うと、スピナが微笑んだ。
「まずは冒険者カードの登録手続きですよ」
「ああ、忘れていた。昨日は急いでいたので登録手続きをしていなかったな」
キャロンがカードを出すと、アクアも冒険者カードを置く。
「昨日も確認しましたが、お二人ともすでにCランクなんですね」
「私たちは実力者だからな」
「でも、そうすると、この依頼は・・・」
スピナはつぶやきながら、登録手続きをしに行った。
やがてスピナが戻ってくる。
「終わりました。ところで、本当にこの依頼を受けるんですか? これ、Eランクの仕事ですし、報酬も低めですよ」
「グレスタでは、高ランク者が低ランクの仕事を受けるのに制限があったりするか」
「いえ。ただ、高ランク者は討伐依頼を好みますので」
「だったら問題ないな。なに、グレスタ城を観光してみたかったのさ」
キャロンが苦しい言い訳をするが、スピナはそれ以上追求してこなかった。
「では、今から先方に連絡しますので、少し待って頂くことになると思います。会って話したいという依頼者はグレスタでもかなり珍しいんですよ」
スピナがカウンターから離れたので、キャロンとアクアは喫茶スペースの長いすに行って座った。そこで順風亭の内部を眺めた。
「あんたはダグリシア以外でも仕事をしていたんだろ。他の冒険者の宿ではどうだったんだ。ここのやり方の方が普通なのか」
キャロンに問われると、アクアが天井を見上げる。
「あの頃は仕事を受けてたって言っても、報酬も内容も見ていなかったしなぁ。男がいるかどうかで選んでいたし。もしかしたら金も受け取り忘れてたかも知れねぇ」
アクアはいくつか町を転々としながらダグリシアにたどり着いたが、ダグリシアでキャロンに指摘されるまで、依頼内容を詳細に確認したことがなかった。
「つまりあまり覚えていないと言うことか」
「そうだな。だけど、冒険者の宿の雰囲気は他の町と同じだと思うぜ。ダグリシアが殺伐としすぎているんだ」
「そうか。私から見ると、ずいぶん冒険者たちがのんびりしているように見えるな」
「まぁ、町によってすさみ具合ってのは違うぜ。私はあまり気にしねぇけどよ」
そんな話をしていると一人の男が近づいてきた。たくましい体付きの戦士然とした男だ。アクアの横に腰を下ろす。
「あんたらよそから来たんだろ」
「ああ、ダグリシアから来たんだ。よろしくな。まだこっちの事は良くわからねぇんだ。色々教えてくれよ」
早速アクアは笑顔で男にすり寄った。男の太ももに手を置く。すると後ろからキャロンに引きはがされた。
「仕事中だろ。私を差し置いて男にこびを売るな」
しかしアクアはキャロンを振り払う。
「早い者勝ちだ」
その男はちょっと引き気味の顔でそんなやりとりを見ていたが、話を続けた。
「俺はカーランクルズ。ここグレスタでは結構長いぜ。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」
「ああ、たくさん聞きたいな。おまえはソロか」
「いや、男三人のチームだよ。あんたらは戦士と魔術師かな。試しにパーティを組んでみるかい。俺以外は斥候と射手でね。前衛は大歓迎だ」
「良いね。今受けている仕事が終わったら、ぜひ一緒にやりたいぜ。まずは今夜当たり、集まらないか」
ぐいぐい来るアクアに、カーランクルズは少し慌てる。露出と容姿に引かれて声をかけたが、こんなに積極的に来るとは思わなかった。
「キャロンさん、アクアさん」
窓口から声がかかる。
「おい、呼ばれたぞ」
キャロンがアクアの肩を掴んで再度カーランクルズから引き離した。アクアはキャロンに振り返る。
「キャロンも一緒にどうだ」
「私はスピナを落とすことに決めたから、そっちには参加しない」
キャロンはアクアの腕を取って立ち上がった。
「また後でな」
アクアはカーランクルズに手を振って、その場を後にした。
二人が窓口に行くと、スピナはカウンターの上に地図を広げた。
「今日の午後一時にこの屋敷に行ってください。モンテスさんという方です」
順風亭の場所と目的地に印をつける。
「午後一時? 結構遅いな」
アクアが言うとスピナが答えた。
「問い合わせたところ、執事のバロウズさんから連絡がありまして、いつも午前中は散歩をしているため、一時以降にならないと帰ってこないとのことです」
「気ままな奴だな」
「気ままというか、日課なのでしょう。とにかく依頼人の希望ですから、午後一時にこちらに向かってください」
「この辺りは貴族街なのか。私たちが行っても問題ないのか」
「貴族街、ですか。まぁ、確かに貴族の方たちが住んでいる地域ではあります。でも、別に誰が通っても問題はないですよ。ダグリシアは違うんですか?」
スピナが不思議そう尋ねた。
「ダグリシアでは貴族街は貴族しかいないな。平民が紛れ込むとかなり注目される。逆に平民街には物好きの貴族しか寄りつかない。基本的に平民と貴族は対立しているし、お互い騙し合いをしているような関係だ」
「なんか落ち着かない環境ですね。グレスタではそんなことはありませんよ。もちろんねたみや理不尽がないとは言いませんが」
「場所が変わると文化も変わると言うが、グレスタはかなり温和な地域なのだな」
キャロンは素直に感心した。この冒険者の宿の温和な雰囲気の理由が分かったような気がする。
「それでもだいぶん変わりましたよ。もともとグレスタ伯が治めていた頃は治安も良くて活気もあったそうです。現在はダグリスから派遣された、何とかという貴族の人がグレスタを治めていることになっていますが、ほとんどグレスタにいないようですし、そのせいか、だんだん荒れてきていると思います」
地図を見ていたアクアが割り込んだ。
「なぁ、グレスタ城以外、郊外に廃墟のようなものはあるか」
アクアはグレスタ城が外れの場合もあると思った。他に財宝を隠せるような場所があればそこもまとめて調べてしまいたい。スピナは少し考える。
「あるのかも知れませんけど、良くは知りませんね。南の鉱山の向こうに住居跡があるとか、そういう廃村の話なら魔獣退治の依頼にもありますのでいくつかわかるのですが、城のような廃墟となると、すぐには思い出せません。もし必要なら調べますよ。ちょっと料金をいただくことになりますが」
「いや大丈夫だ。十分役に立った。やっぱりスピナは色々知っているんだな。私はここのことが全くわからない。夕方でも良いんだがもっと教えてくれないか」
キャロンが再度スピナの手を掴む。スピナが驚いて手を引こうとするが、キャロンはスピナの手を放さなかった。
「おまえもずるいだろ。もう終わりだ」
アクアがキャロンを引っ張り、スピナから引き離した。
「まぁ、まずはモンテスに会ってからだな。じゃあ、スピナ。また後で会おう」
そしてアクアとキャロンは順風亭を出て行った。