(8)半年前-キャロン
キャロンは再びグレスタを訪れた。
キャロンが町外れのモンテスの家を訪ねると、中から女性の声がして扉が開いた。
「はい、どちらさまでしょう」
その人物はキャロンの知らない相手だった。ちょっとふくよかでそこそこ年を取っているおばさんだ。キャロンは怪訝な顔をした。
「こちらがモンテスさんの家だと思ったのだが」
「あ、もしかしてあなたがキャロンさんですね。どうぞお入りください」
その女性はにこやかな顔で、家の中にキャロンを招き入れた。
「キャロンさん。来ていただいてありがとうございます」
キャロンが中に入ると、バロウズが出てきた。少し憔悴した顔をしている。
「大丈夫か、つらそうだが」
バロウズが苦笑した。
「すいません。モンテス様がお亡くなりになってから色々手続きが大変で」
キャロンがここに来た理由はバロウズからモンテスの訃報を聞いたからだった。慌てて仕事を終わらせて駆けつけたところである。キャロンがお茶を持って出てきた女性を見ると、バロウズは続けた。
「そうだ、紹介していませんでしたね。こちらの女性はストリン。実は年甲斐もなく結婚いたしまして」
キャロンは驚いた。
「そうだったのか。全然知らなかったよ」
心の中でキャロンは舌打ちする。以前から背が高く壮年の紳士であるバロウズをキャロンの性技でめろめろにする予定だったのだが、色々と後回しにしていた。別に結婚していようと手出しすることにためらいはないが、ベアトリスと違って相手の仲を引き裂いて楽しむ趣味はない。今後のことを考えると二人の間に亀裂を入れるのは得策ではないだろう。
「もともと彼女にモンテス様の看護をお願いしていたのですが、モンテス様のおすすめもあってそのまま結婚することになりました」
「ストリンと申します。バロウズからは非常に信頼できる優れた冒険者の方と伺っております」
「キャロンだ。よろしく」
キャロンはストリンと挨拶をし、うながされるまま椅子に座った。
「まだ、脚は治らないのか?」
キャロンはバロウズが少し足を引きずっているような気がして尋ねた。
「いえ、ほとんど問題は無いのですが、たまに痛みが走りましてね。とはいえ、座ったままでは脚が弱ってしまいますので、頑張って歩くようにしています。そんなこともあって、ストリンにモンテス様の看護をお願いしたというのはあります」
「看護と言うことはかなり前からモンテスさんは体を悪くしていたのか?」
「実を言うと、みなさんが城を去ってすぐにモンテス様はひどい風邪をこじらせまして。モンテス様からは皆様に連絡することは止められておりました」
「そんなに前からなのか」
さすがにキャロンも驚く。急な訃報だったのでてっきり何かの事故に巻き込まれたと思っていたのだ。
「結局完全に治ることはなく、寝たきりの状態になっておりましたが、とうとう先日息を引き取られました」
バロウズは無念そうに言う。
「怪我と違って病気を完全に治す魔法は存在しない。仕方がないことだったのだろう。しかし、事前に言って欲しかったのも事実だな。せめて最後にモンテスさんと色々話をしたかったよ」
「そうですね。モンテス様もキャロンさんとの魔法談義は楽しみにしておりました。非常に残念です」
少ししんみりしたので、キャロンは話題を変えた。
「モンテスさんのお墓には後で行くとして、電話では私に相談があるというようなことを言っていたが」
バロウズも軽く咳払いをしてから続けた。
「はい、実はモンテス様の遺言により、私がモンテス様の財産を全て受け継ぐことになりました。そうは言っても、モンテス様の本は全て近衛隊に買い取られてしまいましたし、魔道具は私にはわかりません。まぁ、ある程度の資産はありますので、慎ましく二人で生活していける程度のものではあります。落ち着いたら私も働きに出ようと思いますし」
「それがいいな」
キャロンはバロウズの相談の内容が予測できた。
「つまり問題は、城だな」
グレスタ城はエドワード王子からモンテスに返されたものである。正式な書類もある。全ての財産を受け継ぐとなると、当然バロウズはそれを受け継ぐことになるがキャロンとモンテスが何か仕掛けを作っていたグレスタ城を何もわからないバロウズが守り続けるのは難しかった。そもそも遠すぎてモンテスのように通い詰めるのも困難だ。
「はい、それに、つい先日近衛隊のレナード氏が家を尋ねてきたのです。モンテス様に会いたいとのことでしたが断りました。実際にはもうモンテス様はおられなかったのですが、それは知らないようでした」
「なるほど。グレスタ城の買い戻しの可能性があるな。強引な手に出てこないと言うことは、まだ馬鹿王子には伝えていないのか」
バロウズはうなずく。
「はい、このままではグレスタ城の権利書を奪われてしまうのではないかと危惧しているのです」
キャロンはにやりと笑った。
「なら話は簡単だ。バロウズさん。グレスタ城を正式に私に譲渡してくれ。これから私はグレスタ城に住むことにする」
バロウズは驚いた。
「そんな。大丈夫なのですか。冒険者の仕事ができなくなるのでは」
「問題ない。そもそもグレスタ城の大仕掛けを守るのは私の責任だ。私は冒険者生活も好きだが研究も好きでね。せいぜい奴らをからかってやるさ。レナードの奴も、私から権利書を無理矢理奪うのは難しいとわかるだろう。この件にはもうバロウズさんは立ち入らない方がいい」
バロウズは戸惑っていた。
「しかし、ご迷惑ばかりかけてしまうのでは」
「気にするな。まずは完全にグレスタ城を私に譲渡する書類を作り、正式に届け出よう。誰が文句つけても問題ないようにするんだ。欠陥があるとすぐにいちゃもんをつけてくる奴がいるからな」
「ありがとうございます」
バロウズは深々と礼をした。それからしばらく二人は今後のことを話し続けた。
夕方になったのでバロウズはキャロンを食事に誘い、更には泊まっていくように誘ったが、キャロンは断った。
「あら、もう準備をしてしまったんですよ。せめてお食事だけでも」
スリトンも勧めてくる。
「すまないが今から冒険者の宿に行かなくてはならない。また今度ごちそうになるよ」
「そうですか。残念です。スリトンは私よりも料理が上手なのですよ」
「そんなことないですよ。旦那様は本当に器用でいらっしゃるから」
二人のほほえましい会話に少しイラッとしたが、仕方がない。とっとと出ていった方がいい。
「また明日来る」
そしてキャロンはバロウズの家を出て行った。
冒険者の宿に行くというのは方便ではない。今後グレスタに住むなら冒険者の宿で手続きをする必要がある。やることが多いのは事実だ。
キャロンは順風亭を訪れた。夕方なので人が多い。
キャロンは窓口に向かった。何人か順番待ちをしたあと、やっとキャロンの番が来る。相手はいつものスピナではない。小柄で髪が短い童顔の受付嬢だ。さぞかし冒険者たちから人気だろう。前の男も半分口説きに入っていたが、マニュアルがあるのか彼女は定型文で断っていた。
「はい、どんなご用事でしょう」
この列は依頼の受付・完了処理の窓口でも依頼発注の窓口でもはない。冒険者カードの登録や更新など、いわゆるその他手続きの窓口である。普段なら混雑することは少ない。
キャロンは冒険者カードを置く。
「この町で登録手続きをしてくれ。それから、ランクを上げたい」
「登録手続きと、ランクアップです・・・ね?」
その女性は冒険者カードを受け取って固まる。
「ランク、アップ?」
「ああ、中を調べれば実績はわかるだろう。多分足りているはずだ。確かA級のランクアップ試験は難易度の高い指名依頼の達成だっただろう。適当なのを見繕ってくれ」
「え、え、A級!!」
その受付嬢はまじまじとキャロンを見る。彼女はA級の冒険者など見たことがない。いたとしてもたいていは三十代半ばから後半といわれている。まだ二十代前半でA級へのランクアップを志願する冒険者は見たことがなかった。
その場にいた冒険者たちが注目する。職員たちもである。
「ってことはあれでB級かよ」
「B級になりたてでうぬぼれてるんじゃねぇの」
そんな声も聞こえてくる。しかし、キャロンは平然としていた。冒険者カードを握ったまま固まっている受付嬢の手を握る。
「早くしてくれ」
「あっ」
途端に受付嬢はバランスを崩して前のめりになった。キャロンとキスしそうなところまで顔が近づく。
「何だ。積極的だな。だったら今夜付き合ってくれ。本当にA級になるだけの素質があるのか、しっかり確かめてくれていいぞ」
キャロンは手を握ることで相手の体を操っている。しかも指先で性感を刺激する。受付嬢の顔はみるみる赤くなるが、逃げることができなかった。
そこにスピナが割り込んできた。無理矢理受付嬢の肩をつかんでキャロンから引き離す。
「キャロンさん。やめてください」
スピナは以前キャロンに○○されたことがある。キャロンに触られただけで体がどうなるのか良く知っている。しかし、キャロンはまだ受付嬢の手を放さずに優しくさすっている。受付嬢は体をくねらせながらもだえていた。
「何だ。嫉妬か。二人まとめてでもいいぞ」
スピナはキャロンの手の甲を叩いた。
「だから、やめてください。私たちを口説くのは禁止です」
キャロンはやっと受付嬢から手を放した。
「恋愛は自由だろう。邪魔をしないでくれ」
「手続きに来たんですよね。遊びに来たんなら追い出しますよ」
「わかったわかった。早く登録とランクアップをしてくれ」
キャロンは肩をすくめる。スピナがその受付嬢に指示するとその受付嬢は顔を染めたまま後ろに下がった。
「向こうで待っていてください。終わったら呼びますから」
スピナは受付嬢の代わりに窓口に座った。
キャロンが窓口から離れていくと、冒険者たちがキャロンに寄ってきた。
「A級にランクアップだって。おいおい、大丈夫か」
「もう少し実戦を積んだ方がいいんじゃねぇのか」
しかしキャロンはそんな彼らを無視して椅子に座り込む。それでもなれなれしく冒険者たちはキャロンの隣に座る。
キャロンはベアトリスほど面食いではない。それなりに許容範囲は広い方だ。だが、強いていえば汗臭い男よりも身ぎれいな男や女を好む。そういう男女を○○の虜にするのが楽しい。もちろん、屈強な男を奴隷のように扱うのも楽しいが。
キャロンは軽く周りの男たちをチェックして、結局ターゲットをさっきの受付嬢に決めた。今日は男の気分だったが、初々しい反応をする彼女がおいしそうに感じた。
「おいおい、無視かよ」
少しむっとしたように冒険者が言う。キャロンはふっと笑った。
「B級もA級も目立つことに変わりないからな。どうせならとっとと上げておこうと思っただけだ。あんたらももっと頑張ったらどうだ」
「おいおい、俺もB級だぜ。先輩に対して生意気な奴だな」
向かいに冒険者が立った。三十くらいのたくましい男だ。男ばかりに囲まれてむさ苦しくていけない。アクアなら大喜びなのだろうが。
「そんな先輩にランクアップのコツを教えよう。パーティを組んで冒険者をやる奴のランクアップは遅い。三十程度でBランクに上げるのが精一杯だろう。ソロで戦えばランクアップは遙かに早くなるぞ。試してみたらどうだ」
すると、その冒険者は顔をしかめた。
「それは早死にする奴のやり方だな。パーティには役割分担というのがある。ただの数合わせじゃねぇ。組んだ方が仕事の成果は何倍にも跳ね上がるんだぜ」
「そんなのは当たり前だろう。私のように早くランクアップをしたいのならという話だ。ソロで生き残れる実力こそがA級になれるコツさ」
キャロンのすごみのある話に、周りの冒険者も聞き入る。
「キャロンさん。来て下さい」
その時、キャロンは受付に呼ばれた。キャロンは男たちを置き去りにして受付に歩いて行った。
「自信がありそうな奴だな。体付きから剣士ってとこか」
「いや、剣は持っていないぞ。杖だ。魔術師じゃねぇか」
「うちのパーティに入れてぇな」
冒険者たちは口々に噂した。
キャロンがスピナのところに行くと、その隣に先ほどの受付嬢がいた。
「登録手続きは終わりました。店長からランクアップについてお話があると言うことなので、こちらにどうぞ」
キャロンは素早く彼女の手を握る。
「ああ、案内してくれ」
「あっ」
受付嬢は体をくねらせる。手を握られただけなのに、じんわりくすぐったい感覚がある。
「キャロンさん!」
隣でスピナがにらみつけたが、キャロンは笑顔で返した。
「案内は職員の仕事だろう。文句を言うな」
そしてキャロンはそのまま受付嬢の腰を抱く。
「はうぅ」
受付嬢は腰が砕けそうになった。それをキャロンが支える。
「あ、案内と言っても、すぐ先の部屋で・・・」
「いいから、よろしく頼む」
受付嬢はキャロンにうながされるまま奥の部屋まで歩かされた。
部屋に入っても、キャロンは受付嬢の体を離さなかった。一緒に椅子に座らされる。
「あの、し、仕事が・・・」
「名前は、シュプリーンか。可愛い名だな」
キャロンはネームプレートを見て言う。その間もキャロンの手がシュプリーンの肩を抱いているので身動きできない。シュプリーンは体をよじりながら身もだえた。そこにいきなり扉が開いて、はげ頭で鼠のような顔の男が入ってきた。
「おいおい、ここはクラブじゃないんだぞ。うちの職員を放してくれ」
キャロンがシュプリーンを解放すると慌ててシュプリーンは立ち上がり、礼をして出て行った。その男はキャロンの前の席にどっしりと座る。
「A級志願か。順風亭では初だな」
男はからかうように言う。
「俺は、店長のバックルだ」
キャロンはバックルの顔をしっかりと見て肩をすくめた。
「A級冒険者「疾風のバックル」が冒険者の宿の店長をやっているとは知らなかったな」
バックルは笑った。
「ほう。知っていたか。まぁ昔の肩書きなんてここじゃ何の意味も無いがな。だが、冒険者を辞めて冒険者の宿に入る奴は珍しくないぜ」
「A級なら引退してもどこかの貴族の庇護の元で後進の指導に当たるのが普通だろう。ロックウェル王国の軍隊が急に強くなったのは、「閃光のルシール」が指導したからだというのがもっぱらの噂だ」
「そういうのはがらじゃねぇのさ。まぁいい、ランクアップだったな。記録を見たが、これは本当か。この半年でいささかやりすぎじゃねぇか」
「記録が嘘かどうか確認するためにもランクアップ試験があるのだろう」
「この記録が事実なら、試験なんていらねぇんだけどな。そもそもこんな依頼に相当するような難易度の高い依頼なんてグレスタにはねぇぞ」
「難易度の高い依頼などいくらでも作れるだろう。貴重な魔物の素材収集を冒険者の宿からの依頼とすればいいんだからな。たいていのA級試験はそんなもんだと聞いている」
「良く知っているじゃねぇか」
バックルはおおらかに笑う。
「俺なんて、ここに来てから、必死で冒険者の宿の規約を読み込んだんだがな」
シュプリーンが戻ってきて二人の前にお茶を置いた。キャロンはちょっかいをかけたがったが、バックルが鋭い目線でにらんでいたので諦めた。さすがに元A級の前でトラブルを起こしたくない。
「私は魔術師でもあるからな。本を読むのは得意だよ。クリープにいたとき一通り読ませてもらった。元々早いうちにA級に上げるつもりだったんで先に勉強しておいたのさ。だが、あんな薄っぺらい規約書を読むのにそんなに苦労するとは思えんな」
「薄っぺらいから大変なんだよ。あれは全世界の冒険者の宿の共通ルールだから細かいところは何も書かれていない。あれに沿った上で自分のとこの冒険者の宿のルールを決めなくちゃならねぇんだ。何度読み返したことか」
「細かいところまで書くと違反する冒険者の宿が続出するからな。それでもランク制度と報酬制度を明確に決めたのはザミアの優れた功績だな」
「おいおい、そこまで勉強しているのかよ。こりゃ、俺から話すことは何もねぇや」
ザミアは冒険者の父と呼ばれる伝説的冒険者で、それまではならず者の集団でしかなかった自称冒険者を職業冒険者に作り替えた偉大な人である。彼が世界共通の冒険者の宿のルールを作ったと言われている。
「お世辞はいい。私のランクアップについての話だろう」
キャロンは雑談を遮る。バックルは鋭い眼でキャロンを見た。
「何、これも試験の一貫だと思ってくれ。怪しい奴はA級に推薦できない。おまえが何かやらかしたら、ランクアップを担った冒険者の宿も評価が下がるんだ」
「私のやってきたことは全て冒険者カードに記載されているだろう。それ以上のことは何もない」
どうやら雑談ではなく面接だったようだ。内心キャロンは慌てていた。実際今までかなりやらかしてきたのは自覚している。冒険者カードに記載されている依頼遂行の記録はとても立派で文句のつけようのないものだが、普段の素行に関してはあまりいい評価されていないだろう。それをバックルが知っているとは思わないが。
「そもそも、その若さでB級ってのは目立つだろう。なのに名が知られていないってのはどういうこった?」
「B級はちょっとした都市ならいくらでもいる。私は拠点をころころ変えていたから、噂になる前に消えていたということだろう」
「それはそうかもな。だが、なぜ拠点を変える必要がある。早くA級になりたいのなら、稼ぎやすい場所で活躍した方が人脈も作れるし、メリットが多いぞ」
バックルは自分の経験からなのか、鋭くキャロンに問いかける。
「ただの性分さ。一カ所にいると飽きるんでね」
バックルは冒険者カードをはめ込んだ装置を見ながら話していた。あの魔道具を使えば、冒険者がどのような経歴を持っているのかが全てわかるのだ。
「B級になったのは約2年くらい前か。グリースなんてかなり遠い場所でランクアップしたんだな。ここの前の登録地はクリープか。何でわざわざグレスタに来たんだ。そこでもばりばり活躍していたんだし、クリープでA級を取れば良かったんじゃねぇか」
「仕事の一貫としかいえないな。それも記録を見れば分かるだろう。グレスタに来たのは今回で五回目くらいか。しばらくここに居着くことになったんで、ここでランクアップしようと思っただけだよ」
「グレスタで仕事を受けた記録は二回だけだぜ。それも五年も前の話だ」
キャロンは面倒くさそうに答えた。
「仕事はそうかも知れないが、知り合いはいるんだ。何度ここに来ても問題は無いだろう。私はどこでA級になってもいいと思っている。まさか、冒険者の宿がA級認定の責任を負わされるとは知らなかったんでな。たまたまここにしばらく居着くことになったから、今のうちにランクアップしておこうと思っただけだ」
バックルは軽く笑う。
「まぁ、いいだろう。おまえに実力があることはよくわかる。戦士とも魔術師ともいえないな。魔法戦士ってとこか?」
キャロンは肩をすくめる。
「肩書きにはこだわらない。魔術師でもあるし、戦士でもあるだろう。ソロの冒険者なんて、一人で何でもできないと早死にするだけだ」
バックルはやっと首を縦に振る。
「いいだろう。ランクアップを認めよう。もちろん知っているとは思うが、A級ともなれば、こちらからの指定依頼は増えるぞ。貴族の連中からも声がかかるかも知れない」
「それはB級でも変わらないな。冒険者である以上、私は自分の意志は突き通すつもりだ。指定の依頼でも内容に問題があれば受けることはない。例え冒険者の宿と対立することになってもな」
バックルは笑う。
「いい覚悟だ。形式的にはランクアップ試験を受けてもらうが、すぐに準備するのは難しい。先にA級の手続きをさせてもらう」
キャロンは少し驚く。
「それでいいのか?」
「クリープの冒険者の宿は良く知っている。ごまかしなんてしていないだろう。冒険者カードの記録は正確だと断定できるぞ。ソロでこれだけの実績があれば、テストを受けるまでもなくA級確定だ。何の問題も無い」
バックルはキャロンの冒険者カードを持って、ベルを鳴らした。すぐにシュプリーンが現れた。バックルはシュプリーンにカードを渡した。
「A級に書き換えてきてくれ」
「は、はい、わかりました」
そしてすぐにシュプリーンは出て行った。それからバックルは落ち着いた様子でキャロンに話しかける。
「おまえ、冒険者カードには仕事の記録以外に書き込みができることは知っているか?」
キャロンは少し考えて答える。
「確か、ランクアップでトラブルを起こしたとき、試験のペナルティが書き加えられるな。有名な話だ」
前に、アクアがランクアップ試験の時に問題を起こしたことがある。キャロンはその事でアクアを何度もからかっていた。
「ああ、それもあったな。実際はランクアップの時だけじゃないぜ。問題がありそうな奴に関しては冒険者の宿のスタッフが簡単な記録を残すことができるんだ」
その言葉にキャロンは嫌な予感がした。バックルはにやりと笑った。
「どうやら、ダグリシアではかなりやらかしていたみたいだな。書き込まれた苦情が一番多い。その後もいろいろなところで、冒険者の宿のスタッフからの苦情が書き込まれているぞ。拠点を変えるのも納得だな」
キャロンは舌打ちをする。
「大したことはしていない。仕事外の話だ」
バックルは笑い出した。
「まぁ、冒険者の私生活なんてそんなもんだわな。腕利きの奴に限って問題児なんていうのがこの世界の常識だ。せいぜい指名手配されないようにしてくれよ」
「あんただってA級だろう。さぞかし問題を起こしたんだろうな!」
キャロンが言うと、バックルは涼しい顔で応えた。
「俺は大人しかったさ。男でも女でも誰でも手を出すおまえとは違うよ」
「くそ、そんなことまで。ソーニーの奴!」
そこにシュプリーンが戻ってきた。
「更新が終わりました」
キャロンはすぐに立ち上がって冒険者カードを受け取ると、シュプリーンの手を触った。
「ありがとう。君のおかげで、早く手続きが終わらせられたよ」
「あ、あの・・・」
シュプリーンは顔を染める。
「そういうところだろ、キャロン。シュプリーン、早く仕事に戻れ」
バックルがため息交じりに言うと、慌ててシュプリーンは部屋を出て行った。
「自由恋愛だ。元A級だからって口を挟むなよ」
バックルはキャロンをにらみつけた。
「馬鹿野郎。仕事中の職員は俺の管轄だ。口説きたいなら仕事の後にしろ」
「そうするよ」
キャロンは部屋を出て行った。
その日キャロンはさっそく仕事帰りのシュプリーンをたらし込んで、ホテルに泊まったのだった。




